あの町この街あるこうよ

歴史散策まち歩きの記録
たまに丹沢・大倉尾根を登る

繭玉飾りとどんど焼きの長屋門2012

2012-01-15 11:47:24 | 長屋門公園
繭玉飾り

     


繭玉団子は、本来蚕の繭の形をしていて、 養蚕をおこなう人々が蚕繭の豊作を祈願し、小正月の1月14日から16 日頃に神棚などに飾るならわしとしていた。



              


どんど焼き



「ドンド焼き」は小正月前に一年の無病息災を願う行事であるが、「左義長(さぎちょう)」とも呼ばれている。
これは宮中で三本の竹を三角錐の形に束ね、扇子や短冊、書きものなどを着けて焼き上げる「三毬杖(さぎじょう)」神事が行われているが、それが転じて「左義長」と呼ばれるようになったといわれる。
大磯町では、明治時代後期に明治の元勲伊藤博文が大磯に居を構え、その側近によって「左義長」と使われ始めたといわれている。今回、大磯宿を散策した際に得たことである。
1978(昭和53)年に「大磯の左義長」と、神奈川県の無形文化財にしてされてから、その名が広がったのではないだろうかとの大磯町の説明である。
「大磯の左義長」は、大磯北浜海岸でセエノカミサン(道祖神)の火祭りとして盛大に行われている。

今年のドンド焼きは福島原発からの放射能汚染の影響で行事を中止した場所もあると聞く。自然はダイオキシン問題が発生し、近くの神社でも取りやめている。
古くから伝えられている行事なのでこれからも続けて頂きたい。
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東海七福神

2012-01-01 00:00:00 | 東京散策
         
           品川神社の富士塚

                 本年もよろしくお願いします


             2012年の初春ということで今年のはじめは品川宿・東海七福神

             東海七福神
                品川神社

          1932(昭和7)年に品川が大東京に編入された記念として東海七福新詣を定めた 



大黒天品川神社
品川区北品川3-7-15
京浜急行線新馬場駅北口下車3分



大黒天はインドの神様。インドにおける大黒は恐ろしい戦闘神であったが、唐(中国)の時代には善神として台所を守る神に変わった。
日本に伝わると、大国主命と同一視され、富や豊作をもたらす神として民衆に浸透していった。大きな布袋を肩に懸ける姿は室町時代につくられた。





品川神社の創建は、1187(文治3)年。「北の天王様」とも呼ばれる北品川の鎮守。53段の石段を上がると境内の正面に本殿がある。明治築造の富士塚は、都内七富士の一つ。木造の大黒天像は、福々しい表情で本殿前面に立つ。ご開帳は、正月から立春のみ。鳥居前には石像の大黒天がある。


布袋尊養願寺
品川区北品川3-7-15
京浜急行線新馬場駅北口下車3分

 品川寺の布袋尊

布袋尊は中国の神。900年代はじめの頃、実在した僧、契此(かいし)のことといわれている。常に袋を背負っていたことから布袋と付いた。弥勒の化身として中国では、半裸で腹を出した日本の布袋の姿形が弥勒像となっており、寺院の本尊として安置されていることが通例といわれる。



1299(正安元)年創建と伝えられる。地元では「虚空蔵さま」の愛称で親しまれている。虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)は、丑寅(うしとら)年生まれの守り本尊。命日の3月13日には、十三詣が行われる。13歳の子供が正装して虚空蔵菩薩にお参りすると福徳知恵を授かる。本堂に安置される布袋尊像はつややかなツゲ製。ご開帳は、正月から立春のみ。


寿老人一心寺
品川区北品川2-4-18
京浜急行線新馬場駅北口下車4分

 品川寺の寿老人 

寿老人は中国の長寿の神。長頭の老人で杖をたずさえ、杖の頭には巻物をつけ、団扇を持ち、鹿を連れていたという。鹿は長寿を司る神の使いとされる。また、寿老人は福禄寿と同一神とされて七福神から外されることもある。

 

一心寺は真言宗智山派に属し、1855(安政2)年、品川宿で開国条約、鎮護日本、町民の繁栄安泰を願って井伊直弼が開山したと伝えられる。本尊は成田山分身の不動明王。延命と商売繁盛の守り神として信仰されている。


恵比寿荏原神社
品川区北品川2-30-28
京浜急行線新馬場駅下車南口6分



えびすは七福神の中で唯一日本古来からの漁業の神様で夷、戎、胡、蛭子、恵比須、恵美須などと表記する。
えびすと大黒は親子ともいわれる。





荏原神社は、かつて品川宿の総鎮守と伝えられる。創建は709(和銅2)年。神像の恵比寿は本殿に祀られ、正月に拝殿にうつされる。鳥居の傍らには石像のえびすが鎮座している。


毘沙門天品川寺
品川区南品川3-5-17
京浜急行線青物横丁駅下車3分



毘沙門天は古代インドの神で、四天王の一尊で、北方を守る武神。財宝富貴を守り、皮の甲冑(かっちゅう)を身に着けた唐代の武将風の姿をし、宝塔を持っている。





品川寺(ほんせんじ)は真言宗醍醐派の別格本山。大同年間(806~10)創建と伝えられる。本堂に安置されている毘沙門天は、室町期作と伝わる高野山招来仏。境内には、金生(かのう)七福神という1カ所七福神も設けられている。寺宝の大梵鐘は、1867(慶応3)年パリ博覧会、1871(明治4)年オーストリアのウィーン博覧会に出品後、久しく外国にあって1930(昭和5)年、スイスのジュネーブより寺に再び迎えられて「鐘の寺」と呼ばれている。因みに近くには「ジュネーブ平和通り」(延長720m)がある。


福禄寿天祖諏訪神社
品川区南大井1-4-1
京浜急行線立会川駅下車2分

 品川寺の福禄寿

福禄寿は中国の神で、人生の三代目的とする、福(幸福)・禄(身分)・寿(寿命)の全てを兼ね備えたのが福禄寿である。その姿は、背が低く、長い頭に長い髭、巻物を結んだ杖を持ち、長寿のシンボルともいえる鶴を伴っている。年齢は数千歳といわれる。





かつて東京湾に面していたころ、12世紀創建の天祖神社(神明宮)と、1631(寛永)年以前創建の諏訪神社(諏訪社)という二つの神社がたっていたが、1965(昭和40)年に合祀された。本殿には2体の福禄寿があり、1体は本殿に常時祀られており、もう1体は正月から立春のみご開帳する。


弁才天磐井神社
大田区大森北2-20-8
京浜急行線大森海岸駅下車4分

 品川寺の弁才天

弁才天はインドの神で、唯一女神である。音楽の神・弁舌才知の神・学芸の神・水の神などとして広く信仰されている。琵琶を弾く妖艶な姿を現す。また、弁財天と表記する場合も多く、蓄財の神としても知られている。





創建は定かではないが、平安後期編纂の「延喜式」や「日本三大実録」に名が記されている。境内を入る手前には社名の由来にもなった「磐井の井戸」がある。弁才天の社は、正月には漆塗りの弁才天像がご開帳される。神像は最近のものだが、社に祀られた神体は、古くから「笠嶋弁財天」の名で信仰を集めていた。

 磐井の井戸



東海七福神のお参りはお正月に

                   

七福神詣(七福神参り)が盛んに行なわれるようになったのは江戸時代の中頃で、正月の元旦から七日にかけて、それぞれの神が祀られているお寺や神社を,今年一年の幸福を祈って巡拝する。
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