モノトーンでのときめき

ときめかなくなって久しいことに気づいた私は、ときめきの探検を始める。

2:バラの野生種:オールドローズの系譜

2019-05-22 13:55:29 | バラ
“ノバラ”と“人類”とのアーティスティックな出会い
バラは、バラ科バラ属の落葉或いは常緑の低木およびつる性植物の総称で、これらから交配された園芸品種を多数含む。
園芸品種は実を結ばないのでローズ・ヒップシロップ(rose-hip syrup)を作れない。
また、園芸品種の開発のスタートは、1800年代初頭のジョゼフィーヌのマルメゾン庭園からはじまったわずか200年の歴史といってもよいようだ。

園芸品種の親となる野生種は、世界で約200種あるといわれ、日本には14種ほどの野生種がある。
このバラの野生種は、北半球だけに自生し南半球にはバラの野生種がないというから実に不思議だ。

バラの祖先ノバラは、いつごろから自生していたのだろうか?

アメリカのコロラド州で発見されたノバラの化石は、7000万年~3500万年前のものといわれる。日本でも400万年前のバラの化石が兵庫県の明石で発見されたという。

人類が登場してからは、バラはアーティストの感性を刺激し続けたようだ。

(写真)ギルガメッシュ叙事詩
 
例えば、
・ 紀元前2000年頃の世界最古の文学作品といわれるバビロニアの『ギルガメシュ叙事詩』には、「女神イシュダルが花の香りをかぐ」と書かれている。また、「バラのようにトゲがある草が海の底にあり若返りが出来る」とも書かれている。
この叙事詩を斜め読みすると“ノアの方舟伝説”のようでもあり旧約聖書を含めてストリーテイラーの存在を感じる。

・ 紀元前1500年頃のギリシャ・クレタ島のフレスコ(壁画)にバラと思われる絵が描かれており、絵画に描かれたバラとしては最古のものという。オリジナルはクレタ島のイラクリオン考古学博物館にあるそうだ。
(写真)クレタ島の壁画
 

(出典)公益財団法人 日本ばら会
ギリシャ・クレタ島のイラクレオン考古学博物館に保存・展示されている「青い鳥のいる庭園」の壁画中の「原画」と「修復画」との区別(“太線で囲った部分が原画”)

・ 古代ギリシャのホメロス(BC800年頃)は最古の叙事詩といわれる『イーリアス』『オデッセイア』で“バラの頬”を若いヒトの美しさとして表現している。

・ BC600年頃の女流詩人サッフォーは、バラを『花の女王』と詠っていたという。この時期にはバラの評価が固まっていたようだ。

人類が記録を残してからのバラは、現存する世界最古のアートに登場するぐらい魅力ある存在になっていた。
美しく香りよいだけでなくトゲがあるところがよかったのだろうか?

モダンローズの親たち
バラの野生種は北半球に約200種あるが、このうちの8種が現代のバラ(園芸品種)の親と推定されている。

この説は、日本を代表するバラの育種家、鈴木省三(1913-2000 京成バラ園芸) によるが、中国、日本原産のバラがヨーロッパに渡り重要な役割を果す。
これらが品種改良に使われるようになったのは18世紀後半以降であり後述する。

ヨーロッパ、小アジアのバラは、古代ギリシャ、ローマ時代には幅広く栽培されていた。
ローマの皇帝ネロ(37-69年)は、冬場でも大量のバラを求めたので、耐寒性の強い品種改良がされ、エジプト、南ローマまで栽培が広がり、そこからローマに輸送し市場が立ったという。
悪名高い皇帝だったが、バラの品種改良と市場化には貢献したようだ。

476年にローマ帝国を滅ぼしたゲルマン人などは、この芳しきバラの美がわからなかったようで、中世ヨーロッパからはバラが消え、修道院でハーブ(薬草)として栽培されるだけになる。
“美というものは、機能的・合理的なものではなく発見する感性がないと失われる”、
という真理、或いは、原理が、私ごとだけでなく歴史的にあったということが浮かび上がってしまった。

バラを受け継ぐ(バラだけでなく科学・芸術も受け継ぐ)のは、イスラム圏の国と人々だった。
そのイスラム圏からモノとしてのバラ、及び、感性としての審美性がヨーロッパに逆輸入されるのは、
スペイン半島・オーストリアなどへのイスラム勢力の浸透、十字軍でのイスラム圏進攻などの戦争を通じてだった。
戦争という最悪の交流は文化の伝播でもあり、失うものは大きいが得るものも少しあったということだろう。

ヨーロッパに現代のバラの親となるオールドローズが出揃ったのは、ルネッサンスから大航海時代を経て19世紀初めには次のような8種が出揃った。

1.ロサ・ガリカ(小アジア)
2.ロサ・ダマスケナ(小アジア)
3.ロサ・アルバ(ヨーロッパ)
4.ロサ・ケンティフォーリア(南ヨーロッパ)
5.ロサ・フェティダ(イラン・イラク・アフガニスタン)
6.コウシンバラ(中国)
7.ノイバラ(日本原産)
8.テリハイノイバラ(日本)


モダンローズの祖先カタログ 
バラの歴史は人類以上に古くその野生種は200種もあるというのに、現代のバラ、“モダンローズ”の祖先は8種という。

(写真)ラ・フランス
 

オールドローズとモダンローズの境目は、最初のハイブリッド・ティ(HT) 『ラ・フランス』 が誕生した1867年を境にしている。
それ以前のバラを「オールドローズ」、それ以降を「モダンローズ」とよんでいる。


1800年代初めにジョゼフィーヌがマルメゾンの庭園で昆虫などによる自然交配ではなく、初めての人為的な交配によりバラを作ったことは前に触れた。
この1800年代初めから1867年までの期間を「プレ・モダンローズ」としてここでは呼ぶことにし、オールドローズの系譜はジョゼフィーヌにバトン立ちするまでを描くこととする。

厳密に言うと19世紀の中頃までヨーロッパで栽培されていた品種をオールドローズというが、中国のコウシンバラ、日本のノイバラもジョゼフィーヌのマルメゾン庭園に存在していたがオールドローズに含めることとする。 

8種の選定や花の特徴などは、鈴木省三著『バラ花図譜』(1996年小学館)に教えを乞い、バラの絵は, 19世紀初めのオールドローズのリアリティに近づくためにジョゼフィーヌのバラを描いたというルドゥーテ『バラ図鑑』(1817-1824)を活用させてもらった。

3人の皇后に愛されたルドゥーテ
バラの絵師ルドゥーテ(Pierre-Joseph Redouté 1759-1840)にふれておかなければならない。彼を育てたのはフランスの植物学者で『ゼラニュウム論』を書いたレリティエール(L'Héritier de Brutelle, Charles Louis 1746-1800 )だった。

自分の著書の植物画を描くアルバイトを探していたところ王立植物園博物館で絵画技師をしていた若き画家ルドゥーテを見出した。
植物画を描くのに必要な植物学をルドゥーテに教え、イギリスまで連れて行った。

最もこのイギリス行きは、1789年に、友人(Joseph Dombey 1742-1794)から預かった植物標本をフランス革命の破壊とスペイン政府からの返還要求から守るためにイギリスに逃げたのだが、帰国後1800年にパリ郊外の森で暗殺された。

ルドゥーテは、このイギリスで輪郭線を取り除く銅版画の新しい技法を学び、独特の美しい植物画を描く世界を確立したのだから恩人に出会ったことになる。

フランスに戻ってからのルドゥーテは、マリーアントワネット皇后のところでの働き口を紹介され、ここから、ジョゼフィーヌ皇后、マリー・ルイーズ皇后に仕えることになる。ただし、マリー・ルイーズの場合はルドゥーテの絵画教室の生徒でもあった。

フランス革命をはさんだこの時代に生きたレリティエールは暗殺、マリーアントワネットは断首刑、ジョゼフィーヌはナポレオンとの離婚後病死、マリー・ルイーズはナポレオン失脚後の変遷など、ばら色とはいえない人生の物語が多いが、
後世に燦然と輝くのは、ボタニックアートの傑作『バラ図譜』であり、マリーアントワネットの庭園、ジョゼフィーヌの庭園に咲いていた美しくもトゲがあるバラだった。

このとげのあるバラは、アートとして、植物としていまなお我々の時を潤してくれる。

モダンローズの先祖となった、オールドローズをカタログ的に紹介する。

1.ロサ・ガリカ(小アジア)
 

Rosa gallica Linnaeus ロサ・ガリカ・(命名者リンネ)
・ 別名 French Rose(フレンチ・ローズ)
・ 原産地は小アジア、コーカサス地方と南・中央ヨーロッパ。
・ 花はローズピンクでサーモンがかかる。一重咲きだが半八重咲きに近いものもある。花径は5-8cm。
・ 樹高100㎝の小低木。
・ 枝や花に強い香りがあるので香料として利用される。
・ ヨーロッパには紀元前に、近東から小アジアの自生種がはいり自然交配したと考えられる。
・ フランスで切花・香料の原料として栽培される。
・ ローズピンクでサーモンがかかった赤紫の花色はガリカの特色でモダンローズに大きな役割を果している。
※ 12世紀十字軍の兵士が西アジアから持ってきたバラ、ガリカローズ(R.gallica officinalis)別名プロヴァンローズは、プロヴァンの地で栽培されたことからこう呼ばれる。
※ 紀元前16世紀頃のクレタ島の遺跡、クノッソス宮殿の壁画にはローザ・ガリカR.gallicaやローザ・ダマスケナR.demascenaと考えられるバラの絵が残っている。
※ ジョゼフィーヌの庭にはガリカ系167種の園芸品種があった。

2.ロサ・ダマスケナ(小アジア・トルコ原産)
 

Rosa damascena Miller ロサ・ダマスケナ
・ 原産地は小アジア
・ 英名ダマスクローズDamask Rose 
・ 花は肉色を帯びた薄いピンク、またはローズピンク。裏弁はやや色が薄い。
・ 八重咲きで中心は4つに別れ平開し、一枝に2-5の花がつく。
・ 花径6-8cm、花弁はやや細長く20-25枚+5枚が通常。
・ ダマスク系の芳香がありダマスク香として珍重される。
・ 原産地小アジアからヨーロッパには紀元前に入ったという説が有力。
・ 十字軍の遠征で中近東から再移入する。

3.ロサ・アルバ(ヨーロッパ)
 

Rosa alba Linnaeus ロサ・アルバ
・ 英名Bonnie Prince Charlie’s Rose(ボニー・プリンス・チャーリーズ・ローズ)、Jacobite Rose(ジャコバイト・ローズ)
・ 花は白色、半八重咲き、花径6-8cm 通常は房咲き
・ 濃厚な香りがある。
・ 1597年以前から栽培されていた記録があるが、氏素性に関してはよくわからない。
・ ガリカと他の種の雑種といわれるが、中部ヨーロッパに自生するカニナ(別名ドッグローズDog Rose)との自然交配で生まれたという説もある。
※ イギリスのばら戦争での一方のヨーク家の白バラは、ユーラシア大陸に広く生育しているローサ・アルバ(Rosa alba)と信じられている。

4.ロサ・ケンティフォーリア(南ヨーロッパ)
 

Rosa centifolia Linnaeus ロサ・ケンティフォーリア
※ ビジュアルは、Rosa Centifolia Foliacea(一般名: Leafy Cabbage Rose)

・ 英名キャベジ・ローズCabbage Rose プロバンス・ローズProvence Rose
・ 花はソフトピンクを中心とした花色
・ 大輪で中心が4つに分かれる。花弁数は約100枚でケンティフォーリア・ローズ(百枚花弁の花)と呼ばれるゆえん。
・ 英名のキャベジ・ローズもキャベツに負けないほどの花弁の巻きをさしている。
・ 樹高100cm、株はいわゆるブッシュローズ
※ ダマスケナ系とアルバ系の雑種といわれるが、紀元前数千年からの自然実生で、コーカサス東部で野性のものが見つかる。フェティダやガリカのように人為的に西に移されたと考えるようになってきた。
※ ヨーロッパには1596年に移入したという説があり、17世紀後半にオランダで品種改良がされる。

5.ロサ・フェティダ(イラン・イラク・アフガニスタン)
 

Rosa foetida Herrmann ロサ・フェティダ
※ ビジュアルは、Rosa Foetida Bicolor(Austrian Copper Rose)
・ 英名Austrian Brier Rose(オーストリアン・ブライアー・ローズ)
・ 原産地は、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス山脈の山麓といわれる。
・ 花は濃黄色で、黄色のモダンローズの品種改良で重要な役割を果す。
・ この変種である上記版画のRosa Foetida Bicolor(英名オーストリアン・カッパー・ローズ)は、花弁の外側が赤又はオレンジで、内側が黄色となる。
・ 花径5-7cm、花弁数5枚
・ 乾燥期の香りは臭いほど強い。種小名のFoetida(悪臭のある)もこれによる。
・ 1542年にヨーロッパに伝わり、オーストリアから入る。
・ Rosa foetida bicolor (Jacquin)Willmottロサ・フェティダ・ビコロール(英名オーストリアン・カッパー・ローズAustrian Copper Rose)の学名上の母種
※ ルドゥーテ『バラ図譜』では、169品種描かれた中で2品種しかかかれていない。ジョゼフィーヌの庭園にもこの品種は少なかったのだろう。理由はお分かりのように悪臭のせいだろう。
※ しかし、黄色のバラの品種改良では重要な存在となる。

6.コウシンバラ(中国)
 

Rosa chinensis Jacquin ロサ・キネンシス
※ ビジュアルは、- Rosa Chinensis Cruenta(Blood Rose of China)
・ 和名コウシンバラ、中国名月季花、長春花、英名China Rose Bengal Rose
・ コウシンバラの意味は庚申=(かのえさる)で60日に一度あることをさす。
・ 中国四川省、雲南省原産で野生種は一重咲き。
・ 花は濃い紅色、1枝に3―5輪つく
・ 花径5-6cm、花弁数10-15枚外側がやや剣弁になる。
・ 花は薬味風の香りがある。
・ 樹形は直立性
・ 四季咲き性によりガリカ系のバラと交雑が繰り返され、現在の四季咲き大輪のバラが確立された重要な基本種。
・ 1752年にスウェーデンに入り、1792年ヨーロッパに紅色花で八倍体のコウシンバラが伝播する。
※ ルドゥーテの『バラ図譜』には2種掲載されており、この図鑑で最初に掲載されたバラが何とコウシンバラだ。それだけ1800年初期には貴重なバラだったのだろう。

7.ノイバラ(日本原産)
 

Rosa mulltiflora Thunberg ロサ・ムルティフローラ
※ ビジュアルは、Rosa Multiflora Platyphylla(Seven Sisters Rose)

・ 和名ノイバラ、英名Mulltiflora Japonica 
・ 花は白色、
・ 花径2.5-3cm、花弁数5枚、
・ 花期は5-6月、円錐花序で多数の花をつける。
・ 香りよい。
・ 耐寒性、耐暑性、耐乾性、耐湿性、耐病性が強いため、改良品種の基本種となる。
・ ポリアンサ系、フロリバンダ系の親となる。
※ 日本の野生種のバラは、明石の古墳から三木茂が1936年に採取した化石があり、今から400万年―100万年前ののものという。
※ ルドゥーテの『バラ図譜』では2品種が掲載されているが、花の色が白ではなく品種改良されたものがマルメゾン庭園に存在していた。ということは、1800年以前にヨーロッパに伝わっていた。
実際のノイバラ :(参照:リンク:ボタニックガーデン)

8.テリハノイバラ(日本)
 

Rosa wichuraiana Crepin ロサ・ウィクライアーナ
※ 写真の出典:『身近な植物と菌類』
http://grasses.partials.net/
最後は、日本原産のテリハノイバラだが、残念ながらルドゥーテ『バラ図譜』には影も形も見当たらない。
・ 和名テリハノイバラ、英名Memorial Roseメモリアルローズ
・ 日本原産で海岸や明るい山の斜面に自生する。
・ 葉が照り輝くことから名前がつく。別名ハマイバラ、ハイイバラ
・ 花は純白で、花径3-4cm、花弁数は5枚。花弁の先はへこみ、倒卵型で平開する
・ 雄しべは黄色で数が多い。
・ 甘い香りがする。
・ 花は円錐花序で10数個つく。
・ 茎は地をはって伸び鉤状の刺がある。
・ 19世紀フランス・アメリカに導入され、改良されて現在の観賞用つるバラの基礎を作る

9.ロサ・モスカータ(中国)
鈴木省三著『バラ花図譜』(1996年小学館)では、モダンローズの親を8種としているが、もう1種を追加しておきたい。それは、ムスク系ローズの親となる“ロサ・モスカータ”で、野生種が発見されていないという不思議さがある。
 

Rosa moschata Herrmann ロサ・モスカータ
※ビジュアルは、Rosa Moschata

・ 中国南西部、ヒマラヤ原産といわれる。
・ 花は純白色、花径3-5cm、花弁数5枚、一日花
・ うめ、サクラに似た花形
・ 四季咲き性
・ 香りはムスク系で濃厚
・ つる性で2m。グランドカバーとして利用される。
・ 優れたにおいと遅い開花という特色があり、ハイブリッド・ムスクの園芸種の親
※野生種は発見されていずミステリアスなバラだが、16世紀の文献に記録されている。


江戸時代末期の日本の園芸環境は、世界一といってよいほど庶民にまで植物を生活に取り込んで愉しむということが出来ていたようだ。
しかし、自然に手を加え人工的に加工するという発想がなかった日本では、人為的な交配で種を開発するというアクションが弱かったことは否めない。

1800年代前半のジョゼフィーヌのマルメゾン庭園は、「素晴らしい」発想を持っていた。
といえるだろう。

【バラシリーズのリンク集】
1.モダン・ローズの系譜 と ジョゼフィーヌ
2:バラの野生種:オールドローズの系譜
3:イスラム・中国・日本から伝わったバラ
4:プレ・モダンローズの系譜ー1

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