彦四郎の中国生活

中国滞在記

"衝撃だな…"年間20万人の行方不明児~中国・多発する誘拐~ ―映画「失孤(shi gu)」―

2015-05-30 06:27:16 | 滞在記

 昨夜は、すごい蒸し暑い熱帯夜だったので、クーラーをつけて眠る。今朝4時に起きる。窓を見ると、水滴でガラス窓が完全に白くなっている。外はすごい湿気なのだろう。外の気温を見ると30度だった。外は弱いサウナ状態。
 福州の5月下旬。タチ葵の花が咲き、水蓮や蓮の花の開花が始まった。水色の爽やかな色を付けた樹木花(藍花楹)も見られる。福州は日本の近畿地方より、季節が1か月ほど早く経過していくようだ。梅雨は5月中旬~6月中旬まで続く。

 3月中旬に北京に行った際、街角で「映画:『失孤』;劉徳華(りゅう・どぅふぁ)[アンディ・ラウ]主演」を宣伝するポースターが貼られていた。アンディ・ラウといえは中国を代表する大人気俳優の一人なのだが、私もファンだ。現代ものや歴史もののアクション映画に出演することが多い彼だが、この映画では「農民」。15年前に誘拐された我が子を、バイクに乗って全国で探し続ける農民を演じている。顔はすすけて黒ずみ、無精髭のまま、服も薄汚れていて、地面にしゃがんでラーメンをすする。バイクの後ろに「我が子の写真をプリントした旗を2枚」立てているので、人々は「彼は誘拐された我が子を探している人だ。」と すぐにわかる。お金のない彼は、みんなの好意で旅を続けている。
 この映画は、3月中旬から4月中旬までの1か月間にわたり中国各地で上映され、大人気を博した。私は、中国のインターネットから、この映画の一部分や映画撮影の記録などを見ることができた。担当している学生達で、映画館に見に行った割合も多かった。映画は実話をもとにした映画のようだ。

 誘拐された子どもを探し続ける「ウェーブサイト」が中国には多く存在する。おびただしい数の子どもがサイトに掲載されている。(このウエーブサイトに誘拐された我が子を登録するには、登録料金が必要)。探し出すための情報などを提供すると、「お金」が支払われるので、お金を稼ぐためのビジネスも堂々と成立している。
 今、中国で子ども誘拐が大きな社会問題となっている。行方不明になる子どもは、年間20万人(1日約550人)といわれ、犯罪組織に誘拐され、農村部に労働の担い手や後継ぎとして売られるケースや、都市部の裕福な家庭に買われるケースが多いとみられる。農村部では老後の社会保障がぜい弱で、老後の支え手として子どもを買うのだという。また、アメリカなどの海外に巧妙な手段で売られる場合もあるという。中国では、お金を出せば「役人が、身分に関する証明書など、いろいろなものを偽造してくれる実態」があることは、私も知っている。誘拐された子どもを買って、書類上「我が子」とすることは、それほど難しくない社会なのだと思う。(※①男児の場合は3万元[約60万円]、女児の場合は2万元(約40万円)の値段が現在の売買相場らしい。中国での年間収入平均が2万元程度なので、一人誘拐して売れば1年間の収入分となる。※②誘拐された子どもを買った側の罰則規定は事実上ない。)

 この誘拐多発の最大の原因は、1980年から実施し始めた「一人っ子政策」だと言われている。一人しか産めないなら男の子を望むのが中国人の考え。なぜなら、子どもは自分の老後を看てくれるためにいると考えているからだ。女の子は嫁いで他の家庭の構成員となり、その夫の家庭を支えていくという慣わしは、20~30年ほど前の日本とあまり変わらない。「一人っ子政策」の実施以降、農村では女の子が生まれると遺棄してしまうケースも多くあったようだ。このため、「農村では男の子が生まれるまで子供を産んでよい。」というふうに政策が変更されてきた。それでも出産に関しては男尊女卑的な傾向は都市部でも根強く、懐妊すると胎児の性別を鑑定してもらい、女の子なら堕胎するケースも多いようだ。
 その結果、2015年1月に発表された2014年度における中国新生児の男女比率は、「男児:女児=115.9:100」という偏りが見られる。特別な操作をしなければ、世界平均では「男児:女児=105:100」であるという。中国の農村によっては、男の子ばかりの地域もあり、一人っ子政策が招いた男女構成のゆがみは、「女の子を誘拐する誘因」と、「男の子を誘拐する誘因」の両方を生んでいるようだ。

 映画「失孤」の冒頭場面は、福州。私の宿舎から歩いて20分あまりで行くことができる「解放大橋」のたもとが、いきなり映し出されてくる。
 閩江にかかるこの橋の向こうの小さな中州には、立派な洋館の建物がある。一人の女性が、道行く人々に「チラシ」を必死に配っている場面だった。「チラシ」の中身は、「誘拐された我が子の写真」。
 実はこの女性の実話モデルがいる。葉さん(59才)という名前の人だ。彼女は17年間、福州を中心に子どもを探し続けた。1993年、子どもを誘拐された。1995年になって、児童売買の仲介業者の家をようやく見つけたという。だが、警察当局が重い腰を上げたのは、葉さんが何年も訴え続けてからだった。2000年、犯人3人が最大3年の禁固刑を言い渡された。その10年後の2010年に、警察は葉さんの息子の存在場所を見つけた。17年間の歳月。しかし、再会した息子は、彼女を抱きしめることもしなかった。一年間一緒に暮らした後、突然彼女の前から姿を消した。現在、葉さんは福州市内を中心に、ホームレス生活をしながら、自分と同じように子どもが誘拐された親たちの支援を行っている。

 上記の写真は、最近、「子ども誘拐」で逮捕された犯罪人たち。左二枚の写真の犯罪人たちのグループは、雲南省で1年間たらずの間に223人もの赤ちゃんを誘拐していて売買した。51歳の農婦・蔣開枝を主犯とする36人(28人が女で8人が男。最も若いのは20歳で、最高年齢は68歳。多くは、辺境な田舎から出てきた親戚で構成されていた。) 最近は、誘拐犯罪に対する罰則が重くなり、主犯の蔣被告に死刑判決が下された。右の写真は、鉄道で誘拐した子どもたちを運んでいる際に逮捕されたグループである。
 日本やアメリカでは、誘拐された子どもの発見率は99%にのぼる。しかし、中国では0.1%だという。年間20万人にものぼる「子ども誘拐」の実態がようやく大きな社会問題として認知され始めてきた中国社会。誘拐されても犯人がつかまりにくく、野放し状態になっていた。
 中国には、戸籍のない流動人口が約2.67億人いるという。世界第十番目の人口をもつ日本の2倍以上の人口である。戸籍をもたない人の子どももまた戸籍がない。多くは農村部から都市部に出稼ぎにきて、そのまま長年居ついた「農民工」たちの家族である。彼らは、戸籍がないために社会福祉を受けられないのだが、子供を就学させることも困難をともなう。
 この戸籍のない人口の多さは、誘拐された子どもたちの捜索を困難にさせている。住民票のない子どもの中から失踪児童を探し出すことはできず、約3億人もの流動人口がいれば、毎年20万人の子どもが誘拐されても捜しようがないという現実のため、警察もその捜索に本腰を入れられないという状況かと思われる。
 中国の小学校では、子どもたちの下校時刻になると、正門の周辺にはおびただしい数の人が集まる。主に、低学年の子どもを迎えにきた親や祖父母たちだ。誘拐の多発の現実には、親や祖父母たちも他人事ではいられない。
 映画「失孤」の大ヒットが、「誘拐事件」の減少に少しでもつながればと思う。