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めんごチャペの猫の目日記

日々の思い・風・山行き・・・気まぐれに・・・

銀ブラ/2025年1月26日

2025年01月26日 19時51分50秒 | 家族

THE HOUSE 《宗家  源 ひな祭り》

 圧倒される吊るし雛 

 

2025年1月26日(日)

ぴょ子ちゃんと銀座で待ち合せ 新年初めての食事をする

今日もぴょ子ちゃんが探してくれた《香港飲茶》

銀座5丁目 ニューメルサ7階(現 イグジットメルサ)

11時45分 銀座三越前で待ち合せ新橋方向に歩く

 銀座の始動時間は遅い

4丁目の交差点はまだ混雑してはいない

 

銀座ニューメルサは チャペの青春時代に建築されたファッションビルで

デパートとは又趣が違い 斬新なディスプレーは 訪れる度に心躍らされた思い出がある 

2022年8月に閉店し 現在は《イグジットメルサ》として開業

100円ショップや雑貨屋が入居している・・・

銀座も変わった 

 

7階のレストラン街《喜記》

この階はどこの店も混雑している

喜記も全て予約で埋まっているよう・・・

 

・香港名物土鍋の炊き込みスープ
・2種蒸し点心
・2種揚げ点心
・鮮魚の香港風セイロ蒸し
・本日のおすすめ点心
・海老ワンタン麺
・本日のデザート

喜記(ヘイゲイ)香港飲茶コース HPより

 

ランチメニューでは一番人気らしい・・・ 

 

本日のおすすめ点心

甘い香り 外包は柔らかくサックとした触感で

 中にほんのり甘いモノ(餡子では無い)が入っている

何と表現してよいのかな~~ 初めての食べ物

美味しいね~ 

   

  

随分長く生きているけど 初めて食べる飲茶料理

モチロン香港 上海などにも行ったことは無く

ぴょ子ちゃんが探してくれるお店の味が初めて・・・

喜記の味は どれもとても美味しかった

薄味好みの方には少し濃いめかも

(チャペの感想 世の中にある美味しいもの ほとんど食べていないのね~ 

 

午後の銀座は 多くの観光客でごった返している

 

《宗家 源 吉兆庵》

チャペ「珈琲でも飲む」

ぴょ子ちゃん「前に行ったお店に行ってみる」

チャペ「そう言えばここで前もお雛さまを見たことがあったわね」

ひな祭りは毎年開催されているようす

 

上品で美しい

 

    

綺麗なお雛さまが飾られて 優美な世界が・・・

素晴らしい調度の数々 一見の価値があります 

 

ぴょ子雛

 

一階の和菓子売り場で

 

銀座4丁目《日産ギャラリー》スーパーカー展示

 

 

久しぶりに銀座三越デパートも覗いてみた

1階は中国人・東南アジア系の人でゴチャゴチャしている

2階3階もブラブラ・・・

疲れた・・・ちょっと一休み

通路わきのソファーに座って シャネルの靴やバッグを眺めていた

1分も経たない内に

シャネルスタッフ「何かお探しですか」

チャペ「チョット見ているだけ」

スタッフ「それならあちらにお並び下さい」

買わない人は座るなと言わんばかりの慇懃無礼な対応

CHANELの入り口の前に数人の行列が出来ている

中国人が爆買いするので 強気

三越も変わった 

 

季節限定のショップで不思議なスカーフを見つけた

細いワイヤーが入っていて ピッタットくっつき

スタイル自在・・・ 便利そう

 

三越から出て安藤七宝店で《ウサギのピルケース》を買う

2024年9月20日に心房細動アブレーション手術を受けて

毎日薬を服用している お出かけの時チョットお洒落に・・・

 

七宝店隣の靴店でぴょ子ちゃんからサプライズ 

キラキラ大好きのチャペに キラキラスニーカーのプレゼント

ありがとう 

 

銀座に来るたびに感じる

武漢ウイルスプランでミック以前は

正統派や個性派のデザイナーのブティックが並び 歩くのが楽しかった

今目に付くお洒落なお店は 海外有名ブランドが殆ど

黒服に蝶ネクタイのドアマンが立ち チョット覗いてみようかしら

なんて気にはならない

 

 銀ブラ・・・メインストリートにはユニクロの大型店舗が数店

人だかりができている 安く売るにはそれだけの訳が・・・

日本も落ちた・・・

 

原 寛太さん you tube

〔ファストファッションの激安に隠された真実〕検索

bappa shotaさん you tube

〔メディアで報じられないアパレル業界の驚愕の闇〕検索

 

 


誕生祝い≪八王子うかい亭≫/2024年12月14日

2024年12月15日 09時32分34秒 | 家族

2024年12月14日(土)

八王子うかい亭で今年も誕生祝いを・・・

 

武漢ウイルスパンデミックの時から 

巨大なクリスマスツリーが姿を消して寂しくなった玄関

今年はツリーの復活を楽しみにしていたけど・・・

店内に入ると 真っ赤なポインセチアで飾られたロビーに華やかさがひろがる 

一斉に「いらっしゃいませ」とスタッフに出迎えられ

一階の個室に案内される 店長のS氏と1年ぶりにご挨拶

今回もメニューの選択など色々お気遣いを頂いた

1974年12月3日開業から今年で50周年

記念スペシャルメニューから チャペ達の胃袋に合わせて選んで頂いた

 

最初に暖かい《ローストビーフ 黒トリュフの香り》を頂く

美味しい・・・他では絶対味わう事の出来ない うかい亭の味

 

 

うかい亭50周年記念には無いメニューも

蟹好きのチャペ達に《焼ズワイガニ》

 

鉄板の上でサッと焼いたズワイガニをそのままいただく

甘~い

 

アブレーション術後2か月半・・・赤ワインを2杯お変わり

Dr.「まだ 酒に未練があるのかぁ~」の声が脳裏に・・・

(本当はもっと飲みたいよ~ 

 

《百合根と蟹の石焼》

これも初めてのお味・・・蟹味噌が濃厚

 

《寒鮃とカラスミ ゼリー添え》

 

《白トリュフのスープ》

トリュフの香りがチャペを包む・・・

 

特選牛サーロインステーキ

昔はこの三倍の量をペロッと食べたよね~ 

 

ダダ君は《ガーリックライス》

チャペは《冷やしそうめん》

 

優しい灯りが照らすスイーツコーナーへ移動

 

《焼きたてワッフル・バニラアイス・オレンジと蜂蜜ソース》

 

ダダ君「お誕生日おめでとう 

チャペ「ありがとう  これからもよろしくおねがいいたします」

 

35年間 毎年《八王子うかい亭》で誕生日を祝っていただいた

腹が立ったり 頭に来たり・・・何度かあった

虫の居所が悪かったり 思い過ごしだったり

 

何事がなくても 元気で過ごせる時間は年々限られてくる 

一緒に食事をし ゴルフをし スキーを楽しむ・・・

共に過ごせる人がいる幸せ

大事にしなければと・・・心から思う 

 

ありがとう 

 

天使も微笑んでくれています 


誕生祝≪銀座 鮨あい田≫/2024年12月7日

2024年12月08日 12時17分21秒 | 家族

本日の主役 

銀座4丁目《和光》ショーウインドウの前で

 

 

2024年12月7日(土)

ぴょ子ちゃんは 毎年チャペの誕生祝いをしてくれる

チャペが喜びそうなお店を探し 予約して案内してくれる

11:45 有楽町交番前で待ち合せ 久しぶりに電通通りを歩く

今年は《鮨 あい田》

玄関を開けると カウンター席だけのこじんまりした店内は

ほゞ満席・・・案内されたテーブルの上には

「お誕生日おめでとうございます」のメッセージが置かれている 

 

 

心房細動カテーテルアブレーション手術を受けて約2ヶ月半

お酒も少しなら良いとDr.の許可も出ていたので

冷酒で乾杯 

板前さん女将さん「おめでとうございます」と祝って下さった 

 

 

白和えの突出しが出て

次にマグロ赤身と生タコの刺身 マグロはワサビと醤油で頂き

生タコはゆずを絞りあら塩で・・・コリコリして美味しい

鮭ハラミ粕漬 銀杏茶碗蒸し

にぎりが一個づつ鮨ゲタに置かれる

昔)1貫=2個 今)1貫=1個に変わりつつあるよう・・・

醤油小皿が引かれ

板前さん「シャリに味が付いています 

そのまま召し上がってください」

事前にぴょ子ちゃんが「シャリは小さめで」と注文

でもネタはそのままの大きさなので 全体はスリムになったけど

大口を開けてほおばる 

 

 

 

 

 

 すし酢・醤油・ワサビの味に慣れているチャペは

最初物足りなさを感じたけど 素材そのものを味わうには

極力余計なものは無いほうが良い

材料を吟味したお店だけの自信ですね~ 

店内は鮨を味わうお客さんで常に満席

全て予約で回転しているよう・・・

 

別腹のデザート

とても美味しかった・・・ご馳走さまでした 

 

 

銀座7丁目でぴょ子ちゃんポーズ

 

今年はクリスマスの飾付も殆ど無く

世界の一流店が並ぶ通りの前も

昔のような華やかさや活気が感じられない 

 

閑散とした銀座7丁目から4丁目方面 土曜の午後2時30分頃 

 

2024年1月1日能登半島を襲った巨大地震から

早1年が経過・・・その後も各地で集中豪雨に見舞われ

多大な被害をもたらした 日本中が華やかな気分を味わう

余裕は無いのかもしれない・・・ 

 

チョッピリクリスマス気分を・・・

ホコ天の傘に少しだけ

華やかな飾付をした場所は殆ど無かった

 

銀座4丁目交差点は外国からの旅行客で

賑わっていたけど 一歩入った通りはとても静か

閉塞感が漂っている

チャペはyou tubeで《イタリア ミラノファッション》をよく見る

 皆 個性的で華やか・・・堂々としてカッコよい

街行く人達は人生を謳歌しているよう  チャペも元気が貰える

国民性も違うけど・・・日本はもう少し活気が欲しいね~

 

毎年家族で誕生日を祝い合う

元気な笑顔を見ながら 近況を語り美味しいものを頂く

これ程嬉しいことは無い 幸せな時間を過ごした 

プレゼントを抱え電車に乗った

ぴょ子ちゃんありがとう 

 

 


ふれあい酒田総会・懇親会/2024年12月1日

2024年12月02日 10時40分59秒 | 家族

懐かしい酒田のお土産》

2024年12月1日(日)

ダダ君の出身地 山形県酒田市の

第27回《ふれあい酒田総会・懇親会》へ一緒に行った

 

 

数十年ぶりに降り立ったJR千駄ヶ谷駅周辺は

大きくさま変わりし 高層ビルで埋め尽くされている 

 

綺麗に色づいた街路樹の間を

会場の《日本青年館ホテル》をキョロキョロ探しながら歩いた

昔と大きく変わってしまった街を歩くのは

新鮮で楽しい・・・

ダダ君は東京に暮らす今も 

故郷の高等学校の東京OB会

テニスクラブの東京OB会

ふれあい酒田の会員など 故郷の発展の為に

数十年来 出来る限りの応援をしている 

ふるさと愛がとても強い 

 

《国立競技場》

近くで見ると想像以上に巨大な建物に圧倒される

 

 

建築家 隈 研吾 氏によるデザイン

2016年12月着工 2019年12月21日開場

 

国産木材をふんだんに使用した

世界的にも珍しい“木のぬくもりが感じられるスタジアム”

間近から見上げると スタジアム外周の木製の軒庇(のきびさし)が印象的 

スギの縦格子で覆われ 360度つながり ゲート部分では5層にもなる

nippon.comより抜粋

 

競技場の周辺は 広場になっていて子供達が走り周り

犬を連れて散歩をする人達の憩いの場所にもなっている

 

千駄ヶ谷駅から国立競技場を半周し

20分ほど歩いて《日本青年館ホテル》に到着

11:50分 エレベーターで11階の会場に・・・

ハッピを着たスタッフの方からネームプレートと

酒田のお土産を渡され 席に案内して頂いた 

 

酒田のハッピを着た多くのスタッフが 各席の間を回り

参加者のお世話をして下さる 

 

開会式 

ふれあい酒田会長挨拶 

2024年7月25日 八幡地域の大沢地区を襲った豪雨で

河川が氾濫し 土砂崩れで亡くなられた方に黙祷を捧げた

 

酒田市長 矢口明子氏の音頭で「乾杯」

 

会場はビュッフェ形式で 各自何度もお代わりをし

テーブルの地酒を酌み交わす 

 

  

ダダ君「久しぶりに故郷の人と話して嬉しかったよ 

チャペ「よかったね 

 

空の色 風 ふるさとの臭い 

鳥海山 日本海 ひろがる田園風景

ダダ茶豆 酒田ラーメン 芋煮会

故郷の思いで 話言葉・・・

子供の頃から細胞に浸み込んだ共通する感触が

同郷の人と同じ場所に居るだけで 

心地よさや安心感が生まれるのね 

 

 《ふるさとの 訛り懐かし停車場に そをききにゆく》   石川啄木

 

酒田市長と白崎映美さんのトーク

 

山形県酒田市出身の白崎映美さんは

2011年の東日本大震災を経て

“東北さいい事来―い!”と 

バンド「白崎映美&東北6県ろ~るショー!!」を結成

各方面で活躍中

 

圧巻は 岡田 修 氏の津軽三味線 

会場のあちこちでは 郷土の方達とのお話で大盛り上がり

チャペは津軽三味線の演奏が始まると

最前列に移動し 演奏に聴き入った

魂を揺さぶる演奏に胸が熱くなる・・・

 

藩政時代 目の不自由な男性が所属する全国組織

「当道座(とうどうざ)」が存在し この座に属する下級僧

 座頭は東北地方の方言で「ボサマ」と呼ばれた

また 女性のための「瞽女座(ごぜざ)」という組織も存在し

彼女たちは「ゴゼサマ」と呼ばれた

津軽藩にはこの当道座の支部に相当する組織があった

目の不自由な少年は 14〜15歳になると当道座に入り

琵琶、琴、三味線、鍼灸、按摩などを教えられた

津軽三味線は 始祖・仁太坊(にたぼう)が

明治のはじめに編み出した音楽で

太棹三味線を使い始めたのも仁太坊だった

津軽三味線の歴史より抜粋

 

 

    

■経歴
津軽三味線演奏家
1957年 山形県酒田市に生まれる


1980年 山田千里に師事 津軽での修行を始める
1984年 津軽三味線全国大会特別賞を受賞

同年NHKテレビドキュメント「人間列島」に出演
1985年 津軽三味線全国大会優勝

 TBS「音楽の旅はるかII」で チョー・ヨンピル氏と共演

山田千里カルテットの一員として西独での世界ジャズフェスティバルに出演 

 

岡田 修氏の奥さん さとみさん

えんか♪ を熱唱

 

宴たけなわ 

最後は白崎映美 岡田修 の共演で幕を・・・

出席者全員で ♪ふるさと を熱唱 

 

 記念に ハイ・ポーズ(日本青年館ホテル庭にて)

 

近年世界のグローバル化が進められている

日本でも労働者不足を補うと言う名目の移民政策を進め

LGBTQを閣議決定し 同性婚を認めよ 夫婦別性を認めよと

(戸籍を無くし 出生地を分からなくする)

新聞 TV ラジオがあたかも日本が世界の流れに遅れているような

報道をしている 

日本は長年培われてきた伝統や文化を大切にし

国内自給力を高め 他国に依存することなく

精神的にも経済的にも豊かに暮らす・・・

互いにそれぞれの国の個性を認め合う

今日 ふれあい酒田総会・懇親会に参加して

グローバル化はいらない DSはいらない

日本は日本らしく 日本人らしく・・・

ふるさとの 訛り懐かし停車場に そをききにゆ

チャペの願い・・・です

 

2015年3月9日 国際会議

人口を削減して新世界秩序(世界統一政府)計画について

マレーシアのマハティール前首相の演説(字幕付き)

マハティール・モハマド(マレーシア前首相)★『新世界秩序 NWO』世界の有力エリートの計画について語る。【2015年3月9日国際会議】 - ニコニコ動画


ぴょ子ちゃん誕生日祝い《銀座三笠会館》/2024年6月

2024年06月10日 09時59分35秒 | 家族

銀座のシンボル《WAKO》

和光の歴史は 前身である服部時計店が創業した1881年に遡ります

そして銀座のシンボルとなった初代時計塔が完成したのは1894年のこと

銀座で生まれ 育まれてきた“WAKO物語”の歴史を年表でひもときます

銀座WAKO HPより

和光と時計塔の歴史 | 銀座・和光

 

チャペは銀座の街が大好き・・・

お洒落で活気があり清潔な街・・・大人の街

今日はぴょ子ちゃんの誕生日をランチでお祝い

ぴょ子ちゃんの希望で三笠会館の中華料理

揚州名菜《泰淮春》を予約した 少し早く着いたので

暫くぶりに銀ブラを・・・

 

 

 

こんな路地もあり 焼き鳥や釜めしのお店もあるよ

 

プロゴルファー渋野日向子が 2019年AIG全英オープンで

優勝時に着用していたウエアで 日本でも一躍有名になった

 

世界の有名高級店が建ち並ぶ

入口には蝶ネクタイ姿のドアマンが・・・

敷居が高いわ

 

昔からのこんなお店も健在 

 

はしは人と人を結ぶ縁起物

 

銀座のポストは緑です

 

今年は数年ぶりに開催されるお祭り年

三笠会館の玄関にもお祭りの提灯が飾られて

 

チャペ「ぴょ子ちゃん お誕生日おめでとう

今年も元気でお祝い出来 ママも幸せです

ぴょ子「ありがとう

 

    

  

前菜 メイン料理 蟹チャーハン デザート 残さず頂いた

 

何十年経ってもチャペにとって可愛い子供・・・デス

 


今年の母の日/2024年5月12日

2024年05月07日 15時18分23秒 | 家族

2024年5月6日(月)

ピンポ~ン チャイムが鳴る 

玄関ドアを開けると大きな箱が届いている

今年も母の日に寄せて ぴょ子ちゃんがお花を贈ってくれた 

そ~ッと箱を開けると ピンク色の可愛い八重のアジサイが入っている

チャペの大好きな花アジサイ 種類も色も沢山あって

どれもこれも欲しくなる 不思議な花アジサイ

 

チャペは昨年 母の日に深紅の薔薇のブリザードフラワーを母に贈った

母は慢性間質性肺炎を患っており 

父が亡くなった後の八か月間は

24時間看護付きの施設で暮らしていた

24時間酸素吸入の機械を装着しているので

 停電やその他の事故が起こると とても苦しむことになる 

母の事を思っての選択だったけど 母は自宅で過ごしたがった 

施設側の新型コロナに過剰なまでの面会拒否対策も有って 

家族に会う事もままならない寂しい日々を過ごしていた

(県外からの面会人は 月1回15分程度をヴェランダから

ガラス超しに面会する

 

母は施設の職員さんにお願いし チャペに電話をかけて貰い

受話器の向こうで 綺麗な花が届いて嬉しいと

泣きながら 何度も ありがとう ありがとうねと喜んでくれた 

それから僅か二か月後に 父の待つ天国に旅立たった

チャペにはもう 母の日に花を贈る人はいない 

だけど・・・ 毎年チャペの好きな花を贈ってくれる愛娘がいる 

にゃ~にゃ~と鳴いて 甘えて抱っこをせがむ愛猫がいる 

 

 

母の日の起源として有力とされているのが「アメリカ発祥説」です

その話は1860年代の南北戦争時代までさかのぼります

当時南軍と北軍が駐屯するウェストヴァージニア州は

ケガ人や病人が絶えない状態でした

そこで立ち上がったのがアン・ジャービスさんというひとりの女性です

彼女は「Mothers Day Work Club(マザーズデー・ワーク・クラブ)」

というボランティア団体を結成し 敵味方関係なく負傷兵のケアに尽力

やがて1905年5月にこの世を去ります

彼女の死から2年経過した5月の第2日曜日

遺された娘アンナ・ジャービスさんが亡き母の追悼集会を開催

この出来事が「5月の第2日曜に母親に感謝の気持ちを伝える」風習として

世に広がったと考えられています   

 

日本で母の日のイベントがおこなわれるようになったのは

明治時代の終わりから大正時代にかけてと言われています

その後1931年に皇太后の誕生日である3月6日が「母の日」とされ

一般にも少しずつ広まっていきました

1937年には 日本の大手お菓子メーカーが母の日の大々的なイベントを開催

これがメディアで大きく取り上げられ 

「母の日」という存在が全国に知れ渡るようになります

第二次世界大戦後にアメリカの文化が流入すると

母の日が3月6日から5月の第2日曜日に移動

日本の記念日として制定され、国民に認知されていきました

      bigより

 

《知っていましたか

岸田首相が2024年4月アメリカに国賓として招かれ

4月11日に共和党マイク・ジョンソン氏と会談し約束してきたこと・・・

アメリカはウクライナに9兆円を融資し

ウクライナが債務不履行になった場合は 日本が肩代わりすると約束

すでに2170億円もあげちゃいました~

世界銀行 ウクライナは破産警告

巨額支援9兆円は・・・ 

日本国民に一言も説明していない


立川フラメンコ/2024年GW

2024年05月03日 16時55分25秒 | 家族

2024年5月3日(金)

《立川フラメンコポスター》

 

ゴールデンウイークの初日

ぴょ子ちゃんを誘って 三人で蟹専門店でランチを楽しんだ

このお店には年に2・3回位だけど 数十年通っている

その頃とランチコースのお値段はあまり変わらないけど

蟹酢もサラダも半分以下の量になった・・・

ランチコースの蟹はずいぶん小さくなった

 

    

隣りのテーブルで 豪勢に蟹の姿造りを注文したカップルがいる

言葉の感じから中国の人かしら・・・円安は外国の人には嬉しいわね~

 

 

2024年5月3日祝(金)

立川駅南口の陸橋からすずらん通りを見る 

フラメンコが始まっているよう

エスカレーターを降りて真っ直ぐ進んでいくと

賑やかな音楽が響いてくる

ギターの音と歌と力強いタップの音

 

スペイン南部のアンダルシア地方でロマ
(従来 ジプシーと呼ばれてきた少数民族)
によって伝えられている芸能
歌(カンテ) 舞踏(バイレ) 伴奏(ギター)の
三要素が一体となったもの(フラメンコとはより)
 

堀江朋子さんは 立川すずらん通りの商店街で生まれ育ったプロのダンサー

  

ギーター 歌 ダンス 迫力が有り見ごたえ十分 

 

フラメンコ大好きが続々と集まって

華やか~~~

皆さん 濃い化粧と長い付けまつげでバッチリ

 

 

 

見物人より踊り手の方が多いい

これだけの人達どこで着替えたのかしら・・・

(ヨケイナシンパイダケド)

 

救急車も待機している・・・

 

五月晴れ 湿気もない素晴らしいフラメンコ日和

見ているだけでも元気になる

 

チャペは今年初めての《盛岡冷麺》を頂く

お・い・し・い

 

 

【都税300億円をエジプトの軍事独裁政権に

くれてやる小池百合子には都税だろうが

他人の金 痛くも痒くもない この金でカイロ大学

首席卒業のペテンが証明して頂けるわけなの

だから 願ったり叶ったりだ】

 

あ~あ~("^ω^)・・・

どっちを向いても政界はため息ばかり・・・


ぴょ子ちゃんとお誕生会≪星のなる木≫/2023年12月

2023年12月18日 12時37分24秒 | 家族

《お寿司のケーキ風盛り付け》

ビックリ 人生初めて

2023年12月17日(日)

ぴょ子ちゃんが今年も誕生日を祝ってくれた

ぴょ子「半蔵門線の表参道駅一番前の車両辺りで待ってる」

チャペ「すっかりお上りさんになってしまったの

半蔵門線は一度も乗ったことないのよ~・・・

原宿駅からぶらぶら歩いて行くわ」

ぴょ子「じゃぁ~原宿駅の新しい出口にしましょう」

原宿駅から雰囲気がすっかり変わった表参道を

母娘はぶらぶら歩いて《青山通り246号》に出る

 

表参道は 1920年(大正9年)11月1日に創建された

明治神宮への参道として開通全長約1km 幅約35.5m 

夏至の日の正午に太陽が参道の真上に 

また冬至の日には明治神宮の方向から参道の中心を日が昇るよう設計された

Wikipediaより

 

一部 当時のアパートを残してある

同潤会アパート 表参道の顔だった 

 

青山アパートメント(あおやまあぱーとめんと

同潤会青山アパート)は かつて東京・表参道にあった共同住宅である

 大正から昭和初期にかけて16ヶ所余りで建設された同潤会アパートのひとつ

2003年(平成15年)に解体され 跡地には複合施設「表参道ヒルズ」が建設された

Wikipediaより

 

表参道のイルミネーションが始まったのは

1991年から1998年多くの人が押し寄せ賑わったが

商店街にとって迷惑な行為も多く中止になった

今年11年ぶりに復活した

 

30年前の表参道は 個性的な小さなお店が並んでいて

一軒一軒見て歩く時間はとても楽しかった思い出が

久しぶりに歩いて感じたのは

銀座通りと変わらない大型テナントビルとなり

イブサンローラン・グッチなどの超高級店が並ぶ

ドアーマンが蝶ネクタイ姿で立っている 

常連でなければ敷居が高い・・・

 

《星のなる木》

八寸・椀物・造里・・・綺麗に盛り付けられ

頃合いを見て運ばれてくる・・・どれも美味しい

ツーショットの写真をラベルにした赤ワインをお土産に頂いた

 

    

お酒は石川県の銘酒《菊姫》

お猪口の底に富士山が・・・

 

 ケーキ風に盛り付けたお寿司を切り分け 

チャペとぴょ子ちゃんに運ばれてきた

発想の転換

 

ぴょ子ちゃん「お誕生日おめでとう 何時までも元気でいてね」

チャペ「ありがとう」

ぴょ子ちゃんは毎年新しいお店を探し招待してくれる

どのお店も雰囲気が良く美味しい・・・嬉しい

チャペは本当に幸せ

 

 

 


今年も誕生日が♡《八王子うかい亭》2023年12月9日

2023年12月11日 15時18分14秒 | 家族

2023年12月

今年もクリスマスが・・・華やかに華やかに・・・

 

  

八王子うかい亭で今年も誕生祝い

今年も店長さんがお出迎え下さった

一昨年の誕生会でバター類が多く少し胸やけをした

その旨をうかい亭HPに 各店舗ごとの投稿欄が有り(現在は無い)

「バターを控えたメニューを」と投稿したらした すぐに店長さんから

電話を頂き 昨年は胃袋に優しいメニューを

料理長さん自ら調理して下さり 大変恐縮した

 

  

今年も店長さんがロビーで待っていて下さり 個室に案内された

1年間一度も訪れていないにもかかわらず

ニコヤカニお出迎え下さった・・・恐縮です

 

 

昨年 特別メニューの料理を頂きながら

チャペ 「そう言えば 昔 カワハギを肝のタレで食べて美味しかったけど

最近は出ないですね~ それに蟹のメニューも無いみたい

と何気なく話した事を しっかり覚えていて下さり

なんとじゃ~~ん カワハギの薄造りが出てきた

ネギを巻いて肝のたれをつけて食べる・・・

カワハギの皮をカリカリに揚げてトッピングした特別メニュー

 

続いて焼きガニも・・・

ズワイ蟹を炭火でゆっくり焼き 旨味と香りを凝縮した一品

真っ白な青磁に赤い蟹は見た目にも美しい

通常のメニューではバター焼きにして特製ソースで頂く

 

一般の魚屋さんに出回らない高級魚《イトヨリダイ》を

丁寧に仕上げる料理長 昨年も鮮やかな手さばきを見せて下さった

《八王子うかい亭》は今月が最後 今後は《表参道店》で後輩の指導をされる

 

《イトヨリダイのソティ》

 マッシュルームのスライスを添えて

 

《とうふ屋うかい》

で出たオカラを混ぜた特性パン

八王子うかい亭だけで食べる事が出来る

ふわふわで甘~い そのままでも ソースを付けても

初めての触感・・・美味しい

 

《うかい牛 特選サーロイン》

 

以前は150g位を食べていたけど 最近は魚類を多くして

サーロインは50g程度で十分

玉葱スライス ニンニクスライス 粒胡椒 ワサビ添え

 

特製のポン酢 醤油も美味しい

卵かけご飯にしたい・・・

一年前 会話の中で何気なく話したカワハギや蟹の事を

覚えていて次回で早速提供して下さる

さすが世界の要人をもてなす事が出来る一流店

銀座店ではトランプ前大統領も舌鼓を・・・

 

今年も元気で誕生日を迎える事が出来

お祝いして下さったダダ君やスタッフの方に心より

感謝 感謝です 幸せ過ぎです

あ・り・が・と・う

 


オヤコデンワ/2023年7月11日

2023年07月17日 12時02分16秒 | 家族

オヤコデンワ・・・

親機と子機の事ではない 父母と娘を繋ぐ電話 オヤコノデンワ

チャペが今の住まいに引っ越した約30数年前に購入した

固定電話を今でも使っている 

子機は付いているが ファクシミリの機能も 番号表示の機能もない・・・

携帯電話が普及し 通常の会話やメールは携帯電話でほとんどの用が足る

固定電話の呼出し音が鳴るのは 父母以外に先ず無い

 

約半年前の夜7時30分きっちりにルルルル・・・ 

チャペ「ハイ・・・アッツお母ちゃん」

母「元気でおる ぴょ子ちゃんも元気にしとる・・・

お母ちゃんはそれなりよの~  まぁ~まぁ~よの~

元気でおりんさいよ 元気での~」

その会話がこの固定電話で母と交わした最後となった

 

父がまだ元気で 手塩にかけた野菜や果物が宅配便で届くと

直ぐにお礼の電話をかけ スーパーで買ったものと比べ

どれだけ美味しかったかと話すと

受話器の向こうで父が満足そうに「ほうか~」

と弾んだ声が返ってくる・・・

 

その父が梨の木に頭をぶつけた一月後に

難治性硬膜下血腫と診断され 4回もの手術を受けた

以来体力の低下が続き 他の病気にもなり

何度か入退院を繰り返した・・・

そんな折 母が息が苦しいと言う 診断は慢性間質性肺炎

自宅で鼻から酸素を取り入れ ステロイドの服用も始まった

 

父は野菜や果物の栽培をやめ 母は庭一面に咲かせていた

大好きな山野草や季節の花の手入れをあきらめた

父は食事の支度など母の日々の暮らしを助けながら

母と居間でオセロや4文字熟語のクイズを楽しむ生活に変わった

 

約10年前から 二週間に一度 夕食後7時30分きっちりに

ルルルルとチャペ家の固定電話が鳴るようになった

両親は携帯電話を使用しない(緊急の為持ってはいるけど)

必ず固定電話からチャペ家の固定電話に掛かってくる

父「元気でおるか ぴょ子も元気か こっちはソレナリニ元気にしとるよ」

 

父は熱心に歴史や政治の勉強をしながら

自身の論文を幾つも残し発表し チャペに送って感想を求める

以来 チャペなりに新聞やテレビ等マスコミが報道しない事柄に関心を持ち

父と会話を重ねてきた 時には一時間以上話が弾んだ

 

その父が2022年6月に舌癌の悪化で

最後まで母と子供達の事を案じながら・・・

 

父が亡くなって母の気力体力も急速に衰えていく

入退院を繰り返すようになって最後に掛けてくれた電話が

「元気でおる  元気での~」

 

2023年7月9日 弟からのメールで

母の様態が悪くなったことを知った

ぴょ子ちゃんと急いで飛行機に乗り病院に駆けつけた

母は酸素マスクをして苦しそうに上体で呼吸をしている

意識はあるが声を出したり身体を動かすと 体内の酸素量が急激に低下し

 ベッド脇の器機が赤色に点滅して警報音が個室に鳴り響く

そのような状態でもチャペとぴょ子の名前を何度も呼び

子供のころのように頭を撫で

手をシッカリ握って ありがとうと唇が動く

 

7月11日深夜母が旅立った チャペは朝まで気づかなかった

携帯電話に弟からの着信記録とメールが残されている

12日夕方から執り行われた通夜

苦しみから解放された母の穏やかな顔をみた

納棺士さんによる旅立ちの装いは 

丁寧なマッサージにより 苦しんだ片鱗もない

安らかな表情となり 艶やかで皺ひとつなく

頬は薄くピンク色に染まって輝いている

唇には少し濃い目の紅が引かれ 微笑んでいるようにもみえる

胸に組んだ指にはピンクのマニキュアも・・・

今にも目を開け「あんたら みんな集まってなにしよるんね・・・?」

と言いそうな生き生きとした旅立ちの姿に 悲壮感はなかった

ありがとう お母ちゃん

お父ちゃんが「綺麗じゃね~」と迎えて下さいますよ

 

チャペ家に残された受話器から

「元気にしとるか」

父母の優しい声を聴くことはもう叶わない