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マルガリータのつぶやき

フォトジェニックな「趣味の記録」:マルガリータの庭、国内海外の旅、グルメ、美術・音楽・映画、自分勝手流読書、etc

「ドナルド・キーン・センター柏崎」~中越沖地震~古浄瑠璃~N.Yの復元部屋

2018-04-14 22:22:40 | 絵画、展覧会、記念館
なぜに、ドナルド・キーンセンターが柏崎に?と半信半疑で訪れたものだったが、
豊富な資料と年譜によって、思った以上に理解が深まった。







多岐にわたる文学研究を彩る人物関連図は一度には見切れない。





 ニューヨークのアパートのハドソン川が見下ろせる書斎が再現されていた☆


<中越沖地震の際の公演ポスター> 







この後、近隣のブックオフで、講談社学術文庫;
 <果てしなく美しい日本>
 <脳・文樂・歌舞伎>
 <百代の過客><百代の過客(続)>を買って帰った。
現在は北区の古河庭園近くにお住まいとか、バラの季節を心待ちになさっていることでしょう。

<MEMO>

生誕90周年<藤沢周平展> 練馬区石神井・ふるさと文化館

2018-03-17 11:02:00 | 絵画、展覧会、記念館
藤沢周平が練馬区に住んでいた縁で、生誕90周年の記念展が開かれている。
 日本人の心のふるさとを思い起こされて、心にしみる作品にはだれしもが惹かれる作家だ。





マルガリータ・ブログでも、
 『蝉しぐれ』’13’9’5
 『一茶』’16’9’6
を書いていて、しばらくぶりに読み直してみた。

映像化された作品群を紹介する冊子で、あらためて、<藤沢周平の世界>に遊んだ。

 
以前、鶴岡に行ったとき’14’9’13
「藤沢周平記念館」が休館で残念だったので、地元でみられて幸運だった。


≪MEMO≫
≪蝉しぐれ≫


≪一茶≫





≪パリジェンヌ展~時代を映す女性たち≫ 世田谷美術館

2018-02-18 22:01:29 | 絵画、展覧会、記念館
環八往復時にいつも気になっていた≪パリジェンヌ展≫、やっと見に行って来た。


ボストン美術館所蔵の120点、18世紀から20世紀のパリ・モード展だ。
 いくつもの視点から<しなやかに時代を生きるパリジェンヌたち>の多面性、多様性を引き出している。
 「パリジェンヌは神話であり、フィクションであり、象徴である」(パリジェンヌの生理学)、謎であり続けるパリジェンヌ、

(Ⅰ)18世紀後半、文化の中心はヴェルサイユからパリへ
  ・≪ドレス(3つのパーツからなる)≫ ;サロンの知的な女性
      

  ・女性ダンサーの華麗な衣装
   

(Ⅱ)18世紀から19世紀の期待された良妻賢母像
   

(Ⅲ)アメリカに高まったパリ衣装への憧れ
  ・≪チャールズ・E・インチズ夫人≫ ;ボストン社交界の華
   

(Ⅳ)19世紀後半のパリ芸術界を生きた女性 ;
  ・ベルト・モリゾ
   
  
  ・メアリー・スティーブンソン・カサット
   

  ・≪街の歌い手≫ マネ、修復後初公開
   
   
   モデルは<ヴィクトール・ムーラン> 彼女の後日譚の「日曜美術館」は興味深かった。
   
(Ⅴ)20世紀のまとめ
  
  ・カルダン、60年代のミニスカート
  ・ブリジッド・バルドー
  ・ジョセフィン・ベーカー ;「黒いヴィーナス」の紹介は念入りで今日の収穫のひとつだった。


世田谷・砧公園 陽射したっぷりの日曜風景、
  

 広い公園、ファミリーでたこあげ、自転車、ブランコに楽しそう、
 日本ではあまり見られない公園風景は、まさにパリ・モンソー公園の休日のよう、
 高級住宅街のなかの一角を思い出した。


 

青木繁「海の幸」記念館(小谷家住宅)~松本清張『青木繁と坂本繁二郎』

2018-01-24 11:37:00 | 絵画、展覧会、記念館
先日の日曜日、南房総の突端の野島埼灯台から少し戻って不老山薬師温泉で遊んだ帰りがけ、
青木繁「海の幸」記念館 小谷家住宅のポスターを見た。
青木繁が『海の幸』を描いた築130年の住宅が、保存修復を経て公開されているという。
 不老山薬師温泉から海へ下ってすぐ、≪布良(めら)≫まで、
<布良の海と布良埼神社の鳥居>




庭先で小谷家のひ孫という女性スタッフに出合い、詳しい解説付きで展示品を見てまわった。


ブリジストン美術館で観たのはもう十年以上前だが、
あらためて青木繁の絶頂期、最高傑作の製作秘話ともいうべき話には興味深々、
 『わだつみのいろこの宮』の構想もこの地で生まれ、自信満々の出展だったとか、
 

マグロはえ縄漁発祥の漁村で神話の里≪布良(めら)≫、
1904年、青木繁は、≪布良(めら)≫の小谷家に40日間滞在して『海の幸』を描いた。
パンフには、布良埼神社の祭礼で神輿が夕陽の海に入っていく神事に感動し、構想したとある。

同行の4名


ひ孫スタッフの話に興を得て、松本清張『青木繁と坂本繁二郎』を読んだ。
清張の鋭い論調はよく納得できる反面、ロマンもなにもない。
 天才の裏面があばかれて、清張の毒気に充てられた気分だ。
P.55
~パリ・フォーヴィズムが出現した1905年より1年前に描かれた『海の幸』
~パリ・フォーヴィズムと青木の画とはもちろん同質ではない。 
~印象派に反逆する描法とその動機において期せずして一致している点を云いたい


≪MEMO≫
パンフより









レアンドロ エルリッヒ展は愉快でビックリ 六本木森美術館

2017-12-22 21:52:34 | 絵画、展覧会、記念館
楽しくて驚きの体験に誘われる現代アート作家、レアンドロ エルリッヒ、
金沢21世紀美術館のスイミングプールに続いて、六本木森美術館に行ってきた。

会場は若者であふれていたが、子供もキャーキャー、
文字通りの、老いも若きもの世界、
未見の方には是非と、お勧めしたい。

◎建物 君も忍者になれる!






◎失われた庭


◎試着室


◎雲 日本


◎反射する港


◎スイミングプール


冬至の5時すぎは、はや、イルミネーションの世界、

金沢21世紀美術館 ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー

2017-12-20 12:25:22 | 絵画、展覧会、記念館
金沢21世紀美術館 、





16日土曜日の午後、<ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー>チケット売り場の行列は若い人ばかり、




現代美術は、六本木森美術館で見慣れているつもりだッたが、
これはまた、、音響と映像技術を駆使して思わずのめりこんでしまう。
一部屋ごとに強い衝撃で、虚構と知りつつ<異界>へ踏み込む、アートの心地よさです。











≪恒久展示作品から≫
<レアンドロ・エルリッヒ> 体験こそがアート、 彼の展覧会は現在、六本木森美術館で開催中です☆










≪MEMO≫
<レアンドロ・エルリッヒ展>六本木森美術館 のパンフレットから
近いうちに行ってきます。









 

<カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち>から、カンディンスキー作品のメモ

2017-11-12 12:08:23 | 絵画、展覧会、記念館
汐留ミュージアムの≪表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち≫にいってきた。
宮城県美術館で行われた「ルオーのまなざし 表現への情熱」展の巡回展で、
同館蔵のカンディンスキーやクレーの作品、パナソニック 汐留ミュージアムのルオー・コレクションを加えた展覧会だ。
  ルオー作品は充実していたが、カンディンスキーは少なく、少し拍子抜けで帰ってきた。。


≪カンディンスキー《商人たちの到着》1905年≫

第1章「カンディンスキーとルオーの交差点」
カンディンスキー《商人たちの到着》1905年はこの展覧会のメインビジュアル、テンペラ画、
1905年のサロン・ドートンヌで展示された。
ドートンヌ展は色彩の常識を打ち破った「フォーヴィズム」が生まれた展覧会だ。
なるほど、カンディンスキーのミュンヘン時代の<普通の絵>だが、点描の色合いにフォービスムの影響も感じる。
カンディンスキーのロシアへの憧憬がこもった色合い。

第2章「色の冒険者たちの共鳴」
ブリュッケと並びドイツ表現主義を代表する存在が、1911年のカンディンスキーを中心としたグループ「青騎士」だった。
作家の内面に重きを置き、カンディンスキーはその前後に<史上初の抽象画>を描いたことになる。
カンディンスキー ≪E.R.キャンベルのための壁画№4の習作<カーニバル・冬>≫

左上:カンディンスキー ≪E.R.キャンベルのための壁画№4の習作≫ 

第3章「カンディンスキー、クレー、ルオー ─ それぞれの飛翔」
 第一次世界大戦の勃発によりドイツ表現主義は終了するが、戦後になると画家たちはそれぞれの道へ、
カンディンスキーはバウハウスのマイスターに、幾何学的なモチーフの抽象画に到達する。




英語絵本「MARU&CAT WORLD TOUR」 スティッカーもよろしくね☆

2017-08-28 15:22:26 | 絵画、展覧会、記念館
マルガリータお気に入りのLINE STICKER<MARUちゃん>が絵本になりました
ART&TEXTのMr.YANDAGAのやんちゃ時代がそのまま表れたような世界で、
ページを繰るごとに驚き?と感動?で、ついニヤニヤ
 ~Amazonで販売中です。
  


子どもも大人も、猫好きもそうでない人も、キャット・ワールドに行ってみませんか


いろんなかわいい仕草が臨機応変で、、<スタンプ><スタンプ>で重宝してますヨ~

箱根<ポーラ美術館> ピカソとシャガールの想像上の対話

2017-08-22 23:33:11 | 絵画、展覧会、記念館
<ポーラ美術館>開館15周年記念展「ピカソとシャガール」、巨匠二人展とは贅沢すぎる。


ハイアットリージェンシー箱根で迎えた朝一番、気力充分で美術館入りした。


開館と同時だったが入場者がつぎからつぎへで、あと少し遅れたなら「人を見に来た」なんて事態だったかも、


<全く異なる様式の、それゆえ、全く異なる創意をもっていたと思われている二人の芸術家の作品を
 対話のごとく並べて展示してみようとするこの展覧会>だが、
<両者の作品をご覧いただければ、二人のアーティストに共通する、ひとつの強い願望のあることが理解されるであろう。> (展覧会パンフ)


副題;「愛と平和の讃歌」~ふたりの芸術家が織りなす、想像上の対話

魔術師のピカソよー シャガール


光に対する感覚を持っているのはシャガールしかいないー ピカソ


2度の世界大戦を経験した、同じ時代を生きた同志ととらえて、対話のように作品を展示している。
 次々と新境地を開いて変化し続けた<ピカソ>で高揚した心は、
 最初から最後まで<シャガール>は<シャガール>で変わらぬ画面に内省して、、
しだいに心は解放されていった。
この世界もまだまだ捨てたものではないと、希望とさらなる活力を与えられた。


「ウィンザーチェア 日本人が愛した英国の椅子」 信濃美術館

2017-08-05 14:23:30 | 絵画、展覧会、記念館
信濃美術館は英国で18世紀初めころから「ウィンザーチェア」と呼ばれた木製椅子の一大展覧会だった。




その定義は「尻形の窪みをつけた分厚い木製の座版に、脚や背棒などの部材が差し込まれた椅子」、
地元で手に入る木材を使い実用的な椅子として、18世紀初期には屋外で使用するガーデンチェアとして人気が高まったという。
 シンプルな美しさと機能性で、時代を経てローカリズムとグローバリズムをつよめながら各地で独自な展開をとげ、
日本でも早くから柳宗悦ら民芸運動家が注目していたらしい。
日本の木の伝統文化のベースにマッチして、ことのほか愛好され、収集保存はステータスにもなったという。

現代にも通じるシンプルさで、どこかで見かけたような懐かしいスタイル、
とくに人気が高いという<スモーカーボー>など、一脚リビングにあればすかさず「英国のパブ」気分になれそうだ。
素朴なスティックバッウタイプ、ロングスツールなどもマルガリータの庭に似合いそう。

・時代によって異なるスタイル
<コムバック comb-back 櫛形>
 その最初期の<スティックスタイプ>
  

  

 コムバック;
 

<ボウバック bow-back 弓形>


19c~
<ラスバック lath-back>

<スクロールバック scroll-back>


<ローバック>
 とくに<スモーカーズボウ smoker's bow>
 

<アメリカタイプ> 脚がそとに向いている。



「東山魁夷館」 ~リニューアル休館中で外観のみ

2017-08-05 13:48:26 | 絵画、展覧会、記念館
先週末の<赤倉、安曇野、万座>は、まず長野ICから善光寺隣接の東山魁夷館をめざしたがリニューアル休館中だった。
谷口吉生の名建築の外観を観察、前面に広がる公園も良く整備されて美しい。
  (併設の「長野県信濃美術館」で「ウィンザーチェア 日本人が愛した英国の椅子」をじっくり見ることになった。)




ここから妙高、赤倉へ通じる山間の裏道37号線は針葉樹林が山頂を覆って、東山魁夷の北欧風景を思い起こされた。






魁夷のあらわす<山の自然の厳しさ、深さ、人々の素朴なあたたかさ>は、信濃からも影響されたのだろう。
長期休館中で作品にはふれられなかったが、満足の帰路だった。



「武者小路実篤記念館」・ 実篤公園の「ひかりごけ」

2017-07-25 12:26:13 | 絵画、展覧会、記念館
23日の日曜日、小金井の「はけカフェ」でお腹をみたしたあと、調布の武者小路実篤記念館へまわった。
こちらも「個人美術館」「一人美術館」で、武者小路実篤が晩年の20年を暮した家が隣接する実篤公園に残る。

◎板倉建築研究所の設計になる記念館






◎実篤公園と公開していた旧邸宅。






<ひかりも>






 旧邸;




◎さるすべりがきれいな住宅街だった。

はけの森カフェのランチ (はけの森美術館は休館中)

2017-07-23 19:03:20 | 絵画、展覧会、記念館
久しぶりに30℃を下回った曇り空の日曜日、小金井市中町の洋画家中村研一;「はけの森美術館」に出かけた。
あいにく、7月28日からの新展示に向けて休館中だったが、
 <はけの森美術館>前面、


「はけ」の広い森を散策し、湧水を確かめて、中村研一のアトリエ、住居を改装したカフェのランチを楽しんだ。






うっそうとした森、春は桜、秋は紅葉、段差のある庭は最高のぜいたく☆


湧水が目で確かめられる池、




 ~やぶ蚊にご注意~

カフェのランチは、思いがけず御馳走だった。
美食家としても有名だった中村研一の家庭料理をイメージしたという「ライスカレー」に
野菜たっぷりのキッシュプレート・冷スープつき、
キリンビールも独特、のどごしが不思議なお味、
 ~ボリュームたっぷりで腹持ちがよすぎて~ 夕食時になってもお腹がすかなくてこまった~

 <天日干し玄米、牛すね肉スパイスカレー> <キッシュ、野菜のお惣菜>




道路の向こうから伸びる<はけの小路>



『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』 森美術館でアートの力を再認識した

2017-03-18 11:19:18 | 絵画、展覧会、記念館
  

今日のインド現代美術のもっとも洗練されたアーティストのひとり、N・S・ハルシャの初のミッド・キャリア・レトロスペクティブをみてきた。
 (*) ミッドキャリア・レトロスペクティブ:アーティストのキャリアの晩年や没後に開催されるイメージが強い「回顧展」に対して、一定のスタイルを確立した中堅アーティストの数十年間の仕事を網羅的に見せる展覧会。

足を踏み入れた瞬間から想像以上にユニークで新鮮な切り口の展示が続いた。
故郷の南インドに軸を置き、伝統美術、神話の世界から、視点は現代のグローバル経済への変化へ、
 さまざまな矛盾、不条理を一瞬のうちに感じさせるアートの力はすごい。
 さらに「インド」を超えて宇宙へ向かう思想には、ここでも「インドの奥深さ」に圧倒された。

1)くりかえし描かれる人々の日々の営み、
  <ここにきて演説をして>
  

2)古都マイスールから世界を考える「チャーミングな国家」シリーズ
  <彼らが私の空腹をどうにかしてくれるだろう>
  

3)193台のミシンに国際連合加盟国の旗
  <ネイションズ(国家)>
  

4)古代インドの『ラーマーヤナ』にも登場する猿の神様ハヌマーン、
  そのモデルとなった猿たちが天空を指さしている。
  <道を示してくれる人たちはいた、いまもいる、この先もいるだろう>
  

5)大きな一筆書きのよう、宇宙空間へ、
  自分もその一部に、
  <ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ>
  

≪MEMO≫
N・S・ハルシャは1969年、南インドの古都マイスールに生まれ、現在も同地に在住し活動しています。
 インドの現代アートは近年の急速な経済成長や都市化とともに、国際的な注目を浴びていますが、N・S・ハルシャもこの10年間、世界各地で開催される国際展に数多く参加し、作品を発表しています。
 その一方で、南インドの伝統文化や自然環境、日々の生活における人間と動植物との関係など、自らを取り巻く「生」と真摯に向き合いながら、独自の立ち位置を確立してきた作家でもあります。
 現実世界の不条理、具象と抽象、イメージの繰返しなど、彼の実践に一貫して見られる関心を掘り下げます。
 
古都マイスールについては;マイスール・ウィキペディア
 









マティスとルオー展 ー手紙が明かす二人の秘密ー パナソニック汐留ミュージアム 

2017-02-07 11:22:27 | 絵画、展覧会、記念館
マティスとルオーの半世紀にわたる往復書簡を手がかりに、
時代の背景を想いながらの鑑賞は楽しかった。



 色と形の追及に生涯を捧げたアンリ・マティス(1869-1954)
 20世紀最大の宗教画家であるジョルジュ・ルオー(1871-1958)
全く異なる画風のふたりは、完全に同時代に生きた。

 

第1章「国立美術学校(エコール・デ・ボザール)からサロン・ドートンヌへ 1892年~1913年」
 2歳違いのマティスとルオーは、国立美術学校(エコール・デ・ボザール)で共にギュスターヴ・モローに学んだ同門
 新進画家だったふたりの貴重な初期作品
  ・ルオーがモロー教室時代に描いたデッサン《〈学者たちの間の幼児イエス〉のための習作》は本展で初公開。
  ・マティス≪スヒーダムの瓶のある静物≫

第2章「パリ・ニース・ニューヨーク 1914年~1944年」
 ルオーはパリで、マティスは南仏ニース。
 ・マティス≪ラ・フランス≫ 1939
      ≪窓辺の女≫ 1920
・ルオー ≪曲馬団の娘たち≫ 1924~1925
 
第3章「出版人テリアードと占領期」
 ナチスがパリを占領していた時代に、テリアードが発行した芸術誌『ヴェルヴ』
 ・ルオーの「気晴らし」シリーズの油彩画。

第4章「『ジャズ』と《聖顔》1945年~1956年」
 戦後、それぞれの個性が際立つようになり、
 ・マティスは単純な線と純粋な色彩を追及した結果、
   ≪版画『ジャズ』≫に到達。
 ・ルオーは宗教性を深めるとともに、特徴的な厚塗りは晩年になるにしたがってさらに厚さを増していく。
≪聖ジャンヌダルク≫「古い町外れ」1951

~巨匠二人の知られざる友情を知り、
 彼らの祖国への愛がそれぞれの表現、「ラ・フランス」「聖ジャンヌ・ダルク」で比べてみられて、
 「芸術」からの恩恵に浸れました。

→汐留ミュージアム・展覧会情報