左上に文字が書きつけられていて、「昼の自立」とあり。
2008ともあり、その頃に描かれたと思われる。
アトリエのすみの空間に隠れるように貼られていました。
その空間を見つけた時、摩訶不思議な気持ちと同時に、
「可愛らしいな。」と思ってしまいました。
それが、今回の絵を選んだ理由になります。
使われている紙は、木炭紙なので、
ぎゅうぎゅうと色鉛筆を力強く擦り付けていますが、
余分な粉をはじく紙なので、黒板にチョークで描いたような風合い。
普通は、木炭紙に色鉛筆を使うなんて大抵の人は選択しないと思うのですが、
武内は実験派なのでするのです。
強引に仕上げた感がある作品です。
「可愛らしいな。」と見た理由には、
この絵を見ると、子供の時の遊戯をしていた感触を思い出し、
その頃の空気や心情がよみがえりました。
年齢は、幼少でしょう。
3~5才ぐらいでしょうか。
トコトコと知らない道を歩き、見知らぬ景色を眺めている時や、
大切な宝物(今から考えるとゴミのような・・)をジッと見ている時や、
必要ない年齢になってから、乳母車に乗ってみた時のような感覚です。
これは、わたしが絵を見た時に感じた感想。
武内の話から起草するのは、「芋車」というもの。
この絵の背景に、武内の幼少の頃の思い出にある「芋車」の存在。
そういうものが下敷きにあるのではないかと。
それってどんな車?と、わたしも武内の話を聞きながら思いました。
それは、叔父が作ってくれたという、
「手押し車のような、ハンドルが付いた四輪者」のことなのです。
車輪がよく回るように、車輪の芯棒の周りに芋を潤滑油のように詰めたものらしく、
坂道を何度も下りると、「芋がはみ出してきて、芋がだんだんダメになる。」と聞きました。
たぶん車輪の芯に通すサイズの合った筒状のものがなかったと思われるが、
頭で輪の部分に芋が詰め込まれた様子が浮かび難く、
芋がはみ出てきたり、ぺしゃんこになって汁が出てくるというから、
今の時代には、考えられない代物だ。
武内が言うには、
「はじめはね、いい感じで、そんなもの作ってはもらえない子供が羨望の眼差しで見ているんだけど
だんだん石につまずいたり、坂を下っていく途中で芋がはみ出したりしてきたら、
真直ぐ動かなくなって、大変よ。
坂を上って車を押して上るのも大変だし、車がボロボロになってきた頃には、
羨望のまなざしもあったもんじゃない。」と。
叔父はそれに乗る甥っ子の姿が嬉しいらしく「また、芋を詰めなおしておいたからな。ヒロクニ。」と言って、
乗れ乗れと言われていたそうです。
どこにも売っていない力作だったのかもしれない。
その車は、そのうち羨望の眼差しで見ていた子供に貸してあげたそうで、
だんだん汚れがましていくうちに、ある日壊れたと。
武内の一家は、新し物好きだったようで、徳之島の家では蓄音機があったらしい。
子供の車も、当時としては珍しかったのかもしれません。
前衛だったりして。
その車は、木製だったと思うと、かなりの力作。
そういう幼少の思い出話を聞いているので、この四輪の乗り物みたいな形が出てくると、
「芋車」の話をわたしは思い返し、
この絵から見て取れる人の顔の表情から、幼少の体験を思い浮かべたのです。
子供の頃の独特の甘い時間って、大人になるとなくなります。
思い返すことは出来るので、今その時間を思い起こしてみると、
その時間は現実にあったけれど、現実から離れた異空間のような感じがします。。
心のある場所が違うという感覚。
朝夕が涼しくなり、秋を感じる日々。
先ほどの文章と打って変わり、現実感ありの日常。
ものを壊すのは天才!と思われるヒロクニさん。
やはり、いろいろやってくれます。
壊した場所は、トイレのノブ。
ヒロクニ&サホリ劇場へようこそな内容よ。
食事が終わって、トイレに行くとトイレのノブが動かない。
「えっ!」と思って、動かしてみるがどこかで止まっているような音をたて、
トイレの扉が開かないのです。
そうしていると、「トイレの扉開かなくなっているんだよ。」とヒロクニさん。
「な、なんで?急に開かなくなったの?何にもしないのに?」と言うと、
「2階のトイレを使うしかないね。」という返事。
壊れているのをわたしにすぐ報告しなくて、
すぐ2階のトイレを使う提案をするのは何かおかしい・・・。」と思ったわたしは、
「トイレの鍵を触っていたりしたの?」と聞く。
静かな声で、「触っていた。」とポツリ。
言葉数の多い夫が、口数が少ない。
してはいけないことをしていたような気配。
「まさかと思うけど、中から鍵をさわっていたんじゃないでしょうねぇ~。」という声のトーンが低くなっていく。
また「触った。」とポツリ。
「じゃあ、中の鍵がかかってしまったというわけ。
中の鍵は、中からしか鍵がかからないようになっているのに、
外から中の鍵を締めてしまったのォ~!」と、語尾のトーンだけが上った。
「君、ヒステリーな声を上げるんじゃない。
すっとんきょうな声を出して、君って怖い人だねぇ。」と。
声を上げてしまったのを注意されて、「何でこれが怖いの?驚いているだけなのに。」と思ったので、
「怖くはありませんよ。あなたの錯覚よ。吃驚しただけです。」と言う。
しかし、引越し中、何度も言いそうになった言葉があり、
その度に飲み込み我慢してきた言葉が口をついて出てきた。
「あなたって、碌な事しないわね。」という奴。
この一言を言うと、息せき切ったように言葉が流れるように口から出て、
「しかし、普通は中からしかかけれない鍵を、外からかけてしまうなんて・・・、
しようと思っても出来ないことを楽々するなんて・・・、
バターを使いやすいように出しておくと、冷蔵庫に入れてくれるし、
料理していると、洗い物を横でして、泡を飛ばしてくれるし、
ほんと、碌でもないことするの天才ね。」と言う。
すると、「他に私がどんなことをしたというのだ。もっと言ってみろ。」と言われる。
言い始めると、「君って、怖い性格だねぇ。じゃあ、どうするっていうの。」と。
わたしは返答として、「どうするって?わたし離婚しませ~ん。それも意味ないもん。」と言い、
2階に上った。
そして、鍵の構造を思い浮かべ、ネジ穴を確認してから寝た。
朝が来て、2階のトイレに行ってから、プラスのドライバーを取り出し、
ネジを緩めると、ノブがはずれ、抜くことが出来た。
抜くとカチャという音がした。
すると、かかっていた鍵がはずれ、直った。
直った瞬間、ヒロクニさんの顔を見ながら、「直ったわ。」と言うと、
「やっぱり、さほりは凄いな。」と。
別に凄くない!と思いながら、
「あなたは物の構造とか考えたことがあるの?
いつも口ばかり動かして。
絵ばかり描いていないで、身体も動かしなさい。
歩きなさい!わかった?
身体は動かさないと動かなくなるのよ。
そうしたら、絵もかけなくなるよ。」と、偉そうにいうわたし。
手柄をたてたので、ひれ伏し加減のヒロクニさんになっている時に、すかさず注意をします。
私って、嫌味な性格かも。
買い物に行き、ちょっと下っておりてみると、
都会な風景が現れてきました。
↑買い物に行く場所は、庶民的な場所なのですが、
まっすぐ下りて海側へ行くと大道りに出た。
信号を待っている時に、写真を撮りました。
キャリーバックを引きながら、この景色を眺めていました。
暗くなっていく中、夕日がビルの窓に当たっています。
もう一枚も同じ場所から。↓
わたしの中では、新しい景色。
いつも都市の近効に住むことが多かったので、
お出かけでないのにこういう風景を目にするのは初めて。
都会も好きかもしれないと思いました。
今日は、ヒロクニさんの思い出の「芋車」のことを詳しく書いてみました。
昭和1930年代(昭和10年代)の頃のはなしになると思います。
日常では、ヒロクニさんは口はよく動く人で、話している間に出来ることが一杯あるだろ?
とよく思うのです。
相変わらずの言い争いを今日も書いてしまいました。
こんな文章を、最後までお読み頂いた方ほんとうにありがとうございます。
芋の説明が抜けていました。
芋は、さつまいもを使ってとのことk。