武内 ヒロク二

このブログは、武内ヒロクニの絵の紹介や、家での出来事を妻が語ります。
日々、徒然。

加筆された作品(色鉛筆画紹介500)と アトリエでのヒロクニ画伯

2018-09-19 20:03:39 | Weblog


この作品は、「2016年のを加筆」と裏に記されている。
以前紹介した作品「赤い街」という作品とよく似ている。赤と黒のストライプが共通している。
ピンクとブルーのコンポジションが、私には「ヒト型」に見え、街を闊歩しているように見えてしまう。
スキャンの加減で実物より、暗くなっているのが残念です。

メモを整理しているうちに、加筆して仕上げた作品の1枚。
ヒロクニさんの絵って、「まだ見ぬ絵画を」とおしゃってくださた方がいたが、
私も「こんな絵初めてみるなぁ~」と、つくづく思い、
これがヒロクニさんの個性というか、才能なのか?と感じいったのでした。

絵画でも手芸でもなんでもありなんですが、「才能」を発見した時は、ワクワクし、
気持ちが高揚してしまう私の幸せの瞬間です。
その後、それが、意思や技術、努力に支えられているのが、じわ~とわかってくると、
いっそう崇高な精神を感じるのです。

そういう時は、「ヒロクニさん、やるな!」と思い、嬉しくなっちゃう。


今日のヒロクニさんです。↓



右がかの有名な、ふとんが嫌いなヒロクニさんの押入れのベット。
私はいっさいタッチしない。余計なことを言うと怒るから・・・・。
冬用に毛100%の上等そうな押入れで寝る人にちょうどいい大きさの毛布を、
フリーマーケットで1000円で購入した。そうしたら喜んでいました。
(いつも行く、200円で着物が売っているお店でね。)
何故か上半身裸のヒロクニさん。
紙の状態を点検しているようです。




カクノトラノオの花が咲いています。↑
台風で、せっかく真直ぐ伸びていたカクノトラノオは、なぎ倒され横に倒れてしまい、
倒れた状態のまま花を付けています。

古典で、野分(台風)で、なぎ倒された「菊」の花の句を多く読みました。
まさにその情景です。カクノトラノオだけど・・・・・・。
酷暑のせいか、近所の方は、コスモスが咲かないと言っていました。
我家で苗を頂いて育てていましたが、茶色くなって枯れたり、成長する先の葉がなくなっていったりと、
花を付ける気配が見えません。ちょっと残念でした。



長雨、酷暑、台風、そして地震と続けざまに起こった災害に、ちょっと気落ちしていました。
そして阪神大震災で、右往左往して、経済的打撃を受けた我家は、転居の決心をして、
現在宝塚市に住んでいます。全身でどうすればいいか?考えていたと思います。
そんな事を急に思い出していました。











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階段を登る(作品紹介499)と クーラーとヒロクニさん

2018-09-02 17:07:43 | Weblog


この絵は、つい最近出来上がったもの。
絵の作風が統一されていないのが、ヒロクニ流なのか?

アトリエの描きかけの古い絵を整理していたらしく、ゴミ箱にどっさりと紙くずの山があった。
残すものと残さないものをより分けているらしい。
私が気に入っている絵もあるかも?と思うと、一緒にチェックできなかったことを悔しく思う。
ゴミ箱にある小さい作品を、拾って自分のものにしたときは、嬉しい。

何回もより分けをくぐって残っていた作品に、手を加えて出来上がったのがこの絵です。
(この絵は、マジックとアクリル絵具使用)

色が激しくて、驚いた。
階段を登っているような人物が描かれていて、絵の空間の構成が面白いなぁ~と。
やはり元気な感じが絵から伝わってくるので、不思議なもんだ!

当のヒロクニさんは、この夏はクーラーを入れて、なんとか制作の手を弛めず、続行。
そのかわり、クーラーが効き過ぎて寒くなると(私は快適なんですが・・・・・)、
「さほり、寒い・・・・」。
「さほり、寒い・・・・」。
「さほり、寒い・・・・」。
と、蚊のなくような声で言ってくる。
なんか、柱から顔を出して、「さほり、寒い・・・・」。と言われると、
別れ話を持ちだされた女性が、すがりつくような様子で、目がテンになりそう。
普通な感じで、言ってくれたらいいのに!と思う。
見たらクーラーの部屋でパンツ一枚である。
そりゃ寒いでしょう。
惨めな感じで「さほり、寒い・・・・」。という姿を見ると、「これが私の良人か・・・・」と、
ガックっときます。


しかし、出来上がっている絵は力強かったりするから、ほんと不思議!


絵の制作をしている傍らで、ヒロクニさんのかける音楽を聴いています。
「ファンキーなジャズを聴きたい」と言われた時に、同時に買ったCD。
こちら↓


私は、「ファンキーなジャズ」よりこちらが好きみたい。
Erroll Garner の easy to love。
ウッディ・アレンの映画を見ているようで、落ち着いた感じがいいみたい。
ニューヨークの街。秋のニューヨークの美しい映像が頭に浮かぶ。
独特のあのシニカルなジョーク。いつもクスクス笑って観た記憶がある。

ヒロクニさんとも一緒に観ようと思い勧めたが、ヒロクニさんには面白みが分からないらしく、
何処かへ行ってしまう。「カイロ紫のバラ」も好きな映画だが、男が妻に「早く飯作れ!」というシーンで、
「嫌な男だねぇ~」。と言っただけ。
自分も私に時々似たようなこと言っているのになぁ~????と不思議。変なヤツ。

僕も映画をさほりに勧めるぞ!と勧められて見たのは、西部劇でした。
西部劇は、名画がたくさんあり楽しめました。
西部劇は、ヒロクニさんの真髄であったようで、健康的な一面を知り、意外な感じがした。
暮らしていて、意外性もありなんか面白い人です。


音楽を聴きながら、マットを編んでいました。
残り糸でいつも縞模様をするしか考えなかったのですが、初めてデザインと色を
考えてから作りました。ヒロクニさんに好評です。


十字模様が1つ抜けているのは、茶色系の刺繍糸がなくなってしまい、
代用できそうな色を思いつかなかったから。
茶色の糸を買ったら、チェーンステッチで6本どりにして刺したら完成。

下田直子さんの編み物から、ヒントを得て刺繍をしました。



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子供が描いたような絵(色鉛筆作品紹介498)と53年前の阿波踊りの写真

2018-08-19 16:14:35 | Weblog


四つ切の画用紙に描かれた絵。
ヒロクニ画伯曰く、「海」だそうです。

私は、ヤドカリに思えてしかたがない。
何度も「ヤドカリみたい」。と言ったが、「海だよ」。と言う。
「ちょっと、可愛い作品だね」。と言うと、「女は、可愛いですまそうとするな~」と。
もっと違う褒め言葉が欲しいのか?と思い、「これはやっぱり風景画だよね」。と言うと、
「よく気が付いたねぇ~」。と言い、「これってやっぱり空間処理の問題を考えながら作った作品だよね」。と言うと、
嬉しそうにしていた。

ぼや~と、長く絵を見ていると四色の虹のようなのが、グッと奥へ伸びているので、
広がりを感じるのか・・・・・とか、黄色の部分がなかったら、画面が安定しないのか・・・・・・、
と、色々気が付くのです。

しかし、初めて見た時のトンチンカンな絵という印象は強烈で、いつも驚かされます。

朝は、初めて油絵を描いた時のことを話していました。
ヒロクニさんは、「芸術家になりたい!」と中学生の頃、強烈に思ったそうです。
読書家だったヒロクニさんは、まず小説家にと。
「ところが小説家だと、だんだん死なないといけないような気分になるから、これはいかんと思ってねぇ」と。
「中学生の夏に始めて、油絵を描いてみて、先生に見せたら、『これはお前が描いたのではない』と、
断言しやがる」。「そうしたら、もう一枚描いてやるという気になってね」。
「描いているうちに、俺は、画家になろうと決心したんだ。即物的だし、何より見たら分かるというのに
惹かれてしまったんだろうね」。と。

何回も教師が、「俺が描いたのに、君が描いたんじゃない」と言うことを強調していました。
本当のことを疑われたのが、どうしても腑に落ちないだろうと、フムフムとその気持ちを想像すると、
なんか可笑しかった。
中学生の頃から、普通じゃない人だったというから、先生も扱いが大変だったろうなぁ~とも思っています。、


やっと、暑さが普通に戻り、昨日の夜は近所のお祭りに2人で出かけていました。
盆踊りを見たり、かき氷を食べたりと、夏の祭りを楽しんだのでした。



ニュースで阿波踊りのことやっていました。
ニュースをみても何がどうなっているのか、詳しいことは分かりませんでした。
だだ、私は徳島に住んでいたことがあったので、3歳くらいになると笠を付けて踊りに参加していたのです。
その写真は、実家にあるのですぐ取り出すことができませんが、レコードをかけて、歩き方の練習を
していた記憶があります。けっこう特徴があるのですが、子供の私には難しかった。
自分が持っている写真の中に、その頃の阿波踊りの写真が残っていました。
私が写っていないので、3歳になる前の頃の写真なので、53年前の頃だと思います。

アルバムより








母が写っています。
提灯に日本国土開発と。父は、日本国土開発の社員で、徳島に家族で転勤していた頃にあたるのです。
会社から参加していたようで、会社の前で、阿波踊りの衣装を着た集団写真からわかりました。
もう、昭和!!という感じ。父が終戦を迎えたのは小学生で、この頃の年齢は25歳ぐらいだと思うので、
戦争が終わって、高度成長へという雰囲気がすごくします。



記念写真。
左が母で、中央が父、右は同僚の奥様か、上司の奥様かも。
子供の頃、上司のお宅へ伺った記憶がありますが、すごく優しい方だった記憶があります。
両親とも、その上司にはお世話になったそうで、仲人さんでもありました。
母24歳、父26歳です。
現在父は81歳、見る影も無く今は「信楽焼きのたぬき」に変身しています。
母は78歳、髪の毛を赤く染めるので、皆から「白い目」で見られています。




そんな夏の日の夕食は↓ 揚げ物ばっかり!!



ヒロクニさんに「いわしのフライ」が食べたいと言われて、ついでに「天ぷら」を揚げました。
何を考えていたのか、山盛りの天ぷらを・・・・。
時々、人って可笑しなことをするものです。
小エビ、ゴーヤ、なす、じゃがいも、ごぼう、えのきだけ等を揚げています。









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「Paper House」という作品(作品紹介497)と 我家の食卓

2018-08-08 15:29:04 | Weblog


「Paper House」と名付けられた作品。
この弧を描く形の人がある作品は、すべて「Paper House」と名付けられています。
10点ぐらいあると思います。

この作品は、もともと牛乳パックでヒロクニさんが遊んでいた時(簡単な工作)をしていた時に、
牛乳パックの面を半円にして、そこに落書きをしていた時に見つけたフォルムなんです。
そういう工作群をテーブルに置き、街として眺めていました。

私は子供造詣教室をしていた頃があり、子供より創意工夫がなされていないヒロクニさんの工作を見て、
「ある意味凄い」「抜け感が凄い」と驚いていました。
子供の方が、大人顔負けの作品を作ることがあり、子供は凄い!!と驚いていたのと反対の感情が、
ヒロクニさんの工作でした。
たぶん、ヒロクニさんの感覚には二次元の感覚しかなく、「二次元の立体感覚」だったのだと思います。
そんな事から生まれたのが、「Paper House」の作品群なのです。

また重厚さというのは全くなく、軽さを感じさせるものでした。
風が吹いたら、飛んでいってしまいそうな。


暑い日が続く中、この絵はトイレに飾ってありました。
我家のトイレは日がちょっと当たり、冷房も効いていないから、蒸し風呂のよう。
手を洗う水は、暑い湯になっている。
「あつ~」、と手を洗って振り返ると、この絵が見える。

この絵を見ていると、東京の銀座での個展の時に感じた、都会の片隅の静寂を思いだし、
その空気を思い出していました。それは、神戸でもなく、大阪でもなく、銀座の夜の時間。

この絵は、はっきりしたいつものヒロクニさんのパワーの絵ではなく、
少しセンチメンタルでポエジーが強く出ている絵のように思います。



暑い日が続きますが、食欲は2人とも衰えることはなく、
「美味しい、美味しい」。と夕食を共にしています。
そんなことで、我家の夕食を↓


白いお皿には、鳥腿肉にデルモンテから出ているマスタードソースを絡めたものと、サヤインゲンのグラッセ。
雑魚だしでとった小松菜の吸い物、ピーマンの煮浸し。
卵豆腐。ゴーヤの天ぷら、昨日の残りの高野豆腐を薄味で煮たもの。
トマト。蓋付きの入れ物には、みぶなの漬物と高菜漬けが入っています。

私はまずトマトを食べ、それから2人で少しだけ焼酎を飲みます。




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色鉛筆画紹介496(アリガトガンス)と 我家の食卓

2018-08-01 09:40:59 | Weblog


今日、31日にギャラリー島田でのミニュアチュールにヒロクニさんが、持参した絵。
この展覧会は、会期:7月21日(土)〜 8月1日(水)11:00-18:00
もう、終わりに近い。

ヒロクニさんは、もともとマイペースな人だが、80歳を過ぎてマイペースに磨きがかかってきている。
テーマがある、企画展に出品の案内が来るが、テーマにそぐわない絵を出すことがあり、
クリスマス展や、正月にちなんだ作品展などには、まったくお誘いが来なくなった。
80歳を過ぎてから、それにいっそう拍車がかかり、自分の思考の絵しか興味がない。

この絵は、ヒロクニさんの描く、女性像の魅力が詰まっていると、私は思います。
キュートな感じとある種の重々しさ、女の子特有のとっぴで可愛い感じが、します。
少女像なんでしょうね。
少女が赤い腕を上げ「アリガトガンス」と笑っている。
ちょっと踊っているようにも見えるし、音楽的でもある。
ファンキーなジャズをかけながら、制作をしていた影響もあるのでしょうか?

7月31日と8月1日のみの展示になってしまいましたが、
ミニュアチュール展よろしくお願いします。
絵の価格は、二万円で出品しています。


会場:ギャラリー島田 B1F
   〒650-0003 神戸市中央区山本通2-4-24リランズゲートB1F・1F
連絡先:TEL&FAX 078-262-8058 メールアドレス:info@gallery-shimada.com

会期:7月21日(土)〜 8月1日(水)11:00-18:00

  ※最終日は16:00まで




昨日の話なのですが、大きないびきが聞こえてきたのです。
昼間、パソコンに向かっていると。
ヒロクニさんが、押入れで寝てしまっているのかなぁ~と思って、
見に行くと、ヒロクニさんは制作していた。
そして、またパソコンに向かうとやはりいびきが・・・・・。
物置になっている部屋から音が聞こえている。
物置の部屋は、あまり入らないので、知らない人が侵入しているのか???
ゆっくり襖をあけて見て見ると、大きな太った猫が「ゴー、ゴー」といびきをかいて寝ていたのだ。
目が合うやいな、去っていった。

私は、「いびき」をかく猫というものに遭遇したことがなかったので、驚いた!
白く太った猫で、毛の艶はなく目やにが酷く飼い猫ではない感じがした。
現在は、猫不在で猫恋しい私は、なんかすべてを許してしまったのでした。
あと点検すると、冬のズボンを畳んであった黒いズボンは、白い毛で覆われていた。
そこでも寝ていたんだと・・・・。
猫を飼っている時は、よその猫が入ってこようものなら、「コラッ!!」と怒鳴っていたが、
猫のいない今、その猫ちゃんにも慈悲が湧いてくる。

そのいびきがあまりにも、人顔負けだったところが可笑しくてなんか優しい気持ちが湧くのである。
ヒロクニさんにもその話をしたら、笑っていて「なんか愉快やね」「俺も聞いてみたかった」と言い、
なんか和やかな時間が流れたのでした。

いびきをかく猫を飼っている人って、いるのかなぁ~と思ったのでした。



そんな日の夕食。↓

ヒロクニさんの方に寄って写真を
あまり写真では美味しそうに見えないかもしれませんが、
ヒロクニさんは、絶賛してくれた。

メインは、白い皿にのっているお焼きのようなもの。1
1、小麦粉と長芋の摩り下ろしに出汁と醤油少々、塩一つまみ入れ、
  適度な水を加える。そこに、茹でたインゲンを細切りにしたものと
  玉ねぎをスライスしたもの、豚ばら肉、小エビの乾燥したものを混ぜ、
  ホットプレートでやきました。

そのとなりにあるもの2
2、茄子を半分に切り、表面に火が通りやすいように斜めに切れ目を入れる。
  茄子を揚げ、盛り付ける時に茄子の次に大根おろし、その上に茄子、そして大根おろしをのせる。
  食べる時に醤油を少しかけます。

その他は、ピーマンを網で焼いたものに、醤油とかつお節を和えたもの。焼きたらこ、かまぼこ、
じゃこと高菜のごま油炒め、枝豆、きゅうりとシソの塩もみしたもの、冷やしたミニトマト。

暑い日が続くせいか、私はまずトマトを必ず一番はじめに食べます。
ガーデニングでトマトは、毎年植えています。


こちらがそのとまと↑
フランス産のイタリアントマトを種から毎年植えています。
発芽率も良いし、鉢で育てられるので重宝しています。








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ファンキーなものを聴きたい!!(作品紹介495・Beat)

2018-07-22 17:04:21 | Weblog


こちらの作品は、Beat(1)とタイトルの付けられた作品。
2001年の頃描かれたような記憶が・・・・。


急に「ファンキーなヤツを物凄く聴きたい!!」
「サホリ、検索してくれ!!」ときた。
アマゾンで買い物するから、よろしく!!と言うことだ。
「ソニークラークを引いて!!」
パソコンの横にきて、食い入るように画面を見る。
もう見たかと思い、次のページに行くと、
「ゆっくり見せろ!」と文句を言う。
スクロールさすと、
「じっと見せろ!」と言う。
ページを見せる速度で、言い合いだ。

最後は、「その中(決めたCD)で、一番どれが安い?」が決定の条件となる。
勢い込んで買ったCDは、



これは、ジャケットが有名。
このCDは、家にあった。売ったり、買ったりを繰り返しているCD。
ジャズ喫茶で、ヒロクニさんとよく聴いた。


これは、私は始めて目にするジャケット。

ヒロクニさんは、「いいよね」。と言い、
聴きながら、ボクサーのような構えをして、立ちながら身体を揺らして聴いている。
そんなヒロクニさんを見て、「面白いやつ・・・」と、横目で見ています。



今年の夏は、異常な暑さで凄いですね。
さすがに午前11時頃には、クーラーを入れて過ごしている。
「暑いな~」。と思いながら、時計に付いている温度計を見ると33℃。
なんとなくそのまま過ごしていたら、気分が悪くなって、ヒロクニさんより私がダウン。
その日から、クーラーを昼間入れています。

次の日は、ヒロクニさんが「気分が~」。とダウン。
ヒロクニさんは、夜の間に熱中症になっているようだ。

アトリエの模様替えをしたらしく、押入れの中で寝ている。
そして、敷いてあるのは毛布
暑いに決まっている。タオルケットを敷くよう進めるが「嫌だ!」という。

以前からなのですが、「俺は布団に寝るのが嫌なんだ!!」は健在らしく、
信念らしいが、どうして毛布はOKなのかずっと謎に思っている妻です。
そして、朝方はいつも気分が悪く、10時頃気分が落ち着き、制作しています。


気分悪いと言ったり、踊ったり忙しい夏のようです。




そんな時、とうもろこしを茹でるのではなく、揚げてみました。↓


もしかしたら、茹でるより美味しいかも・・・。
とうもろこしを四つ、または三つに分けて揚げました。
低音で揚げていきます。温度が高いと、とうもろこしの粒が跳ねて大変怖いそうです。
最後に、少し塩をうすく振り掛けてあります。
思った程、脂っこくありません。














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夏だ!飛び出せ!骸骨!(色鉛筆作品紹介494)

2018-07-17 12:18:27 | Weblog
西日本豪雨災害で、亡くなられた方がたに衷心よりお悔やみを申し上げるとともに、被害に遭われた全ての方がたにお見舞いを申し上げます。雨が上ったあととの猛暑、お身体をなにより大切にして欲しいと思います。



「夏だ!飛び出せ!骸骨!」こんな感じのタイトルを考えてみました。

初めてこの絵を見た時、ビックリしました。
言葉が浮かんでこなかった。頭の中も真っ白。 
最近、頭に空白が多くて、うすらぼんやりしているのですが、
この絵を見た時、真っ白になったので、驚いた。
パワーを感じさせる絵。80歳になってもこんな感じが怖い。

そんな感じで絵を見ていた矢先、13日なのですが、家で熱中症に罹っていたらしく、
吐き気がしてきて、ふと室内の温度をみたら33度、湿度67%に。
ヒロクニさんにお願いして、クーラーを入れる許可を貰ったのでした。
ヒロクニさんは、意外と元気。(80歳くせに・・・・)

今日15日は、「明日は、猛暑で凄いらしいよ」。と言っておいたので、
何とか涼しく過ごしています。
「ここまで暑いと、なんか嬉しいね!」とルンルンな感じで言っています。
独特の無邪気さは、ヒロクニさんの特徴といえるかもしれない。


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夫婦で、拉致問題を語る

2018-07-16 12:27:34 | Weblog
ブログを書かない間に、いろいろなことがありましたね。
 ■米朝首脳会談
 ■オウム死刑執行
 ■地震
 ■豪雨

この中で、2人で一番話題になったのは、米日首脳会談。
もちろん、私達の間で話題になったのは、拉致被害者は帰って来ることが出来るのかどうかです。

我家では、ヒロクニさんは、習近平のことを「豚饅」と呼び、金正恩のことを「腐った豚饅」呼ぶ。
私は、習近平のことを「独裁者」と言い、金正恩のことを「黒電話」と呼んでいる。
ヒロクニさんは、「黒電話と呼ぶのはなんで?」と聞くので、
「頭の上に受話器が乗っているでしょう、黒い受話器が・・・・」というと、
あっそうかという顔で、納得した。

ヒロクニさんは、「何で拉致を北朝鮮はするんだ?」と疑問を。
また、「人さらいやからねぇ~」。とも。
何で拉致を?という疑問は、他の方からもよく聞いた。
私的には、未だにこういう質問をする人がいるのには驚きだ。
ヒロクニさんから聞かれたので、
「人質ビジネスで~す」。「人質を返すから金を寄こせ!に決まっているじゃない」。
と、答えた。「小泉首相の時、拉致被害者が帰ってきた時、日本は1兆円支払ったはずだよ」。
「そして、そのお金を今問題の核開発にあてたんだと思うよ」。と言った。
ヒロクニさんは、神妙な顔をして聞いていた。
「犯罪犯して、金くれ」。極悪ヤクザ国家と私は思っています。


しばらくすると、ヒロクニさんは、拉致問題に関して、
「アメリカ頼りもいいけど、アメリカに頼ってばかりでなく、日本も独自に動けないのかねぇ~」。とも言った。
私は、それには答えることは出来なかった。

私が思うには、アメリカのように軍事で威嚇できない限り無理だと悟った米朝首脳会談だったのです。
アメリカは拘束されていたアメリカ人を無償で取り返した事実は、注目する点だと思います。
米朝首脳会談は、中身が無いなどと批判されているのは知っていますが、
国際社会に「北朝鮮」が注目されたことは、いいことだと思っています。
いつも影でこそこそやっていたことが、白日の前にさらされやすくなったということを評価しています。

何故か我家では、トランプ大統領は人気で、ヒロクニさんは「いい顔してるじゃないか!」
「やっぱり男だね!」「大人じゃないか!」と言い、トランプ大統領を見ていると、勇気が湧いてくるらしい。
私も、「オバマよりずっといい」。と思っています。
「トランプ大統領は、綺麗ごとは嫌いで、本音で勝負」って感じに好感をもってみています。


ヒロクニさんって、ネットなんか見ないし、興味もない人なんですが、
テレビでどんなにトランプ大統領下げの偏向内容を見ていても、トランプ大統領に好感を
もち続けているので、なんか横にいて面白いのです。
私はいろんな情報を収集しているので、それによって判断しているけど、
ヒロクニさんは違うからなぁ~。
私は、ヒロクニさんがトランプ大統領の表情の中に、ヒューマンなものを見つけているのだと思っています。

オバマ大統領は、演説がうまくて人の心を掴んだと思うけれど、
トランプ大統領は、ロッカー・ルーム・トークで大統領になったという違いも対照的である。

ヒロクニさんと私に共通しているところは、「人物の顔をよく見る」だと思います。
顔の表情や、人相、風貌、おおまかな判断はこれでいけるのでは?と私は思っている。
美醜ではなくて、いい顔をしているなぁと思う人っているし、傲慢な感じであるとか、
人物からかもしだされる感じも情報のようなものと思います。
ただ、どんな人に好感を持つかは、個人によって違うと思うので、バラつきはあるでしょうね。

類は友を呼ぶということもあるから、悪人は悪人を好きかもしれないし、善良すぎてよく見せようと
している人に簡単にだまされる人もあるだろうし、自分自身の性向も関わってくるし、
見る人側の持っている偏見がある場合は、把握しにくいだろうと思います。

仏教に「八正道」というのがありますが、そのうちの1つに「正見」というのがあります。
簡単に言うと「自分中心の見方や偏った見方をせず、物事を正しく見ること。」と、あります。
よく考えたら、すごく難しいことです。至難の業かもしれません。

トランプ大統領の悪くいう報道があまりに多いので、悪くいう報道をみても
動かされないヒロクニさんが、あまりにも面白いので、こんなことを書きました。

世間と違う意見なので、驚く方がいるかもしれませんが、偏見の1つと思って下さい。

八正道の残りの7つも簡単に紹介します。

■正思:むさぼる心や怒りの心、我を押し通す心を捨て、すべてを正しく、大きな心で考えること。

■正語:うそ、二枚舌、悪口、でまかせな言葉のない正しいものの言い方をすること。

■正行:意味なく動植物の生命を絶つ、盗みを働く、道ならぬ男女の過ちのない正しい行ないをすること。

■正命:人のため、社会のための正しい仕事で得た収入で、衣食住の生活必需品を正しく求めること。

■正精進:「精進」の「精」は「まじり気のないピュアなこと」という意味で、自分がめざす正しい目的や目標に対して、
 一途に努力しつづけること。

■正念:常に正しい心をもち、正しい方向に心を向けつづけること。

■正定:心をいつも正しくおいて、周囲の変化によってグラグラ動かされないようにすること。

現在の日常にあてはまるように、簡単に書かれた文章を選びました。
なるほど、フムフムと頷いています。

現在、古典をいろいろ読んでいますが、色濃く仏教感を感じています。
今は、やっと「万葉集」の“第六”を読み始めている途中ですが、感情の源が仏教的で、
大げさでなく抑揚が効いていながら、素直なで素朴なところが好い。
そんな風に感じながら読み進めています。
奈良時代を想像しながら読むと楽しいなぁ~。面白いなぁ~という読書です。





庭は、長雨で花は随分だめになりましたが、
降る前日は、オレンジとピンクのエキナセアと、赤いフランスの花が咲いていました。



雨が続く中、ブランデーケーキというものを焼いてみました。
パウンドケーキのようなものです。
ヒロクニさんが干しぶどうが嫌いなので、オレンジピール、チェリーがたっぷり入っています。
ヒロクニさんって、単純に喜んでくれるので、作り甲斐があります。





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アメンボのような骸骨(色鉛筆作品紹介493)と あじさい(万葉集より)

2018-06-25 17:42:01 | Weblog


この絵は、始めは1つの骸骨の輪郭が描かれていました。
その中に2つの骸骨が描き足され、目がウルウルした骸骨になり、
飛脚のような足が加えられ、なんとなくアメンボを思い浮かべたのです。

いつものことながら、「変わった絵だなぁ~。」と思うのでした。
そして、何だか愉快が湧いてくるのです。絵で、愉快犯を犯すって感じ。

ヒロクニさんは急に話し出し、それを聞いていた。
「夫婦は深遠なるものだって、俺もこの歳になって思うよ。」と言い出した。
「クレジオが言う物質的恍惚という・・・・」、この・・・・・から意味がよく分からなくなり、
「大いなる宇宙というか、深遠なるものってのは、あるんだねぇ~」と。
「俺は、人工的な自分の世界(絵画のこと)を描くんだ!と思っていたが、
 どうしても自然ってのが、入ってくるね」。
「子供の頃、桜島の溶岩を見て育っているから、その荒涼とした風景がまぶたに浮かぶけど、
 火山が爆発したりしてみないと分からないってのはあるねぇ~」と言う。
「そして、全部が影響しあっているのを感じる」と締めくくった。

本当は、話自体はもっと長いのですが、長い話を聞きながら自分で要約できた部分のみしか書けないので、
このような感じになっております。
何か宇宙感というか、存在の哲学的なことを言っていたのだと思いますが、
話し方自体が、散文のように話すので、いつも困っています。

ヒロクニさんは、哲学や概念というものが好きで、言葉の使い方が独特です。
その雰囲気は、少し伝わったでしょうか?


私はヒロクニさんと反対で、いかに難しい言葉や複雑な表現を簡単に自身の脳に放り込むか、
という操作をしないと頭に入らないらしく、操作が出来なかった言葉は、忘却されてしまいます。
こんな状態なのに、「夫婦は深遠なるもの」なる言葉を聞き、驚いています。


梅雨で雨が多い中、庭に紫陽花が咲きました。
じめじめした時に見る紫陽花は、爽やかで気持ちを清々しくさせてくれます。



↑我家の紫陽花です。
 今年は、いつもより多く花を付けました。


↑ここの紫陽花は、最所白っぽくて、薄っすらとピンクががった紫か、ブルーになります。
 色が濃くなってくると、花弁も大きくなりボールのように大きい花に。
 大きくなる中間ぐらいの時が、美しいなぁ~と思います。


雨が降る日は、万葉集を読んでいました。

あじさいが読まれている歌がありました。
あじさいは、中国から渡ってきた植物ではなく、日本に古来からある植物の1つで、
ガクあじさい、または山あじさいを品種改良して今日のあじさいに繋がっています。

一首紹介いたします。

■事問はぬ 木すらあじさゐ 諸弟(もろと)らが

        練りのむらどに 許(あざむ)かれけり

 訳:ものを言わない 木にでもあじさいのように ちょっと実があるのに
    諸弟めの 悪ずれ野郎に だまされてしまった

 (大友宿嬭家持が久邇京より坂上大嬢に贈る歌)


 この歌は、ちょっと訳をするのに難解なところがある歌で、あじさいは観賞用としては
 あまりこの頃は一般的ではなかったので、花としてはあまり重鎮されていない。
 そんなあじさいですら実を付けるという一般的な理屈を歌い、その後半の句での、
 諸弟は、家持と大嬢との間を往復する使者のことで、誤解をまねくような失策をしたのかもしれない。
 そのことを戯笑的に歌った歌。

 大友宿嬭家持(おおとものすくねやかもち)という人は、けっこう年齢が高い人で、
 非常に若い坂上大嬢(さかのうえのだいじょう)を妻にということで、恋の歌を多く詠んでいる。
 しかし、大友宿嬭家持は、坂上大嬢以外にも多くの女性に歌を贈っているなかなかのプレイポーイ。
 去って行く大友宿嬭家持に、女性達はずいぶん悲しい思いをしたようで、その歌も読まれている。
 坂上大嬢もあちこちに女性と関係を結んでいる噂などが入る様子が、歌を詠んでいて伝わってきます。
 この2人は、ちゃんと婚姻するのですが、一旦好きになると女性の方が一途な歌が多く、
 ちょっと大友宿嬭家持なる人物は、憎たらしい感じがだんだんするのです。

 この万葉集の編纂は、大友宿嬭家持も加わっているというのだから、教養人であったのでしょう。
 編纂といっても、この時代の文字は、すべて漢字表記で、それも漢文ではなく、
 話し言葉を漢字に当てはめ、日本独特の使い方をしてあります。古代の文献と言えます。
 
 かな使いに読みやすくしたのは、平安時代の末期~鎌倉時代を生きた、仙覚和尚なる人物。
 万葉集が多くの人に読まれるようになったのは、この方の写本ができてから。
 随分、困難な作業だった様子があとがきに書かれていました。
 ある人物により、時間を紡ぐ作業が行なわれ、現代まで伝えられていることを考えたら、奇跡の連続で、
 文化も保たれているのかもしれないと思うのでした。

 ヒロクニさんの「おおいなる宇宙」や「すべてのものが影響しあっている」という言葉も
 頭の片隅に於いて、そんなことを思った梅雨の日でした。
 


万葉の頃にあったであろう、ガク紫陽花の写真を最後に。↑




 






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街にいるふたり(色鉛筆作品紹介492)と 京都・錦市場

2018-06-06 16:48:11 | Weblog


2人の人物は、私とヒロクニさんか?散歩するふたり。
最近、散歩したのは近所のホームセンターで、街に出かけ散歩するのが、めっきり減っています。

そんな中、この絵を見つけ、ふたりで街をうろうろと動きまわる時間を思い出しています。
そう思うと、ヒロクニさんの絵は、日記のようでもあり、体験とビジョンが、交差しているのだなぁと、
つくづく感じます。

絵も以前とは変化していっているのも、感じています。
以前の街の絵は、細密描写のように細かかったのですが、その中に隠れるように人が描き込まれていました。
今は、人物がだんだん大きく表現しているように思います。
理由はよくわかりません。

生活の中での変化は、今までの勢いで制作を続けると、眼精疲労から体調が崩れるようなので、
「無理は、してはいけません!」と、私が忠告するようになったことが一番の変化です。

ヒロクニさんは、性急な性格で、「イラチ」というか、じっとしていることが苦手なので、
ついつい突っ走るのが常なので、「気分が悪くなってきたら、一度手をとめること」と、
何度も注意しているが、同じことを繰り返しています。
そして、いつもマッサージで、急場をしのいでいます。

私も「80歳なんだから、いつまでも若い時のようにいかないこともあるでしょう?」と、
問いかけるが、「そんなこと許せん!」という顔つきをしている。

ヒロクニさんが私と結婚したときは、52歳だった。
私も、その年齢を過ぎ、55歳なのだ。
この事実を再認識したのは、「二の腕の皺」である。
暑い日、ノースリブを着ていた時に、目の前の二の腕のところがブルンプルンとゆれていた。
そして、おばあさんのように、皺がくしゃくしゃとなっているのが目についた。
そして、祖母の皺皺の姿を思いだし、私達って高齢者夫婦???と疑問が・・・・・。

最近、普段はめっきり化粧もせず、服装にもかまわず、髪型もかえてないのに顔が変わってきているので、
なんかそぐわないような感じ。今は、土の再生の作業で顔に砂塵がかかったままで出歩き、
ヒロクニさんから「顔を洗え!!」と言われる始末。
私も変化してしまっていたのです。

「ふたりで老化か?」
やはり、お出かけはたまに必要だと、思いました。


そんなわけでちょっと京都へ、個人的用事でお出かけをしてきました。
用事の場所は、四条烏丸。
それが終わると、四条川原町まで歩いていきます。
一本奥の路に入ると、表通りより外国人が多くてびっくりしました。
歩いている内に、京都の台所と言われている「錦市場」の入り口。
そこには、ほとんどの人が外国人。観光名所になっていました。
以前の「錦市場」を知っている私は変わりようにビックリ。
面影も残っていますが、もう市場ではない感じに・・・・。
淋しい感じがしましたが、観光客の人は、熱心に写真を撮る人や、浴衣を着て楽しそうであった。
言葉は、あらゆる言語が飛び交っていました。


ちょっと人ごみを抜けて、写真を。



これに衝撃を。
タコタマゴに、目が吸い込まれました。
頭の部分にウズラ卵が入っているのだろうか?

錦市場をでると、京極筋へ。
京極は出たとたん、変わらない感じで、昔からの雰囲気を漂わせていました。

「錦市場」では、打田漬物で、ふきのとうの漬物と、錦・高倉屋では、京野菜の漬物を家への
お土産にしました。

次回京都へ行った時は、老松の夏柑糖を買う予定です。
四条烏丸の大丸で売っているらしい。


こんな感じで売っているそうです。


錦市場では、以前の姿が好きだったので、移り行く街の姿を目の当たりにして、
寂しい思いも感じましたが、街も生き物であると思い帰途につきました。

また、私達ふたりも生き物であるので、変化を受け入れていかなくっちゃ!と、
思いました。
ヒロクニさんの言うとおり、化粧していないのだから、顔が黒くなったらすぐ洗いますわ。
なんか、尊敬される画家夫婦になれないのが、残念です。










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