この作品の裏には、しっかりと「ヒロクニとサホリ」と書き込まれている。
「うわー、何かここまで来たのね!」と絵の裏をしげしげと見ていました。
まあ、私とヒロクニさんのコンビも、私の祖母、両親の期待を裏切り28年続いているが、
こんなタイトルを付けるようになるぐらい成熟したのであろうか?
特に祖母は、「離婚して欲しくないものが離婚し、離婚したらいいと思う方が別れない。」と、
私の目の前で言ったものだ。
祖母にすると、可愛く思っていたサホリが、美術大学へ行かしたと思ったら、あんなおっさんとくっついて、
苦労しているという姿を見るだけで、血圧が上がっていたみたい。
ちょっと一息入れていいかという時期が来た頃は、「お前もちょっとゆっくりせんと・・・・」と、
言ってくれた。それから祖母は、あまり私になにもいわなくなったのです。
今日は、母が電話をかけてきて、「あんたも自分で苦労する道を選んで・・・」と、
電話の最後につけたしのように言い出して、周りはそんな風に思っているらしい。
しかし、祖母の言葉のように、今はゆったりとした時間を送っているし、人が思う程大変だという感じはないのです。
それより、猫ちゃんがいない方がなんか大変。
猫ちゃんを飼っていると、一緒にじゃれたり、可愛いと思う気持ちが脳で一杯になると、
脳にいい刺激をもたらすようで、それがない方となんか張り合いが出ない。
こっちの方が深刻なのである。
絵の話にもどります。
ヒロクニさんらしい人物の絵に、空洞になっている窓のような所に、葦の葉のようなものが茂っている。
なんかこの部分が男を象徴しているように感じられてしかたがないのです。
お隣のわたしらしき人物は、独楽のように廻っている。ここが面白いのです。
ヒロクニさんらしい「男と女」。
ちょっと「古事記」の現実版のような感じで神話的な作品ではないかと、
私は感じます。
しかし、右の女性が「サホリ」すなわち私なんか?と思うと違和感が・・・。
私は、この女性像見て、自分とは思わないのだ。
きのうヒロクニさんが、私の後姿を見て、「髪が横にはねていていいね。」と・・・。
そして、「サホリは、可愛いね。」だって。
そう、クルクルパーマをしていたはずなんだが、カットしているうちに、髪型がヒロク二さんの描く絵に、
近づいているのだ。絵そのものに自分の姿が近づいている。
なんか、この事実が怖い。
しかし、55歳のおばさんにいつまでも「可愛い。」と言ってくれるヒロク二さんは凄い。
ロマンティストのヒロク二さんは、ちょっと歯が浮くようなことを平気で言えるのです。
いつまでも可愛いと思ってくれるのは、年の差婚ならではの、利点かもしれない。
付け足すと、ふざけて呼ぶ時は、「こけし」と呼びます。
ものすごく面白くてたまらないという表情で、「こけし」と呼ぶ。
そういうヒロク二さんの様子が、こちらにとってはひどく面白くその様子を見ると笑えるのだ。
お互いに愉快な気持ちでいるようのだが、これってほのぼのする?
天気のよかった頃撮った写真。
彼岸花があちらこちらに咲いていた頃です。
写真を撮っていたら、「俺の手も一緒に撮ってくれ!」と言われて撮った写真です。
今は雨続きで、本当に長い雨で、ちょっと疲れますね。