126頁に28編を収める。
作者の既詩集には「地図のかなたへ」というタイトルのものもあった。本詩集でも作者は「地図をひろげて/次ぎに行くべきところを探している」(「地図のはずれで」冒頭)と記している。作者にはつねに、ここではないどこかへ、という希求があるのだろう。
その地図は我が国にとどまらない。作者はかつては日本詩人クラブで海外交流担当理事をしており、海外への視点が根底にあるようだ。「わたしの在処」ではトリニダードが舞台になり、「白いハイチ」や「ナイト・メア」はハイチが詩われていた。
「凶日(アシュヴ・ディン)旅情」は友人と旅したインドを舞台にした作品で4つの章からなっている。友人の布製バッグは横一文字に切り裂かれてお金も携帯も盗難に遭う。旅先での災難なのだが、作者にはそれも旅だと捉えているような覚悟のようなものがうかがえる。
この鮮烈な切り口は いただき!
そこから見残したインドがきっと見える と覗くたび
〈もう一度お行き〉と囁く その口
通常、旅と言えば物理的な身体の移動を考える。しかし、時が流れるということは、地図の上での居場所は同じでも、考え方によってはそれだけで旅をしているのと同じ事にもなるのではないだろうか。そんな旅をつづけていれば、いつしかの居場所は過去のものとなっていく。
「家の本音」では、「荒々しく波だつ歳月は」四十年も経つ家の「外部からやって」きていたのだ。そして「何かが棲むようになった」のだ。
〈ごめんください〉
わたしはいつしか訪問者の顔になり
固く閉ざされた扉の前に立つ
この家には本当は何が棲んでいたのか。最終行は、「そのとききっと わたしたちもまた暴かれる」
地図は先人がその地を訪れて記したものである。作者はそんな先人の跡をたどるのではなく、自分だけの地図を描くために地図をはなれて「次ぎに行くべきところ」を探しているのだろう。
作者の既詩集には「地図のかなたへ」というタイトルのものもあった。本詩集でも作者は「地図をひろげて/次ぎに行くべきところを探している」(「地図のはずれで」冒頭)と記している。作者にはつねに、ここではないどこかへ、という希求があるのだろう。
その地図は我が国にとどまらない。作者はかつては日本詩人クラブで海外交流担当理事をしており、海外への視点が根底にあるようだ。「わたしの在処」ではトリニダードが舞台になり、「白いハイチ」や「ナイト・メア」はハイチが詩われていた。
「凶日(アシュヴ・ディン)旅情」は友人と旅したインドを舞台にした作品で4つの章からなっている。友人の布製バッグは横一文字に切り裂かれてお金も携帯も盗難に遭う。旅先での災難なのだが、作者にはそれも旅だと捉えているような覚悟のようなものがうかがえる。
この鮮烈な切り口は いただき!
そこから見残したインドがきっと見える と覗くたび
〈もう一度お行き〉と囁く その口
通常、旅と言えば物理的な身体の移動を考える。しかし、時が流れるということは、地図の上での居場所は同じでも、考え方によってはそれだけで旅をしているのと同じ事にもなるのではないだろうか。そんな旅をつづけていれば、いつしかの居場所は過去のものとなっていく。
「家の本音」では、「荒々しく波だつ歳月は」四十年も経つ家の「外部からやって」きていたのだ。そして「何かが棲むようになった」のだ。
〈ごめんください〉
わたしはいつしか訪問者の顔になり
固く閉ざされた扉の前に立つ
この家には本当は何が棲んでいたのか。最終行は、「そのとききっと わたしたちもまた暴かれる」
地図は先人がその地を訪れて記したものである。作者はそんな先人の跡をたどるのではなく、自分だけの地図を描くために地図をはなれて「次ぎに行くべきところ」を探しているのだろう。