すずめ通信

すずめの街の舌切雀。Tokyo,Nagano,Mie, Chiba & Niigata Sparrows

第1410号 《ニキ》の色に溺れる

2015-12-09 12:44:06 | Tokyo-k Report
【Tokyo-k】久しぶりの乃木坂である。青山・赤坂・六本木と、名うての繁華街に囲まれたおしゃれな街ではあるけれど、乃木坂という町名があるわけではない。江戸から明治までは幽霊坂と呼ばれていた坂道を、乃木大将の殉死に感涙した地元が乃木邸の通りをそう改名したのだ。以来、通称は地域名として定着した。ただ私は、地下鉄乃木坂駅からエレベーターで国立新美術館に直行したので街は素通りだった。そして心を満腹にして帰宅した。

(展覧会パンフレットから)

フランスのアーティスト、ニキ・ド・サンファル(1930-2002)の回顧展を観にやって来たのだ。極端にデフォルメされた女体がカラフルなコスチュームを纏う「ナナ」シリーズなど、20世紀を代表する現代アーテイストと言っていいのだろう。だが美術に親しむことを無上の喜びとしているにもかかわらず、私は最近までその名前を知らなかった。なぜ知らないまま過ごしてきたのか、自分でも不思議だけれど、しかし作品は知っていた。

(立川市の公園)

東京・立川駅の北口ビル街に、現代彫刻が並ぶ広場があって、その中央にカラフルなヘビが遊ぶベンチが置かれている。またパリ・ポンピドゥーセンターにも、真っ赤な唇が怪しげなオブジェの中に浮かんでいる広場があった。誰の作品か知らないまま心惹かれ、写真に撮って楽しんできたが、その何れもがニキの作品だと今になって知る。自由奔放なフォルムが目を引くものの、ニキの最大の特徴は色彩だろう。色が豊かな形になっている。

(パリ・ポンピドゥーセンター)

回顧展でも色が圧倒的な存在感で氾濫している。モデルとしても活躍したその美貌、父による性的虐待と精神変調、そして治療の過程で目覚めた絵画への傾倒、衝撃的なデビュー「射撃絵画」、抑圧された女性性の解放活動。ニキ伝説には芸術以前の興味も湧いてくるけれど、作品の前に立つと「そんなことはどうでもいい」ような気分になる。もちろん鑑賞には必要な情報かもしれないけれど、作品は、どうでもいいほど自由で伸びやかなのだ。

(図録から)

この造形意欲はどこから湧いてくるのだろう。色彩の組み合わせ能力は天性のものに違いない。作品を食い入るように見つめて「自分にもできるのでは」「そのとき自分ならどうする」と考えながら会場を歩く。そして「とうてい自分にはできない」「どうやってもこんな形状・色彩は生み出せない」ことを知る。自分がいかに凡庸であるかを確認させられ、しかしそれだからこそこれほど呑気に生きて来られたのだと、あらためて思い知る。



会場はかなり混んでいる。女性が多いのは平日だからではなく、ニキの「女性性の自由」に惹かれてなのではないか。黙々と見入っている。乃木坂は広大な青山霊園に隈取られ、かつての帝国軍隊の息遣いが浸み込んでいる街なのだが、そのことがむしろ、ニキの回顧展を開催するにはふさわしい地のように思える。東京には珍しいほどの、冬晴れの澄んだ青空の下、美術館のテラスで疲れを癒していると、欅の葉が際限なく舞い落ちて来る。

(タロット・ガーデン=図録から)

晩年のニキはイタリア・トスカーナにタロット・ガーデンを建設する。そこを紹介する映像を見ていると、ガウディに影響されたニキの夢を共有している気分になる。日本流に言えば岡本太郎と草間彌生の才能が合体して爆発しているような楽しさだ。ニキ最大のコレクションは日本女性によって収集され、那須の美術館に収められているらしい。願わくはトスカーナと那須に行く機会を得て、さらにニキの色彩に溺れてみたい。(2015.12.7)

(射撃絵画を実演するニキ=パンフレットから)

(国立新美術館)





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