すずめ通信

すずめの街の舌切雀。Tokyo,Nagano,Mie, Chiba & Niigata Sparrows

第1721号 奥多摩の湖渡る風に吹かれて

2021-07-23 11:25:09 | Tokyo-k Report
【Tokyo-k】都民の水甕・小河内ダムに来ている。東京の子供たちは遠足にやって来るのかもしれないが、成人してから都民になった私には初めての訪問である。この機会に「上水道について考えたい」などと殊勝なことを言ってもみたいけれど、猛暑とはいえ奥多摩湖の湖畔に立てば、広大な湖面を渡る風は爽やかで、甘露でさえある。とりあえず何も考えず、木陰に座る。明々後日にはオリンピックが開幕するらしいけれど、世俗の騒動などどうでもよい気分だ。



小河内ダムの竣工は1957年秋。私は小学校5年生だった。前年の4年生の秋には天竜川の佐久間ダムが完成している。まだテレビは普及していない時代、新聞社は山奥に臨時支局を設け、競って工事の進捗を伝えた。敗戦から10年余の復興期に、知恵と資材を絞り出して完成させた国家プロジェクトに大人たちは興奮し、その余波が少年の心もときめかせたのだった。そして日本は経済成長を続け、7年後、東京オリンピックを成功させる。



私にとって小河内ダムは、こんな記憶に繋がって行くのだが、梅雨明けの夏空に白雲が流れるダムサイトはあくまでも静かである。そして「多摩川の最初の一滴はどこから始まるのですか」と観光協会で訊ね、笠取山山頂近くの水干(みずひ)からです」と教えてもらったことを思い出す。そこは西の山並みの遥か向こう、甲斐国の標高1865メートルの地点で、滴った水滴は138キロの旅を続け、東京湾に注ぐ。奥多摩湖は山の口の人造湖だ。



私を含む1200万都民のために、日量680万立法メートルの水源量が確保されているということだが、その80%は利根・荒川水系に依存している。流域262平方キロの水を奥多摩湖に集める小河内ダムは、総貯水量が1億8910万立法メートル。利根・荒川水系も含め最大のダムで、多摩川水系は東京の水の17%を引き受けている。小河内ダムは最新の八ッ場ダム(群馬)の2倍を超す貯水量があるけれど、事業費は35分の1だった。



多摩川は西から東へ流れているから、ダムの堰堤は当然東側を堰き止めることになる。全長353メートルの堰堤を、北から歩いて渡り切った私は、ダム南側の小さな広場にいる。ダムサイトを見晴らす位置に工事殉難者慰霊碑が建ち、亡くなった87人の名が刻まれている。私の視線からは対岸にあたるダムサイト北側には、「湖底の故郷」と題する歌が刻まれた巨岩が蹲っている。ダムにより、945世帯が転居し、旧小河内村はほぼ全村が水没した。



ダムは水源確保や洪水調整などで社会に大きな恩恵をもたらす。しかし同時に、人間の腕力で自然の姿を変えることで、自然破壊など生態系に大きな負荷を与えていることも忘れてはならない。ダム湖の心地よい風景に身を委ねる時、故郷を去らなければならなかった暮らしや、工事で失われた命があったことを思い起こすべきだ。しかし観光にやって来る若者たちは、どうせそんなことに無頓着だろうから、せめて年寄りはしばし思いを馳せる。



と、思いを馳せていると、桟橋に接岸したボートから数人が降りてくる。大きなケースを抱えている一人に「何か釣れたんですか」と声をかけると、「いえ、これは水質調査のためのサンプルです」と丁寧な答えが返ってきた。「私たちは都の水道局です」と付け加える。それはそうだ、それらしき制服姿ではないか。こうした調査をきちんとやってくれる人がいるから、安心して水道が飲めるのだと思い至らない、馬鹿な年寄りがここにいる。(2021.7.20)



























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1 コメント

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小学生の時、確かに遠足で行きました。 (Nagano 雀)
2021-07-31 19:12:51
まだ、新潟に引っ越す前、私は新宿区の小学校に通っていました。銀座をバスで見学したり、新聞社や様々な大企業の工場を見学したり、社会見学の多い楽しい学校でした。遠足も社会見学風。5年生の時、工事中の小河内ダムに行きました。工事責任者だと思われる方からいろいろ説明を聞き、記念写真はまだ水に沈む前の湖底ででした。最近写真を大整理していて、ついこの間、その写真を見たところでした。

それにしても、コロナの中でも積極的に動き回っているTokyo雀さん。脱帽! 

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