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気の向くままに

山、花、人生を讃える

明るく生きるために②

2025年02月28日 | 人生

以下は、自分が人生を明るく生きたいとの思いで、谷口雅春先生の多くの著書から抜き書きしていたものですが、読んでいただければ幸いです。

 

○光となって輝きたい者は笑うがよい。幸福でもないのに笑えないというな。笑わないから幸福が来ないのである。  

 

○植物の葉に緑を与え、その花にいろいろの色彩を賦(あた)え、その果(み)に美しい光沢と美味しい味を与えるものは太陽の光である。それと同じく人間の心にも太陽の光が必要なのである。心に必要な太陽の光とは、光の名に相応しい、生命の自然から湧き起こる明るい歓びである。 

 

○輝くような明るい笑いは人生の不幸を吹き飛ばし、不治症さえ雲散霧消する不思議な効果をもっているものなのだ。 

 

○われわれは一日に3回ぐらいは鏡に対ってできるだけ平和な表情になるように眉の伸ばし方を稽古し、眼にニコヤカな表情をもたす稽古をし、その時の感じを覚えていて、常に四六時中そういう明るい表情を続けているように努めねばなりません。 

 

○ひとに対して晴れやかに笑え、晴れやかな笑いは自他の栄養剤である。 

 

○周囲に対して微笑みかけよ。周囲もまたなんじににこやかに微笑みかける。 

 

○喜ぶ人は喜びの種子(たね)を蒔く人だ。呪う人は呪いの種子を蒔く人だ。悲しむ人は悲しみの種子を蒔く人だ。 

 

○人間の栄える要素となるべき心の徳はいわゆる狭い意味の窮屈な善ばかりではありません。正しさも一つの心の徳ではありますが、強さや、明るさ、豊富さ、偉大さや、自由自在な心境などもまた人間になくてはならぬ心の徳です。何よりも気の小さいということは悪い。気が小さいということは、言い換えれば神を本当に信じないということです。 

 

○諸君よ、この書を手にせられたのを機会に今日からあなたの家庭をもっと明るく笑いに満ちたものとしようではないか。苦い顔は家庭の外でもう見飽きるほど見ているのである。厭味や小言はもう飽き飽きするほど家庭の外で聞かされているのである。せめてわれらは家庭にいる間だけでもわれらの人生を楽園としようではないか。われらが外に出て人生の戦いを戦うとき、振り返って、帰れば楽しい明るい慰めらるべき家庭があることは何という力強いことであろう。諸君よ、この人生の楽しいオアシスを、決して苦い火宅とするな。あなたの天国に地獄を持ち込むな。一歩あなたの家庭に入るとき、そこを天国だと思え。家庭の全員が、そこを天国だと思うようにするならば、そこに本当の天国ができ上がるのである。 

 

○天照大神が岩戸隠れをせられて天地ただ暗黒に満たされたとき、その暗黒の真っただ中にあっても悲観せず、失望せず、陽気な音楽を奏でつつ明るい笑いを笑い、ついにその暗黒を笑いによって吹き飛ばした天宇受売命(アメノウズメノミコト)こそ生粋の古代日本人の標本である。苦難に面するとも朗らかに哄笑せよ。やがて諸君はその苦難を征服することができるであろう。

 

○自己に宿る「太陽の魂」をその十全の光において輝き出ださしめよ。なんじに宿るキリストを磨き出だせよ。イエスは常に「汝ら歓び勇め」と言っていたのである。