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気の向くままに

山、花、人生を讃える

古い句帳から

2010年01月21日 | その他
先日、寝る前に本箱の中をのぞいていて、使っていた俳句帳が目にとまったので、寝床に入って見ました。俳句帳と言っても、大部分は船員の機関誌から気に入ったものを抜き書きしていたものですが、自分が作っていたものもけっこう入っており、見ていたら懐かしいやら、可笑しいやらで、大いに楽しませてもらいました。

今日はその中から自分が可笑しくなったもの、なかなかいいじゃないかと思ったものをいくつか紹介させてもらいます。

      ハイテクや変わらぬものは冬木立     (昭和62年頃)

      あじけなやテレホンカードの冬景色    (昭和62年頃)

      師走ゆえたまるも早き埃かな       (昭和62年頃)

どうです?
「なんでもいい」とばかりに詠んでいて初々しいじゃありませんか。

      乗船の日を間違えて初時雨        (昭和62年頃)

そそっかしくも乗船日を間違えて1日早く出かけたことがあるのですが、岸壁にいるはずの船がいないので、乗船は明日だったと気づいて、休みを1日得したような気分になって、喜び勇んで名古屋港から引き返しました。そうしたら、ちょうど初しぐれが来たというわけで、その時の様子が昨日のことのように思い出されてとても楽しかった。

      二日酔い見あげる朝の冬の雲       (昭和61年12月)

いやあ、こんなこともありましたねえ。
乗船中のことで、仕事の前に寒いデッキに出て酔い覚まし・・・。

      清原が泣いて深まる秋の色        (昭和62年)

これは、清原が西武在籍中の日本シリーズで、9回裏の巨人の攻撃で打者あと一人という時、守備についていた清原が感極まって涙顔になり、それが印象的だったもの。とは言っても、これでは説明しないとわからないのでその頃はダメだなと思っていましたが、今見ると、わかっている自分には、これも楽しくていいじゃないかと思いました。

      中国人、日本人?お国聞かれん若桜    (昭和61年12月)

練習船ではオーストラリアのシドニーへ行きましたが、土産物店では、よく「チャイニーズorジャパニーズ?」と聞かれました。それを思い出して作ったもの。

      秋雨や異国のシーマン傘持たず      (昭和60年11月)



      海草の標本綴じて夏終わる        (昭和60年11月)

これは小学生の夏休みの宿題で、親父に教えられて海草の標本を作ったのですが、それを思い出しながらひねったもので、今回、一番のお宝発見と喜んだものでした。

これらは、それまで自分が句作してもなかなか俳句になってくれないので、めったにつくらなかったのですが、それでもこの頃の2,3年は、練習として比較的作っていたようでした。
今回、それらの句を見て、自分が作ったものながら、あの小学生の俳句に接したときのような、新鮮な楽しさを感じ、また懐かしい思い出でもあり、本当にお宝を発見したような気持になりました。メモ用紙でなく、ノートに書いたおかげだなと思いました。

またこれからも、気が向いた時に紹介させてもらいます。
見ていただき、有難うございました。