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a mystery of sharaku's works 7

2014-03-21 | bookshelf
東洲斎写楽 役者似顔絵
1794年5月都座、桐座、河原崎座の夏興行の演目
大判サイズの大首絵 バックは全て黒雲母摺(くろきらずり)
このシリーズは28種が現存

 蔦重の「阿蘭陀人向け役者似顔絵プロジェクト」の準備は整いました。
 画工は倉橋寿平(ex.恋川春町)、歌麿専用の彫師・摺師を使い、完成品は森島中良に日本橋長崎屋へ持ち込んでもらう、という手筈です。
 今回の江戸三座の役者絵は、同業者の和泉屋市兵衛が若手絵師・歌川豊国(当時26歳)に姿絵を描かせた連作を売り出すらしい、という情報を蔦重は掴んでいました。和泉屋は、事前に花形役者たちにポージングさせて、豊国に下絵を描かせて、興行期間中に販売できるように既に仕事に取り掛かっていました。
 座元たちにとって、今回の歌舞伎公演には熱が入っていました。なぜなら、幕府公認の本櫓である中村座・市村座・森田座が揃って休座となり、全て控櫓という代行座元が興行を打つという状況だったからです。控櫓の都座・桐座・河原崎座は、本櫓のお株を奪うくらい成功させようと、新参者の蔦屋が役者絵を販売することにも協力的でした。
 ただ、蔦重は和泉屋のやり方と違って、実際に寿平に芝居を見せてその場で描かせようと企んでいました。その代り、彫りと摺りの時間を短くしなくてはならないので、着物の柄などシンプルに、役者の表情も解り易く印象的に描くよう求めました。寿平は、数年ぶりに芝居が観れる喜びを胸に、頬かむりをして蔦重と芝居小屋の舞台のそでの辺りに座り込みました。和泉屋の連作に対抗して、蔦重から連作にすると言われていたので、花形役者だけでなく端役も描きました。そして、歌舞伎の演目を知らない阿蘭陀人が見るんだから、と気を利かせて特に印象的なポーズや表情を写し取りました。
 蔦重は、仕上がった何枚かの墨絵を見比べながら、即決で最高の一枚を選び出し、手伝いを買って出た春朗と号する絵師へ渡して、彫師の所へ持って行かせました。35歳の春朗は蔦重に見初められた絵師で、少年の頃、春町の『金々先生~』を読んで戯作者を目指していたくらい、寿平に憧れていました。彼もまた、寿平の生存について死ぬまで他言しないと誓っていました。
 墨版が出来上がると寿平が色を指示し、色版彫りの工程へ進みました。途中、彫師から絵師の名前は入れないのかと問われました。蔦重は、以前座元たちに教えた適当な画号を墨版に書き入れなければなりませんでした。
 寿平は絵を描くのに忙しかったので、栃木から戻っていた歌麿に書いてくれるよう頼みました。歌麿は自分が描くはずだった「へんちくりんな絵」の余白に、楷書で「東洲齋写樂 画」(変換できないので写の字のみ現代漢字で表記してあります)と書き入れていきました。
 こうして、蔦重が企画制作した「役者似顔大首絵」の完成品が異例の速さで出来上がりました。その画は、王道的な豊国の役者絵とは全く異なる、ユニークなものでした。
左:歌川豊国画『役者舞台之姿絵 まさつや」 右:東洲斎写楽画『三代目大谷鬼次の江戸兵衛』
どちらも同じ大谷鬼次の江戸兵衛を描いた画

 これなら西洋人にウケるだろうと、蔦重は見本1セットを風呂敷で包むと、木挽町の蘭方医桂川邸まで自分で持って行き、森島中良に託しました。絵を見た中良は、一目見て「阿蘭陀人にウケるだろう」と言いました。蔦重は初摺の200枚(一杯)の内大半を阿蘭陀人向けセット売りに回すことに決め、追加に備えました。
 森島中良は、幕府奥医師を務める父と兄の随行者として日本橋長崎屋でのカピタンとの会談に出席しました。蘭方医たちが学術的な質疑応答をしている間に、長崎屋の主人へ蔦重から預かった風呂敷包みを渡しました。長崎屋の主人は蔦重と約束していたので、会談が無事終了し、カピタンたちが寛いでいる所へ、写楽の黒雲母摺り役者似顔大首絵のセットを見せました。阿蘭陀人たちは歓喜し、まず120セットほど出島へ送って欲しいと長崎屋へ注文しました。カピタンたちはこの浮世絵を、近年頻繁に日本海域に現れるようになったアメリカ船に売りつけて、本国から仕送りが止まった分の補填にしようと考えていたかもしれません。和蘭の事情がどうであれ、長崎屋を通じて追加注文が入り、人気のある図は二杯、三杯と版を重ねていきました。
 一方、耕書堂の店先では、初摺は話題になり完売したものの、売れ行きは芳しくありませんでした。江戸の庶民は、豊国が描いた役者姿絵を求めて、和泉屋へ殺到していたのです。


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