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a mystery of sharaku's works 6

2014-03-19 | bookshelf
『夫ハ楠木 是ハ嘘木 無益委記』(それは楠木 これは嘘の木 むだいき)
恋川春町 画・作  1781年? 蔦屋板?
6年前の『金々先生~』より絵は巧くなっている

 「阿蘭陀人向け役者似顔絵」制作プロジェクトの実現に向けて、蔦重は彫師・摺師のスケジュールの確認やら、歌舞伎座の座元たちに協力を願い出たりと、根回しを始めました。幸い、歌麿専用の職人たちがあいていたので彼らに依頼することができました。
 さて、肝心なお客様のスケジュールですが、1790年以降カピタンは江戸参府に来ていませんでした。次回江戸に来るのはいつなのか、長崎屋の主人・源右衛門から情報を聞き出さなければなりません。日本橋の商売人同士、懇意にしていたので、すんなり教えてもらえました。カピタンが来るのは翌年1794年の5月半ば頃になるといいます。通例では長崎の出島を2、3月に出発して3~4月頃江戸へやって来ていたのが、何故かいつもより大幅に遅く来る予定になっていました。
 実は1789年フランス革命勃発後、阿蘭陀人の母国ネーデルラント連邦共和国は革命軍に進軍され戦争になっていたのです。その影響で東インド会社の貿易存続も危うくなり、貿易量が激減しました。ヨーロッパ情勢を知らない幕府は、そんなカピタンの江戸参府を4年に一度としたのです。1794年のネーデルラント連邦共和国は、フランスとの戦争で劣勢だったので、出島の商館員たちは日本との独占貿易を死守するため、何とか江戸参府を敢行したのかもしれません。
 そんな事情を全く知らない蔦重は、江戸三座の夏興行(5月5日初日)に間に合う!と喜びました。
 早速、耕書堂へ戻って、隠し部屋にいる寿平へ知らせました。座元たちには、恋川春町とは全く関係ない画号を言って、どこかのお侍さまがお忍びで描くと思わせました。蔦重は、紙だの筆だのの準備に忙しく動き回っています。寿平も興奮していました。役者絵を描くのは、彼の夢でした。そして、5年前はそんな夢どころか、命さえ危うかった自分の境遇を思い返しました。
 紀州田辺藩の藩士に仕えていた父の縁故で、駿河小島藩の父方の伯父・倉橋家の養子になり、江戸藩邸に住み着実に出世もしましたが、生活費のために絵を習得して稼がなくてはならないような生活は、人一倍好奇心旺盛な寿平にとって味気ないものでした。そんな時、秋田佐竹藩留守居役の平沢常富(つねまさ)に出会って意気投合。10歳年上の彼に連れられて、江戸の最先端文化人が集まる狂歌会へ参加してから、寿平の才能は開花しました。
 ところが、いささかやり過ぎてしまいました。世相を面白おかしく書いた黄表紙が咎められ、幕府老中から直々に呼び出されてしまったのです。自分は悪気があったのではない、あるがままに書いただけなのだ、それなのにどうして…切腹すれば自分に非があると認めたことになる、といってこのままでは倉橋家の面目が立たない、病いの言い訳も限界だ…。
 助けてくれたのは、愛妻と息子、そして親友の常富でした。常富は、朋誠堂喜三二という名で寿平とコンビを組んで戯作をしていました。懇意にしていた板元・鱗形屋の経営が苦しくなった時、新進気鋭の板元・蔦屋重三郎を紹介されました。蔦重とはそれ以来、持ちつ持たれつの関係になりました。寿平の筆禍は、蔦屋から出版した『鸚鵡返文武二道』が原因でした。常富は蔦重に匿ってくれるよう頼みました。そして、寿平は病死したことにし、葬式を済ませ、墓も立てました。弱小藩の家臣だったので注目を浴びることもなく、首尾よく成功しました。
「生涯苦楽四十六年 即今脱却浩然帰天 
 我もまた身はなきものとおもいしが 今はの際は さびしかりけり」(現代仮名)
という辞世の句も詠んでおきました。寿平が生きていることを知っている者は、妻と息子、常富と蔦重一家、耕書堂に出入りしているごく限られた人だけでした。耕書堂には、デビューを目指して野心に燃える青年が、住み込みで働いていました。滝沢興邦(おきくに)は几帳面な青年で、戯作者志望なのに数字に強いので番頭を任されていました。筆まめでしょっちゅうメモ書きしていましたが、蔦重から寿平のことは死んでも書くなと固く言われていました。元武士の興邦は、「武士のプライドにかけて暴露はしない」と心に決めました。その興邦も、1793年7月に履物屋の入婿になって、耕書堂を去りました。山東京伝や歌麿などかつての仲間は協力を惜しみませんでした。
 みんながあっと驚くような、今までにない趣向の役者絵を描いてみせるぞ、と思いながら、寿平はさっきまで見ていた西洋の銅版画集のページを再びめくりはじめました。
 
 
コメント
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