TheProsaicProductions

Expressing My Inspirations

13th. freak month

2009-10-23 | bookshelf
やうやく泉鏡花の文庫本を幾つか手に入れることができました。既読の「高野聖/歌行燈」のみ新潮社本、後はやはり岩波文庫、短編集はちくまから出版されているものです。これ以外にも出版されているのですが、とりあえず紀伊国屋に在庫してあったもので興味の惹いたものを先に買いました。鏡花はおよそ300篇もの作品を残しているので全て読破するのは困難かと思います。泉鏡花全集は文庫で14巻にもなってるそうで。今回購入した本は作品が重複しないようにしたのですが、短編集はよくみたら「怪奇短編集」でした。

たしかに鏡花の代表作は「幽霊噺し」が多いのですが、現代のホラー小説とは違い、どちらかといえば「耽美的」「幽玄・夢幻的」世界で、ゾっとするようなストーリーであるにもかかわらず、その江戸文学的筆致のためか「たおやか」な雰囲気が漂う不思議な幻想世界を味あわせてくれます。独特の筆致についてはまた別のところで詳しく。

「高野聖/歌行燈」の短編集を読んだときは気づきませんでしたが、鏡花の作品はブルーノ・シュルツやカフカに共通する『不条理』が存在していて、現実では有り得ない突然の不条理と科学では説明できない現象と結末がなんとなく似ているなあ、と思いました。そして怖いほどに美しくあやしい色香をはなつ女が登場したりすることも、主人公が男であることも通ずることです。

「13番めの偽りの月」はシュルツが小説の中で使った言葉ですが、陰暦を使っていた時代の日本には、実際1年が13ヶ月になる年もあったそうです。
太陽暦の西洋では13月は「偽り」の「まやかし」かもしれないのでしょうが、ここ日本では偽りではなく「存在するもの」であったのです。もっとも西洋と同じ暦を使うようになった現代では、13番めの月は日本人にとっても「偽り」になってしまいました。

明治~大正~昭和初期には、鏡花のようにまだ「13番めの月」を受け容れられる人は多かったのでしょうか。
幽霊噺しが人を驚かせるだけのものではなく、日常に溶け込んだ摩訶不思議な夢幻の世界、あるいは古来からある日本人独特の「世のはかなさ」の美意識、忘れ去られた日本古来の美意識を蘇生させてくれるカンフル剤として、鏡花の作品は現代人のためになると感じました。