持続可能性からさらに遠ざかってしまった:安保関連法案強行採決

2015年07月21日 | 持続可能な社会

 17日午後、衆議院で安全保障関連法案が強行採決され、夜は台風の直撃で強風が吹き荒れました。

 去年の選挙の後、「持続可能性からまた遠ざかってしまった:選挙結果について」という記事で「戦後最低の投票率、自公の圧勝、自民の単独過半数、自公併せて3分の2超という結果は、これからの日本にとってとても大きな不幸をもたらすのではないかと危惧しています。」と書きました。

 そういう危惧が、人間と自然との調和についても、人間同士の平和についても、残念ながら現実のものになろうとしているのではないか、とさらに危惧の思いを深くしています。

 この梅雨時、あちらこちらでまたしても記録的大雨でした。

 雨があがると、すでに39度近い猛暑のところがありました。

 人間と自然の調和が大きく乱れ、あきらかに気候変動が進んでいると考えられます。

 そんなさなか、安倍―自公政権からは、環境の危機とその対策への本格的な発言がまったく聞こえてきません。

 安全保障法案については、法律や防衛に関してまったくの素人なのであえて書かないでおこうかと思ったのですが、まわりの方から「今の日本をどう思いますか」という質問を受けるので、あえて参考意見として、今の知見の範囲で私はこう考えているということを書いておくことにしました。

 強行採決後、改めてていねいに安全保障関連法案(特にその元になっていると思われる国家安全保障基本法案)を読み直してみました。

 自民党が推薦した学者まで含めて多くの憲法学者が、憲法違反だと言っています。おそらくそうだ、と私も思います。

 そして、アメリカの行なう戦争に協力しその結果巻き込まれて戦争しなければならなくなるシナリオであることもほぼまちがいないと考えます。

 人間同士の平和についても、きわめて危うくなってきていると思われます。

 さらに国民が放置しておけば、この一連の流れはやがて必ず「憲法改正」という名前の憲法改悪に向かうでしょう。

 なにしろ、どちらについても、安部―自民党が選挙の時に公約したことですから。

 しかし、その方向は、聖徳太子「十七条憲法」の精神とも、聖武天皇が東大寺・国分寺の創立に込めた国家理想とも、まったく反するものだ、安倍―自公政権は、日本の伝統的精神・国家理想とは逆さまであり、したがって真の保守とは言い難い、と強く言っておきたいと思います。

 「では、どうしたらいいんですか?」という質問もありました。

 詳しい答えを聞いてくださる気のある方は、拙著『「日本再生」の指針――聖徳太子『十七条憲法』と「緑の福祉国家」』(太陽出版)と、「持続可能な国づくりを考える会」のブログ記事を読んでいただきたいと思います。

 短い、当面の話をすれば、あらゆる手段を通じてまず「内閣支持率」を下げましょう。

 続いて、来年の夏の選挙では、政治勢力の分布を逆転させて、政権の暴走を止めましょう。

 そして中期的には、なるべく早く、「持続可能な国づくり」のもののような理念とビジョンを党是とした新しい党が誕生し、なるべく早く政権の座に就くことを祈るばかりです。

 主権政党が意図的に行なうことなく、心ある市民の盛り上がりで自然発生的に「持続可能な国」が出来上がるとはシミュレーションできないからです。




「日本再生」の指針―聖徳太子『十七条憲法』と「緑の福祉国家」
岡野 守也
太陽出版


コメント (4)
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