「絶対王者」の分岐点 羽生善治vs谷川浩司 1993年 第18期棋王戦

2020年01月27日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 谷川浩司羽生善治に、あれだけ苦戦したきっかけは、1992年度にあった。

 谷川が竜王棋聖王将、羽生が棋王王座を保持し戦うことになった、まさに頂上決戦ともいえる、第5期竜王戦

 前回(→こちら)までのように、谷川がその第4局逆転で落としてから、2人の態勢が入れ替わった(第1回は→こちらから)。

 それは単に、谷川三冠と羽生二冠が、羽生三冠谷川二冠になっただけでなく、

 


 「見えないなにかに、おびえていたとしか思えない」


 

 そう述懐するように、谷川が羽生に対する苦手意識や、コンプレックスに悩まされるようになったことも、大きなターニングポイントだった。

 その意味では、竜王を取られたことも痛かったが、ほぼ同時進行で行われていた棋王戦でも羽生が勝ったこと。これも、ひそかに大きかった。

 こちらもフルセットの激戦だったが、ここで谷川が勝っていればタイトルが振り替わっただけで、三冠と二冠という勢力図は変わらない。

 これなら、さほど「時代が動いた」感は、なかったはず。

 そこで今回は、その棋王戦の激闘を紹介したい。

 

 1993年の第18期棋王戦

 羽生善治棋王・王座に、谷川浩司竜王・棋聖・王将が挑む。

 第1局は谷川の十八番である、角換わり腰掛銀

 羽生と谷川のみならず、谷川浩司vs佐藤康光や、丸山忠久vs郷田真隆などなど、平成の将棋ファンは山のように(それこそ今の△62金△81飛型のような)見さされた形。

 むずかしい戦いだったが、終盤戦で谷川が、▲67桂と打ったのが好手。
 
 

 

 これが、どこかで▲75桂の跳躍を見た、すばらしい構想。

 攻めだけでなく、後手が8筋から反撃してきたとき、▲75がいれば、▲83香と飛車先を止める手があるのも大きく、実戦もそれが決め手に。

 

 

 

 とにかく、谷川の先手番角換わりの破壊力はすさまじく、その威力をまざまざと見せつけられた一局だ。

 第2局、今度は先手番になった羽生が、主導権を握る。

 

 

 

 後手が△54歩と催促したところ。

 逃げるようではつまらないと、先手は特攻をかける。

 

 

 

 

 

 銀取りにかまわず、▲44歩が「前進流」のお株をうばう強手。

 △55歩なら、▲51銀と打つのが好手で、△同銀なら▲43歩成

 

 

 

 

 また、△55歩▲43歩成と単に成って、△同銀に▲44歩から▲43銀と打ちこんで、バリバリやっていくのもありそう。

 それはもたないと、後手は△44同歩と取るが、▲同銀と自ら「銀ばさみ」の形に進出する積極性を見せる。

 以下△43歩に、やはり▲51銀と打って、△同銀▲43銀成と突破。

 その後、谷川のラッシュを正確にかわし勝勢を築く。

 

 

 

 

 最終盤。次の一手が好手で、後手玉は詰みになる。

 
 

 

 

 

 

 ▲42銀と打つのが詰将棋のようなカッコイイ手。

 △同銀▲22角△同玉▲32飛

 △同玉も、▲31角△43玉▲32角と重ねて詰み。

 これで1勝1敗

 内容的にも両者先手番で快勝と、順調な結果ともいえる。

 続く第3局、今度は谷川から、お返しのパンチがまたも炸裂する。

 

 

 

 図は△33桂と打ったところ。

 先手のが進退窮まっているが、もちろん「前進流」谷川浩司なら、この一手である。

 

 

 

 

 

 ▲34銀と出るのが、なんとも胸のすく手。

 △同金と取るしかないが、▲35歩と突いて、△同金に▲同角と切って飛ばし、△同角▲34桂

 

 

 

 なんと角損の特攻だが、これで攻めになっている、というのだから恐ろしい。

 もしこの時代にネット中継などが普及し、今のような将棋ブームが起こっていたら、谷川浩司が、大人気棋士になっていたことは間違いない。
 
 なんといっても、毎局のようにこんなカッコイイ手が飛び出すんだから、視聴率はすごいことになっていたことだろう。

 ここから守備駒をガンガンはがして攻めまくり、むかえたこの局面。

 

 

 

 勢いに押されたか、後手がうまく受けられず、ここでは収拾困難になっている。

 ここでは、すでに先手が勝ちで、もちろん飛車を逃げる手はありえない。

 

 

 

 

 

 ▲27歩が当然とはいえ決め手。

 角を逃げれば、▲37飛王手で取れる。

 △38と▲26歩で自陣にいた飛車が、攻防の要のと代わったのだから大成功だ。

 以下、後手の懸命の防戦もむなしく、谷川がそのまま押し切った。

 これで2勝1敗と、先に王手。

 どうであろうか、この将棋の内容を見れば、やはり2人に、それほどのがあるとは感じられないだろう。

 それでも、ここから羽生は力を見せて逆転するのだから、あの大差で敗れた竜王戦のときより、明らかに強くなっていることは間違いなかった。

 

  (続く→こちら

 

 

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2 コメント

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Unknown (なお)
2020-04-10 17:00:45
初コメです。初めまして。将棋関連でネットサーフィンしてるうちにやっと辿り着きました。シャロン教授のあまりといえばあまりすぎる将棋への見識に驚きました。昔熱心に読んだ河口俊彦さんを思い出しました。私が一番好きな棋士は谷川九段で残念ながら降級になりましたが鳥取砂丘で全裸になり50歳で名人になった棋士だっています。もう一度谷川九段には名人を目指して頑張って欲しいです。これから始まる名人戦も本当に楽しみですね。ありがとうございました。
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ありがとうございます (シャロン)
2020-04-11 00:10:20
なおさん、コメントありがとうございます。

〉昔熱心に読んだ河口俊彦さんを思い出しました。

河口俊彦先生は『対局日誌』など私も大好きでした。こないだの羽生さんと森下さんのB2順位戦や、佐藤康光会長と先チャンの竜王挑決とかは、河口先生の文章を参考にしています(そのために古い『対局日誌』を久々に買い直しました)。


〉私が一番好きな棋士は谷川九段で残念ながら降級になりましたが鳥取砂丘で全裸になり50歳で名人になった棋士だっています。

50歳名人は「おしっこ! おしっこ!」と叫んで、宿の窓から放尿されたこともありましたね(笑)。王将のタイトルを南さんに取られたときだったかなあ。


〉もう一度谷川九段には名人を目指して頑張って欲しいです。

去年だったかおととしだったか、NHK杯で佐々木勇気七段に完勝したときは「すげーなー」と感嘆しました。まだまだ強い!

名人はもちろんですが、棋聖を取って通算5期の「永世棋聖」獲得ってのもいいですね。

谷川浩司がタイトル27期で永世称号が名人だけって、ものすごい違和感あるものなあ。
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