強行突破作戦 羽生善治vs郷田真隆 1995年 王将リーグ

2023年10月07日 | 将棋・名局

 王座戦第3局衝撃の結末だった。

 永瀬拓矢王座が「名誉王座」を、藤井聡太七冠が「八冠王」をかけて戦う今期王座戦五番勝負は2勝1敗と藤井が大記録に王手をかけた。

 その第3局永瀬勝勢から、まさかの後に、さらにまさかがズラリと並ぶような大逆転劇で藤井が勝利

 よくスポーツなどで優勝したり、なにか記録を達成するには、何回か

 

 「もうダメだ」

 「終わった」

 

 という危機をくぐり抜けないといけないと言われるが、それがよくわかるドラマ。

 かつて、羽生善治九段が「七冠王」を達成したときも、そのときは「順当」に見えたものも、あらためて精査してみると、

 

 「あれ? この記録、もしかしたらここで終わってた可能性もあった?」

 

 なんてドキッとする大逆転が絡んでいたりする。

 


 

 1995年王将リーグは、羽生善治六冠が「七冠王」にむけて挑戦者になれるかが注目だった。

 日本列島をゆるがす「フィーバー」のさなか、まず初戦の村山聖八段には勝利するものの、続く森内俊之八段には投了寸前まで追いつめられる大苦戦

 そこは森内のありえない大ポカに助けられ、かろうじて全勝をキープしたが、試練はまだまだ続く。

 3回戦の丸山忠久六段はものにするも、続く郷田真隆六段戦でも苦しい将棋を余儀なくされるのだ。

 

 

 

 

 図は相矢倉から、先手の羽生が▲16桂と設置したところ。

 次に▲24歩と突けば、飛角桂香1筋2筋に次々と突き刺さり後手陣は崩壊

 ピンチのようだが、ここで郷田は力強い手で羽生の構想を破綻に導くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 △14歩と突くのが、「オラ、来いや!」という強気な手。

 え? こんなん▲24歩と突かれたら、どうやって受けますのんと慌ててしまうが、郷田は平然とその次の手を指した。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲24歩には△15歩と、さらに突いて行くのが、またスゴイ手。

 玉頭に火がついているのに、それをかまわずに、もう一回「やってこい」。

 どんだけケンカ腰やねんと、あきれそうになるが、これが郷田流の剛直な受けで、▲23歩成△同金▲24歩としても、△13金とかわしてダメージはあたえられない。

 

 

 

 

 さすがの羽生も、これには腰を抜かしたろうが、ここに来てはすでに郷田の手の平の上。

 歩があれば、▲14歩△12金▲23歩成△同金▲24歩の「ダンスの歩」で崩壊だが、無い袖は振りようがない。

 次の手が▲46歩とゆるむのだから、ここは明らかに郷田が読み勝っていた。

 てか、この端歩2手。メチャクチャにカッコええな!

 そら金井恒太六段をはじめ、多くの棋士があこがれるわけである。

 先手は必死に攻めを継続するが、パンチはことごとく急所を外しており、一方の後手は涼しげな顔で受けていれば自然に優位に立てる。

 

 

 

 

 △32桂と打ってから、△24金と先手の頼みの綱である玉頭の拠点を外して完封ペース。

 いやそれどころか、ノーヒットノーラン級の押さえこみの完了だ。

 2回戦の森内戦に続いて、またも必敗になった羽生だが「七冠王」を目前にして、ここで負けるわけにはいかない。

 なんとか突破口を開こうと、から手をつけていくが、ここで郷田が誤った。

 

 

 

 

 ▲16香△15歩と打ったのが疑問で、ここは屈服するようでも△12歩と下から打てば先手は困っていた。

 ここまで、守備のラインを上げながら優位を築いてきただけに、ここでも押し出すような手を選んだのは流れだろうが、これがわずかながらのスキだった。

 すかさず▲24角と切り飛ばして、△同桂▲15香△12歩▲26歩と打つのが功着想。

 

 

 

 

 △同歩なら、▲25歩△同桂▲26飛とさばいて、先手の駒が相当に軽い感じ。

 

 

 

 

 こうなると、押さえこみの土台になっていた桂2枚が上ずらされて、ヒドイ形だ。

 郷田の見せた、わずかなほころびをついて、羽生は一気に勝負形に持ちこむことに成功。

 手も足も出なかったはずの局面から、ミリ単位のスキをついて駆け抜けたところは、羽生の強さもさることながら「勢い」というものの恐ろしさも感じさせる。

 そこからも「喰いつくぞ!」「させるか!」という力くらべのような戦いが続いたが、最後に抜け出したのは羽生だった。

 

 

 

 

 先手の攻め駒が少ない中、▲39香と打ってとうとう逆転

 △27角成にはよろこんで▲同飛と取って、ついに押さえこまれていた飛車がさばけた。

 △同成桂▲71角と打って、もう先手の攻めは切れない。

 以下、羽生が好打を連発して勝利をおさめた。

 とまあ、前回に続いて今回も王将リーグ戦を見ていただいたが、いかに羽生が危ない将棋を戦っていたか、おわかりであろうか。

 もしこの2つをそのまま負けていたら、羽生は挑戦者になれず「七冠王」はなかった。

 仮に1勝1敗だったとしても、5勝2敗中原誠永世十段とのプレーオフに持ちこまれていたはずだったのだ。

 このときの羽生なら、無冠の中原相手には勝てそうかと思いきや、このリーグで羽生は中原の空中戦完敗を喫しており、そんな単純な話ではない。

 こうして見ると、リアルタイムで見ていたときはその勢いとスピード感で、

 

 「羽生七冠は必然

 

 のように感じられたが、それはどこまでも、あとから数えての「結果論」でしかないのだ。

 そしてそれは、「藤井八冠王」もまた。

 


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