砂漠で溺れるわけにはいかない 羽生善治vs剱持松二 1988年 第47期C級1組順位戦

2023年01月06日 | 将棋・名局

 「そういや、藤井聡太って、大番狂わせっていうのがないよな」

 

 先日、ラーメン横綱で昼飯を食ているとき、そんなことを言ったのは友人キュウホウジ君であった。

 藤井聡太五冠がケタ違いに強いのは、もはや周知の事実であるが、感心するのは取りこぼしというのが、ほとんどないこと。

 特に全盛期ほどの力がなくなった印象のある中堅ベテランに、しっかりと勝てるのが地味にすごくて、かつてのトップ棋士でも痛いところで「熟練のワザ」にかかってしまうことがあった。

 たとえば若手時代の森内俊之九段は、B級2組順位戦で、開幕から8連勝しながら、56歳のベテラン佐伯昌優八段に完敗を喫したことがあった。

 

 

1993年、第51期B級2組順位戦の9回戦。佐伯昌優八段と、森内俊之六段の一戦。
中盤戦、先手の佐伯が▲65歩、△同歩に▲64歩とタラしたのが機敏な手で、後手の2枚の銀が動きを封じられてしまった。
以下も佐伯の指し手が冴えまくり、まさかの圧勝劇を見せる。

 

 

 しかも佐伯はここまで8連敗

 とっくに降級が決まっていたその一方、森内はあの藤井聡太五冠でも破れなかった順位戦26連勝という記録を継続中だった。

 今考えても、森内に負ける理由がまったくない戦いであり、まさにこれ以上ない「死に馬」に蹴られたことになる。

 これで森内は、なんと順位わずか1枚の差で村山聖六段に、9勝1敗頭ハネを喰らってしまう。

 

  森内の黒星が、何度見ても意味不明の表。




 あまりにも痛すぎた1敗となってしまったが、こういうまさかが起こるのも、将棋というものなのだ。

  藤井聡太も、もちろんときには負けることはあるのだが、こういう


 「ま、ここは問題ないっしょ」


 という相手にやられた記憶はあまりなく、そこが感心する。

 そこで前回は羽生善治九段が、かつて「島研」でしのぎを削った島朗九段との熱戦を紹介したが今回は、かつて相当に話題となった、ある番狂わせを紹介したい。

 舞台はといえば、もちろん順位戦になるのが、昭和の将棋というものだった。

 


 1988年の第47期C級1組順位戦

 剱持松二七段と、羽生善治五段の一戦。

 前期、2期目でC級2組をクリアした18歳の「天才」羽生は、当然このC1でも昇級候補の筆頭だった。

 その期待に応え、まずは開幕2連勝と快調にすべり出すも、第3戦で佐藤義則七段に敗れて大きく後退。

 佐藤はかつて、棋聖戦挑戦者決定戦にも出たことのある実力者だが、数年前にB2から落ち、このときも40歳と盛りは過ぎていたため、かなり意外な結果だった。

 早くも昇級に黄信号がともったが、そこから泉正樹五段浦野真彦五段という、全勝で走る競争相手をたたいたのはさすがで、4勝1敗で前半戦を折り返す。

 続く6回戦の相手は、54歳のベテラン剱持。

 順位が悪いので、残り全勝するしかない羽生だが、まずここは大丈夫だろうと思われたところから、これが思わぬ波乱を呼ぶ一戦となるのだ。

 先手になった剱持の四間飛車に、羽生は左美濃から、銀を繰り出して仕掛けていく。

 

 

 

 中盤の、この局面。

 まだ互角のわかれだろうが、ここでは▲73歩成▲55角

 また現代風に、左美濃の急所をねらって▲27飛と回るなど手が広く、振り飛車がまずまずに見える。

 どの手も有力そうだが、河口俊彦八段の『対局日誌』によると、剱持は61分じっくりと想を練って、▲73歩成とする。

 後手は△76歩と止めるが、そこで手に乗って▲27飛とするのが好調子。

 

 

 

 

 △69飛成▲63と、と捨てて、△同金▲72角と打つ。△53金▲81角成

 △89竜と後手も駒を補充するが、そこで▲59歩としっかり固めておく。

 

 

 

 金底つきの美濃囲いが固く、▲27の地点に設置された波動砲も後手玉に強烈なをかけており、やはりまだ微差ながら、一目は振り飛車がさばけているような局面だ。

 羽生は1回、△22玉とバックステップで大砲の威力を緩和し、▲91馬△66角と、こちらも高射砲を設置。

 ▲45桂△52金引▲64馬の活用に△44桂と、美濃の急所であるコビンをねらいにする。

 

 


 

 かなり、せまられている形だが、ここでまず、先手に大きなチャンスがおとずれている。

 ここでは1回▲37銀と受けておいて、△57歩成▲25歩と攻め合えばよかったと。

 先手玉は、最後△49と、から△39角成と来られても、▲18玉と逃げた形が、▲27にある飛車守備力が絶大で、どうやっても詰みはなく、ハッキリ1手勝ちだったのだ。

 ところが、剱持は単に▲25歩と突く。

 これで勝ちなら話は早いが、△同歩と取られたことろで、手が止まってしまう。

 なにか錯覚があったようで、50分の長考で▲24歩とたらすが、ここで羽生の目がキラリと光る。

 すかさず△36桂と急所のダイブを決めて、▲18玉に、△26銀とかぶせて、先手玉はにわかに危険な形におちいった。

 

 

 

 控室の検討では「逆転だ!」と、色めきだったそうだが、剱持の▲37銀打が力を見せた手で、踏みとどまっている。

 △27銀成▲同銀△87竜に、▲36銀直をはずして、先手玉は相当安全になったが、そこで△63歩が、いかにも羽生らしい実に悩ましい手。

 

 

 

 を逃げる場所がむずかしく、いきおい先手はここでラッシュをかけることになるが、それは羽生の待ち受けるところ。

 こういうアヤシイ打診で相手のあせりをさそうのは、羽生にとって得意中の得意という展開だ。

 

 (続く

 

 


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