蔵前仁一『あの日、僕は旅に出た』 もしビジネスにうといバックパッカーが「社長」になったら その2

2019年07月31日 | 海外旅行
 前回(→こちら)の続き。
 
 「お兄ちゃん、将来はエライ社長になるんやで」。
 
 私に期待をかけてくれたおばあちゃんに、ぜひ読んでほしいのが蔵前仁一さんの『あの日、僕は旅に出た』。
 
 ここで伝えたいのは、
 
 「インドのおもしろさ」
 
 でもなければ、
 
 「『旅行人』の出版業界における歴史的価値」
 
 などでもなく、
 
 「金にも名誉にも執着のないバックパッカーが社長になると、こんな大変なことになるよ、おばあちゃん!」
 
 という、ボンクラ孫息子の天国へのメッセージなのだ。
 
 実際、この本を読んでいると、もう笑いながら何度もつぶやかされるのだ。
 
 
 「蔵前さん、全然社長にむいてない!」。
 
 
 これは決してディスではない。なんといっても、本の中で蔵前さん自身が何度も、自分でそうおっしゃっているのだ。
 
 下手すると、そのことを伝えるために書き下ろしたのではと思ってしまうほど、このフレーズは多発している。
 
 蔵前さんが、小さいとはいえ「一国一城」の主として君臨するのに向いてないなと思わせる要素はいくつかあって、
 
 
 その1「お金に興味がない」。
 
 曲がりなりにも社長をやっているのに、蔵前さんには
 
 「もっと、もうけたい」
 
 「いい暮らしをしたい」
 
 といった発想が、まったくといっていいほどない。編集者が、
 
 「売れるから、こういう本を出しましょう」
 
 「このシリーズは調子がいいから、続編を」
 
 と提案しても、「めんどくさそうですね」みたいなことを言って、苦笑しながら断ってしまう。
 
 いやいや社長やったら、そこはがんばらないと! ビジネスの世界は、稼いでナンボでっせ!
 
 
 その2「自分のペースで仕事をすることが優先」
 
 1の流れもあって、蔵前さんには「会社をどんどん大きくしたい」したいという気持ちが皆無に近い。それよりも、
 
 「自分のやりたいことを、自分のリズムでやりたい」の方が大事。
 
 なまじ規模が大きくなって、現場仕事が出来なくなるのがイヤ。そもそも、旅行が好きだから、その雑誌を作ったのに、制作に追われて旅に出られない! とボヤくことしきり。
 
 だから、社長が長期旅行とかダメですやん!
 
 仕事が軌道に乗り、忙しくなってくると、むしろ逆に規模を縮小したりするんだから、なにをかいわんやである。
 
 
 3「権威というものに興味がない」。
 
 社長なのにもかかわらず、そこに付随する「役得」をまったく享受しない。
 
 そもそも、社長は格安航空券で飛ばない、インドの安宿には泊まらない、アフリカのキャンプ場でテント生活をしない(笑)。
 
 一応は一国一城の主なのに、いばるどころか、むしろそう呼ばれることを、いかにも居心地悪そうにしておられる。
 
 オシャレや食べるものにも無頓着。オフィスにトロフィーや高い骨董品を飾らない。
 
 美人秘書兼愛人を引き連れない。キャバクラで高い酒も空けない。自己紹介のイラストはサンダル履きだ。
 
 しかもそれが、「あえて、キャラづけでそうしている」わけでもないんですね。たぶん蔵前さんは、本とかイラストにある、あのまんまの人。
 
 安宿に泊まるのは、取材とか「旅人」なんてイキってるとかでもなく「そっちのほうが楽しいから」。ただ、それだけ。
 
 上昇志向や見栄を張ることに、てんで力が入ってない。
 
 さらにいえば、『深夜特急』のフォロワー旅行記によくある自己陶酔とも無縁。「旅のカリスマ」という紹介のされ方もご不満なよう。
 
 実績的には「レジェンド」といっていい人だと思うけど、そう呼んだら、きっと笑われちゃうんだろうなあ。
 
 
 4「自分への見切りが早い」。
 
 蔵前さんは自分が商売人ではないことを自覚して、本書の中でも何度も書いてるけど、ちょっと自覚しすぎるところもある。なんといっても、
 
 
 「僕はビジネスに関しては知識も興味もない」
 
 
 社長失格な発言も、平然とされているという、お人。しかも、だからといって、
 
 「じゃあ、会社も作ったし、いっちょがんばってビジネスを極めるか」
 
 といった意識はない模様。
 
 だって、できないものは、できないもの。この良くも悪くも「自己評価がドライ」なところも、いかにも。
 
 途中から、有能なお兄さんが営業などを引き受けてくれ、多少は経営も改善されたものの、それでも失敗ごとに当の社長が、
 
 
 「いやはや、僕に商売は向きませんね」
 
 
 頭をかいている次第なのだ。
 
 しょうがないよなあ、向いてないんだもの。
 
 そんな、どこまでも商売人でない蔵前さんが、なぜわずらわしい社長業を請けおってまで『旅行人』を作成していたのかといえば、これはもうズバリ
 
 「自分のおもしろいと思った本を出したいから」。
 
 この一点。そのために、「しょうがなく」社長をやっている。
 
 しゃあないから。たぶん、ビジネスに興味のない人間は、この理由以外では絶対に社長をやらないのだ。
 
 以上のように、この本は旅や零細出版社の裏事情とともに、
 
 「もしもビジネスに向いてないバックパッカーが、ビジネスをやったら」
 
 というドリフのコントのような副題をつけたくなる内容なのだ。
 
 でもって、私は読みながら蔵前さんの苦戦する気持ちがよくわかる。
 
 なんたって、私もまた「ビジネスに知識も興味もない」バックパッカーのひとりだからだ。
 
 おまけに、上記の「蔵前仁一が社長に向かない要素」を、丸まま自分もかかえている気がする。
 
 だからたぶん、もし自分がおばあちゃんの言うように「社長」になったら、きっとこんなドタバタがくり広げられるんだろうなあと、容易に想像がつく。
 
 もう読みながら、楽しいのと同時に、いたたまれなくて(苦笑)。
 
 『旅行人』が残れたのは、蔵前さんの絵や文章の力、才能を見出す編集センス。
 
 それにバックパッカーに慕われるキャラクター力と、あとはいろいろな幸運があったからだろうけど、それらが皆無な私が同じことしたら、なにかもう悲惨な予想しか浮かびません。
 
 というわけで、天国のおばあちゃんには、ぜひこの本を読んでいただいて、
 
 「あー、ウチのお兄ちゃんは社長に向いてないんやなあ」
 
 と納得していただきたいものだが、そこはアクティブなおばあちゃんのことだ。
 
 これに影響を受けて、底の抜けた孫のことなどほっておいて、インドで「クミコハウス」みたいな宿屋経営とかはじめたりして。
 
 
 
 

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