タイトロープを照らせ 久保利明vs羽生善治 2010年 第59期王将戦 第6局

2024年08月04日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 奇跡的な終盤戦、というのがある。

 激戦の中、最後の最後に詰将棋や、次の一手のような必殺手順が出ると、

 

 「将棋の醍醐味やなー」

 

 という気になるものである。

 そこで今回は、そういう一局を見ていただきたい。

 前回は谷川浩司棋王南芳一王将による、奇跡的な「詰むや詰まざるやを見ていただいたが、それに負けない熱量です。

 


 2010年の第59期王将戦七番勝負は、羽生善治王将(名人・棋聖・王座)に久保利明棋王が挑戦。

 久保はこれまでタイトル戦で羽生と4度戦っているが、すべて敗れていた。

 しかも、1勝3敗1勝3敗0勝3敗1勝4敗と、スコア的にも余され、完全に「見せつけられる」負け方ばかりであった。

 だが、佐藤康光から初タイトル棋王を奪取し、充実期をむかえていた久保は、このシリーズでは天敵相手にいい将棋を披露し、ここまで3勝2敗とリード。

 はじめて、羽生を相手に勝ち越せているチャンスとあれば、ぜひとも生かしたいところで、その通り、久保はここでも強い将棋を見せる。

 ゴキゲン中飛車から、このころ2人の間で盛んに指された超急戦になり、難解な戦いに突入。 

 

 

 当時、かなりよく見た戦型だったけど、えらいこと激しい戦い。

 とても、振り飛車の将棋とは思えません。特に久保はムキになって採用していた印象があった。

 そこから激しくつばぜり合って、最終盤のこの局面。

 

 

 

 後手から、△67金詰めろを先手は受けないといけないが、どうやるのか。

 を使って受けるのだが、ここがまず、運命の分かれ道だった。

 

 

 


 羽生は16分考えて、▲58桂と受けたが、これが敗着になった。

 ここは▲58香とすべきで、それなら先手勝ちだったのだが、羽生はこの後に読んでいた手順を見越して、桂を打ったのだから、それは結果論ということになってしまう。

 で、一体なにが違うのか。

 それは、手順を追えばわかってくる。

 ▲58桂に、久保は△59金とせまる。

 これが詰めろにならないのが、後手の泣き所で、先手はこの瞬間に詰めろ連続でせまれば勝ちが決まる。

 そこで羽生は▲65香と打つ。

 

 

 

 

 ▲58を使ったのは、こう攻めたときに、駒台にもう一本香車を残すためだ。

 久保は開き直って△69金と取る。今度は詰めろだが、後手玉は超がつく危険度。

 羽生は▲61飛とおろし、△82玉▲74桂王手して詰ましにかかる。

 後手玉はせまいうえに、どこかで▲13竜と王手されたとき、歩切れなので高い合駒しかないのも、つらいところ。

 △74同歩に、▲64角で、いよいよ終局が見えてきた。

 勝負はフルセットだ。

 

 

 


 久保は△59金と打ったとき、負けを覚悟していたそう。

 ▲64角と打った局面で、なんとか逃げる手はないかと考えたそうだが、△73桂の合駒に、▲同角成△同玉▲13竜

 そこで、当初は△53角と打って、しのいでいると読んでいたそうだ。

 

 

 だが、それには▲同竜△同金▲62角△82玉

 そこで、▲71角成△73玉▲62馬△82玉連続王手千日手で先手が負けだが、▲71角成△73玉▲63飛成とするのが、久保曰く「絶品」でピッタリ詰む。

 

 

 △63同金▲同香成△同玉に、▲64香と打って、△同玉▲65歩△73玉▲64銀以下。

 飛車成以降は平凡な詰まし方で、他にもいろいろな手がありそうだが、実はこの▲63飛成以外では、すべての手順で詰みはない。

 この▲63飛成だけはキレイに仕上がる仕組みで、「これで行ける」と感じていた手順が、運命的なほど綺麗に詰むのを発見した久保の落胆は、いかばかりだったか。

 だが、ここで折れなかった久保は、なにかないかと再度読み直す。

 超難解な局面で、蜘蛛の糸にすがるように不詰の順を追い続け、久保が言うには

 


 「いままでの将棋人生の中で、いちばん脳みそがフル回転したはずです」


 


 焼けつくほどにエンジンを回し続けた結果、なんと久保は、今度は自身に「奇跡的」となる手順を発見する。

 それは行方尚史九段が、当時話題となっていたアイススケートの技から「トリプルルッツ」と。

 あるいは、勝又清和七段が「無死満塁を切り抜けた《江夏21球》」とも呼んだ、あまりにも出来すぎた、しのぎのワザだったのだ。

 

 (続く

 

 

 

 

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