奇跡的な終盤戦、というのがある。
激戦の中、最後の最後に詰将棋や、次の一手のような必殺手順が出ると、
「将棋の醍醐味やなー」
という気になるものである。
そこで今回は、そういう一局を見ていただきたい。
前回は谷川浩司棋王と南芳一王将による、奇跡的な「詰むや詰まざるや」を見ていただいたが、それに負けない熱量です。
2010年の第59期王将戦七番勝負は、羽生善治王将(名人・棋聖・王座)に久保利明棋王が挑戦。
久保はこれまでタイトル戦で羽生と4度戦っているが、すべて敗れていた。
しかも、1勝3敗、1勝3敗、0勝3敗、1勝4敗と、スコア的にも余され、完全に「見せつけられる」負け方ばかりであった。
だが、佐藤康光から初タイトルの棋王を奪取し、充実期をむかえていた久保は、このシリーズでは天敵相手にいい将棋を披露し、ここまで3勝2敗とリード。
はじめて、羽生を相手に勝ち越せているチャンスとあれば、ぜひとも生かしたいところで、その通り、久保はここでも強い将棋を見せる。
ゴキゲン中飛車から、このころ2人の間で盛んに指された超急戦になり、難解な戦いに突入。
当時、かなりよく見た戦型だったけど、えらいこと激しい戦い。
とても、振り飛車の将棋とは思えません。特に久保はムキになって採用していた印象があった。
そこから激しくつばぜり合って、最終盤のこの局面。
後手から、△67金の詰めろを先手は受けないといけないが、どうやるのか。
駒を使って受けるのだが、ここがまず、運命の分かれ道だった。
羽生は16分考えて、▲58桂と受けたが、これが敗着になった。
ここは▲58香とすべきで、それなら先手が勝ちだったのだが、羽生はこの後に読んでいた手順を見越して、桂を打ったのだから、それは結果論ということになってしまう。
桂と香で、一体なにが違うのか。
それは、手順を追えばわかってくる。
▲58桂に、久保は△59金とせまる。
これが詰めろにならないのが、後手の泣き所で、先手はこの瞬間に詰めろの連続でせまれば勝ちが決まる。
そこで羽生は▲65香と打つ。
▲58に桂を使ったのは、こう攻めたときに、駒台にもう一本香車を残すためだ。
久保は開き直って△69金と取る。今度は詰めろだが、後手玉は超がつく危険度。
羽生は▲61飛とおろし、△82玉に▲74桂と王手して詰ましにかかる。
後手玉はせまいうえに、どこかで▲13竜と王手されたとき、歩切れなので高い合駒しかないのも、つらいところ。
△74同歩に、▲64角で、いよいよ終局が見えてきた。
勝負はフルセットだ。
久保は△59金と打ったとき、負けを覚悟していたそう。
▲64角と打った局面で、なんとか逃げる手はないかと考えたそうだが、△73桂の合駒に、▲同角成、△同玉、▲13竜。
そこで、当初は△53角と打って、しのいでいると読んでいたそうだ。
だが、それには▲同竜、△同金、▲62角、△82玉。
そこで、▲71角成、△73玉、▲62馬、△82玉は連続王手の千日手で先手が負けだが、▲71角成、△73玉に▲63飛成とするのが、久保曰く「絶品」でピッタリ詰む。
△63同金、▲同香成、△同玉に、▲64香と打って、△同玉、▲65歩、△73玉、▲64銀以下。
飛車成以降は平凡な詰まし方で、他にもいろいろな手がありそうだが、実はこの▲63飛成以外では、すべての手順で詰みはない。
この▲63飛成だけはキレイに仕上がる仕組みで、「これで行ける」と感じていた手順が、運命的なほど綺麗に詰むのを発見した久保の落胆は、いかばかりだったか。
だが、ここで折れなかった久保は、なにかないかと再度読み直す。
超難解な局面で、蜘蛛の糸にすがるように不詰の順を追い続け、久保が言うには
「いままでの将棋人生の中で、いちばん脳みそがフル回転したはずです」
焼けつくほどにエンジンを回し続けた結果、なんと久保は、今度は自身に「奇跡的」となる手順を発見する。
それは行方尚史九段が、当時話題となっていたアイススケートの技から「トリプルルッツ」と。
あるいは、勝又清和七段が「無死満塁を切り抜けた《江夏の21球》」とも呼んだ、あまりにも出来すぎた、しのぎのワザだったのだ。
(続く)