平塚市浅間町に「八幡山公園」の「八幡山の洋館」前の花壇の一画に「セイヨウニンジンボク」(西洋人参木)がすみれ色、淡紫色の唇形をした小さな花つけた穂状の花姿を披露中である。シソ科ハマゴウ属、落葉低木の植物花で「サルビアレウカンサ」にも似ている。花が少なくなる初夏から秋にかけて咲く希少な花である。原産地は南ヨーロッパから中央アジア。どこかシソの花みたいな穂状の花で花にも葉にも木にもほのかな香りがある。乾燥した実はコショウの代用として使われる。(2307)
神奈川県中郡大磯町高麗に「高麗寺」の末寺=子院で「高来神社」に隣接するように天台宗寺院「鶏足山高麗寺慶覚院」は鎮座する。創建は慶長18年(1613)。高麗という地名から古代には朝鮮からの渡来系の人々の住む集落である。江戸時代までは高麗山山頂とその麓に「高麗権現社」と別当寺の「高麗寺」が中腹の登山路脇にあった。元々高麗寺は行基が養老元年(717)に創建し、千手観音を本地仏と定め、神仏習合の聖地であったが、明治の神仏分離令により「高麗寺」が廃され大磯唐浜の沖より漁民が網で引き上げたと伝わる本尊の「千手観音立像」他の地蔵菩薩像が当寺に移つされた。かつては北下町にあったが明治23年(1890)に南下町の大火で焼失により地蔵堂のあった当地に移った。花水橋の架かる国道1号線を大磯方向に進んだ高来神社入口を右折した先に「高来神社」の「二ノ鳥居」と当寺の「仁王門」が構えられている。山門の仁王像は江戸初期の仏像で廃寺となった「高麗寺」のものである。境内正面には平成19年(2007)に地蔵堂を建替えて完成した「本堂」、その前には回向柱が建つ。右に庫裏と鐘楼がある。(2307)