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菊池のぶひろの議会だより

日本共産党 桜川市議会議員 菊池のぶひろの活動報告です

伊藤詩織さん性暴力被害東京高裁判決「不同意判断と告発の社会的意義」

2022年02月12日 08時20分48秒 | 日々の雑感
 今日のしんぶん赤旗は、標記の記事を大きく報じています。私が、ブログで、「伊藤詩織さん性暴力被害東京地裁判決分の要旨」を報じたとき、今までなかったほど多くの方からアクセスがあり、今も、アクセスする方がおり、関心の高さが分かります。今回の記事は、その判決の意義を補足するものと考え、紹介するものです。

 伊藤詩織さん性暴力被害東京高裁判決「不同意判断と告発の社会的意義」
 ジャーナリストの伊藤詩織さんが、山口敬之・元TBSワシントン支局長から性暴力を訴えていた事件で、東京高裁判決は一審の東京地裁(2019年12月18日)に続き、性行為に同意しなかったと判断しました。角田由紀子弁護士に判決の意義について寄稿してもらいました。

 弁護士 角田由紀子さんの寄稿
 
伊藤詩織さんの事件の東京高裁判決が1月25日に出されました。高裁判決は、地裁判決に比べてより充実した判断を示したもので、本文のみで182ページに及ぶ分厚いものです。判決は、改めて、山口氏の行為は詩織さんの同意を得ることなく行われたものであり、明確に加害行為としています。
 判決が、同意がないと判断した理由で注目されるのは、2人の関係は、性的関係に至るような性質のものでなかったことを指摘している点です。
 本件以前に2人が会ったのは、仕事に関するものであり、それも頻繁でなく、山口氏が描くような性的関係に安易に至ることが想定されるようなものではなかったとしています。

  緻密で説得的

 本件は、密室での出来事であり、当事者2人の言い分を比較検討することが事実認定の重要な部分になります。この手法は一審判決でも取られていましたが、高裁判決の方が、より緻密であり、説得的であり、常識にかなった判断です。
 山口氏は、同意に基づいたということを言うために、詩織さんがいかに積極的に性行為を誘ったかを昨日のようにまことしとやかに詳しく延べました。裁判官は仕事上の知り合いでしかない2人なのに、いきなりそんなことが起きるのはおかしいと、その説明が詳しすぎることにかえって素朴な疑問を持ったようです。人間理解がきちんとできていた裁判官の担当になってよかったです。

 この事件では山口氏から、詩織さんの著書などについて、名誉毀損およびプライバシー侵害を理由にして1億3千万円の損害賠償が請求さえれています(反訴)。この論点では、多くの性暴力被害者を勇気づける判断が示されました。
 ある公表行為(書いたり、話したりしたこと)が名誉毀損やプライバシー侵害であったとしても、それらの行為が公共の利害に関係し、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合で、公表された事実の重要な部分が真実であることが証明されたときは、違法性がないとされます。また、真実であると証明されなくても、行為者がそれらの事実が真実であると信じるについて相当な理由があるとき(真実相当性がある)には、その行為には、故意または過失がなく不法行為は成立しないことになっています。

   状況を変えたい

 詩織さんは、記者会見をしたり、本を書いたりして自分の被害体験を公にしましたが、それは自分の経験から性犯罪の被害者を取り巻く法的・社会的状況を少しでも変えていきたいと思ったからだとしています。自分の話を信じてもらうためには自分の名前も顔も出すことを決意し、相手の実名も含めて起きたことの全容を明らかにする必要があると判断したからでした。
 高裁判決はこれを認めて、デートレイプドラッグ以外の点については、名誉毀損もプライバシー侵害も否定したのです。性犯罪被害者の告発が公共の利益に関わる社会的意義を持つことをはっきり肯定したのです。
 この判決は「♯Me Too運動」や「フラワーデモ」のような被害者の告発運動を励ますものです。これから法的・社会的状況の改善が進むことで、詩織さんの投じた一石の波紋が大きく広がって行くに違いないと確信しています。

 

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「キャッチ22」=解決放置の不条理

2022年02月11日 10時08分52秒 | 日々の雑感
 今日の東京新聞は、本音のコラム欄は、「キャッチ22」と題して、ジャーナリスト・北丸雄二氏が書いている。さっと読んだときは、よく分からなかったが、繰り返し読んでいると、その言いたいことがよく分かった。参考となるのではないかと思い、紹介したい。

 キャッチ22
 北丸雄二


 「狂気の者は申請すれば除隊できる。ただし狂気を認識できるならまだ狂気とは認められないので除隊は許されない」というのがジョセフ・ヘラーの1961年の小説「キャッチ22」の核心です。作中の「軍規第22項」を指すこの堂々巡り、今でも「それはキャッチ22」と言えば「解決不条理」の意味です。
 例えば資格試験などで「受験対象は三年以上の経験者のみ」とあれば、その三年の経験に資格が必要なので誰もが受験できません。これもキャッチ22.お役所仕事でよく出くわす「前例がないので受理できません」も、いや、その前例を作るために申請するんです。「そう言われてみても社会的に馴染がないのではなかなか難しいかと」。いやいや、馴染がないのは前例がなかったからで・・・。
 札幌地裁で「同性婚を認めないのは法の下の平等に反して違憲」となった同性婚訴訟は、別に東京地裁でも進行中です。9日に被告の「国」が持ち出してきた理屈もこれ。「同性カップルは異性カップルと同等の社会的承認がないから婚姻は認められない」。いや、「国が婚姻を認めずに不平等を放置しているから社会的承認が行き届かない。だからそのキャッチ22を断とうと言っているのよ。しかも今は国民の65%が同性婚に賛成で、この数字で賛成でないなら、ついぞそんな数にも達しない内閣支持率とは何ぞや?
(ジャーナリスト)

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今回も、一般質問通告は一番でした

2022年02月10日 19時30分32秒 | 桜川市議会
 今日、桜川市3月議会の召集状が届きました。私は、早速、準備していた一般質問通告を出してきました。今回も、1番目になり、3月1日(火)の10時開会の議会で、一番はじめに一般質問に立つことが確定しました。
一般質問の詳細は、全員協議会で発表があったとき、お知らせしますが、項目だけお知らせします。



1,過疎地域指定と今後の財政政策
2,(株)クラセル桜川の経営状況と社長の交代
3,旧猿田小学校を、(株)桜川カレッジに貸与することについて
4,水田交付金見直しについて
5,岩瀬駅西踏切北側道路拡幅事業
6,上曽トンネル工事の進捗状況
7,筑波高原キャンプ場の整備について
8、岩瀬t区の大月にある小ノ池が、冬季水を貯めていないことについて
 
以上


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自民党候補が「共産党に中傷ツイートを書いたら・・・」

2022年02月10日 19時06分26秒 | 日々の雑感
 今日のしんぶん赤旗には、岩手県でおこった出来事として、次の記事が紹介されていますので、披露します。

「まず綱領読んで」
党県委の批判文に反響


 自民党の広瀬めぐみ参院岩手選挙区候補(弁護士)が日本共産党を誹謗中傷したツイッターの投稿(4日朝)に対し、共産党県委員会がツイッターで抗議文を発表(7日)したところSNS上で県内外からアクセスがあるなど反響を呼んでいます。
 
 広瀬氏は、ツイッターで「個人の資本を否定する共産党」「自分や他人が稼いだものをすべて党が管理し、分配する共産主義」「本質は個人の自由を認めない共産主義」と発言。
 共産党員から「まず綱領を読むべきでは」と批判されると、「拝見します」と返事をしたものの、4日夜には全文を削除しました。

 抗議文では、綱領は生活手段について「社会発展のあらゆる段階を通じて私的財産が保障される」と明記しており、「個人の資本を否定する」は暴論で、そのような用語もないと指摘しています。
 共産党がめざす社会主義・共産主義は、人間の自由と全面的な発展が保障される社会だと強調。戦前の絶対主義的天皇制の下で平和と民主主義を掲げて不屈にたたかい、戦後も同じ党名で活動することができ、今年で創立100周年を迎えると述べています。

 斎藤信副委員長は7日、文書にした抗議文を自民党岩手県連の岩崎友一幹事長に手渡しました。岩崎氏は「ツイッターは知らなかった。本人と協議し、県連会長にも伝える」と答えました。


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「無責任な追悼」ー石原慎太郎氏への痛烈な批判

2022年02月09日 08時34分06秒 | 日々の雑感
 今日の東京新聞・本音のコラム欄には、文芸評論家・斎藤美奈子氏が、「無責任な追悼」として書いている。私も同感なので、紹介したい。

 無責任な追悼
 斎藤美奈子

 石原慎太郎氏は暴言の多い人だった。「文明がもたらしたもっとも有害なものはババア」「三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返している」。暴言の多くは、外国人、障がい者、静的マイノリティなどに対する差別発言だったが、彼は役職を追われることも、メメディアから干されることもなかった。そんな「特別扱い」が彼を増長させたのではなかったのか。
 彼は生涯現役の作家だった。晩年に至ってもベストセラーを連発した。だが、私は石原慎太郎の姿勢には私は疑問を持っている。
 朝日新聞で文芸時評を担当していた2010年2月。「文学界」3月号『再生』には下敷(福島智『盲ろう者として生きて』)。当時は書籍化前の論文)があると知り、両者を子細に読み比べてみたのである。
 と、挿話が同じなのはともかく表現まで酷似している。三人称のノンフィクションを一人称に書き直すのは彼の得意技らしく、田中角栄の評伝小説『天才』も同様の手法で書かれている。これもまた「御大・石原慎太郎」だったから許された手法だったのではないか。
 各紙の追悼文は彼の差別発言を「石原節」と称して容認した。二日の本紙(注・東京新聞のこと)「筆洗」は「その人はやはりまぶしい太陽だった」と書いた。こうして彼は許されていく。負の歴史と向き合わず、自らの責任も問わない報道って何?
(文芸評論家)


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