今日の「いのちのパンと祈り」

毎日の生活の中で、いのちのパンを食べて神様と共に歩きましょう。デボーション(祈り・黙想)のブログです。

愛のない者

2022-05-21 00:03:21 | 第1~3ヨハネ

 

第1ヨハネ4:8

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

 

愛のある人と愛のない人を想像して見ると、正反対の姿が思い浮かびます。

 

愛のある人から流れるものは温かさ、親切、寛容などの良いものですが、愛のない人から流れるものは冷たさ、頑ななこころ、厳しさ、怒りなど悪いものが流れます。

 

神は愛です。

神の子と言いながらも、愛がないならば、その人はまだ神を知らない人です。

 

なぜならば、今日の聖書のことばがそのように言うからです。

 

愛の神様に出会い、その愛を受けているならば、心に愛があるはずです。

愛があるならば、それが自然に現れます。

 

心に喜びがあると笑顔になります。

心に憂いがあると顔は曇ります。

心に愛があるならば、愛の顔になります。

 

愛が冷めていく時代の中に私たちは生きています。

愛がなくなると、愛は貴重なものになります。

 

ですから、もっともっと愛を生み出していかないといけないです。

『互いに愛し合いなさい。これが新しい戒めです。』と、主から言われました。

 

愛がある所に、愛の神様も働きます。

 

【関連聖句】

マタイの福音書22:39

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

 

【聖書通読】

-滅亡と救い-

  • オバデヤ書1-21節

 

3分バイブルボイス 


寛容な心を持つ

2022-05-20 00:02:14 | ピリピ

 

ピリピ4:5

あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。

 

人間は自己中心ですから、他人に対して寛容な心があまりないです。

他人の小さな失敗や過ちに対しても厳しいことが多いです。

 

ですから神様は、信じる者に対して寛容な心を持つようにと言われました。

寛容な心は他人を受け入れる広い心です。

 

色んな人間がいるので、他人を受け入れるためには「寛容」という広い心が必要です。

みなさんの心の器はどれ位の大きさでしょうか。

 

寛容な心は大きな器です。

器が小さいことは、心が狭いということです。

 

寛容な人がたくさんいればいるほど、世の中は平和になり、争いが少なくなります。

寛容な心を持つと、心が平安になり人生も楽しくなります。

 

狭い心はとても息苦しいです。

 

寛容な人は人に恵みを与え、人を憐れみます。

ですから神様も寛容な人を祝福します。

 

【関連聖句】

イザヤ書58:7

飢えた者にはあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見て、これに着せ、あなたの肉親の世話をすることではないか。

 

【聖書通読】

-将来に到来する祝福の王国-

  • アモス書9:1-15

 

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矛盾した行動をする人は偽り者

2022-05-19 00:01:56 | 第1~3ヨハネ

 

第1ヨハネ4:20-21

神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。

神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています。

 

苦い水と甘い水が同じ井戸から出ることはないです。

苦いか甘いか、です。

 

愛は心からするものです。

 

もし心に愛があるならば、その人は神様も兄弟も愛します。

しかし心に憎しみがあるならば、神様も兄弟も憎みます。

 

あまりにも簡単な原理ですが、私たちは矛盾した行動を取ります。

「神様は愛するが、兄弟は愛せない」と言います。

 

それが矛盾であることにも気付いていないです。

自分が偽り者であることにも気付いていないです。

 

もし誰かを憎んでいるならば、自分には愛がないことに気付きましょう。

 

憎しみを持ちながら、神様の前で愛の告白をしても、神様はそれを偽りの愛としか見ないです。

愛の心があるならば、神様も兄弟も愛します。

 

【関連聖句】

第1ヨハネ4:11

愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

 

【聖書通読】

-預言者のとりなし-

  • アモス書7:1-17
  • アモス書8:1-7

 

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心にみことばを住まわせる

2022-05-18 00:03:20 | コロサイ

 

コロサイ3:16

キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。

 

みことばを心に住まわせることは、みことばの種を心の畑に蒔くことです。

そのことばを霊の糧にして、みことばに従います。

 

みことば抜きの信仰生活はありえないです。

 

しかし今日多くの信徒たちが、みことばを聞くだけで満足し、心にみことばの種を蒔かないです。

種が蒔かれていないので芽も出ないし、花も咲かず、実りもないです。

 

そのため信仰生活に活気も喜びもなく、乾いた地のようになっています。

心の状態が荒れているならば霊の状態も同じです。

 

荒れ地を豊かな地にするためには、神との関係回復が大切です。

聞く耳をもってみことばを聞き、みことばに従うことです。

 

神の命令を守ることが神を愛することです。

神はその人を愛し、祝福します。

 

そして主に賛美と霊の歌、感謝をささげる時に心が豊かにされていきます。

 

【関連聖句】

詩篇119:92

もしあなたのみおしえが私の喜びでなかったら、私は自分の悩みの中で滅んでいたでしょう。

 

【聖書通読】

-個人的な警告-

  • アモス書3:1-7
  • アモス書4:6-12

 

3分バイブルボイス 


互いに愛し合いなさい

2022-05-17 00:01:42 | ヨハネの福音書

 

ヨハネの福音書13:34

あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

 

『互いに愛し合いなさい』という戒めは、新しい戒めでしょうか。

そうではないです。

 

レビ記19:18

復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である。

 

ということばがあります。

 

イエス様がレビ記のことばを知らなくて、新しい戒めと言ったのでしょうか。

そんなことはないです。

 

それなのに、なぜ新しい戒めとして『互いに愛し合いなさい』と言ったでしょうか。

 

人間の愛を見た主は、それが神の言う愛し合う姿ではなかったからです。

 

神を信じない人でも熱い愛を持っている人は多いです。

献身的で犠牲的な愛も多いです。

 

そういう人でもすべての人に対して同じ愛を見せるでしょうか。

そうではないです。

 

自分の中に基準があります。

それ以上は愛することがないです。

限界というものがあります。

 

主が命じる愛は人間が考える愛ではないので、新しい戒めということばを使っています。

 

『わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい』と言われました。

 

イエス様は神の敵である私たちを愛しました。

差別のない愛で、主を見捨てた弟子たちに対しても最後まで愛しました。

 

そのような愛で愛し合いなさいと言われました。

 

【関連聖句】

第1ヨハネ4:10

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

 

【聖書通読】

-裁きと祝福-

  • ヨエル書2章

 

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