今日の「いのちのパン」

毎日の生活の中で、いのちのパンを食べて神様と共に歩きましょう。デボーション(祈り・黙想)のブログです。

信仰の祈りによって得るもの

2022-08-20 00:02:08 | ヤコブ

 

ヤコブ5:15-16

信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。

ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。

 

信仰によって得るものは、救いだけだと思っているクリスチャンも多いです。

 

神は天にある霊的祝福や地にある祝福も、信じる者のために備えて下さいました。

大きな倉庫にたくさんの良いものが備えられたと思って下さい。

 

倉庫には鍵がかかってあります。

倉庫の中にあるものを取り出すためには、鍵で扉を開けないといけないです。

 

倉庫にあるものが勝手に出て来ることはないです。

鍵さえあればいつでも必要なものを取りに行くことが出来ます。

 

信仰は鍵のようなものです。

ですから信仰による祈りで病気が癒され、奇跡が起こり、悪霊が追い出されます。

 

イエス様もこのように言われました。

『できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。』

 

またペテロに語ったことばもあります。

 

マタイの福音書16:19

わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。」

 

信仰の鍵を失ったり、使わなかったりすると、何も得るものはないですが、信仰の鍵を使うならば、必要なものを得ることが出来ます。

 

【関連聖句】

マタイの福音書9:22

イエスは、振り向いて彼女を見て言われた。「娘よ。しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを直したのです。」すると、女はその時から全く直った。

 

【聖書通読】

-キリスト者の生活-

  • コロサイ3:12-25

 

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イエスから目を離さない人

2022-08-19 00:02:10 | 使徒の働き

 

使徒の働き16:25-26

真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。

ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。

 

人を恐れず、環境を恐れないための一番の秘訣は、イエス様から目を離さないことです。

 

イエス様から目を離した瞬間から、人が見え、環境が見え、心配と恐れが一気に入ってきます。

主の弟子ペテロを見ると分かります。

 

湖の上を歩いて来られる主を見たペテロはこう言いました。

『主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。』

主は『来なさい。』と言われました。

 

ペテロは舟から出て水の上を歩いてイエス様の方に行きました。

 

しかし次の瞬間何が起こったでしょうか。

強風を見て怖くなり、沈みかけました。

 

彼を助けた主は、ペテロに言いました。

『信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか』と。

 

イエス様から目を離さなかった時は怖いものがありませんでした。

しかし目を離した途端に怖くなり沈みました。

 

パウロとシラスは、イエス様から目を離さずに生きた人々でした。

人も迫害も環境も、彼らは恐れませんでした。

 

共におられる主が、自分たちの味方であることを信じていました。

 

世界中の人々が自分の味方であっても、主が味方でないならば、それはむなしいことです。

 

その反対に世界中の人が自分の敵であっても、主が味方であるならば、その人は一番強い人で幸いな人です。

 

【関連聖句】

へブル12:2

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

 

【聖書通読】

-古い人と新しい人-

  • コロサイ2:20-3:11

 

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特別赦免を受ける

2022-08-18 00:01:10 | ローマ

 

ローマ4:7-8

「不法を赦され、罪をおおわれた人たちは、幸いである。

主が罪を認めない人は幸いである。」

 

日本には恩赦という制度がありますが、韓国には大統領が持つ権限の一つに服役中の人に対する特別赦免があります。

ですから毎年大統領によって特別赦免を受ける人が多いです。

 

国の特別記念日の時に、特別赦免を受けて自由の身になることが多いです。

服役中の人もその家族もそれに期待する人が多いです。

 

自由の身になった人は、どんなにその恩恵に喜ぶでしょうか。

 

すべての人間は神の前には罪人です。

すなわち不法を行った者で、それに対する刑罰もみんな受けなければならないです。

 

しかし神は、罪人たちに対して特別赦免を用意しておられます。

イエス・キリストの十字架を通して罪人が救われる道が開かれました。

 

次のようにすれば特別赦免を受けることが出来ます。

 

第1ヨハネ1:7-10

しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。

もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。

もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。

 

自分の罪を主の前に認め、悔い改めるならば罪が赦されます。

決して難しいことではないです。

 

【関連聖句】

第1ヨハネ2:12

子どもたちよ。私があなたがたに書き送るのは、主の御名によって、あなたがたの罪が赦されたからです。

 

【聖書通読】

-キリストの中にある完全さ-

  • コロサイ2:1-19

 

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パンの奇跡

2022-08-17 00:00:01 | 列王記

 

第2列王記4:42-44

ある人がバアル・シャリシャから来て、神の人に初穂のパンである大麦のパン二十個と、一袋の新穀とを持って来た。神の人は、「この人たちに与えて食べさせなさい」と命じた。

彼の召使いは、「これだけで、どうして百人もの人に分けられましょう」と言った。しかし、エリシャは言った。「この人たちに与えて食べさせなさい。主はこう仰せられる。『彼らは食べて残すだろう。』」

そこで、召使いが彼らに配ると、彼らは食べた。主のことばのとおり、それはあり余った。

 

福音書の中には、イエス様が二度もパンの奇跡を起こしたことが記録されてあります。

 

永遠に存在する主は、旧約時代も同じ奇跡を起こしました。

いつでも神は奇跡を起こすことが出来る方です。

 

預言者エリシャは主からのことばを疑わず、そのまま信じました。

ですから奇跡が起こりました。

 

奇跡を行う神であっても、主のことばを聞く者が不信仰であるならば奇跡は起こりません。

主のことば通りになると信じる者に奇跡が起こります。

 

へブル11:6

信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

 

人の目に不可能なことでも、神の言葉通りになると信じる者は奇跡を体験します。

なぜ自分には奇跡が起こらないのかと神を疑うのではなく、自分の信仰に疑いがあるかどうかを、まず調べることです。

 

【関連聖句】

ヤコブ1:6-7

ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。

そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。

 

【聖書通読】

-高くあげられたキリスト-

  • コロサイ2:1-16

 

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純粋な心、寛容な心

2022-08-16 00:02:29 | ピリピ

 

ピリピ1:15-18

人々の中にはねたみや争いをもってキリストを宣べ伝える者もいますが、善意をもってする者もいます。

一方の人たちは愛をもってキリストを伝え、私が福音を弁証するために立てられていることを認めていますが、

他の人たちは純真な動機からではなく、党派心をもって、キリストを宣べ伝えており、投獄されている私をさらに苦しめるつもりなのです。

すると、どういうことになりますか。つまり、見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます。そうです、今からも喜ぶことでしょう。

 

純粋な心は、人や状況、環境に影響されない心です。

ヨセフやダニエルは純粋な心を持った人でした。

 

自分に悪を働く者に対しても、自分の敵に対しても悪に悪をもって報いたことも、また憎んだり、恨んだりしたこともありませんでした。

誰に対してもいつも良い態度をもって接していました。

 

しかし多くの人は、『目には目、歯には歯』という態度を取ります。

ですから赦すというよりは争います。

 

使徒パウロは、いのちを懸けて人々にとって最も必要な福音を伝えましたが、人々は彼を憎み、迫害し、いのちまで狙いました。

福音を伝えたために牢の中に閉じ込められました。

 

しかし自分が不当な扱いを受けることも、憎まれても気にせず、どうしたら人々をキリストに導けるかだけを考えていました。

福音を伝えたい純粋な心は変わることがありませんでした。

 

ですから悪い動機で福音を伝えている人たちに対しても人間的な対応をせず、寛容な心で対応しました。

争うことや復讐を考えたのではなく、福音が伝えられていることを喜んでいました。

 

どんな時でもキリストの愛をもって善を行うことを主は喜びます。

 

【関連聖句】

ローマ12:17-18

だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。

あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

 

【聖書通読】

-キリストの優越性-

  • コロサイ1:15-29

 

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