起死回生。はい。こんな字を書くんだったね。この十数ヵ月、常にそう思いながら生きてきた。この間、目の前の戯曲の締め切りに追われていない瞬間は一度としてなかった。短編も含めると延べ七本。しかし今朝フランスへの改訂稿を送った今日、来月出版される「普天間」の方言確認を晩に終え、いったん私は四百日を越える長い負荷のかかった時間に一区切りをつけたと言えるだろう。その起点はあの大震災が起きる前だった。今日私は仕事の重圧から完全に逃れた立場で初めてほっと一息ついている。……はずだった。だが、すぐに次の仕事が待っている。戯曲の切りがつくまではと、何もしないとどうにもならないのでほうっていたわけではないがまだ終えていない事務仕事が、山積みである。そんなわけで、なんだかもやもやしたまま、また新たに起死回生を思う。
遅々として進まぬ仕事に苛立ちつつ。さすがに放っておけない別な業務もあり。一日じゅう仕事しているだけだ。しかし集中できない。……午後２時44分頃、福島第一原子力発電所４号機において、使用済燃料プール代替冷却システム異常に関する警報（熱交換器ユニット漏えい流量大）が発生し、使用済燃料プール代替冷却システムのポンプが自動停止した。北朝鮮ミサイルにも含まれているという猛毒ヒドラジンも漏れている。しかし冷却システムが復活したとは報道されない。なのにマスコミがこのことをちゃんと報道しない。もう完全に感覚が麻痺している、この国は。夕刻に予定されていた定例の記者会見の内容もどこにも発表されない。「原子力ムラ」なんてものじゃない。「原子力テンゴク」である。……朝日新聞の「声」欄への赤川次郎氏の投稿について感嘆の声が上がっている。「卒業式の教師口元チェック、文楽への補助金削減など、自分の価値観を押しつける橋下大阪市長の姿勢について、警鐘を鳴らしている」のだが、まあ内容的には目新しいものではない。赤川氏のパーソナリティー・知名度とこの行動についての対比から来る反応である。氏の主旨には賛同するが、こうした巷の反応もまたきわめて「日本的」であることだけは指摘しておこう。こんなこと言ってても、なんだか不毛な溜息が漏れてしまうだけなのだが。
犬島。雨。公演予定地を見る。諸々の打合せ。宝伝港からの船の片道８分がえらく短く感じられるのは、今年さんざん武蔵関行きのバスに乗って乗り物慣れしたからか？ ……牛窓に寄る。……福島第一原発のセシウム137はチェルノブイリの85倍以上だそうだ。日本はもう終わりだという言説、まもなくこの国じゅうを覆うだろう。その絶望は他者のものではない。それでも私たちは自然の美を切実に愛する。
早朝新幹線。岡山で9月の犬島野外公演の記者会見、打合せ幾つか。昔の知り合いである、元岡山大学映研部長吉富真一さんの映画関係の店を奉還町に尋ねて立ち話。夏以降についてはいろいろと考えなくてはいけない。奉還町は七十年代と変わらない、というか、今はむしろ魅力を増したレトロさ。……いろいろ急転直下の出来事もあり、慌ただしい。……天候不順。明日の仕事が思いやられる。
横光副環境相は、「水俣病不知火患者会」が進めている患者掘り起こしについて、水俣病被害者救済特別措置法申請期限の今年７月末以降は「掘り起こしは期限までなら多くの方に手を挙げていただく機会なのでいいが（期限後は）ちょっと慎んでもらわなきゃいけない」「いつまでもこういうことをやっていては（期限を受け入れた）他の団体にも迷惑がかかる」と発言。「掘り起こしをされるんなら申請期限までにやっていただきたいという趣旨だった」と言い訳したが、何がなんでも７月で幕引きを図ろうという露骨な態度には呆れるばかり。……仕事が進まない。夜は劇団ミーティング。
最近の言説で、「疎外」と「阻害」を間違えて使っている人達がいて、驚かされることが何度かあった。「疎外」の概念がわかっていないのだ。「ソガイ」という響きがぜんぶ「阻害」の意味に聞こえているのだろう。「疎外」は他になかなか置き換えられない言葉だ。……ポルトガルからカルラが来る。舞台美術の勉強をしていて、六年前、『屋根裏』を生み出した劇団で修行したいと言って、二ヶ月ほど我が劇団に通っていたのである。かの国も現在は不況で、演劇情況は厳しいという。今は高校で演劇を教えているという。日本の花見を体験させたくて、和田堀公園での劇作家協会の花見会に連れてゆく。
相模原まで出かけて、今度お仕事をご一緒する予定の坂本長利さんの講演会。常福寺のトーク・ライブ。寺の境内には桜がよく似合う。この仕事の助手は『荷』に続いて赤澤ムックだが、彼女は相米慎二監督の名作『ラブホテル』のリメイクでヒロインを演じることが決まったという。常福寺ライヴ夜の部は大友良英さんたちのI・S・Oだったので残りたかったが、やることが多いので早々に退散する。……神田川沿いも散る前のかたまった感じの桜が見事で、でも寒さのため花見客は多くはない。……大阪市は、施策・事業の見直し試案で「２０１３年度に廃止」とされた市音楽団の音楽士３６人の処遇について「行政としては不要」としつつ、市が正職員として採用してきたことから、「配置転換先を検討」としていたが、橋下市長は「分限（免職）になる前に自分たちでお客さんを探し、メシを食っていけばいい」と述べ、配置転換を認めない意向を示した。この問題には、アーティストに対する「差別」が潜んでいる。管理運営をする立場の者がリスクなく安泰の人生を送る一方で、「たまたま気まぐれで雇われていたに過ぎないアーティストたちはいつクビを切られても仕方がないし、常に危機に晒されていて当たり前」という考え方だ。……昨年９月に見学というか取材した、瑞浪超深地層研究所。『たった一人の戦争』のモデルという方が早いか。そこは今、漏水を防ぐため、シートで覆われている！ 10万年残る放射能を防ぐための施設で？ ローテクにもほどがある。
書き仕事は困難を極めつつ。……打合せ幾件か重なる。次回公演の演出助手決める。ワークショップ打合せ。……三島有紀子監督『しあわせのパン』やっと観る。パン作りに通じる丁寧な仕事。パン・ド・カンパーニュを食べよう。……大学劇研の先輩・中田文さんが企画を抱え梅ヶ丘ＢＯＸを訪問。今はドキュメンタリー映画作家の肩書きを持つ彼女は〈天井桟敷〉にいて『観客席』脚本連名に加わった。四半世紀以上ぶりに四方山話、ていうか、わしらサシで話したことってあったっけ？
仕事は一進一退。……夜、劇場公開が終わってしまうというので、映画『Pina』観る。世評ほど感動できない。もとの舞台を観たいと思うのみ。ヴェンダースが撮ったという手応えもあまり感じられない。３Ｄは目が疲れるから嫌だ。……そういえば私がピナを初めて観たのはフェリーニの映画『そして船は行く』だった。今はなきシネセゾン渋谷での封切りだったと思う。三十年近く前。
栗本慎一郎学長に呼ばれ今年教える大学に初めて行く。仕事はまだ先だが。……それにしてもいろいろと相談することが多い時期。……春の嵐の到来に退散、早々に帰宅。……野田総理のTPP参加表明は五月という説。農業はもちろん医療費高騰も著作権問題も困る。しかしいいかげん、止める方法を提示できないで愚痴っていることにうんざりしてきた。消費税増税もそうだが、気味の悪い中立姿勢のマスコミの「緩さ」は何なのだ。きちんと反対を表明する実力のある政党もいない。結局アメリカへの追従をやめない。ずっと昔からそうなのかもだが、自立心をすっかり捨てたのか、この国は。……福一の4号機がこの嵐に持ちこたえられるか、という話題。ブラックジョークになっていない。
世間は新年度。息子は入学式。もちろんそのタイミングだからということでもなく、私も今後を踏まえた幾つかの、会社の仕事はする。……大阪市では橋下市長が市の発令式で君が代を斉唱。「君が代斉唱の時は手は前に組むのではなく横に置くものです」だと。「思い」でなく「形」で歌えと言っている空疎さに自分で気づいていない、超弩級の愚かさ。自分のいる共同体を大切に思うことと歌や旗にこだわることは、まったく違うことだ。内面を尊重できなくなった者は、高圧的に出る。繰り返されようとする権力の愚かさを見過ごすな。歴史に学べ。……被災地関連の情報を多く見ていて、暗澹とする。被災者どうしの感情のもつれの話は、とくに辛い。……何かが始まったり終わったりしている、世界の出来事の中に浮かんでいる、頼りなさ。「福一4号機が壊れ、１５３５本、４６０トンもの核燃料が飛散したら、すべてが終わってしまう」ということを子供たちも含めた多くの人達が知っていながらやり過ごして暮らすこの国にいる、虚しさ。……深夜にフランスからメール。人の心の温かさ、演劇人どうしの信頼という、あたりまえかもしれないが大きな励みをもらって、感謝する。少しでも前進していきたいと、あらためて思う。
仕事進まず。……焼津から義妹上京。……映画が千円均一の日らしいが映画を観に行く余裕も根性もない。……夜、久しぶりにプールで泳ぐ。仕事に関連して、クジラの気持ちを探るため？……midnight寸前に地震。震源地は福島原発の真ん前の海ではないか。
風速二十メートルを超えると荒川を電車は渡れないそうだ。……仕事が進まない。今抱えているこいつをやりとげないと。他の事務的なことに手がつけられない。……沖縄から義母上京。……夜、劇団ミーティング。
