ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

松飾りを取って

2010年01月09日 | 歴史の革袋
石造りの街並みに似合って、バッハの『無伴奏チェロ組曲』が鳴る。
無伴奏チェロ組曲は、1700年代の32才からケーテンの宮廷楽長のとき作曲されたシンプルで典雅な楽想の数時間にわたって千変万化する物語で、多くの人が金庫の宝石箱に入れているといわれる音像である。
フルニェのボーイングは、街並みの散策に似て延々と歩みを進めていくが、昨日テレビで見た道後温泉の一角の、風合い優雅な構造にも似合っている。
それは、たっぷりと湯がかけ流されている午後の光沢の開けた景色に、建造物が延々と連なっているかのような演奏だ。
演奏者がトゥルトリエでもシュタルケルでも、この楽譜の音符がいったん嵌合を解いて無びゅうに流れ出すと、サンサーンスやベートーヴェンではない光沢を放って、タンノイの二台の中央に現れてくる。
あのフィレンッエからこの冬の栗駒温泉の秘湯の岩風呂に、無伴奏チェロ組曲が空間移動して、静かに降り積もっている時間と雪にさっと陽が差して微睡みから醒め、たっぷりとした湯に首までつかって、広がる風景を見ながらレコードから針を上げたい。
そのとき電話が鳴った。
「群馬県の高崎からです」と、相手は話している。
『タンノイの音』という、温泉の秘湯の湯あみのようなものが、もしや、おおげさな看板になっているのか?
――あのね、わざわざ足を伸ばされるほどのものではありません。
すると受話器のむこうで緊張していた相手は急にゆるやかな声になって、高速道路の雪はいかがですかと言っている。
元日の深夜に、大崎八幡のおみくじの自動販売機は売り切れていたと電話のお客が言ったが、正月二日におみえになった天才開発者のモー・エジ氏は、『ナカミチ700』を指して、「あのアジマス三ヘッド構成ですが、わたしのアイデアでもあるのです」といいながら二.三の警句を話されていた。
たゆみない製品開発の情熱が、独自の発想で帰結している音を、ぜひ聴きに、秘密研究室を急襲してみたいと、あいかわらず考えているが。
「これから秋田に行きますが、秋田にはめったにお目にかかれないコンサートグランドピアノが備わっているホールがありまして」
ますます、いったいどのような音を開発中なのか、つのる疑問を残して淡雪の中をモー・エジ氏は去った。
バッハがロシア伯爵の不眠症にかんがみ、ゴルトベルク氏の演奏のためのハープシコード変奏曲を書き上げたのは、無伴奏チェロから少し後の1720年代のことである。
いまそれをグールド氏の演奏で聴くピアノ版は、本来の睡眠と違った興味に囚われるかもしれないが、バルヒャのチェンバロで聴けば、特有の甘い音が、睡眠に効果的かもしれない。
バッハは、たいへん忙しい人であった。






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