飛耳長目 「一灯照隅」「行雲流水」

「一隅を照らすもので 私はありたい」
「雲が行くが如く、水が流れる如く」

制限の必要性

2022年09月14日 15時48分59秒 | 仕事術
働き方改革が進み、会議への認識も大きく変化してきている。
会議のあり方は、参加者の意識と司会者の能力に大きく左右される。
司会が上手であれば、何が課題で今話し合うべきことは明確になる。
したがって、効率よく短時間で終了する。

こんなことをしている学校は少ないと思うが、何点かよくないことをあげてみる。

1 会議全体の時間を管理しない。
開始時刻になっても会議を始めなかったり、遅れてくる人を待ったりする。
時間通りに初めて、時間通りに終わるという強い意志がない。

2 発言者の内容を復唱する。
形式的なことにとらわれすぎて、前任者がやっていたことを意味も考えずに繰り返す。
そんなに教師の記憶力は劣っているのだろうか。

3 今話し合っている問題点が分からない。
話している内容は単なる報告なのか、討議する内容なのかを峻別していない。
報告なら検討の余地はない。
討議事項なら、その根拠の妥当性を検討する必要がある。
事前に検討事項かどうかの確認をする必要がある。

4 時間になったら途中でも終了する。
授業と同じでチャイムで始めて、チャイムで終わるのが大原則である。
ましてや様々な事情をかかえて働いている人も多い。
1分たりとも遅れることができない人もいる。

5 不必要な説明や解説をする。
他人の意見を要約するのは至難の業だ。
それをしようとする。
多くの場合は、余計に論点がずれて訳がわからなくなる。


saitani

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