飛耳長目 「一灯照隅」「行雲流水」

「一隅を照らすもので 私はありたい」
「雲が行くが如く、水が流れる如く」

若い教師への意味ある支援

2024年07月11日 05時29分21秒 | 教師論
世の中には学級経営に困っている教師がいる。
授業の仕方に悩んでいる教師がいる。
生徒指導、保護者対応に苦慮する教師がいる。
当然、同じ職場にいればなんとかしてあげたいと思う。
まして、同学年で主任の立場であれば手を差し伸べるのは当然のことだ。
では、どんな支援の仕方が効果があるのか。

1 授業改善
自分は教師修行の根幹は授業であると思っている。
子どもたちの信頼を得るのも、保護者の支持を得るのも良い授業をすることにつきると感じている。
子どもたちの可能性をのばし、できないことをできるようにする、そんな教師に子どもたちは尊敬の念を抱く。
まず、苦しんでいる教師に対する支援で効果が一番あるのは授業改善への支援である。
自分も今まではそうだったが、事後指導に力を入れてきた。
まず、自力でやってもらいそこに指導を入れる。
この方式が今の初任研でも多く見られる。
この方法にも一理あるが、最近は事前指導に力を入れる方がよいのではないか考えるようになった。
以前はあまり事前指導に力を入れると事後の指導が自由に言えなくなる雰囲気があった。
なぜなら、指導者の言うとおりにやってもうまくいかなったのに、そのことを違うと言えないからだ。
ならば、自薦指導の中で、一緒に展開を考えて、すこしでも不安を軽減しながら実践をしていく。
その上で、なぜうまくいかなかったのかを具体的場面で考えることの方が力がつく。
クラスの実態が分かっていれば、トラブルが起きそうな場面で、どの子を指名して、作業指示をいれていくのか、そんな相談も気軽にできる。

2  子ども個人との関わり方
これは難易度がぐっとあがる。
それは教師の教態に関することも含まれてくる。
学級経営がうまくいっているクラスは、ただ単に先生が怖いからとか、冗談を言って笑わせてくれうからといった表面的なことで統率がうまくいっているわけではない。
担任が日頃どういう価値観をもって子どもたちに接し、どんなことを行動で示しているか。
どんな子どもたちの表れを許さずチェックし、どんな表れを大目にみてスルーしているか。
細かい教師哲学が問われるからである。
すべてを指導するわけにはいかない現実があり、ブレのない指導軸をもたなければ安定し学級経営は難しい。
このことはその人がどんな生き方をして、どんな性格で、どんな得手不得手があるかにも影響されてくる。
あまりきつく強制するとその先生の良さを潰してしまうことにもなってします。
だから難しい。

3 クラス全体の雰囲気作り
これは先に述べた事とも関連するが、学級を組織するという観念がないとよい雰囲気をつくることは難しくなる。
学級に中に自由で平等の理念に基づいた係や当番活動ができているか。
給食や掃除など、不平等なルールや規則がないか。
教師が都合を優先して、その場しのぎの対応をしていないか。
こう言ったことを細かいかもしれないが一つ一つ確認していかないとスローガンと実態がかけ離れたことになっていく。
授業の展開も優等生に頼るような進め方をしないだろうか。
挙手、指名型を中心に授業展開しているとしたらすでに差別の拡大再生産は始まっている。
一番効果的なのは、逆転現象を生むような実践をすることが1番いいのだが、そんな授業は私だってたびたび出来るわけではない。
基本的には全員が分かるような45分の授業をつみさねていく以外にない。
教科書を中心としたシンプルであるが、押さえるときはきちんごポイント押さえる授業。
スモールステップを意識して、視覚情報を豊富に提示して、思考の言語化を図るような授業を展開することが肝要だ。

4 一時的には仕方ないが悪手
落ち着かないクラスに人が入ることは、全く意味がないとも思えない。
残された時間があと少しでゴールが見えているのなら、何とか一日一日を過ごして、ゴールまでもたせることも悪くはない。
もしくは、安全性において危険があるような状態なら、管理責任を問われないように人員を配置することも必要になってくるだろう。
しかし、根本的な解決にならないことは知っておくべきだ。
最終的には、担任がなんとかする気概なければ改善には向かわない。
現代はこの問題もある。
担任がメンタル的追い込まれているとき。
ならば、早い時期に共に事前指導を行い、エラーレスラーニング的に共にやっていくことが大切になる。
現在はトライアンドエラーを許してくれる心の余裕を子どもも保護者ももっていない、そんな時代になった。

saitani