三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

【原初的人類記憶 水上住宅と移動の自由】

2018年01月09日 06時08分42秒 | Weblog
さて本日から仕事も再起動であります。
年明け早々からきのうまでは、今後事務所として活用する遊休資産、
眠っていた86坪の面積の建物を改装に向けて準備作業。
やってみるとそのまま「断捨離」の気分が盛り上がってきて、
娘の指揮の下、たのしく片付け作業に没頭していました。
会社スタッフにも新しいオフィスとして、想像力を持ってもらうために
本日以降、公開していきます。
やってみて、やはりわたしはこの建物に深く愛着を持っていると実感。
結局人間は、居を点々と変えるよりも暮らし方の想像力について
だんだんと深めていくというか、本然を求めていくものではないかと、
そんなふうに思わされてきています。
わたしの場合は、ブロックの建物というものに縁を感じています。
それは親が札幌に移転してきた60数年前にはじめて家に手を加えて
増築した建物が当時最先端であった「ブロックの家」だったこと。
はるかな後年、1991年にわが家兼用住宅を建てて
なにか挨拶をしなければならなくなったときに、
そういえば、とその親の建てたブロックの家の記憶が鮮明に蘇った。
結局、親と同じような縁に導かれているようで、おかしかった。

そんな建物と人間の関係を想起していて、
片付けの最中にたくさんの旅の写真が出てきて、
バンクーバーによく旅していた頃の写真に再度、見入っていました。
いろいろな住宅を見学したけれど、いちばんこころに残ったのが
写真のような海辺、波止場に建てられた住宅群。
行動の自由を象徴するような船が各戸にあり、
まるで定住しながら移動の自由を主張しているかのようだった。
その光景になにか、原初を感じさせられる思いがしていた。
いま知人のアイヌ文化、考古学の碩学・瀬川拓郎さんの最新作を読書中。
「縄文の思想」という本ですが、昨年耽溺していた「サピエンス全史」からの
流れで、人類の全大陸への拡散経過について深く興味を抱いてきて、
水運と人類というようなイメージが強くなってきています。
瀬川さんは縄文は定住的ではあったけれど、同時に海民にその文化が
色濃く残滓として残っていると解析されていた。
人類は海から、その延長としての河川へというのが、
農耕以前の普遍的行動様式であったことを書き綴られている。
人類はアフリカを出て東西に分かれて以降、ずっと陸上よりも
海沿いの移動が中心だったのではないか。
そうすれば陸上で出会う大型肉食獣からの退避が容易だったという仮説。
そしておよそ2万年前くらいにこの列島にたどりついたときも
海上ルートがメインルートだったと自然に考えられる。
西に分かれた西洋人たちも基本的には似たルートをたどったに違いない。
そんな人類的記憶が、海辺に住みたいという自然な欲求を生む。
移動の自由というのは、原初的な人類のパトスなのではないか。
バンクーバーで、こんな光景を見て強い印象を持っていた。
コメント
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