長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

在りし日の名曲アルバム  鬼束ちひろ『流星群』

2014年10月26日 22時36分29秒 | すきなひとたち
鬼束ちひろ『流星群』(2002年2月リリース 東芝EMI)


 『流星群』は、鬼束ちひろ(当時21歳)の6thシングル。作詞・作曲は鬼束ちひろ、プロデュースは羽毛田丈史。CD のジャケット・レーベルの写真は、写真家の蜷川実花が撮影した。
 オリコンウィークリーチャートでは、最高7位を記録した。

収録曲
1、『流星群』(5分12秒)
・テレビ朝日系金曜ナイトドラマ『トリック2』主題歌
 自分の醜さを認めながらも、人との繋がりを無視しては生きていけないという内容の歌詞で、楽曲のテーマは「微熱っぽい体温」。本人曰く、「出るべくして出た曲」、「前作とリンクしている曲」であり、「『 infection 』で『爆破して飛び散った心の破片』が、この『流星群』で星になって降って来る。」としている。

2、『 Fly to me 』(4分53秒)
 オリジナルアルバムには未収録であったが、1stベストアルバム『 the ultimate collection 』(2004年12月)に初収録された。


 この『流星群』もですね、やっぱりいい曲なんですよねぇ。

 本人が語っているように、確かにこれは前作『 infection 』と強くつながっている作品であるわけなんですが、そのつながりかたが、さすがは鬼束ワールド、一筋縄ではいかないんですよね。
 つまり、前作で徹底的に「私って……私って!!」と独りでぐるぐると回転した末にドッカ~ンと自爆したような境地を経て、空高く爆散した主人公が遠い地にたたずむ他者を見つけて、「やっぱりあなたに逢いた~い!!」と叫び、ものすごいスピードで閃光、爆音を巻き起こしながら再び地上めざして急降下してゆく。その一連のドラマティックな自然現象を克明に観察した物語こそが、まさしくこの『流星群』なのでありましょう。

 さすが、『流星群』とはよく言ったものです。それ以上に的確な比喩があるかというくらいにぴったりなネーミングであるわけなのですが、ここで鬼束さんの作詞が一貫しているのは、あくまでもこの物語が「天を駆ける流星」の主観で描かれている、ということなのです。
 つまり、流星というものは尋常でない莫大なエネルギーをもって、激しく我が身を燃焼させながら地球に向かって疾走してゆくわけなのですが、あくまでも流星自身は、ある意味で自分の輝きが一瞬であることを透徹した視線をもって理解していて、その目に映る地球の風景は、まさしく走馬灯の中の物語のように、スローモーションでゆっくりと広がっているはずなのです。

 はたから観た彼女がどんなに烈しく燃えていようとも、彼女の中にある世界はあくまでもスローであり、その歌声はバラードなのである。

 これよね! この、「ものすごい爆発を胸に秘めていながらも、表に出すのはあくまでも静寂」という対比があるからこそ、鬼束さんの『流星群』は、単なる凡百の恋愛ソングに決して堕しないオリジナルな説得力を持っているのです。まぁ、そこまでガッチリと自分のある主人公を受けとめてくれる「あなた」なんて、果たしてこの世界にちゃんと実在してんのか? という一抹の疑念は胸をよぎるのですが、とにかく『流星群』の彼女の視線の先には、遥かな成層圏のかなたから彼女が見つけた「あなた」がいるはずなんですよ。
 いやぁ、並みの地球人だったら彼女の墜落に巻き込まれて「じゅっ。」と蒸発してしまうはずなんですが……なんという究極の愛のかたちか! 愛って、深いですね。私も、せめて心はスーパーサイヤ人でありたい。

 ともかく、この『流星群』の多幸感や贖罪感が『 infection 』の自己嫌悪と絶望の果てにあるものである、という表裏一体の構成はもう見事の一言に尽きるものがあり、やっぱりどっちかだけを聴いて鬼束さんの才覚を知ったような気になるのは、いかにも木を見て森を見ないことなんですね。そりゃあ誰にも会いたくない夜もあれば誰かに会いたくなる晴天もあるし、ひたすらもずく酢だけを食べたい日もあれば、極厚なステーキをドカンと食べたい日もある。それが人間っていうものなんですからね。

 もちろん、作品をもってそのアーティストの人格を知ったような気になるのは勘違いのもとなんですが、まずは鬼束ちひろさんという方が、だいたいここらへんの感情と感情の間を行ったり来たりしてさまざまな輝きを放つスタイルをとっているんだな、ということがだんだんわかってきたその端的な指標が、この『流星群』と『 infection 』の2作なのではないのでしょうか。もちろん、将来的にもっと新しい境地に入る可能性はあるわけなんですが、とにかくここらへんの自分を、誰よりも自分に正直に作品にすることができる才能にかけては、まったく他の追随を許さない鋭さと明解さがあったと思うんですね、当時の鬼束さんは。

 そして、『流星群』における鬼束さんの唄い方は、なんだか自分でできる限りギリギリのラインで、ゆっくり、ゆっくりと一字一句をしぼり出すように唄っているような必死感があります。もちろん音程もちゃんととれているし、基本的に極めて平静な感情で唄い上げられているわけなのですが、曲が進んでいくにつれて、ちょっとでも気がゆるんだら即座に『 infection 』の絶叫調に戻ってしまうかのような緊張感があるんですね。そこが見事なんだよなぁ。決して自分の唄いたいように唄っているわけではないんです。
 果たして、そこらへんの負荷が、彼女自身が自らに課しているものなのか、それともプロデューサーである羽毛田さんが設定しているものなのか。鬼束さんと羽毛田さんのタッグはこの後も続くわけなのですが、これらの傑作が両者のそうとうに微妙な関係のもとに生み出されているのは間違いないことだったんですね。人の心を揺さぶる作品をつくるのって、大変ねぇ。

 さて、とにかく鬼束さんの感情の一端をごくごく自然に発露させたものとして、非常にわかりやすく世に出た『流星群』だったのですが、その一方で、同じシングルに収録された『 Fly to me 』は、一転してものすご~く難解な出来になっています。

 『 Fly to me 』、つまり「飛んで来て」と「あなた」に呼びかけたい感情はあるものの、その想いが何かしらの理由で「あなた」に届かない状況にある「わたし」。その隔絶が、果たして両者のどちらに起因しているのか、そもそも感情の交流がある距離にあるのかどうか。そこまでもが判然としないあいまいさに満ちている歌詞世界なのですが、とにかくそういったモヤモヤした現状の中を生きている閉塞感が、ゆるやかに語られている作品です。
 その現状に対して烈しく「イヤ!」と拒絶の態度を示すわけでもなく、かといって自分から「あなた」に勇気をもってぶつかっていくのでもなく。なにをするでもなく、ただ心の中で「飛んで来て」とほのかに願っている、その日々をつづっている作品なのですが、そこらへんを「けっこう嫌いじゃないです。」という温かみをもって唄っている鬼束さんのゆる~い声が、『流星群』といい対比になっていてステキですね。

 ただし、間奏で唐突に、そして不気味に流れる、「びぃいよぉおお~んん……」というストリングスの音色を逆回転でスロー再生したかのような不協和音が、明らかにそういう状況の中で確実に「わたし」の中にしんしんと降り積もっていくストレスを象徴しているようで、まぁいつかはまたドカンとくる時期がやってくるんだろうな、という崩壊を予感させる不安は底流にしっかりわだかまっています。
 『 infection 』や『流星群』のような自らを烈しく燃やし焦がす時間もあれば、特にこれといって語るべき出来事もないおだやかな日常の中で、気になる「あなた」のことをぼんやり考えながらひたすら立ちどまる時間もあるのだと。

 とかく、他の媒体へのタイアップやセールスのことをかんがみて、派手に飾りたてて目立つ作りになっている A面曲ばかりが前面に出るものなのですが、その一方で、「すか~。」と力がぬけたような谷間のコンディションも正直に作品にしているという、アルバムにもなかなか収録されないような B面曲をじっくり聴いてみるのも、好きなアーティストの曲をあらかた聴いてみることの醍醐味ですよね。

 ただひたすら疾走しているだけではなく、ふと立ちどまって人並みにボーッとするひとときもあるんですよという、小説家のエッセイを読むような感覚におちいる『 Fly to me 』なんでありますが、なんだか聴けば聴くほど、おそらくは唄っている当時の鬼束さんも予想だにしていなかったであろう、将来のなんらかのゆきづまりを予兆させるような、「嵐の到来」を告げる遠雷を聴くような不穏な空気に満ちているのは、なんとも皮肉というかなんというか……いや、全てはあとづけですけれどもね。でも、まず商業的なピークといっていいこの時期の鬼束さんがこのタイミングで抽象きわまりない実験作を生み出していたというのは、な~んかひっかかるものがあるんですよね。
 また、組んでる『流星群』がとにかくわかりやすい名曲なんでね。なおさらその次の『 Fly to me 』の持っているミステリアスさが強調されるわけなんですよ。不思議ですね……でも、これもまた鬼束ワールドの明確な一気候なんだよなぁ。

 はからずも、わかりやすい「on」な鬼束さんと、わかりにくい「off」な鬼束さんが隣り合わせになったようなシングルなんですが、まだまだ、果てしない鬼束ワールド紀行は続くのでありました! う~ん、ミステゥリアス!!

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