長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

巻き込まれ型サスペンスのお手本、早くも登場!! ~映画『三十九夜』~

2024年01月29日 21時34分16秒 | ふつうじゃない映画
 みなさん、どう~もこんばんは! そうだいでございます。

 ヒャ~すみません! 今回、「ヒッチコックのサスペンス系映画の歴史をひもとく企画」の恒例としてやっていた、本文の後半に入れた≪レビューして気になった点を箇条書き≫部分が非常に充実して長大になってしまったので、本文はめっちゃくちゃ短くします! 記事を2回に分けるってほど思い入れのある作品でもないのでねぇ……

 結論から申しますと、本作『三十九夜』は、完成度で言えば前作『暗殺者の家』以上の傑作であると思いました。
 その理由は2点あって、ひとつは「ピーター=ローレのような出演俳優の魅力に頼らないお話そのものの面白さの向上」で、もうひとつは「主人公の圧倒的な孤立無援っぷりの貫徹からくる緊張感の持続」。これにつきるかと。

 本作、やはり主人公ハネイを演じたロバート=ドーナットさんの涙ぐましいまでの濡れ衣アウェーっぷりが際立っているのですが、この「徹底的な主人公の追い込み」はのちのヒッチコック全盛期の定型ですし、今作でも「エディンバラのフォース橋」、「スコットランドの荒涼とした渓谷地帯」、「帝都ロンドンのパラディアム劇場」と、要所要所でイギリスの名所名跡を舞台に設定するヒッチコック映画の黄金パターンもここですでに完成されていますね。

 この『三十九夜』は、地味ではあるのですが、前作以上に磨きがかかったヒッチコックの急激なる成長期を象徴する傑作になっていると思います。少々、ヒロインがお話に絡んでくる経緯が強引すぎて不快に感じるむきもあるかと思いますが、なんか彼女も最後にはハネイのことが好きになってたみたいだし、終わり良ければ総て良しっつうことで! 当然ながら今作までのヒッチコック作品の中では文句なしの最高傑作。おすすめです!!

 でも、なんで『三十九階段』じゃなくて『三十九夜』なんだ……? 単なる誤訳でいいのか!? step だぜ?


映画『三十九夜』(1935年6月 88分 イギリス)
 映画『三十九夜(さんじゅうきゅうや The 39 Steps)』はイギリスのサスペンス映画。イギリス・スコットランドの小説家ジョン=バカン(1875~1940年)のスパイ小説『三十九階段』(1915年発表)を原作とする。製作費5万ポンド。
 本作は、同小説を映像化した複数の作品の中では最も有名なバージョンで(他に1959年版、78年版、2008年版がある)、イギリス映画協会が1999年にイギリスの映画・TV業界の関係者1,000人に対してアンケート調査した「20世紀のイギリス映画トップ100」では第4位にランクされている。

 ヒッチコック監督は、本編の開始後約7分のロバート=ドーナットとルーシー=マンハイムが劇場から駆け出してバスに乗り込むシーンで、紙屑を放げ捨てながら画面前を横切る通行人の役で出演している。


あらすじ
 ミュージックホールで「ミスター・メモリー」という卓越した記憶力を持つ男の芸を見ていた青年ハネイは、銃声で騒動になったホールから、謎の女性アナベラとともに自分のアパートに戻る。彼女は軍の重要な機密が奪われそうになっていると語るが、未明にスコットランドの「アルナシェラ」という地名に印がついた地図を持って刺し殺されてしまう。見張りの男たちをまいて汽車に乗り込んだハネイは、新聞で自分が殺人容疑者になっていることを知り、警察の追跡をかわしながらアルナシェラに向かう。その土地に住む農夫の妻の手助けで「ジョーダン教授」と名乗る地元の名士のところに行くが、実は教授が陰謀の黒幕で、ハネイは銃で撃たれるものの、農夫の妻が貸し与えたコートの胸ポケットに入っていた聖書に弾が当たったために助かる。この経緯を警察に訴えるハネイだったが、警察は話を信じてくれず、地元の裁判所の判事も教授と知り合いだという。ハネイは警察に見切りをつけ、殺された女性が遺した「39階段」という言葉だけを手がかりに、教授の陰謀に立ち向かうのだった。

おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(35歳)
脚本 …… チャールズ=ベネット(36歳)、アルマ=レヴィル(35歳)、イアン=ヘイ(?歳)
製作 …… マイケル=バルコン(39歳)、イヴォール=モンタギュー(?歳)
音楽 …… ルイス=レヴィ(40歳)、ジャック=ビーヴァー(35歳)、ハバート=バス(?歳)、チャールズ=ウィリアムズ(?歳)
撮影 …… バーナード=ノウルズ(35歳)
編集 …… デレク・ノーマン=トゥイスト(30歳)
製作・配給 …… ゴーモン・ブリティッシュ映画社

おもなキャスティング
リチャード=ハネイ    …… ロバート=ドーナット(30歳)
謎の女性アナベラ=スミス …… ルーシー=マンハイム(36歳)
パメラ          …… マデリーン=キャロル(29歳)
小作人ジョン       …… ジョン=ローリー(38歳)
小作人の若妻マーガレット …… ペギー=アシュクロフト(27歳)
ジョーダン教授      …… ゴッドフリー=タール(50歳)
ルイーザ=ジョーダン   …… ヘレン=ヘイ(61歳)
ワトスン判事       …… フランク=セリアー(51歳)
芸人ミスター・メモリー  …… ワイリー=ワトソン(46歳)


≪例によっての、視聴メモ≫
・まだTV もなかった時代の一般大衆の娯楽の場として、舞台上で芸人が生演奏をバックにさまざまな芸を披露するミュージック・ホールが登場する。物語の舞台となる1930年代のイギリスにおける入場料1シリングの価値は、現在の日本でいうとおよそ500円くらいなので、仕事帰りのおっちゃんでも子連れのお母さんでも気軽に楽しめたエンタメであったようである。会場で赤ちゃんのぐずる声をちゃんと入れるあたり、やはり今作も音響効果の芸がこまかい。
・10年前の競馬の結果やボクシングの試合結果、都市間の距離などといった既存の情報を、その場で急に客から聞かれても全く動じることなく答える記憶芸人ミスター・メモリー。主人公のハネイも含めた客席の反応を観るだに、確かに正解を答えているようなのだが、今の日本で言うと寄席で客からのなぞかけに即興で応じるねずっちさんみたいな演芸なのだろうか。それにしても、カナダから来たお客さんがいるというだけで客席から拍手が起こる雰囲気が非常におおらかでよろしい。さすがは、大英帝国。
・ミスター・メモリーにヤジを飛ばす酔客と、それを注意した警備員との間で乱闘騒ぎが起こり、にわかに大混乱に陥るミュージック・ホール。なんでもないくだりなのだが、殴り合いの殺陣が、互いの攻撃と反撃にためらいの間が無く当時のフィルムで映せないスピードになっているので、やけにリアルで生々しい。そこらへんは、さすが生粋のロンドンっ子のヒッチコック監督ですな。街中でガチンコをいっぱい見たんだろうなぁ。
・ホール内全体を巻き込む大乱闘になった上に銃声まで轟き、演芸どころじゃなくなって会場から逃げ出す観客たち。ミスター・メモリーは事態の収拾を図って、舞台下のバンドに演奏させるが、阿鼻叫喚の客席の映像に、いかにものんきな演芸出ばやしがのっかるアンバランスぶりが、ヒッチコック一流の皮肉が効いていて面白い。ブラックユーモア、冴えてますね!
・大混乱のどさくさにまぎれて、口ひげにトレンチコート(もちろん襟立て)のいでたちもダンディな主人公ハネイに、唐突に「家に泊めてちょうだい」と頼み込む謎の美女アナベラ。ふつうの男性ならば「すわ、つつもたせか!?」と警戒して逃げの一手なのだろうが、カナダから世界都市ロンドンにやってきて気ままなマンション暮らしを楽しんでいるハネイに、そんな保守的な選択肢はなかったのだ。いやいや、無警戒すぎるだろ……
・ハネイのマンションに来たアナベラは、「私がいいと言うまで部屋の電気をつけるな」とか「反射して見えるから部屋の鏡を裏返せ」とか真顔で言い出し、しまいにはハネイの部屋にかかってきた電話にも「たぶん私にかかってきてるから取るな!」とのたまう。これ、たいていの人は彼女が命の危険にさらされてるんだろうなとは解釈しないよね。「やばい、き〇がいだ……」でしょ。
・「朝から何も食べてないの」と言うアナベラのために、くわえ煙草でタラの調理を始めるハネイ。マッチの火でガスコンロに点火した時の「ボンッ」という音にも過敏におびえるアナベラなのだが、この自動点火装置の無いガスコンロという小道具も、今では意味の伝わりづらい物になってますよね。そのうち、「ジリリン、ジリリン」と鳴る電話も何だか分からなくなる時代になるのかなぁ。どうでもいいが、煙草の火でなくわざわざ別にマッチを使って点火するところに、ハネイの紳士っぷりを感じる。でも、21世紀ならくわえ煙草で料理の時点で問答無用の大炎上である。
・「ホールで銃を撃ったのは私よ」、「2人の男に命を狙われている」、「私はイギリスの防空圏に関わる国家的機密情報の漏洩を阻止するために金で雇われた無国籍エージェントなの」と、立て続けにものすごいことを言い放つアナベラだが、本当に彼女の言うとおりにハネイの部屋を外から監視している2人の男の姿と、深夜に背中を刺されて死んでしまうアナベラという衝撃の事実に直面して、ハネイは自分が取り返しのつかない陰謀に巻き込まれていることに気づく。この急転直下の展開のスピード感もとんでもないのだが、それに加えて「39階段」や「小指の先の無い男」、「アルナシェラという地名に印がつけられたスコットランドの地図」と、いかにも観客の興味をそそる謎のワードがポンポン設定されるテンポが実に小気味よい。RPG ゲーム的な、現代にも余裕で通用するジェットコースター感覚ですよね。
・ところで、アナベラを殺したとおぼしき2人の男が、何回もハネイの部屋に電話をかけるのは、どうしてなのだろうか。マンションの入口にハネイの表札は出ているし、ホールから部屋までハネイがアナベラに同行していることは丸わかりなのはずなのに……電話をしてハネイが在室していることを確認したい理由がさっぱりわからない。たぶんこれは、行動の整合性よりも「鳴り続ける電話」というアイテムの不気味さを優先するという、「理屈よりも感覚」なヒッチコック演出の好例なのではないだろうか。そんな迂遠なことしてないで、アナベラと一緒に寝ているハネイも殺っちゃえばよかったのにねぇ。
・ともあれ、男たちにビッタリ張られているマンションからひそかに脱出するために、早朝にマンションにエントランスに入ってきた牛乳配達夫のお兄ちゃんと上着を交換して、まんまと男たちを出し抜くことに成功するハネイ。今まで異常な言動ばっかりのアナベラに押されっぱなしだったハネイが、初めてサスペンス映画の主人公らしい機転の利いた行動に出る大事なシーンである。また、ハネイが言う「人殺しに監視されている」という本当のことを全く信じないのに、「浮気相手のダンナに監視されている」というウソは一も二もなく信じて脱出の加勢を買って出る牛乳配達のあんちゃんというキャラクターが非常にロンドンっ子らしく、脚本の非凡な腕も垣間見える面白い場面になっている。本作はほんと、演出のセンスとお話の面白さがどっちも冴えわたってる!
・ハネイの部屋でアナベラの遺体を発見して絶叫するマンションの掃除婦の表情に、ハネイが乗るスコットランド行き列車のけたたましい汽笛がオーバーラップする映像演出も、ブラックユーモアたっぷりである。非常にマンガ的なんだけど、最近こんな手塚治虫的な直喩テクニックを使うマンガって、見ないような気がする。センスがもろに出るから気恥ずかしいんですかね。ダジャレを「おやじギャグ」と言って忌避する現代価値観の功罪、かも!?
・列車で逃亡するハネイと同じ個室の乗客が買った夕刊の新聞記事に、自分のマンションで発生したアナベラ殺人事件の記事が出ていて、しかもその重要容疑者として自分自身が捜索されているという事実を知って愕然とするハネイ。いやがおうにもサスペンスが高まる展開だが、前作『暗殺者の家』では危機に陥る主人公サイドが夫婦だったのに対して、今作は完全に孤立無援な「異国の地でひとり」になっているのがキツすぎる。巻き込まれ型のいちばん難易度高いやつ~!! 言語がおんなじだからだいぶ助かってますけどね。
・ストーリー上、ハネイの向かいで新聞を読んでいる客がどういう職業かなんぞはどうでもいいことのはずなのだが、その客が真面目な顔をして女性ものの下着を手にしている下着メーカーのサラリーマンで、しかもそれを見て牧師の老人が顔をしかめるというくだりをけっこうたっぷり描写するヒッチコック監督。一見すると本筋から外れた意味の無いやり取りのような気がするのだが、これによって、周囲の人々はいつも通りにのんきで冗談交じりの生活を送っているのに、ハネイただ一人が無実の罪で警察に追われる緊急事態におちいっているという孤独感がさらに強調されている。非常にブラックと言うか、底意地が悪い!
・底意地が悪いと言えば、夕刊をエディンバラ駅の新聞売りから買う時に、ロンドンから乗って来ているサラリーマンが「きみ、英語わかる?」と聞くのも性格最悪である。なんでスコットランド人に必要のないケンカをふっかけんの!? ロンドンっ子、こわすぎ!
・ついに列車の車内にも刑事の捜索の手が及んできたことを知り、困った挙句、知らない女性の一人客パメラの唇をいきなり奪って親しいカップル客を装おうとするハネイ。これによって、実はハネイもアナベラ以上に異常な人物であったことが判明する。こんなの女性からしたら恐怖でしかないと思うのだが……公開当時、女性の観客はこれを見て「ハネイがカッコいいからいいわ~♡」なんて許してくれたのだろうか。ヒッチコック監督って、わりと平気でこういうヤバいロマンスはき違え展開を入れてくるから油断がならない。奥さんのアルマさん、なんか言わなかったの!?
・当然の如く、パメラに秒で「おまわりさんこいつです。」(1回目)とバラされて刑事に追いかけられるハネイ。優雅なティールームやシェパードがギャンギャンほえる動物輸送室などを駆け抜け派手な追跡劇が展開されるのだが、殺人逃亡犯を発見したと息巻いた刑事たちが列車を緊急停止させたのがたまたま、世界遺産としても有名なスコットランド・エディンバラのフォース湾にかかる鉄道橋「フォース橋」の上だったため、「危ねぇだろ! こんなとこで停めんじゃねぇ!!」と車掌がブチギレて列車はすぐに再発進し、すんでのところで橋に下りて隠れたハネイは逃亡に成功する。息つく間もないハラハラドキドキの展開なのだが、警察を頭ごなしに怒鳴り散らす車掌さんのプロ意識がおもしろすぎる。ここらへん、国家権力になにかと弱い日本人の感覚とは違うなぁ。
・アナベラが遺した地図をたよりに、荒涼としたスコットランドの田舎にたどり着くハネイ。問題の「アルナシェラ」まで20km というところで出会った、かなり人相の悪い小作人ジョンの家に泊めてくれるようお願いすると、ジョンは「2シリング6ペンス」で承諾してくれる。現在の日本円で言う「1250円」で夕食つきベッド泊とは……ジョンさん、いいひと! しかも嫁さんが美人。
・たまたま台所に置いてあった新聞の1面の「ロンドンから逃走した殺人犯、フォース橋で失踪」の記事を気にするハネイの視線を見ただけで、ハネイがその逃走犯であると看破する若妻マーガレットの洞察力もすごいのだが、その2人の視線の交わりを妻の浮気と一瞬で曲解してしまうジョンの即断力もものすごい。この夫婦がこのあたりの数分間だけの登場なのが、実にもったいないなぁ!
・土と石で造ったジョンの家の窓が、いくらなんでもそりゃないだろというくらい斜めにひん曲がっているのがおもしろい。ほ~らヒッチコック監督、またそうやってスキさえあればドイツ表現主義リスペクトをねじ込んでくるぅ!
・たった数時間の付き合いなのにハネイの冤罪を確信して、深夜の警察の訪問を察知してハネイを起こす、夫ジョンの裏切り密告を予見する、ジョンの暗めの色のコートを迷わずハネイに与えるという、ありがたすぎるサポート3連発をきめる若妻マーガレット。なんでそこまで尽くしてくれんの!? いやがおうにも過去の経歴が気になってしまう存在である。
・警察の追撃を振り切って、なんとか午前中にアルナシェラのイングランド人教授が住むという屋敷にたどり着くハネイ。あの、ジョンの家から20km なんですよね……夜明け前の深夜にジョンの家を出たのだから、おそらく10時間もかからずにゴールしたことになるのだが、車道沿いだったら可能な気はするけど、警察が車で追えないような「グレートレース」的な石やら山やら急流ばっかの荒地をあえて選んで足だけで進んだんでしょ。ハネイ、健脚すぎ!
・ジョンが言っていた、アルナシェラに最近引っ越してきたイングランド人教授の家に命からがら逃げ込むハネイ。しかし、アナベラが入手したのは敵側の情報なので、アルナシェラに行くこと自体がハネイにとっては自殺行為である可能性が非常に高い。でも、何もしなければ警察に誤認逮捕されることは自明の理なので、孤立したハネイにできることはこれだけなのだ……かなり絶望的な逃避行である。
・アルナシェラのジョーダン教授は、意外にも名も知らぬハネイを快く受け入れ、さらには警察の捜査も追い返してくれる。地元判事のワトスンとも相当に親しい間柄の紳士ジョーダンはかなり心強いハネイの味方となってくれそうなのだが……ま、そういう展開になりますよね~!! 「小指の先の無い男」というワードが効いてくるやり取りである。実に視覚的。
・ジョーダン夫妻の「この方(ハネイ)の分の昼食はいるかしら?」「いや、いらないよ。」という冷酷な会話の後、拳銃の弾を胸に受けて倒れるハネイ。これで一巻の終わりかと思われたのだが、ハネイはなんと、着ていたジョンのコートの内ポケットにあった分厚い讃美歌集のおかげで命を取り留めていた! 「胸に何かあって銃弾を食い止める」というフィクション世界の伝統的お約束の典型例なわけだが、だとしても、あのジョーダン教授が血が一滴も流れないハネイの身体を、脈拍を確かめもせずにトイレにうっちゃっておくはずがないので、これで教授の邸宅から脱出できました、という展開はあまりにもムリがありすぎる気がする。そこはそれ、映画なので無駄な部分はカットしましたと言われればそこまでなのだが……やっぱり、ヒッチコック的な映像構成のスピード感は、本質的には推理小説とウマが合わないような気がする。都合の悪いところもしれっとカットしちゃうんだもんね。
・せっかく危機を脱したハネイなのに、よりにもよってジョーダン教授と親しいワトスン判事に助けを求める。なに、バカなの? 死にたいの?
・でも、ワトスン判事に呼ばれた刑事たちもハネイに負けず劣らずのポンコツなので、ハネイを余裕でとり逃がしてしまう。アホや。
・逃走中のハネイがなんやかんやで、選挙の応援演説のためにスコットランド入りした政治家に間違われて、聴衆の前で口から出まかせの演説をさせられてしまうという展開がおもしろい。でもこれはチャップリンの映画ではないので、結局は本物の政治家を連れてきたのが列車の中で強引にキスをしたパメラだったという奇跡的不運により、無事に2回目の「おまわりさんこいつです。」とあいなる。岡田あーみんのマンガみてェ。
・パメラは、ポンコツにしては迅速にハネイのいる演説会場に現れた男2人を警察だと信じ切ってハネイを突き渡すのだが、やはり彼らは警察ではなく、アナベラを殺害してロンドンからハネイを追って来た2人組だった。2人はお目当てのハネイと、ハネイから国際機密漏洩の真実を聞いてしまったために邪魔になったパメラを連れて車に乗り、ワトスン判事(という名目で実は首魁ジョーダン教授)の元へ向かう。お約束の展開で、もう何度目かの生命の危機にさらされるハネイなのだが、ここでの、スクリーンプロセスの前での車内の4人のやり取りを映す画面から、実際に夜のスコットランドの荒野を疾走する自動車のバックショットへかなりスムースにカット無しのように(実際には車の窓のフレームが画面を横切るタイミングで切り替わっている)移行する撮影テクニックがかなりうまい。ヒッチコック監督、やっぱ特撮のセンスあるわ!
・通る予定の橋が壊れていたので進路を変えたという敵側のわずかなスキをついて、道路をふさぐ羊の大群と濃厚な夜霧にまぎれて、手錠を掛け合ったパメラと共に車から脱走するハネイ。結局ここでも縁もゆかりもない男と身体を密着させたりお姫様抱っこされたりして同道エスケープするはめになるパメラが不憫でしょうがない。あんな強引な引っぱられ方したら、手首血だらけになるぞ……あと、ヒールだから足首も大変なことに。
・なんとか2人組から逃げおおせたハネイは、当然ながらブーブー文句を言うパメラを脅しすかしながら夫婦に偽装して近くの村の宿をとる。そこでも、ベッドが1つの部屋しかとれないとか、手錠のせいで右手の利かないハネイの代わりに夫婦としての偽名を記帳させられるとか、かなり散々な目に遭う。ほんと、ハネイがカッコよくなかったら地獄よ、これ……
・観客はハネイが無実であることはわかっているのでいいのだが、しじゅうガチガチにこわばった作り笑いを浮かべたハネイの顔が超近くにあって、ほとんどほっぺたをくっつけたような態勢を強いられているパメラは本当にかわいそうである。殺人犯じゃなくても、き〇がいだろ、こんなやつ……ここらへんの宿屋でのねちっこい偽装夫婦シチュエーションコントは、特に女性の観客にはそうとう引かれたのではなかろうか。
・行きがかり上仕方がないとはいえ、手錠をかけられたハネイの手がほぼ触れている状態でしぶしぶストッキングを脱ぐパメラの脚を「じっ……」と見つめるカメラの視線が異様に気持ち悪い。この、無言で女性のしぐさを凝視するカメラがヒッチコック印なんだよなぁ。こわ!!
・いやいやながらもハネイと同じベッドに寝転んだパメラは、サンドウィッチを食べながらハネイのでたらめな作り話を聞いている内に、いつの間にか表情を緩めて吹き出すほどの関係性になり、安心して眠りにつく。なんだかんだ言っても無理な逃避行に巻き込んだパメラを気遣うハネイの心遣いが伝わるくだりなのだが、こんなの典型的なストックホルム症候群の風景ですよね……なんのフォローにもなってないぞ!
・深夜、ここ数日間にわたる逃避行のために疲労で昏々と眠りに落ちるハネイよりも先に目が覚めたパメラは、四苦八苦した末に自力で手錠から手首を外すことに成功する。パメラは当初ハネイから逃げようとするが、ちょうどその時に宿屋に現れた2人組のロビーでの電話を盗み聞きして、「39階段」と接触して国外逃亡するために「ボス(ジョーダン教授)」が「ロンドン・パラディアム劇場」に向かったという情報を入手するのだった。いよいよハネイが濡れ衣を着せられているらしいことを知ったパメラは、自分たちを本物の夫婦だと勘違いした宿屋の女将が、義侠心から機転を利かせて2人組を追い出した様子にも感激し、逃げずにハネイを見守ることに翻意するのだった。う~ん、いい話……か!?
・パメラがハネイを許したのはけっこうなのだが、「39階段」うんぬんの超重要情報を手に入れておきながら、ハネイをたたき起こさずにとりあえずはぐっすり寝かせておこうと思いやってしまう彼女の判断が、ハネイの意志と気持ちいいくらいに逆になっていて面白い。パメラの優しさが、かえってあだに!
・翌朝、起きた時に手錠の先にパメラの手が無く、部屋のドアが開いているのを見て独りで寂しげに笑うハネイの表情が、ちょっといい。内心、パメラには早くこの逃避行からリタイアしてほしいと願っていたのだろうか。でも、逃げてないんだけどね!
・お約束ながらも、「39階段」うんぬんを教えてくれたパメラに心から感謝していたハネイが、その話を聞いたのがおよそ5時間前のことだったと知るやいなや「なぜすぐ僕を起こさなかった!?」と烈火のごとく怒りだすやりとりが楽しい。嗚呼、男と女のまごころのすれ違い……
・その夜、なんとかロンドンに帰って来たパメラは単身スコットランド・ヤードに向かいハネイの冤罪と国際スパイ組織の国外逃亡の危機を訴えるのだが、ハネイ犯人説をいまだに信じる刑事たちは生返事で相手にしてくれない。ハネイ逮捕に警察の威信を賭けるヤード陣は、ひそかに公演中の劇場を警官隊で包囲させるのだった。クライマックスが近い!
・その頃、帝都ロンドンでも有名な大劇場ロンドン・パラディアムでは何事もなく、パントマイムコントや生演奏、ダンスといった演芸プログラムが進んでいた。げ、芸の内容が冒頭の大衆的なミュージック・ホールの出し物と大差ない……これ、れっきとした伏線だからしょうがないのだが、チケット料金がおんなじ500円なわけないですよねぇ。ボッてるなぁ!
・スコットランドの宿屋から一転してクライマックスのロンドンに切り替わるスピーディな展開はすっきりしていいのだが、朝の宿屋であんなに一致団結していたハネイとパメラが、ロンドンでは互いの居場所も知らない程に別行動をとっていることに何の説明もないのが少々もどかしい。客席でパメラと再会してもハネイは大して驚いていないので、逮捕を恐れてパメラだけをヤードに行かせて自分は先に劇場の自由席に座っていたのか。
・ここで、ハネイが無意識に口ずさんでいた口笛のメロディの正体がはっきりし、「ずっと探していたものは一番最初の場所にあった」という『幸せの青い鳥』的な伝統オチに帰着するのだが、こうやってスキさえあればトーキー映画らしい音楽・音声ネタを入れてくるヒッチコックのサービス精神がうれしい。でも、「そんなの1年や2年も前に聴いた曲じゃないんだから、その気になればすぐ思い出せるだろ」とツッコまれればそこまでなので、そこらへんの伏線としての弱さが非常に惜しい。「芸人の出ばやし」が伏線なんて、けっこう斬新なんですけどね。北村薫みたい。
・ラストのラスト、ハネイの機転の利いた一言により事態は急転直下し、「39階段」の意味が判明して事件は一件落着するのだが、解決の爽快さよりもミスター・メモリーの特異な人物設定の方に目が行ってしまい、唖然としている内にスパッとお話が終わるような印象があって、いまいちハッピーエンドな感じになっていないのがちょっと残念である。ミスター・メモリーって稗田阿礼みたいなそうとうに特殊な芸人さんだったのね……だったら、もっと「ふつうじゃない」感じの俳優さんが演じた方がおもしろかったのかも知れない。あと、かなり悪い感じのジョーダン教授の最期がかなりあっけないのも惜しいような気がした。ま、リアリティ重視と言えばそこまでなのですが、前作の悪役がローレさんだったからなぁ。

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