どもども、みなさんこんにちは! そうだいでございます~。
秋ね……秋はなんだかんだ言っても忙しい季節なのよね。暑いのがおさまったかと思ったら、もう一年もおしまいが近づいて来てるわけで。今年も悔いの残らないように頑張らねば!
そんでま、今回はヒッチコック監督の事績をたどる企画なのでございますが、前回の『レベッカ』に続きまして、アメリカのハリウッドへやって来た新展開の第2作でございます。
現在での知名度でいうと『レベッカ』や他の有名作には劣っちゃうかも知れませんが、これもこれで重要作なんすよ!
映画『海外特派員』(1940年8月公開 120分 アメリカ)
『海外特派員』(原題:Foreign Correspondent )は、アメリカ合衆国のサスペンス映画。アルフレッド=ヒッチコック監督のアメリカ・ハリウッドにおける2作目の作品である。
1939年3月にアメリカに移住したヒッチコックは、翌4月からハリウッドの映画プロデューサー・デイヴィッド=O=セルズニックの映画会社セルズニック・インターナショナル・ピクチャーズに所属した。翌年1940年3月の『レベッカ』の完成後、セルズニックはしばらくプロデューサーとしての活動を停止し、契約した俳優や監督を他社に貸し出す方針をとったため、ヒッチコックも1944年まで他の映画会社に貸し出されて映画を制作することとなった。
『海外特派員』は独立系映画プロデューサー・ウォルター=ウェンジャーの映画会社に出向して制作した作品で、1940年3月に脚本が完成し同年夏まで撮影が行われたが、製作費はそれまでのヒッチコック作品の中で最高額の150万ドルとなった。本作は、第二次世界大戦の開戦直前のロンドンに派遣されたアメリカ人記者がナチスのスパイの政治的陰謀を突き止めるという物語であり、大戦への不安を抱いていたヒッチコックは、この作品で明確にイギリスの参戦を支持し、エンディングではアメリカの孤立主義の撤回を求める戦争プロパガンダの要素を取り入れた。
本作は同年8月にユナイテッド・アーティスツの配給で公開されると成功を収めたが、その一方でイギリスのメディアからは、祖国の戦争を助けるために帰国しようとせず、アメリカで無事安全に仕事を続ける逃亡者であると非難された。なお、実際に第二次世界大戦が開戦したのは本作公開の前年1939年9月3日だった(イギリスとフランスによるナチス・ドイツへの宣戦布告)が、アメリカ合衆国が参戦するのは翌年1941年12月7日(ハワイ時間)の日本軍による真珠湾攻撃まで待たなければならなかった。
第13回アカデミー賞の6部門にノミネートされた(作品賞、助演男優賞アルベルト=バッサーマン、脚本賞、撮影賞、美術賞、視覚効果賞)。
オランダ人外交官ヴァン・メア卿を演じたドイツ人俳優アルベルト=バッサーマンは英語を全く話せなかったため、全てのセリフを音で覚えて演じた。
新聞コラムニストのロバート=ベンチリーはステビンズ役を演じるにあたり、自分のセリフを自ら考えることを認められた。
ヒッチコック監督は、本編開始12分35秒頃、ロンドンで主人公のハヴァーストックがヴァン・メア卿と初めて出会う場面で新聞を読みながら歩く通行人の役で出演している。
日本では1976年9月に劇場公開されたが、それ以前にも TVでたびたび放映されていた。
あらすじ
第二次世界大戦前夜の1939年8月中旬。ニューヨーク・モーニング・グローブ紙のパワーズ社長は、事件記者ジョン=ジョーンズに「ハントリー=ハヴァーストック」のペンネームを与え、ヨーロッパへの海外特派員としてイギリス・ロンドンに派遣した。
ジョーンズの最初の任務は、昼食会でオランダの外交官ヴァン・メア卿にインタビューすることだった。ハヴァーストックはヴァン・メア卿とタクシーに相乗りして戦争が差し迫っている社会情勢について質問するが、ヴァン・メア卿は言葉を濁す。昼食会に出席するとハヴァーストックは、会議の手伝いをしていた、司会を務める万国平和党党首のスティーヴン=フィッシャーの娘キャロルに夢中になってしまう。フィッシャー党首は、講演する予定だったヴァン・メア卿が急用により欠席したと発表し、代わりにキャロルに講演をさせた。
続いてパワーズ社長は、万国平和党の会議に出席するヴァン・メア卿を取材させるため、ハヴァーストックをオランダ・アムステルダムに急行させる。ハヴァーストックはヴァン・メア卿に挨拶をするが、なぜかヴァン・メア卿はハヴァーストックのことを憶えていない。すると突然、カメラマンを装った男が隠し持っていた拳銃でヴァン・メア卿を射殺してしまった!
おもなキャスティング
ジョン=ジョーンズ(ハントリー=ハヴァーストック)…… ジョエル=マクリー(34歳)
キャロル=フィッシャー …… ラレイン=デイ(19歳)
スティーヴン=フィッシャー …… ハーバート=マーシャル(50歳)
スコット=フォリオット …… ジョージ=サンダース(34歳)
ヴァン・メア卿 …… アルベルト=バッサーマン(72歳)
ステビンズ記者 …… ロバート=ベンチリー(50歳)
クルーグ大使 …… エドゥアルド=シャネリ(52歳)
殺し屋のローリー …… エドマンド=グウェン(62歳)
パワーズ社長 …… ハリー=ダヴェンポート(74歳)
おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(41歳)
脚本 …… チャールズ=ベネット(41歳)、ジョーン=ハリソン(33歳)、ジェイムズ=ヒルトン(39歳)
製作 …… ウォルター=ウェンジャー(46歳)
音楽 …… アルフレッド=ニューマン(39歳)
撮影 …… ルドルフ=マテ(42歳)
編集 …… オットー=ラヴァーリング(?歳)、ドロシー=スペンサー(31歳)
製作 …… ウォルター=ウェンジャー・プロダクションズ
配給 …… ユナイテッド・アーティスツ
はいっ、というわけでございまして、『レベッカ』から半年もしない同年夏に公開された、まったく別方向の現代サスペンスアクション大作『海外特派員』の登場でございます。
時代設定は現代でありながらも、第二次世界大戦が近づいている気配を意図的に排除してノーブルな身分の家にわだかまる謎に迫る純粋なサスペンス作だった『レベッカ』の反動であるかのように、本作は当時の国際情勢を思いッきり反映させた作品となっております。
いや~、これ、『レベッカ』よりも予算を多くかけてる作品だったんだ!? とは言っても『レベッカ』の製作費はおよそ130万ドルだったそうなので、そうそう違いはなかったようなのですが。ほぼオールスタジオ撮影のコスプレものは、そんなにお金かかんないのかな。
あの、実はこの作品は当時のヒッチコック作品にしては長めの120分ということで(『レベッカ』よりは短い)、いつものように後半用に視聴メモをつづっておりましたら文字数がだいぶかさんでしまいましたので、こっちの感想総論のほうはちゃっちゃといきたいのですが、かいつまんでまとめますと、
細かいところのテクニックだけが光っている凡庸な政治キャンペーン映画
ということになりますでしょうか。
確かに、まるで別人の監督作品のようにおとなしいロマンス大作だった『レベッカ』に比べると、「破天荒な主人公」「キャラの濃いおてんばヒロイン」「派手な殺人シーン」「目まぐるしいカッティングのアクション」「世界的に有名な名所を舞台にした展開」、そして「出演者に風邪ひかせる気満々の荒波プールセット撮影」といった感じに、本作はこれまでのヒッチコック監督諸作で培われてきたトレードマークみたいな定番の展開が目白押しとなっていまして、『レベッカ』よりもこっちのほうがハリウッドに対しての「わたくしこういうものです」的な名刺の役割を果たしていたのではないかと思えてきます。もちろん相応に面白くはあったのですが『レベッカ』はまさに借りてきたネコのようなアウェー感が満載でしたから、その直後に公開された本作の「ここは得意技でいくゼ!」感がよけいに増してくるのかもしんない。
映画の内容についての詳しいことは視聴メモのほうで語らせていただきますが、本作はハリウッドの大物プロデューサーで当時のヒッチコックの雇い主でもあったセルズニックが、他の映画会社にヒッチコックを職人監督として貸し出すという、ヒッチコックにとっての「武者修行時代(1940~47年)」の最初を飾る作品です。
そのため、どうやら本作の脚本などにヒッチコックやその妻の脚本家アルマはタッチしていなかったらしく(『レベッカ』の製作とも並行していたし)、正直言って今までのヒッチコック作品ではそんなに感じてこなかった「セリフシーンのかったるさ」「伏線のようで別に本筋にからんでこない余計な情報やジョークシーン」「急に性格が変わる登場人物」といった違和感が目立つ、冗長な凡作になってしまっています。
なんというか、今までのヒッチコック流に作っていたら90~100分くらいに収まっていたのでは?という作品が120分になっちゃってるって感じなんですよね。
おそらく、この冗長さの原因としては、まさに当時現在進行形で起きていた世界戦争をダイレクトに扱う作品ということで、本筋だけで物語を進めていくと作品のテイストが重苦しくなるんじゃないかという危惧があったから、少々サービスしすぎになっても笑えるシーンやロマンス成分を多く添加しようという意図があったのではないかと思われます。
でも、それらがあんまり本筋にからんでこないから、ただひたすらに上映時間を長く感じさせてしまう蛇足になってるような気がするんですよね。例えば主人公の先輩にあたる記者ステビンズの言動は、確かに有名なコメディ作家がセリフを自作して演じているだけあって面白くはあるのですが、彼がいなくても映画は全然問題なく成立するという不思議な「浮き感」があるんですよね。まぁ、面白いぶん1984年版『ゴジラ』の武田鉄矢よりも数千倍マシですが。
それに加えて、やはり当時アメリカが戦時下でなかったとはいえ、本作は明らかにアメリカ国民へ「ヨーロッパを救え!」と強く訴えかけるメッセージ性を含んだ政治的作品ですので、さんざん破天荒だった主人公が最後の最後で人が変わったように真面目な戦時記者になってロンドン空襲の模様を実況し続けるという姿は、「自分らしい生き方よりも、お国のための滅私奉公!!」と説教されているような印象が残ります。かなりエンタメ映画らしくない違和感が観終わった後に襲ってくるヘンな作品なんですよね。そういう意味で、やっぱり本作は実質的に戦争映画なのかもしれない。
ただ、ここがさすがヒッチコックというところなのですが、「雇われ仕事だから今回は流していこう」で終わらず、「やるなら必ずハリウッドの次の仕事につながる爪痕を残す!!」という意気込みを込めて、いくつかのシーンでかなりインパクトの強い画を残しているのです。
雨のアムステルダムで突如発生する大物政治家の暗殺シーンからの路面電車アクション、巨大なオランダ風車の中にある歯車だらけの迷路のような敵アジト、高さ10m からの俳優飛び降りをワンカットで見せるトリック映像、そしてクライマックスの旅客機不時着からの荒波海難……
そういった派手な画づくりに関しては、本作のヒッチコックの腕はやはり最高を更新し続けており、多少の整合性の齟齬は無視してでもイメージの鮮烈さを優先させる映像モンタージュ、ローテクとハイテクを総動員させて観客をあっと言わせるワンカット撮影へのこだわりは、2020年代の今観ても充分に面白いセンスの輝きを見せてくれます。特にクライマックスの海難シーンは、スクリーンプロセスで背後に映した実景の海と手前のプールとで荒波の立て方とカメラの揺れ方を完全に一致させているので、本当に海の中で撮影しているような臨場感がハンパありません。ここらへんの、過去作品での実績を確実に超えていく当時のヒッチコックの成長指数はものすごいですね!
こういったわけなので、本作は確かに「必ず観るべき作品!」とまでもいかないのですが、ヒッチコックという稀代の天才の「現在映像化できることと、これから映像化したいこと」を確実にまとめた、名刺のようなプロモーションビデオのような作品になっていたのではないかと思います。単なる政治キャンペーン映画にとどまっておらず、ちゃんと当時のヒッチコックにとって有意義な仕事になっている、しているというのが素晴らしいですね。
意味のない仕事など、ない! 転んでもただでは起きないヒッチコックの野望と心意気を垣間見せる作品です。2時間はちと長く感じるかも知れませんが、おヒマならば、ぜひ~。
≪毎度おなじみ視聴メモでございやすっと!≫
・世界全体で見ると軍人、民間人あわせて8000万人もの命が犠牲となった人類史上最悪の災厄「第二次世界大戦」の真っ最中に公開された本作なのだが、やけに軽快で明るい音楽で始まるのが逆に薄気味悪い。NHK の『映像の世紀』オープニングみたいなド深刻な感じじゃないのね……当時の時点ではまだ戦時下ではないというアメリカの余裕と「対岸の火事」感がなんとなく伝わってくる。
・のっけから思いきり能天気なデザインの新聞社ビルのミニチュアのズームアップで始まるのが、いかにもヒッチコックらしい。『レベッカ』での重厚なミニチュアの使い方とは、えらい違いである。
・本作の時間設定は映画公開の丸1年前の1939年8月ということで、あえて第二次世界大戦の開戦直前というギリギリのタイミングになっている。アメリカから見た世界大戦前夜という疑似ドキュメンタリー的な体裁である。
・アメリカの新聞社の剛腕ワンマン社長パワーズは、偏見忖度なしの体当たり取材でヨーロッパ情勢を伝えてくれる海外特派員を探し、最近おまわりさんをぶん殴ってクビになりかけているというモーレツはみだし記者ジョーンズに白羽の矢を立てる。パワーズ社長はジョーンズに、オランダの宰相ヴァン・メア卿のインタビューを指令するが、ジョーンズは「それよりヒトラーに直接聞いたら一発でしょ?」と放言してパワーズを絶句させてしまう。とんでもねぇ野郎だぜ……赤塚不二夫のマンガに出てくるような猪突猛進キャラである。
・パワーズはジョーンズに、ヴァン・メア卿につながる重要人物として、アメリカで戦争反対の平和団体を主宰しているスティーヴン=フィッシャー氏を紹介する。ここでフィッシャーを演じるのが、かつてヒッチコック監督のイギリス時代の監督第12作『殺人!』(1930年)で名探偵ジョン卿を演じたイギリス俳優のハーバート=マーシャルである。なんと10年ぶりの出演なのに、外見が全く変わっていないのがすごい。知的でノーブルな身のこなしは健在ですね。
・独身で身も軽いジョーンズは、パワーズから直々に「ハントリー=ハヴァーストック」という海外特派員としての偽名ももらい、フィッシャーと共に海路イギリスの帝都ロンドンに赴くこととなる。
・ロンドンに到着したジョーンズは、ロンドン赴任歴25年のベテラン記者ステビンズと接触する。ステビンズを演じるロバート=ベンチリーはアメリカでかなり有名なユーモア作家で、副業としてコメディアンや俳優も演じていたという才人タレント。自分のセリフは全部自製ということもあって、演技の質が周囲と明らかに異なっていて身軽だし、セリフもいちいちジョークが入っていて面白い。ちなみに、その「ベンチリー」という名前からピンときた方も多いかと思うが、このロバート=ベンチリーは、あの『ジョーズ』の原作小説の作者であるピーター=ベンチリー(1940~2006年)のおじいちゃんであり、ロバートの息子でピーターの親父であるナサニエルも小説家であるという筋金入りの作家家系の長である。ピーターはこの映画公開の3ヶ月前に生まれているので、ロバートはこんなやる気のなさそうな顔をしておいて、撮影中に初孫に恵まれたようである。おめでとうございます!!
・ジョーンズがヴァン・メア卿と初接触するシーンで毎度おなじみのヒッチコック監督のカメオ出演がでてくるのだが、今作では顔が真正面からがっつり映っており、おまけに2カットたっぷりおがめるので、ヒッチコックの生涯を扱うドキュメンタリー番組でもしょっちゅう紹介される非常に有名な出演シーンだと思われる。はっきり見えるどころか主人公のジョーンズより手前にいるくらいなので、主演のジョエル=マクリーもいい気分ではなかったのでは……
・ジョーンズは一般市民のふりをしてヴァン・メア卿に突撃取材を試みるが、ジョーンズの手の内を完全に見透かしているヴァン・メア卿はあいまいな返答に終始して見解をはぐらかす。ヴァン・メア卿を演じたドイツ人俳優バッサーマンは当時英語がからっきしダメだったそうなのだが、音で覚えて無理やり発音したというたどたどしさが、逆に非英語圏の老政治家としてリアルでいい感じである。バッサーマンも実際にナチス・ドイツのために亡命を余儀なくされた俳優さんなので本作には格別の想いもあったのではないだろうか。大戦勃発を止められそうにない老体の悲哀が全身からにじみ出ている名演である。
・ロンドンで開催されたフィッシャー会長主宰の平和団体の資金集めパーティに出席するジョーンズだったが、そこでフィッシャーの愛娘である本作のヒロインことキャロルと出逢う。本作で全体的に言えることなのだが、「山高帽をしょっちゅう忘れるジョーンズ」だとか「ラトビア語しか話せない外国人と話す羽目になる」だとか「キャロルをフィッシャーの娘だと気づかずに口説こうとするジョーンズ」だとかいうコミカルな設定はふんだんにあるのだが、それらがあまり本筋に絡んでこないのでどうにもかったるく感じられてしまう。2時間ということでやや長い作品だし、世界大戦を扱う重めな展開もあるのでおもしろシーンを足したかったのだろうが、あんまり功を奏してないような気がするんだよなぁ。
・キャロルに一目ぼれしたジョーンズが持ち前の猪突猛進っぷりで彼女に口説きメモを14枚も送るくだりはいいのだが、その内容に2020年代から見ると完全にセクハラでアウトになるメッセージもあるので、なんだかジョーンズに対する好感度が全くあがらない。ジョーンズを論破するつもりでとうとうと語っているキャロルの舌鋒も全く効かないというジョーンズのにやけ顔も、ふつうに気持ち悪く見えてしまうのがイタい……
・お話はロンドンから一転してオランダの首都、雨のアムステルダムへと移る。ここで非常にインパクトの強いヴァン・メア卿(?)暗殺劇が展開されるのだが、暗殺者が発砲したその瞬間から、まさに水を得た魚のようにカット割りとスピード感がぐっと上がって面白くなるのが、さすがはヒッチコックといったところ。発砲した次の瞬間に顔面血まみれで苦悶の表情を浮かべるバッサーマンの顔が映るモンタージュ的なカット技法は、よくよく考えれば物理的にあり得ない流れなのだが、論理よりも印象重視で画づくりをしていくヒッチコックの職人哲学が象徴されているシーンである。はじまったはじまった~!!
・アムステルダムでの大捕り物ということで、ジョーンズが非常にごみごみした路面電車のすき間をぬって暗殺犯を追跡するくだりもとってもスリリングで素晴らしい。時間は長くないが、ヒッチコックのアクション撮影センスの高さもうかがえるくだりである。
・映画ならではのご都合主義で、ジョーンズが暗殺犯を追うためにヒッチハイクした車が偶然にキャロルと海外特派員フォリオットが乗る車だったということで、3人は暗殺犯の逃走車を追うこととなるが、暗殺犯の車はいかにもオランダらしく巨大な風車が立ち並ぶ小麦畑の中で忽然と姿を消してしまう。ここは世界的な名所を作中に多く取り入れるヒッチコックらしいロケーションでけっこうなのだが、わりとすぐに暗殺犯消失のトリックがばれてしまうのがもったいない。でも、どう考えても隠れる場所はそこしかないよね……こんな手に瞬時にだまされるオランダの警察がダメすぎ……そりゃ世界大戦もおっぱじまるわ。
・暗殺犯たちのアジトで「本物のヴァン・メア卿」に出会い、アムステルダムで殺されたヴァン・メア卿が実は本物と瓜二つの偽物で、暗殺自体が本物の誘拐をカモフラージュするための狂言であったことを知るジョーンズ。でも、偽物が射殺されたこと自体は本当に発生した殺人事件になるので、誘拐を隠すためにわざわざそっくりさんを仕立てあげて殺すというやり方は、あまりにも全方位でリスクが高すぎてやる意味が全然ない計画のような気がする……いやほんと、なんでそんな回りくどいことすんの!?
・巨大な歯車がかみ合い回転し、複雑な梁や柱が入り組んだ中に細く急傾斜な階段や小部屋が配置されている風車の内部セットは非常に魅力的なのだが、ジョーンズのコートの裾が歯車に巻き取られる以外にこれといって印象的なシーンにつながっていないのが、かなりもったいない。江戸川乱歩とか宮崎駿ごのみのいいロケーションなのに!
・アムステルダム署の刑事を名乗る男たちがホテルのジョーンズを尋ねるが、ジョーンズは彼らが自分の命を狙っている殺し屋だと察知し、部屋の窓から壁づたいに別の部屋に逃げる。スリリングな展開だが、逃げ込んだ先がたまたまキャロルの部屋で、ジョーンズがバスローブ姿だったがためにそこにいた中年婦人に2人が関係を勘違いされてしまうというコミカルな脱線が、ちょっと興をそいでしまう。どんなシーンでもユーモアを忘れないエンタメ精神はいいのだが……単純にまだるっこしい。
・ジョーンズがニセ刑事たちに命を狙われるホテルはアムステルダムであるはずなのだが、その前のロンドンのパーティのシーンで会ったラトビア人の紳士や中年婦人がキャロルの部屋にいるので、この場所がオランダなのかイギリスなのかがわかりにくく混乱してしまう。些細なところではあるのだが、ちと不親切。
・ジョーンズは得意の口八丁手八丁で純真無垢なキャロルをいとも簡単に手玉に取り、おまけにホテルのフロントやルームサービスを総動員させて自分の部屋に電話で呼び出す奇策で、部屋にいる殺し屋たちをかく乱させる。ジョーンズの調子の良さが発揮されるいいシーンだが、バカ正直にシャワーを浴びてると思い込み、いつまでもジョーンズを待っている殺し屋たちがかわいそうに見えてくる。昔話『三枚のお札』のやまんばかお前らは!
・確かにジョーンズはキャロルに初対面から一目ぼれだったので結婚まで視野に入れて猛アタックするのはわからん話でもないのだが、キャロルもまたそれを受け入れて一も二もなく「私も結婚したい♡」と応えてしまうのが、あまりにもご都合主義的すぎて愕然としてしまう。キャロル、自分なさすぎ! ロンドンのパーティでのジョーンズの印象、最悪だったんじゃないの!? ちょっと、話がうまくいきすぎである。
・当時の撮影技術的にやむを得ないことなのかも知れないが、車を撮影する時に窓ガラスに撮影カメラやスタッフが反射して思いきり映り込んでいるのが、なんちゅうか……非常に味わい深い。そこは見ないフリしてネという暗黙の了解が、その頃は観客との間にあったのかな。
・だいたい映画の中盤くらいのタイミングで、暗殺犯チームの中にいたハイネックシャツの男クルーグを介して「本作のラスボス」が誰なのかが見えてきてしまうのが、ちょっと早すぎるような気がする。う~ん、まぁ、キャスティング的にこの人以外にラスボス役を張れる人もいなさそうなので予想はついてしまうのだが、これももったいないよなぁ。
・手回しのいいクルーグは、ロンドンに戻ってきたジョーンズを始末するために殺し屋ローリーを呼び出して護衛と称してジョーンズに同行させる。しかし、ロンドンの名所であるウェストミンスター大聖堂の聖エドワード塔(高さ90m)の最上部展望台からジョーンズを突き落そうとしたローリーだったが、あえなく返り討ちに遭い(よけただけ)自分が転落してしまうのだった。ダメだこりゃ……
・この殺し屋ローリー、温厚そうな小柄のおじさんという外見は殺し屋らしくなくて非常によろしいのだが、肝心の殺しのテクニックが「観光客が途切れたタイミングを見はからって相手を突き落とす」という、一体どこにプロの腕が必要とされるのかさっぱりわからないしろうと感丸出しなものなので、なんでクルーグがわざわざ召喚したのか大いに疑問符が残る。やつは「ロンドン殺し屋人材センター」の中でも最弱……ま、引退してたみたいだし、なまってたのかな。
・「実は最初からフィッシャーが怪しいとにらんでた」という非常に都合の良い素性を明らかにしたフォリオット記者の推測によれば、フィッシャー達がヴァン・メア卿を拉致したのは重要な国際条約の極秘内容を聞き出すためだという。それなら確かにヴァン・メア卿を生きた状態で連れ去る意味も分かるのだが、それでも「偽物を仕立てて暗殺されたように見せかける」工作をする理由にはならない。単にヴァン・メア卿が自分の意思でオランダから国外亡命したように見せかけるだけでいいのでは? でも、まぁそれじゃあ盛り上がらないもんね。ヒッチコックらしい~!
・フォリオットは、フィッシャーに揺さぶりをかけるために娘キャロルを誘拐したと見せかける作戦を思いつき、ちょうどキャロルの心を射止めているジョーンズに「数時間でいいからキャロルを連絡のつかない所に連れてってくれ」と頼む。しかし、キャロルを騙すことに異常な嫌悪感をいだくジョーンズは、フォリオットの策に加担することを頑固にこばむ。こやつ、この世界危急存亡の時にいきなり生真面目な硬派紳士ぶりやがって! どっか映画でも観に行ってデートしてこいって言ってんだっつーの!! フォリオットの恋のキューピッドとしての心の叫びが聞こえてくるようである。融通の利かねーヤツ!!
・ジョーンズの拒絶にもフォリオットは動じず、裏からキャロルを「このままジョーンズがロンドンにいれば第2第3の殺し屋に狙われる」とたきつけ、逆にキャロルからジョーンズを連れてどこかに雲隠れするように根回しをするのであった。フォリオット、なかなかやりますねぇ! キャロルが誘拐されたというていでいながら、実は誰よりも(勘違いした)キャロルが主体的に姿を消しているという逆転現象も、いかにもヒッチコック映画らしくて面白い。
・首尾よくキャロルと共にロンドンから離れ、ケンブリッジのホテルに部屋をとったジョーンズだったが、「キャロルを騙している」という罪悪感から彼が部屋を別々にとったことを知ったキャロルは、自分を愛していないとさらに勘違いをして憤慨し、一人でロンドンのフィッシャー邸に帰ってきてしまう。フォリオットふんだりけったり! けっこういいとこまでいってたのにぃ。
・キャロルの狂言誘拐の件はうまくいかなかったが、記者らしい根気強さでフィッシャーが動くのを待っていたフォリオットは、ついに車で移動したフィッシャーの尻尾を掴んでヴァン・メア卿の監禁されているアジトの特定に成功する。フォリオットの主人公そっちのけの地道な活躍が非常に頼もしい。でも、ヒッチコックごのみの画にはならないんだよなぁ。ここが堅実な脇役のつらいところである。
・別にお金をかけなきゃいけないカットでもないのに、フィッシャーがアジトの階段を上ってヴァン・メア卿のいる部屋に行く流れを、階段とドアを作った吹き抜けセットとクレーンカメラでワンカット撮影にしているミョ~な大盤振る舞いになっているのが印象的である。この数秒のためにわざわざセットを組むとは……さすが、ヒッチコック史上最高額(当時)の予算作品! お金のかけ方にためらいがない。
・国際条約の極秘情報を白状させるために拷問を受けるヴァン・メア卿だったが、老体であることもあって強い照明とやかましい音楽に長時間さらさせるというソフトなものがメインであり、肉体的な拷問は画面の外で行うという処理が行われている。でも、拷問を受けて意識がもうろうとしているヴァン・メア卿を演じるバッサーマンの演技が非常にうまいのでかなり見ていられない陰惨なシーンになっている。やっぱり映画でグロを直接描く必要なんて全然ないんだな。要は観客の想像力をかきたてる腕次第ってことよぉ!
・ヴァン・メア卿の自白に耐えられなくなったフォリオットは敢然とクルーグ一味に立ち向かい、窓ガラスを割って4階の高さ(約10m)から地上に飛び降りる大立ち回りを演じる。ここでもヒッチコックの映像演出の冴えはピカイチで、落下するのは人形で、1階のレストランテラスのサンシェードに落ちた瞬間にフォリオット役のジョージ=サンダースに入れ替わり、生身のジョージが破れたサンシェードから出てきて地上に着地するという映像トリックが一瞬のワンカットに投入されている。現代から見るとバレバレなマジックではあるのだが、スクリーンで一瞬だけしか見えない映画館の観客はそうとう驚いたのではないだろうか。ほんとに役者が落ちるジャッキー=チェン方式もいいけど、こっちもこっちで味があっていいね!
・かくて1939年9月3日、イギリスとフランスがナチス・ドイツに宣戦布告し第二次世界大戦は開戦してしまう。しかしその直前になんとか空路アメリカへ発つことに成功していたフィッシャーだったが、同じ飛行機に乗ったジョーンズとフォリオットの手配でいずれアメリカで逮捕されることを知り、ついに観念して娘キャロルにヴァン・メア卿拉致監禁の真相を告白する。だが、曲がりなりにも悪の組織のトップであるはずなのに、わりと簡単に今までしてきたことを間違いだったと断罪して反省してしまうのが、ちょっと自分がなさ過ぎる気がする。いや、もっと自分のやってきた悪行に自信を持ってだね……
・本作のクライマックスは、ジョーンズやキャロル、フィッシャーにフォリオットが乗り合わせた旅客機がナチス・ドイツの駆逐艦に海から砲撃されるという、戦争映画でもけっこう珍しいシチュエーションだと思うのだが、ロンドンからアメリカに向かっている飛行機を砲撃するナチスの軍艦がいる海域って、具体的にどこ……? いくらなんでも、そんなサスペンス映画にもってこいな危険地帯、開戦直後にあったんかね。
・今回は飛んでる飛行機の中だから関係ないかと思ってたら、さすがは海と波が大好きなヒッチコック監督、無理やり飛行機を大西洋に不時着させて、セットにじゃぶじゃぶ水を流し込む海難アクションを最後に思いッきりブチ込んでくれる。ここらへんの「なんとしても出演者たちを溺れさせてやる」という執念の演出は、殺意さえ感じさせるくらいである。そして、機内を一瞬で埋める荒波、あっという間に迫ってくる天井の恐怖といったら、もう……『タイタニック』の数百倍は怖い大迫力の海水描写である。
・本作のエピローグは、空襲下のロンドンに駐留し続けてキャロルと共に本国アメリカに必死に大戦への参戦を訴えかけるジョーンズの姿と、高らかに流れる『星条旗よ永遠なれ』で締めくくりとなるのだが、キャロルとその父フィッシャーの真摯な生き方を見て心を入れ替えたとはいえ、序盤であんなに破天荒だったジョーンズが、ちょっと機械的なくらいに働きまくる模範的戦時記者になっているのは違和感がある。当時アメリカはまだ参戦していないのでプロパガンダではないのだが、やはりどこか国家のために自分を捨てることを推奨しているようで、何かしらの不安を感じてしまう終幕なのであった。う~ん。
・ちなみに、ナチス・ドイツによる史実のロンドン空襲は1940年9月7日から始まっているので、本作での描写はそれを想定した架空の展開であるということになる。でも公開の翌月に現実のものになってるんだから、そうとうに確率の高い未来予想だったんだろうな。なんというギリギリ感!
秋ね……秋はなんだかんだ言っても忙しい季節なのよね。暑いのがおさまったかと思ったら、もう一年もおしまいが近づいて来てるわけで。今年も悔いの残らないように頑張らねば!
そんでま、今回はヒッチコック監督の事績をたどる企画なのでございますが、前回の『レベッカ』に続きまして、アメリカのハリウッドへやって来た新展開の第2作でございます。
現在での知名度でいうと『レベッカ』や他の有名作には劣っちゃうかも知れませんが、これもこれで重要作なんすよ!
映画『海外特派員』(1940年8月公開 120分 アメリカ)
『海外特派員』(原題:Foreign Correspondent )は、アメリカ合衆国のサスペンス映画。アルフレッド=ヒッチコック監督のアメリカ・ハリウッドにおける2作目の作品である。
1939年3月にアメリカに移住したヒッチコックは、翌4月からハリウッドの映画プロデューサー・デイヴィッド=O=セルズニックの映画会社セルズニック・インターナショナル・ピクチャーズに所属した。翌年1940年3月の『レベッカ』の完成後、セルズニックはしばらくプロデューサーとしての活動を停止し、契約した俳優や監督を他社に貸し出す方針をとったため、ヒッチコックも1944年まで他の映画会社に貸し出されて映画を制作することとなった。
『海外特派員』は独立系映画プロデューサー・ウォルター=ウェンジャーの映画会社に出向して制作した作品で、1940年3月に脚本が完成し同年夏まで撮影が行われたが、製作費はそれまでのヒッチコック作品の中で最高額の150万ドルとなった。本作は、第二次世界大戦の開戦直前のロンドンに派遣されたアメリカ人記者がナチスのスパイの政治的陰謀を突き止めるという物語であり、大戦への不安を抱いていたヒッチコックは、この作品で明確にイギリスの参戦を支持し、エンディングではアメリカの孤立主義の撤回を求める戦争プロパガンダの要素を取り入れた。
本作は同年8月にユナイテッド・アーティスツの配給で公開されると成功を収めたが、その一方でイギリスのメディアからは、祖国の戦争を助けるために帰国しようとせず、アメリカで無事安全に仕事を続ける逃亡者であると非難された。なお、実際に第二次世界大戦が開戦したのは本作公開の前年1939年9月3日だった(イギリスとフランスによるナチス・ドイツへの宣戦布告)が、アメリカ合衆国が参戦するのは翌年1941年12月7日(ハワイ時間)の日本軍による真珠湾攻撃まで待たなければならなかった。
第13回アカデミー賞の6部門にノミネートされた(作品賞、助演男優賞アルベルト=バッサーマン、脚本賞、撮影賞、美術賞、視覚効果賞)。
オランダ人外交官ヴァン・メア卿を演じたドイツ人俳優アルベルト=バッサーマンは英語を全く話せなかったため、全てのセリフを音で覚えて演じた。
新聞コラムニストのロバート=ベンチリーはステビンズ役を演じるにあたり、自分のセリフを自ら考えることを認められた。
ヒッチコック監督は、本編開始12分35秒頃、ロンドンで主人公のハヴァーストックがヴァン・メア卿と初めて出会う場面で新聞を読みながら歩く通行人の役で出演している。
日本では1976年9月に劇場公開されたが、それ以前にも TVでたびたび放映されていた。
あらすじ
第二次世界大戦前夜の1939年8月中旬。ニューヨーク・モーニング・グローブ紙のパワーズ社長は、事件記者ジョン=ジョーンズに「ハントリー=ハヴァーストック」のペンネームを与え、ヨーロッパへの海外特派員としてイギリス・ロンドンに派遣した。
ジョーンズの最初の任務は、昼食会でオランダの外交官ヴァン・メア卿にインタビューすることだった。ハヴァーストックはヴァン・メア卿とタクシーに相乗りして戦争が差し迫っている社会情勢について質問するが、ヴァン・メア卿は言葉を濁す。昼食会に出席するとハヴァーストックは、会議の手伝いをしていた、司会を務める万国平和党党首のスティーヴン=フィッシャーの娘キャロルに夢中になってしまう。フィッシャー党首は、講演する予定だったヴァン・メア卿が急用により欠席したと発表し、代わりにキャロルに講演をさせた。
続いてパワーズ社長は、万国平和党の会議に出席するヴァン・メア卿を取材させるため、ハヴァーストックをオランダ・アムステルダムに急行させる。ハヴァーストックはヴァン・メア卿に挨拶をするが、なぜかヴァン・メア卿はハヴァーストックのことを憶えていない。すると突然、カメラマンを装った男が隠し持っていた拳銃でヴァン・メア卿を射殺してしまった!
おもなキャスティング
ジョン=ジョーンズ(ハントリー=ハヴァーストック)…… ジョエル=マクリー(34歳)
キャロル=フィッシャー …… ラレイン=デイ(19歳)
スティーヴン=フィッシャー …… ハーバート=マーシャル(50歳)
スコット=フォリオット …… ジョージ=サンダース(34歳)
ヴァン・メア卿 …… アルベルト=バッサーマン(72歳)
ステビンズ記者 …… ロバート=ベンチリー(50歳)
クルーグ大使 …… エドゥアルド=シャネリ(52歳)
殺し屋のローリー …… エドマンド=グウェン(62歳)
パワーズ社長 …… ハリー=ダヴェンポート(74歳)
おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(41歳)
脚本 …… チャールズ=ベネット(41歳)、ジョーン=ハリソン(33歳)、ジェイムズ=ヒルトン(39歳)
製作 …… ウォルター=ウェンジャー(46歳)
音楽 …… アルフレッド=ニューマン(39歳)
撮影 …… ルドルフ=マテ(42歳)
編集 …… オットー=ラヴァーリング(?歳)、ドロシー=スペンサー(31歳)
製作 …… ウォルター=ウェンジャー・プロダクションズ
配給 …… ユナイテッド・アーティスツ
はいっ、というわけでございまして、『レベッカ』から半年もしない同年夏に公開された、まったく別方向の現代サスペンスアクション大作『海外特派員』の登場でございます。
時代設定は現代でありながらも、第二次世界大戦が近づいている気配を意図的に排除してノーブルな身分の家にわだかまる謎に迫る純粋なサスペンス作だった『レベッカ』の反動であるかのように、本作は当時の国際情勢を思いッきり反映させた作品となっております。
いや~、これ、『レベッカ』よりも予算を多くかけてる作品だったんだ!? とは言っても『レベッカ』の製作費はおよそ130万ドルだったそうなので、そうそう違いはなかったようなのですが。ほぼオールスタジオ撮影のコスプレものは、そんなにお金かかんないのかな。
あの、実はこの作品は当時のヒッチコック作品にしては長めの120分ということで(『レベッカ』よりは短い)、いつものように後半用に視聴メモをつづっておりましたら文字数がだいぶかさんでしまいましたので、こっちの感想総論のほうはちゃっちゃといきたいのですが、かいつまんでまとめますと、
細かいところのテクニックだけが光っている凡庸な政治キャンペーン映画
ということになりますでしょうか。
確かに、まるで別人の監督作品のようにおとなしいロマンス大作だった『レベッカ』に比べると、「破天荒な主人公」「キャラの濃いおてんばヒロイン」「派手な殺人シーン」「目まぐるしいカッティングのアクション」「世界的に有名な名所を舞台にした展開」、そして「出演者に風邪ひかせる気満々の荒波プールセット撮影」といった感じに、本作はこれまでのヒッチコック監督諸作で培われてきたトレードマークみたいな定番の展開が目白押しとなっていまして、『レベッカ』よりもこっちのほうがハリウッドに対しての「わたくしこういうものです」的な名刺の役割を果たしていたのではないかと思えてきます。もちろん相応に面白くはあったのですが『レベッカ』はまさに借りてきたネコのようなアウェー感が満載でしたから、その直後に公開された本作の「ここは得意技でいくゼ!」感がよけいに増してくるのかもしんない。
映画の内容についての詳しいことは視聴メモのほうで語らせていただきますが、本作はハリウッドの大物プロデューサーで当時のヒッチコックの雇い主でもあったセルズニックが、他の映画会社にヒッチコックを職人監督として貸し出すという、ヒッチコックにとっての「武者修行時代(1940~47年)」の最初を飾る作品です。
そのため、どうやら本作の脚本などにヒッチコックやその妻の脚本家アルマはタッチしていなかったらしく(『レベッカ』の製作とも並行していたし)、正直言って今までのヒッチコック作品ではそんなに感じてこなかった「セリフシーンのかったるさ」「伏線のようで別に本筋にからんでこない余計な情報やジョークシーン」「急に性格が変わる登場人物」といった違和感が目立つ、冗長な凡作になってしまっています。
なんというか、今までのヒッチコック流に作っていたら90~100分くらいに収まっていたのでは?という作品が120分になっちゃってるって感じなんですよね。
おそらく、この冗長さの原因としては、まさに当時現在進行形で起きていた世界戦争をダイレクトに扱う作品ということで、本筋だけで物語を進めていくと作品のテイストが重苦しくなるんじゃないかという危惧があったから、少々サービスしすぎになっても笑えるシーンやロマンス成分を多く添加しようという意図があったのではないかと思われます。
でも、それらがあんまり本筋にからんでこないから、ただひたすらに上映時間を長く感じさせてしまう蛇足になってるような気がするんですよね。例えば主人公の先輩にあたる記者ステビンズの言動は、確かに有名なコメディ作家がセリフを自作して演じているだけあって面白くはあるのですが、彼がいなくても映画は全然問題なく成立するという不思議な「浮き感」があるんですよね。まぁ、面白いぶん1984年版『ゴジラ』の武田鉄矢よりも数千倍マシですが。
それに加えて、やはり当時アメリカが戦時下でなかったとはいえ、本作は明らかにアメリカ国民へ「ヨーロッパを救え!」と強く訴えかけるメッセージ性を含んだ政治的作品ですので、さんざん破天荒だった主人公が最後の最後で人が変わったように真面目な戦時記者になってロンドン空襲の模様を実況し続けるという姿は、「自分らしい生き方よりも、お国のための滅私奉公!!」と説教されているような印象が残ります。かなりエンタメ映画らしくない違和感が観終わった後に襲ってくるヘンな作品なんですよね。そういう意味で、やっぱり本作は実質的に戦争映画なのかもしれない。
ただ、ここがさすがヒッチコックというところなのですが、「雇われ仕事だから今回は流していこう」で終わらず、「やるなら必ずハリウッドの次の仕事につながる爪痕を残す!!」という意気込みを込めて、いくつかのシーンでかなりインパクトの強い画を残しているのです。
雨のアムステルダムで突如発生する大物政治家の暗殺シーンからの路面電車アクション、巨大なオランダ風車の中にある歯車だらけの迷路のような敵アジト、高さ10m からの俳優飛び降りをワンカットで見せるトリック映像、そしてクライマックスの旅客機不時着からの荒波海難……
そういった派手な画づくりに関しては、本作のヒッチコックの腕はやはり最高を更新し続けており、多少の整合性の齟齬は無視してでもイメージの鮮烈さを優先させる映像モンタージュ、ローテクとハイテクを総動員させて観客をあっと言わせるワンカット撮影へのこだわりは、2020年代の今観ても充分に面白いセンスの輝きを見せてくれます。特にクライマックスの海難シーンは、スクリーンプロセスで背後に映した実景の海と手前のプールとで荒波の立て方とカメラの揺れ方を完全に一致させているので、本当に海の中で撮影しているような臨場感がハンパありません。ここらへんの、過去作品での実績を確実に超えていく当時のヒッチコックの成長指数はものすごいですね!
こういったわけなので、本作は確かに「必ず観るべき作品!」とまでもいかないのですが、ヒッチコックという稀代の天才の「現在映像化できることと、これから映像化したいこと」を確実にまとめた、名刺のようなプロモーションビデオのような作品になっていたのではないかと思います。単なる政治キャンペーン映画にとどまっておらず、ちゃんと当時のヒッチコックにとって有意義な仕事になっている、しているというのが素晴らしいですね。
意味のない仕事など、ない! 転んでもただでは起きないヒッチコックの野望と心意気を垣間見せる作品です。2時間はちと長く感じるかも知れませんが、おヒマならば、ぜひ~。
≪毎度おなじみ視聴メモでございやすっと!≫
・世界全体で見ると軍人、民間人あわせて8000万人もの命が犠牲となった人類史上最悪の災厄「第二次世界大戦」の真っ最中に公開された本作なのだが、やけに軽快で明るい音楽で始まるのが逆に薄気味悪い。NHK の『映像の世紀』オープニングみたいなド深刻な感じじゃないのね……当時の時点ではまだ戦時下ではないというアメリカの余裕と「対岸の火事」感がなんとなく伝わってくる。
・のっけから思いきり能天気なデザインの新聞社ビルのミニチュアのズームアップで始まるのが、いかにもヒッチコックらしい。『レベッカ』での重厚なミニチュアの使い方とは、えらい違いである。
・本作の時間設定は映画公開の丸1年前の1939年8月ということで、あえて第二次世界大戦の開戦直前というギリギリのタイミングになっている。アメリカから見た世界大戦前夜という疑似ドキュメンタリー的な体裁である。
・アメリカの新聞社の剛腕ワンマン社長パワーズは、偏見忖度なしの体当たり取材でヨーロッパ情勢を伝えてくれる海外特派員を探し、最近おまわりさんをぶん殴ってクビになりかけているというモーレツはみだし記者ジョーンズに白羽の矢を立てる。パワーズ社長はジョーンズに、オランダの宰相ヴァン・メア卿のインタビューを指令するが、ジョーンズは「それよりヒトラーに直接聞いたら一発でしょ?」と放言してパワーズを絶句させてしまう。とんでもねぇ野郎だぜ……赤塚不二夫のマンガに出てくるような猪突猛進キャラである。
・パワーズはジョーンズに、ヴァン・メア卿につながる重要人物として、アメリカで戦争反対の平和団体を主宰しているスティーヴン=フィッシャー氏を紹介する。ここでフィッシャーを演じるのが、かつてヒッチコック監督のイギリス時代の監督第12作『殺人!』(1930年)で名探偵ジョン卿を演じたイギリス俳優のハーバート=マーシャルである。なんと10年ぶりの出演なのに、外見が全く変わっていないのがすごい。知的でノーブルな身のこなしは健在ですね。
・独身で身も軽いジョーンズは、パワーズから直々に「ハントリー=ハヴァーストック」という海外特派員としての偽名ももらい、フィッシャーと共に海路イギリスの帝都ロンドンに赴くこととなる。
・ロンドンに到着したジョーンズは、ロンドン赴任歴25年のベテラン記者ステビンズと接触する。ステビンズを演じるロバート=ベンチリーはアメリカでかなり有名なユーモア作家で、副業としてコメディアンや俳優も演じていたという才人タレント。自分のセリフは全部自製ということもあって、演技の質が周囲と明らかに異なっていて身軽だし、セリフもいちいちジョークが入っていて面白い。ちなみに、その「ベンチリー」という名前からピンときた方も多いかと思うが、このロバート=ベンチリーは、あの『ジョーズ』の原作小説の作者であるピーター=ベンチリー(1940~2006年)のおじいちゃんであり、ロバートの息子でピーターの親父であるナサニエルも小説家であるという筋金入りの作家家系の長である。ピーターはこの映画公開の3ヶ月前に生まれているので、ロバートはこんなやる気のなさそうな顔をしておいて、撮影中に初孫に恵まれたようである。おめでとうございます!!
・ジョーンズがヴァン・メア卿と初接触するシーンで毎度おなじみのヒッチコック監督のカメオ出演がでてくるのだが、今作では顔が真正面からがっつり映っており、おまけに2カットたっぷりおがめるので、ヒッチコックの生涯を扱うドキュメンタリー番組でもしょっちゅう紹介される非常に有名な出演シーンだと思われる。はっきり見えるどころか主人公のジョーンズより手前にいるくらいなので、主演のジョエル=マクリーもいい気分ではなかったのでは……
・ジョーンズは一般市民のふりをしてヴァン・メア卿に突撃取材を試みるが、ジョーンズの手の内を完全に見透かしているヴァン・メア卿はあいまいな返答に終始して見解をはぐらかす。ヴァン・メア卿を演じたドイツ人俳優バッサーマンは当時英語がからっきしダメだったそうなのだが、音で覚えて無理やり発音したというたどたどしさが、逆に非英語圏の老政治家としてリアルでいい感じである。バッサーマンも実際にナチス・ドイツのために亡命を余儀なくされた俳優さんなので本作には格別の想いもあったのではないだろうか。大戦勃発を止められそうにない老体の悲哀が全身からにじみ出ている名演である。
・ロンドンで開催されたフィッシャー会長主宰の平和団体の資金集めパーティに出席するジョーンズだったが、そこでフィッシャーの愛娘である本作のヒロインことキャロルと出逢う。本作で全体的に言えることなのだが、「山高帽をしょっちゅう忘れるジョーンズ」だとか「ラトビア語しか話せない外国人と話す羽目になる」だとか「キャロルをフィッシャーの娘だと気づかずに口説こうとするジョーンズ」だとかいうコミカルな設定はふんだんにあるのだが、それらがあまり本筋に絡んでこないのでどうにもかったるく感じられてしまう。2時間ということでやや長い作品だし、世界大戦を扱う重めな展開もあるのでおもしろシーンを足したかったのだろうが、あんまり功を奏してないような気がするんだよなぁ。
・キャロルに一目ぼれしたジョーンズが持ち前の猪突猛進っぷりで彼女に口説きメモを14枚も送るくだりはいいのだが、その内容に2020年代から見ると完全にセクハラでアウトになるメッセージもあるので、なんだかジョーンズに対する好感度が全くあがらない。ジョーンズを論破するつもりでとうとうと語っているキャロルの舌鋒も全く効かないというジョーンズのにやけ顔も、ふつうに気持ち悪く見えてしまうのがイタい……
・お話はロンドンから一転してオランダの首都、雨のアムステルダムへと移る。ここで非常にインパクトの強いヴァン・メア卿(?)暗殺劇が展開されるのだが、暗殺者が発砲したその瞬間から、まさに水を得た魚のようにカット割りとスピード感がぐっと上がって面白くなるのが、さすがはヒッチコックといったところ。発砲した次の瞬間に顔面血まみれで苦悶の表情を浮かべるバッサーマンの顔が映るモンタージュ的なカット技法は、よくよく考えれば物理的にあり得ない流れなのだが、論理よりも印象重視で画づくりをしていくヒッチコックの職人哲学が象徴されているシーンである。はじまったはじまった~!!
・アムステルダムでの大捕り物ということで、ジョーンズが非常にごみごみした路面電車のすき間をぬって暗殺犯を追跡するくだりもとってもスリリングで素晴らしい。時間は長くないが、ヒッチコックのアクション撮影センスの高さもうかがえるくだりである。
・映画ならではのご都合主義で、ジョーンズが暗殺犯を追うためにヒッチハイクした車が偶然にキャロルと海外特派員フォリオットが乗る車だったということで、3人は暗殺犯の逃走車を追うこととなるが、暗殺犯の車はいかにもオランダらしく巨大な風車が立ち並ぶ小麦畑の中で忽然と姿を消してしまう。ここは世界的な名所を作中に多く取り入れるヒッチコックらしいロケーションでけっこうなのだが、わりとすぐに暗殺犯消失のトリックがばれてしまうのがもったいない。でも、どう考えても隠れる場所はそこしかないよね……こんな手に瞬時にだまされるオランダの警察がダメすぎ……そりゃ世界大戦もおっぱじまるわ。
・暗殺犯たちのアジトで「本物のヴァン・メア卿」に出会い、アムステルダムで殺されたヴァン・メア卿が実は本物と瓜二つの偽物で、暗殺自体が本物の誘拐をカモフラージュするための狂言であったことを知るジョーンズ。でも、偽物が射殺されたこと自体は本当に発生した殺人事件になるので、誘拐を隠すためにわざわざそっくりさんを仕立てあげて殺すというやり方は、あまりにも全方位でリスクが高すぎてやる意味が全然ない計画のような気がする……いやほんと、なんでそんな回りくどいことすんの!?
・巨大な歯車がかみ合い回転し、複雑な梁や柱が入り組んだ中に細く急傾斜な階段や小部屋が配置されている風車の内部セットは非常に魅力的なのだが、ジョーンズのコートの裾が歯車に巻き取られる以外にこれといって印象的なシーンにつながっていないのが、かなりもったいない。江戸川乱歩とか宮崎駿ごのみのいいロケーションなのに!
・アムステルダム署の刑事を名乗る男たちがホテルのジョーンズを尋ねるが、ジョーンズは彼らが自分の命を狙っている殺し屋だと察知し、部屋の窓から壁づたいに別の部屋に逃げる。スリリングな展開だが、逃げ込んだ先がたまたまキャロルの部屋で、ジョーンズがバスローブ姿だったがためにそこにいた中年婦人に2人が関係を勘違いされてしまうというコミカルな脱線が、ちょっと興をそいでしまう。どんなシーンでもユーモアを忘れないエンタメ精神はいいのだが……単純にまだるっこしい。
・ジョーンズがニセ刑事たちに命を狙われるホテルはアムステルダムであるはずなのだが、その前のロンドンのパーティのシーンで会ったラトビア人の紳士や中年婦人がキャロルの部屋にいるので、この場所がオランダなのかイギリスなのかがわかりにくく混乱してしまう。些細なところではあるのだが、ちと不親切。
・ジョーンズは得意の口八丁手八丁で純真無垢なキャロルをいとも簡単に手玉に取り、おまけにホテルのフロントやルームサービスを総動員させて自分の部屋に電話で呼び出す奇策で、部屋にいる殺し屋たちをかく乱させる。ジョーンズの調子の良さが発揮されるいいシーンだが、バカ正直にシャワーを浴びてると思い込み、いつまでもジョーンズを待っている殺し屋たちがかわいそうに見えてくる。昔話『三枚のお札』のやまんばかお前らは!
・確かにジョーンズはキャロルに初対面から一目ぼれだったので結婚まで視野に入れて猛アタックするのはわからん話でもないのだが、キャロルもまたそれを受け入れて一も二もなく「私も結婚したい♡」と応えてしまうのが、あまりにもご都合主義的すぎて愕然としてしまう。キャロル、自分なさすぎ! ロンドンのパーティでのジョーンズの印象、最悪だったんじゃないの!? ちょっと、話がうまくいきすぎである。
・当時の撮影技術的にやむを得ないことなのかも知れないが、車を撮影する時に窓ガラスに撮影カメラやスタッフが反射して思いきり映り込んでいるのが、なんちゅうか……非常に味わい深い。そこは見ないフリしてネという暗黙の了解が、その頃は観客との間にあったのかな。
・だいたい映画の中盤くらいのタイミングで、暗殺犯チームの中にいたハイネックシャツの男クルーグを介して「本作のラスボス」が誰なのかが見えてきてしまうのが、ちょっと早すぎるような気がする。う~ん、まぁ、キャスティング的にこの人以外にラスボス役を張れる人もいなさそうなので予想はついてしまうのだが、これももったいないよなぁ。
・手回しのいいクルーグは、ロンドンに戻ってきたジョーンズを始末するために殺し屋ローリーを呼び出して護衛と称してジョーンズに同行させる。しかし、ロンドンの名所であるウェストミンスター大聖堂の聖エドワード塔(高さ90m)の最上部展望台からジョーンズを突き落そうとしたローリーだったが、あえなく返り討ちに遭い(よけただけ)自分が転落してしまうのだった。ダメだこりゃ……
・この殺し屋ローリー、温厚そうな小柄のおじさんという外見は殺し屋らしくなくて非常によろしいのだが、肝心の殺しのテクニックが「観光客が途切れたタイミングを見はからって相手を突き落とす」という、一体どこにプロの腕が必要とされるのかさっぱりわからないしろうと感丸出しなものなので、なんでクルーグがわざわざ召喚したのか大いに疑問符が残る。やつは「ロンドン殺し屋人材センター」の中でも最弱……ま、引退してたみたいだし、なまってたのかな。
・「実は最初からフィッシャーが怪しいとにらんでた」という非常に都合の良い素性を明らかにしたフォリオット記者の推測によれば、フィッシャー達がヴァン・メア卿を拉致したのは重要な国際条約の極秘内容を聞き出すためだという。それなら確かにヴァン・メア卿を生きた状態で連れ去る意味も分かるのだが、それでも「偽物を仕立てて暗殺されたように見せかける」工作をする理由にはならない。単にヴァン・メア卿が自分の意思でオランダから国外亡命したように見せかけるだけでいいのでは? でも、まぁそれじゃあ盛り上がらないもんね。ヒッチコックらしい~!
・フォリオットは、フィッシャーに揺さぶりをかけるために娘キャロルを誘拐したと見せかける作戦を思いつき、ちょうどキャロルの心を射止めているジョーンズに「数時間でいいからキャロルを連絡のつかない所に連れてってくれ」と頼む。しかし、キャロルを騙すことに異常な嫌悪感をいだくジョーンズは、フォリオットの策に加担することを頑固にこばむ。こやつ、この世界危急存亡の時にいきなり生真面目な硬派紳士ぶりやがって! どっか映画でも観に行ってデートしてこいって言ってんだっつーの!! フォリオットの恋のキューピッドとしての心の叫びが聞こえてくるようである。融通の利かねーヤツ!!
・ジョーンズの拒絶にもフォリオットは動じず、裏からキャロルを「このままジョーンズがロンドンにいれば第2第3の殺し屋に狙われる」とたきつけ、逆にキャロルからジョーンズを連れてどこかに雲隠れするように根回しをするのであった。フォリオット、なかなかやりますねぇ! キャロルが誘拐されたというていでいながら、実は誰よりも(勘違いした)キャロルが主体的に姿を消しているという逆転現象も、いかにもヒッチコック映画らしくて面白い。
・首尾よくキャロルと共にロンドンから離れ、ケンブリッジのホテルに部屋をとったジョーンズだったが、「キャロルを騙している」という罪悪感から彼が部屋を別々にとったことを知ったキャロルは、自分を愛していないとさらに勘違いをして憤慨し、一人でロンドンのフィッシャー邸に帰ってきてしまう。フォリオットふんだりけったり! けっこういいとこまでいってたのにぃ。
・キャロルの狂言誘拐の件はうまくいかなかったが、記者らしい根気強さでフィッシャーが動くのを待っていたフォリオットは、ついに車で移動したフィッシャーの尻尾を掴んでヴァン・メア卿の監禁されているアジトの特定に成功する。フォリオットの主人公そっちのけの地道な活躍が非常に頼もしい。でも、ヒッチコックごのみの画にはならないんだよなぁ。ここが堅実な脇役のつらいところである。
・別にお金をかけなきゃいけないカットでもないのに、フィッシャーがアジトの階段を上ってヴァン・メア卿のいる部屋に行く流れを、階段とドアを作った吹き抜けセットとクレーンカメラでワンカット撮影にしているミョ~な大盤振る舞いになっているのが印象的である。この数秒のためにわざわざセットを組むとは……さすが、ヒッチコック史上最高額(当時)の予算作品! お金のかけ方にためらいがない。
・国際条約の極秘情報を白状させるために拷問を受けるヴァン・メア卿だったが、老体であることもあって強い照明とやかましい音楽に長時間さらさせるというソフトなものがメインであり、肉体的な拷問は画面の外で行うという処理が行われている。でも、拷問を受けて意識がもうろうとしているヴァン・メア卿を演じるバッサーマンの演技が非常にうまいのでかなり見ていられない陰惨なシーンになっている。やっぱり映画でグロを直接描く必要なんて全然ないんだな。要は観客の想像力をかきたてる腕次第ってことよぉ!
・ヴァン・メア卿の自白に耐えられなくなったフォリオットは敢然とクルーグ一味に立ち向かい、窓ガラスを割って4階の高さ(約10m)から地上に飛び降りる大立ち回りを演じる。ここでもヒッチコックの映像演出の冴えはピカイチで、落下するのは人形で、1階のレストランテラスのサンシェードに落ちた瞬間にフォリオット役のジョージ=サンダースに入れ替わり、生身のジョージが破れたサンシェードから出てきて地上に着地するという映像トリックが一瞬のワンカットに投入されている。現代から見るとバレバレなマジックではあるのだが、スクリーンで一瞬だけしか見えない映画館の観客はそうとう驚いたのではないだろうか。ほんとに役者が落ちるジャッキー=チェン方式もいいけど、こっちもこっちで味があっていいね!
・かくて1939年9月3日、イギリスとフランスがナチス・ドイツに宣戦布告し第二次世界大戦は開戦してしまう。しかしその直前になんとか空路アメリカへ発つことに成功していたフィッシャーだったが、同じ飛行機に乗ったジョーンズとフォリオットの手配でいずれアメリカで逮捕されることを知り、ついに観念して娘キャロルにヴァン・メア卿拉致監禁の真相を告白する。だが、曲がりなりにも悪の組織のトップであるはずなのに、わりと簡単に今までしてきたことを間違いだったと断罪して反省してしまうのが、ちょっと自分がなさ過ぎる気がする。いや、もっと自分のやってきた悪行に自信を持ってだね……
・本作のクライマックスは、ジョーンズやキャロル、フィッシャーにフォリオットが乗り合わせた旅客機がナチス・ドイツの駆逐艦に海から砲撃されるという、戦争映画でもけっこう珍しいシチュエーションだと思うのだが、ロンドンからアメリカに向かっている飛行機を砲撃するナチスの軍艦がいる海域って、具体的にどこ……? いくらなんでも、そんなサスペンス映画にもってこいな危険地帯、開戦直後にあったんかね。
・今回は飛んでる飛行機の中だから関係ないかと思ってたら、さすがは海と波が大好きなヒッチコック監督、無理やり飛行機を大西洋に不時着させて、セットにじゃぶじゃぶ水を流し込む海難アクションを最後に思いッきりブチ込んでくれる。ここらへんの「なんとしても出演者たちを溺れさせてやる」という執念の演出は、殺意さえ感じさせるくらいである。そして、機内を一瞬で埋める荒波、あっという間に迫ってくる天井の恐怖といったら、もう……『タイタニック』の数百倍は怖い大迫力の海水描写である。
・本作のエピローグは、空襲下のロンドンに駐留し続けてキャロルと共に本国アメリカに必死に大戦への参戦を訴えかけるジョーンズの姿と、高らかに流れる『星条旗よ永遠なれ』で締めくくりとなるのだが、キャロルとその父フィッシャーの真摯な生き方を見て心を入れ替えたとはいえ、序盤であんなに破天荒だったジョーンズが、ちょっと機械的なくらいに働きまくる模範的戦時記者になっているのは違和感がある。当時アメリカはまだ参戦していないのでプロパガンダではないのだが、やはりどこか国家のために自分を捨てることを推奨しているようで、何かしらの不安を感じてしまう終幕なのであった。う~ん。
・ちなみに、ナチス・ドイツによる史実のロンドン空襲は1940年9月7日から始まっているので、本作での描写はそれを想定した架空の展開であるということになる。でも公開の翌月に現実のものになってるんだから、そうとうに確率の高い未来予想だったんだろうな。なんというギリギリ感!
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