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「乙女のゐる基地」と二人の特攻隊員

2012-05-13 | 陸軍

       

昭和20年4月26日。
陸軍航空本部の監修によってこの映画「乙女のゐる基地」が公開されました。
先日訪れた知覧の特攻基地から初めて沖縄に向けて特攻隊が飛び立ったのはその一か月前、
3月26日のことです。

この映画の撮影は千葉県の下志津教導飛行師団、銚子飛行場で行われました。
若い女性が、まるで自分の子供のようにいつくしみながら手に掛けて整備した飛行機。
彼女らに感謝しつつ特攻隊員が出撃していくラストシーン。

戦士たちの尊い犠牲と、それを支える乙女たちをこの上なく美しく謳いあげて、
国民の共感を呼び、また覚悟を訴える「国策映画」そのものです。


実際に陸軍基地で撮影されているので、使われている飛行機は当然ながら実機。
実際の離着陸も、勿論のこと陸軍の搭乗員が行っているのです。

この頃の日本の経済状態はジリ貧ですから、それを反映してセットは一切無し。
外で集音マイクは使わなかったのか、セリフは全て屋外のシーンでもなぜかエコー入り。
しかも、出演者の滑舌の悪さと音響のお粗末さ、さらに当時の日本語の言いまわしで、
何を言っているのかさっぱりわからない個所多数。



訳があって、台湾で発売されているDVDを購入したので、字幕は中国語です。
分からないところはこれを見て推測していたという・・・。
因みにこれは笠智衆の演じる隊長ですね。

そして主人公の乙女たちなのですが、主演の「秀ちゃん」が、こういう人。



この娘が、近所の婚約者(佐野修二!)との結婚と仕事の両立に悩んだりします。
いやまあ、主役が必ずしも美人でなくてもいいんですが、そして、この子はこの子なりに、
可愛いとは思いますが、若いし、朗らかそうだし、なんと言っても清楚だし。



昨今のテレビや映画の女子軍団ものは、フライトアテンダントも医者も新幹線の係員も、
「こんな不自然に美人ばっかり集まってるわけないだろっっ!」と突っ込んでしまうわけですが、
(昔やってた弁護士事務所ものは酷かったなあ)
集団に一人美人がいるくらいの方が、リアリティがあっていいですよね。
ということだと理解。
この娘は準主役の美人さん。



ところでこのイケメン中尉ですが、これ誰だと思います?

答えは安部徹。
後年ヤクザ映画のコワモテだった俳優さんですが、なんとこの頃は二枚目俳優でした。
トラ!トラ!トラ!では草鹿龍之介長官役をしていましたね。


映画は、整備隊として健気に頑張る少女たちと、それを見守る基地の隊長や整備隊の
雇員(東野英治郎)、そして搭乗員とのふれあいを描きます。

隊長が「あんな仕事をさせていたらだんだん女らしさが無くなるんじゃないか」と心配したり、
「中尉殿、お靴に泥が・・・」と士官のブーツを手で拭ったり、
秀ちゃんの婚約者の父が、
「あの娘は気が強いのが難だが、まあそれくらいの方が使いでがある」と言ってみたり、
婚約者が自分の穴のあいた靴下(しかも匂いつき)を秀ちゃんに平然と繕うために渡したり、
上野千鶴子が見たら憤死しそうな表現多数。

この短い映画から当時の女性が社会的にどういう存在であったかが覗い知れます。

しかし、考えても見てください。
この頃の男性は、銃後の女性のために、死んでいったのです。
この苛烈な現実の前には、甘っちょろい男女同権だの女も男の地位をだの、
そういった「平和時の論理」など、はっきり言ってちゃんちゃらおかしく思えてきます。

そこでふと考えたのですが、
「反戦」と「男女同権」というのは根を同じくするムーブメントではありますまいか。
いや、わたしは基本反戦論者であり、男女は同権であるべきだとも思っていますがね。

ただし、この世界には、反戦を訴えていようがいまいがどうしても戦わなくてはならない時があり、
男女はそれぞれの特性に応じた権利をのみ有するべきで、何が何でも同権である必要はない、
という条件付きですが。


さて、先日訪れた知覧の「富屋食堂」の鳥浜トメさん、通称「特攻の母」の娘さんが、
戦後「ホタル帰る」という手記を書いています。
それによると、彼女、礼子さんがなでしこ隊の一員として三角兵舎で働いていた4月、桜の頃、
熊本出身の二人の少尉が、この映画の主題歌を礼子さんに教えると言って聴かず、
礼子さんは何度も一緒に歌って覚えさせられたというのです。

この映画のラストシーン、特攻隊員が整備隊の彼女らに挨拶し、飛び立っていくシーンから、
この歌は始まります。



原曲は別の調ですが、譜面を見やすくするために二短調で採譜しました。

よく有る感じの戦時歌謡調で、決してこれ自体有名な曲でもありません。
悪くはないが、どこかで聴いた感じ、一口で言ってそんなメロディなのですが、この曲を
二人の少尉は、一生懸命礼子さんに教え込み、そして口癖のようにこう言っていたそうです。

「鳥浜さん、僕らが死んだら、この曲を歌って僕らを思い出してくれよ」


この二人はまた、
「実は俺たち、この映画に出演しているから、是非観てくれよ」
とも言っていたというのです。
戦後、何十年もたったある日、礼子さんはこれを見ました。
しかし、礼子さんには二人を見つけることは出来なかったといいます。

映画には何シーンか、本物の搭乗員が遠景に映るシーンや、後ろ向きのシーンがあり、
もしそこに二人が映っていたとしても、ただでさえ不鮮明な当時の映画ですから、
認識することができなかったのでしょう。



特攻隊員が最後に飛行機に向かう後ろ、操縦席から降りてくるところ。
こういうところにもしかしたら彼らはいたのかもしれません。

 

 

 

もしかしたら、乙女らが整備をする向こう側を「轟沈轟沈」という唄を歌いながら行進している
搭乗員たち、ここにいたのでしょうか。
この映画にはこの二人だけでなく、陸軍航空隊でその後知覧から特攻出撃した隊員が
部隊ぐるみで出演したのだそうです。



乙女たちとバレーボールに興じる隊員たち。
「出演した」というからには、こういうシーンに映された可能性もあります。
しかし、現在の鮮明なDVDでも判然としないのですから、礼子さんが見たビデオテープでは、
おそらくどこにいたとしても、見分けることなど不可能だったと思われます。

彼らは、映画のカメラを向けられ、そしてその映画が特攻隊の出撃で終わることに、
並々ならぬ思い入れを持ってこの曲を歌っていたのでしょう。

まだ公開していない映画の主題歌を知っていたということは、もしかしたら、彼らは、
映画のスタッフが撮影に来ている間に、それを彼らか、
或いは整備隊役の女優たちの誰かから教わったのでしょうか。



最後の出撃する6人の特攻隊員は勿論全員役者であると思われます。
(特攻隊の役として本物の搭乗員を使うとは考えられませんから)
それにしても、このときかれらが飛行機に向かって歩いていく様子は、
演技とはとても思えないばかりか、威容すら湛えており、圧巻です。

 

愛機を整備してくれた娘に向かって最後に微笑みかける隊員。
この瞬間、二人は「愛し合っている」とも言うべき共感で結ばれている、そう思わせるシーンです。


「映画を観てほしい」
「この歌を歌って自分を思い出してほしい」

それはとりもなおさず、自分が何のために、誰のために死んでいくのか、
それを分かってほしい、そしてせめて忘れないでほしい、ということでもありましょう。

映画に出演することになったとき、二人の特攻隊員は、
自分の生のよすががこの映画に刻まれたと思い、或いは歓喜したのかもしれません。
そして、後世の人々が在りし日の自分の姿を目にすることを、
せめてもの慰めにしながら出撃していったのかもしれません。


この映画のラストシーンで、清純な乙女たちと最後の微笑みを交わす特攻隊員は、
そのまま彼らの姿でもあるのです。

たとえ彼らの姿がはっきりと映し出されていなくとも、二人の特攻隊員、
柴田秋蔵少尉と松田豊少尉がこの映画のどこかに、この光と空気の中にいたことを、
この曲のもの哀しい旋律と共に、心にとどめておきたいと思います。



乙女のゐる基地

御国を想う真心は いかで男子におとるべき
基地に咲く花 紅き花 叫べこの夢 吾が翼 
我は乙女の整備隊

ますらおなれや 生還を期せぬ門出の高笑い
神をおろがむ国のため 駆けれ吾が夢 吾が翼
我は乙女の整備隊











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