アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

古神道の七チャクラ

2022-12-28 18:29:19 | 古神道の手振りneo
◎十曜の神紋

以前に古神道の十種神宝はチャクラのことだろうと書いたことがあったが、出口王仁三郎も七チャクラを意識していると思われる。

これは大本教の十曜の神紋の説明ではあるが、七曜を通常用いるムラダーラ・チャクラ以上の七チャクラに当て、上位の三曜(第一球から第三球)は、個別ボディ=個人のチャクラに対応させず、宇宙全体のシンボルに当てる。

すなわち第一球は、卵色で、三元のうち『霊』であり、天之御中主大神であり、渾沌卵だと言っているので、宇宙卵イメージまでもある。宇宙卵といえばインドだが。
第二球は、白色で、三元のうち『力』であり、高皇産霊大神、神皇産霊大神。
第三球は、黒色で、三元のうち『体』であり、国常立尊、伊弉那岐大神、伊弉那美大神。

更にこの白黒・陰陽二元が感合して万物・諸現象を発生させるとする。

そして第四球から第十球までの七球が人間の七チャクラに配当され、最上位の第四球が天照大御神であるのは、頭頂サハスラーラ・チャクラのことになる。
最下位の第十球は、会陰のムラダーラ・チャクラ。

よって七曜が七チャクラのことであるようなので、七つのチャクラ説は、神智学の専売特許などではなく、人類共通の原則であることが仄見える。

霊界物語13巻から。
『(一)神旗の由来

 大本十曜神旗の義は、専ら日本の国体を晋く世に知らしめ、日本魂の根本を培養せむがために、開祖開教の趣旨に則りて考案せしものにして、上古天照大御神が天の岩戸に隠れ給へる際、天之宇受売命が歌ひ給へる天の数歌に則りしものなり。則ち一より十に至る十球より組織して十曜の神旗と称するなり。
●第一球は正上に位し宇宙の大本たる渾沌雞子の色となし、
●第二球は白色とし、
●第三球は黒色を以て、宇宙の実相たる真如を開発して、陰陽二元となれるに形造りしものなり。しかして、二元感合して、森羅万象を生ずるの理由より、四より十までを七元色に分別して日月火水木金土の七曜に配し、なほ全球を神統に配し奉りて、我国体の真相を知らしめむとするものなり。
仮りに十球の配別を色別、数別、神統別にて記せば、

 色別 数別 神統別
 卵  霊  一 天之御中主大神
 白  力  二 高皇産霊大神、神皇産霊大神
 黒  体  三 国常立尊、伊弉那岐大神、伊弉那美大神
 赤  世  四 天照大御神
 橙  出  五 素盞嗚尊
 黄  萌  六 吾勝尊
 緑  生成 七 二二岐尊
 青  弥  八 神武天皇
 藍  凝  九 今上天皇
 紫  足  十 大本皇大御神』
(霊界物語第13巻から引用)
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澄みきる

2022-12-28 18:26:44 | 古神道の手振りneo
◎言霊の根源

「澄みきる」とは、神言あるいは言霊奏上の響きの、冴え渡る様を表現したり、七十五声の言霊の窮極を指し示す言葉として出たり、月の光の底知れない深みを語る言葉として登場してくる。

例としては以下。

(七十五声の説明を一つ一つ述べた後に、)
広々と果しも知らぬ天界に
  澄みきりすみきる心楽しも
(霊界物語73巻 天祥地瑞子 言幸比女の神)

草も木も若返りたる心地かな
  空に澄みきる月の下びに
(霊界物語77巻 天祥地瑞辰 泉の森出発)

老いぬれど澄みきる月を眺むれば
  また若がへりたる心地こそすれ。
(霊界物語62巻 山河草木丑 神瑞)

◎(ス)の言霊に澄みきりし真鶴山の頂上に
 顕津男の神はじめとし百神等は立たせつつ 云々
(霊界物語74巻 天祥地瑞丑 森の遠望)


主の神は高鉾の神、神鉾の神に言依さし給ひて高天原を造らせ給ひ、南に廻りて中央に集る言霊を生み、北に廻りては外を統べる言霊を生み、次ぎ次ぎに東北より廻り給ひて声音の精を発揮し万有の極元となり、一切の生らざる処なき力を生み給ふ。この言霊は自由自在に至大天球の内外悉くを守り涵し給ひ、宇宙の水火と現れ柱となり、八方に伸び極まり滞りなし。八紘を統べ六合を開き本末を貫き無限に澄みきり澄み徹り、吹く水火吸ふ水火の活用によりて八極を統べ給ふ。
(霊界物語73巻 天祥地瑞子 天之高火男)神)

(大意:
 高鉾の神、神鉾の神に高天原を造らせた主の神は、南に廻って中央に集る言霊を生み、北に廻って外を統ベる言霊を生み、東北より廻って声音の精を発揮し、万有の極元となり、一切の生らざる処ない力を生んだ。
この言霊は、あらゆる次元あらゆる宇宙を貫いて、無限に澄みきり、澄み渡り、世界をコントロールする)

世界は月として展開する有の世界アートマン。アートマンは月としてシンボライズされ、月は現象全体である。月は水火という2元のアーキテクチャーであり、それは七十五声の言霊に展開するのだが、
七十五の言霊の根源が、スであり、スミキルということである。

よって世直し、世界のバイブレーションの調整場面では、澄みきるということが言われるのである。


※七十五声:

『ア オ ウ エ イ
 カ コ ク ケ キ
 サ ソ ス セ シ
 タ ト ツ テ チ
 ナ ノ ヌ ネ ニ
 ハ ホ フ ヘ ヒ
 マ モ ム メ ミ
 ヤ ヨ ユ エ イ
 ラ ロ ル レ リ
 ワ ヲ ウ ヱ ヰ
 ガ ゴ グ ゲ ギ
 ザ ゾ ズ ゼ ジ
 ダ ド ヅ デ ヂ
 バ ボ ブ ベ ビ
 パ ポ プ ペ ピ』


『アカサタナハマヤラワガザダバパ
 イキシチニヒミイリヰギジヂビピ
 ウクスツヌフムユルウグズヅブプ
 エケセテネヘメエレヱゲゼデベペ
 オコソトノホモヨロヲゴゾドボポ』
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ノアの言霊

2022-12-28 16:26:54 | 古神道の手振りneo
◎ノアとナオとの方舟

出口王仁三郎のノアの言霊の説明。
「す」は宇宙の原点であり、それを中心に「の」「あ」「な」「お」の言霊は四隅に配置されている。
のあの言霊は修祓であり、なおの言霊はこれを穏やかに清め治める働き。

かつて神話では、これでもって泥水を地上に溢れさせ、その水は渦巻めぐり天を汚すようなことになった。このいろは歌では、それは神話時代のことであり、今度二度目がある。

そんな泥海な人々は、この言霊を省みるだけの精妙な感受性を持ち、本当の自分を覚ることで、他の世人をも神の大道(おおじ)に導くことができるというもの。

流麗な五七調の文である。

『のあの言霊なと反り、なおの言霊のと反る、のあとなおとの方舟の、真中に住みきるすの御霊、すめら御国のすがた也。

のの言霊を調ぶれば、地に泥水充ち溢れ、渦巻廻る御霊(みたま)なり。
あの言霊を調ぶれば、天津御空に昇り行き、成り合まさぬ御霊なり。
のあの御霊は泥水の、世界を浸し山を越え、賤しき身魂の雲の辺に、上りて天を汚すなり。

さは去り乍(なが)ら世の人よ、昔の事と思ふなよ、のあの御霊の災は、今眼の当り現れにけり。

なの言霊を調ぶれば、火水(かみ)の結びの御魂にて、天津御空に二柱、鎮まり坐す姿也。おの言霊を調ぶれば、汚れし地を清めつゝ、六合(くに)を治むる御霊なり。
地より生れし埴安の、神の御霊も「お」声なり。

五大州の中心に、皇(すめ)ら御国の天皇(すめらぎ)の四方の国々統べ給ふ。

此の言霊を省みて、皇ら御国の天職(かんわざ)を、覚りてなおの方舟の、さとしの舟に乗り移り、瑞の御魂に神習ひ、泥に漂ふ世の人を、なお霊(ひ)に見なおし詔(の)りなおす神の大道(おおじ)に導きて、世人(よひと)救ひてヒマラヤの、山より高く名を上げて、二度目の神代の種と成り、万代までも世の人の、救ひの神と鳴り渡る、言霊の道(みち)尊とけれ。

※のあとなおとのはこ舟

―――――――
|ナタサカア|
|ニチシキイ|
|ヌツスクウ|
|ネテセケエ|
|ノトソコオ|
―――――――

』(大正6年12月雑誌神霊界より)
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アオウエイの五声

2022-12-28 16:23:30 | 古神道の手振りneo
◎言霊の真言の道を知らずして 此神国の治まるべきやは

まずは、空海の声字実相義。五大とは、地水火風空のこと。

五大にみな響あり (五大皆有響)
十界に言語を具す (十界具言語)
六塵ことごとく文字なり (六塵悉文字)
法身はこれ実相なり (法身是実相)

出口王仁三郎の玉鏡から
『「道」は充ち満つるの意である。この宇宙には言霊が充ち満ちてゐる。即ち一つの機械でも動かせば非常なる音響を発するごとくに、此の宇宙も大旋廻してゐるから、非常な大音響を何時も発してゐる。即ちアオウエイの五大父音が鳴り鳴りて鳴り止まずに居るのである。
 音響もまた言葉の一種である。意識的に発するのが言葉であり、無意識に発するのが音響である。兎に角、言葉は「道」であり「神」である。』

五大に響きがあって、五大父音だから、五大にはそれぞれ音響がある。しかし玉鏡にはこんな言霊の情けない実情も書かれている。
『宇宙にはアオウエイの五大父音が間断なくなり響いて居るが、人々が発する正しからざる言霊によつては之が濁るのであるから、常に天津祝詞を奏上して音律の調節を行ふのである。』

正しからざる人が唱える天津祝詞は、いくら奏上しても正しからざる言霊のままだろう。翻って、正しい人の上げる天津祝詞の言霊だけが正しいのだろう。よってまず正しからざる人が正しくならねば始まらないのである・・と読んだがどうだろうか。

ある信者が出口王仁三郎に「アオウエイの五大父音の発生の中府は綾部ですか」と質問したところ、「どこでもや。王仁がおるところが中府や。今はここ(亀岡大本農園)が中府や。」と答えた。(新月の光(下巻)/木庭次守編P263に出ている)中府の位置がわかるような人でないと、正しい言霊はないのだと思う。


霊界物語第75巻第二章 言霊の光で、言霊の由来と展開が語られているが、言霊研究が栄えるのはこの時代ではないだろう。

『言霊の生ける活用白雲の
  空に迷へる学者あはれ
 もろもろの学びあれども言霊の
  真言の学び悟れるはなし
 世の中に学びは数多ありながら
  学王学の言霊知らずも
 言霊の学びは総ての基なり
  其他の学びは末なりにけり
 根本を悟らず末の学びのみ
  栄ゆる此世は禍なるかな
 世の中の一切万事は言霊の
  光によりて解決するなり
 言霊の真言の道を知らずして
  此神国の治まるべきやは』
(霊界物語第75巻第二章言霊の光から)
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言霊の基本

2022-12-28 16:20:42 | 古神道の手振りneo
◎息から声へそしてシンボル

出口王仁三郎の言霊の説明では、

1.天地創造の時に一つの凝りがあった。
2.その凝りが火水の二つに別れて、火が父で水が母。
3.父の火霊と母の水霊が合体して、また一つの凝りを発生させる。

4.その凝りの重く濁ったのは形体となって、軽く澄んだのは息となって、その息が母体を出て高く現れたのを声という。
5.その声の75連であるものが言霊である。
6.その言葉には恩寵(幸と助け)があって、火水もあって、この結合により詞となる。

7.詞には、声だけがあって、形象がないので、眼に見えない。
  そこでその声を眼に見えるようにするものはカタカナである。

8.そのカタカナでもって、50音の10行と、濁音、半濁音の25連の5行を表現することで、火水の言々を与(く)み(結合の意)開き、体用、軽重、清濁などの法則をもって、詞の根本を明かにする。
9.そして天地の水火と人間の水火と同一であることを知って、国家を治める大本は自分の呼吸の息にあることを知る。
つまり、博く天地の真理を知り、神の御経綸を究めようとしたいならば、まずは自分の水火を知ることが始め。
古事記神代の巻とは、火水与(かみよ)の巻。

10.天地の水火を結合させて万物を生じ、人間の水火を結合させて、ものを言うことを知らなければならない。
11.天地の間に肉眼をもって見ることのできない火水がある。これを火水(かみ)という。
12.神と唱えるのは体であって、水火と唱えるのは用である。
13.故に陰陽(いき)と陰陽とを結合させて万物を産むのである。

14.人の胎内に火水あり、これを霊水火(たましひ)といい、また息ともいう。
霊水火(たましひ)と唱えるのは体であって、息と唱えるのは用である。だから息と息とを合わせて物を言い、気と気を合わせて人を生む。
(以上参考:雑誌神霊界/出口王仁三郎)

いまさらながら、声の限りに浦和レッズや日本代表を応援しても、浦和レッズや日本代表が毎度勝利を収めるわけではない。その応援の声は、即効性の高い言霊ではない。だから言霊とは、アオウエイのヴォイス・トレーニングではなく、また発声練習とは基本的に無縁のものなのだと思う。極めて精妙なる、万物をクリエイトしたり、トランスフォームしたりするレベルのもの。

声と詞とは、音とシンボル。万物は、名前という音とシンボルによって構成されていることを知れば、自分の呼吸(息)の一部が声であるから、自分の呼吸を治めれば、世界を治めることができるとは、ヴィパッサナーに似ている。ただし出口王仁三郎は、ヴィパッサナーの呼吸を見つめるという手法は採らなかったようだ。

そして息の母体を離れ高く昇ったものが言霊という音。これが基本ポイント。息の一部が言霊なのである。音だけで足りそうなところをカタカナというシンボルを造ったところに更に秘密がありそうである。
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人間の最終ステップ

2022-12-28 16:17:34 | 【アートマン】【ザ・ジャンプ・アウト-10】neo

◎九分九厘まで

昭和の大クンダリーニ・ヨーギ、出口王仁三郎の一言。
『九分九厘までは神様がつれて行かれるが、岸は人間が登らねばならない』
(新月の光(上巻)/木庭次守編/八幡書店P219から引用)

出口王仁三郎は36回の転生を繰り返したと語る。この地球での転生パックツアーでは、36回コースを選んで出発したわけだ。そのフィナーレか、それに近い1回が前回の人生。

出口王仁三郎は九分九厘の仕組みとよく言う。九分九厘までは、組織宗教の枠内で信仰を深めることで、九分九厘までは到達できる。最後の1厘は自分で登れと信者を叱咤する。

ところがクンダリーニの覚醒プロセスをみると、個人である自分が、最後の自分であるコーザル体が最後の1厘を登り切るメカニズムにはなっていない。コーザル体は、どういうタイミングかは知らないが個ではないアートマンに変わり、アートマンが昇るのである。

個が全体に成るとは、自分のすべてを捨てる、自分と自分の周辺の宇宙すべてが死ぬということ。世界は自分のためにあるのではなく、自分が世界のためにあるというシチュエイションにトランスフォームすること。

世上の組織宗教の枠内では、修行の過程では高級神霊のサポートがあると盛んに宣伝するが、この一言は、サポートがない局面が最終ステージにおいて到来することを予告しているもの。

最後の1厘は、個人に起こるのか、世界全体に起こるのか?

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伊勢神宮の朽ちかけた時代

2022-12-28 15:37:50 | 古神道の手振りneo
◎宗派なき古神道

今をときめく伊勢神宮も、かつては20年おきの遷宮もままならず、屋根の雨漏りの修繕もできず、ご神体も雨露に濡れそぼつほどの、伊勢神宮存亡の危機の時代が百二十余年ばかりあった。

これは、室町後期における遷宮制度の中断で、外宮は、永亨六年(1434年)から永禄六年(1563年)、内宮は寛正三年(1462年)から天正十三年(1585年)の中断である。

遷宮の資金は、11世紀の白河天皇の御代から大神宮役工夫米と呼ばれる諸国向けの税金でまかなっていたが、建武の中興以後の動乱と人心荒廃により資金が集まらず、遷宮ができない状態に追い込まれていった。

正殿の床は悉く落ち、壁板も落ちたりひっかかったりしている程度。出座の御装束もズタボロ。御船代も腐ってご神体も雨露に浸るほど。

こういう地に落ちた伊勢神宮を拾い上げ上昇気流にのせるのは、きっと超能力でもばんばん使える風狂の道人くらいのものではないかと、安手のドラマを見すぎた頭には思い浮かぶ。ところがどっこい、これを救ったのは二人のオバさんなのだった。オバさんパワー恐るべし。

当時の内宮、外宮の役人は、遷宮は朝廷の事業だから尼さん如きが手を出すべきではないとつっぱっていたが、臨済宗神護山慶光院の清順尼は、朝廷と将軍の了解を得て諸侯に資金協力を求めた。時しも戦国であったが、これにより資金が集まり、外宮の遷宮が130年ぶりに挙行された。

120年も過ぎてしまえば宮大工さん金具屋さんの言い伝えも残ってはいないので、古い図面を見ながら、とりあえずの遷宮を行った由。

続いて清順尼の後継者の周養尼は、信長、秀吉から資金を集め、124年ぶりに内宮の遷宮を執り行った。
(参考:神宮式年遷宮の歴史と祭儀/中西正幸/大明堂)

これは伊勢神宮の死と再生。中断期間の1488年には山田の合戦で外宮正殿に放火する事件まであった。死せる伊勢神宮に手をさしのべる優しさは女性ならではのもの。一方で伊勢神宮の本質を理解していないと、再興のために綸旨を取り付けるまでの行動力は出て来るものではあるまい。

伊勢神宮参拝で、今はなにげなく渡る宇治橋も、もとは尼さんの勧進によるもの。伊勢神宮で執り行われる儀式にあっては、これより先は僧尼は入っていけないとか、尼さんは神職より下の扱いだが、それにもめげず、尼さんが神宮復興を目指したのは、彼女たちが宗派の枠を超えたパワーを承知していたということになるだろうか。宗派なき古神道ですね。
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人を偏見なく見る

2022-12-28 15:31:30 | 冥想アヴァンギャルドneo
◎精神の高みを見る

学歴もなく教養もなく金もないが、悟っている人はいるものだ。例えば浄土真宗に妙好人として南無阿弥陀仏の連唱だけで覚醒した市井のそうした人がいることは知られている。

いまでもそのようにお題目教団や念仏教団のまじめな平信者のおばさんの中にそうした人はいるし、カルト教団の平信者の中にすらもそういう人がいないとも限らない。

神仏は、そうした覚者を教団の底辺とか辺縁部に配置することがあり、教団そのものの伝法、真理の伝承は時にそういう形で護持されていくことがある。

伊勢神宮が応仁の乱後にほとんど断絶寸前になった時に寄進の音頭をとったのは、有名神道家でなく、なんと仏教徒のおばさんだったことは有名だ。

スワミ・ラーマの支援者の一人アン夫人は、親族で知的障害をもつキティおばさんの世話を長年にわたってやってきた。アンにとっては、キティおばさんは、厄介者であり、キティおばさん自身にとっても知的障害を持って生きることは不幸なことだと感じているに相違ないと思い込んでいたのだが、意外なことにスワミ・ラーマは、チビで知的障害のあるキティおばさんは既に相当な覚者であることを示唆した。(キティおばさんは、スワミ・ラーマに5柱のサポート神霊のあることを見抜いた)

丹波哲郎の霊界探訪の「霊界旅行」では、光の存在に導かれて、バスが崖から転落した事故で死んだ25名のあの世での一人一人の消息を追う。その中で知恵遅れの若い女性が強姦されたことでシングル・マザーとなるのだが、同時に不慮の死を遂げた25人の中では、彼女が最高の境涯にあった。

このように知的障害とか知恵遅れと精神の高さは連動しない。また精神障害ですらも精神の高みと連動しないのだろう(ヘルダーリンみたいに神を見ても統合失調というのはある)。

もっともここは知的障害、精神障害の社会性のなさを否定するものではなく、求道者としては、彼らの精神の高みを偏見なく見るべきだということである。
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白隠と本山

2022-12-28 15:25:46 | 丹田禅(冥想法8)neo
◎紫衣と黒坊主

竹田黙雷の続黙雷禅話(1907竹田黙雷=国会図書館デジタルアーカイブで読めます)の『十七 白隠の述懐』に白隠と本山について書いた部分がある。

白隠は原の松蔭寺にいたが、松蔭寺は、興津清美寺の末寺であって、妙心寺の孫寺にあたる。

当時の清美寺の住職は仕方のない凡僧であったから(ママ)、始終本山風を吹かせていじめたらしい。白隠の述懐に、「小糠三合でもあったら、孫末の黒坊主になるものではないと、冗談半分で言われた」そうなので、孫末寺の黒坊主であった白隠は、カチンと来てたらしい。

黒坊主とは、紫衣の対極にある僧の地位のシンボルで、高位の僧に対する低位の僧の蔑称みたいなところか。

黒坊主派の代表格は一休であって、紫衣を着ることはほとんどなかったようだが、例外的に応仁の乱で廃墟となった大徳寺再興のために大徳寺の住職になったことがある程度。

大徳である白隠も本山にはこれだけやられるのだから、宗教組織の中では悟境とかは問題にされないのですね。

世俗の秩序とは恐ろしいもので、OSHOバグワンは、インドのカーストの最下層ハリジャン不可触選民の起源は、13世紀の仏教滅亡時に逃げ遅れた仏教徒だということを言っていたようだ(出典は不明)から、胸を張って仏教徒として生きれる日本はありがたい。

ただ日本の被差別の起源を調べていくと、千年とか1500年のタームではなく、もっと数千年の歴史をみないと真相はわからないのではないかという印象を持っている。

インドのそれについても単純に仏教徒だけのことではないように思う。
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天鈿女命(あめのうずめのみこと)の意義

2022-12-28 15:15:24 | 古神道の手振りneo
◎頭頂の封印

古事記の天の岩戸開きの段。
『そして、天手力男神が、天の岩屋の入口のわきに隠れて、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が、天の香山のヒカゲノカズラをたすきにかけ、同じくツルマサキを頭にかぶり、同じく笹の葉を手に持って、天照大御神のお隠れになった天の岩屋の前に桶を伏せ、その桶の上で、桶を踏みつけて踊り狂い、神がかりのようになって、乳房をかき出し、裳の紐を垂れて、女陰を出した。

そこで、高天の原はどっと揺らぎ、すべての神さまは、アハハハ・・・・と笑った。

そこで、天照大御神は、不思議にお思いになって、天の岩屋の戸を少しお開きになって、内側から、「わたしが隠れましたので、高天の原は自然に暗くなり、葦原中国もみんなまっ暗になったと思っていますのに、天宇受売は楽しんで踊り、多くの神さまは大声をあげて笑っているのか」とおっしゃった。

そこで、天宇受売は、「あなた以上の尊い神がいらっしゃいますので、われわれはみな喜んで踊り、笑っているのです」と申し上げた。

天宇受売がそういっている間に、天児屋命と布刀玉命はあの鏡をさし出し、天照大御神にお見せしたところ、天照大御神の姿がその鏡に映った。

天照大御神はいよいよ不思議に思われて、ちょっと出て、のぞかれたところ、岩戸のそばに隠れて立っていた天手力男命が天照大御神の手をとって引き出し、すぐに布刀玉命が注連縄を天照大御神の後ろに引き渡し、そして、「これから内へは、もう帰ることはできません」と申し上げた。』
(古事記/梅原猛/学研M文庫P27-28から引用)

平安の初期9世紀に伊勢神宮の祭祀が中臣氏に独占されつつあったことを憂えた斎部広成が著した古語拾遺では、天鈿女命の役割を「神の怒り」を解くと読んでいる。

天鈿女命の神の怒りの解き方は、ステージに登ってパンクな扮装をしてストリップすることではない。人々の叫び、つまりあらゆる社会的・政治的・経済的くびき・緊張・ストレスを一時的に解放してみせるというものである。

祭り・無礼講の本来の意義はこの一時的リラックス、弛緩にある。冥想の最初はリラックスから始まる。ノッテくるとトランス(神がかり)にもなる。

その神を求めるバイブレーションに感応し、神の側が少し岩戸を開けてみせる。このように神の側がシンクロすることも併せて卒啄同機。最初に神の側から少し開ける・・・これが救世主の再臨ではないか。再臨したけれど、彼は、世の中の注目を一身に集めるスーパースターの救世主としてはやってこない。目だたぬ友人の一人としてつつましく来るのである。これが神の側から「少し開ける」ということではないのだろうか。

頭頂の封印を切ってくれるガイドは神の側に属す。
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時代を穿つ力

2022-12-28 15:12:01 | 究極というものの可能性neo
◎世界の復元

最後の時代の大破壊は、時代を穿つ力がもたらすという。

卒啄同機という言葉で表されるように、人間もこの世界も個の世界なる現世と真実不壊の世界なるあの世・彼岸の両方からその間にある壁を穿たれて、その壁に穴が開くときが来る。

それが個人のベースで言えば、大悟覚醒であり、時代あるいは世界というベースで言えば、千年王国の到来であり、神政成就、みろくの世の実現である。

それを願望の実現というプロセスで見れば、あまりにも均衡点からずれ、傾いてしまった時代、世界、個人を正しいバランスに復元しようとする自律運動が具現するということ。

そのような自律運動は、過去の歴史では、神人の到来出現という形で見られた。釈迦の出現、老子・荘子の出現、イエス・キリストの出現などなど。そして今の時代では、もはやそういうパターンは効かず、無名の民草が次々と悟っていく時代。

しかり悟りは、ある日、素晴らしい教えなるものに触れたり、ステキな人に出会うことで起きるわけではないようだ。目の前に甘泉があってもそれを飲むかどうかは自分の気持ち如何による。

準備ができている人だけがそれを引寄せることができるのではないか。
では、どう準備するのか。

それは毎日の冥想修行による。悟りにも奇跡はないようだから。悟りは何もしない人間に、ある日突然舞い込みはしないようだから。
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天の岩戸開きの密意-2

2022-12-28 06:27:43 | 無限の見方・無限の可能性
◎天の岩戸を開いて弥勒の世へ

玉祖命(たまのおやのみこと)に『珠(五百津之御須麻流之珠:いほつのみすまるのたま)を作らしめ』、 『天の香山の真男鹿の肩を打抜きに抜きて』の鹿角を焼いて今後の対応を占うことになった。天の香山というのは鼻をシンボライズした山。
 占いの結果、岩屋戸を開くについてはフェスティバルを行って天神地祇を祭らなくてはいけないという神意になった。

『真賢木を根抜に掘て、上枝に八咫の勾珠の、五百津の御統麻琉の玉を取り著け、中枝には、八咫鏡を取りかけ、下枝に、白丹寸手、青丹寸手を取り垂でて』
真賢木に玉を取りつけ、鏡を掛け、幣を下げ、布刀玉命がこれを捧げ、天児屋命(あめのこやのみこと)が、天照大御神が岩戸からお出ましになるように祝詞を奏上した。

『天の宇受売命、天の香山の天の蘿(ひかげ)を、手次に繋(つ)けて、天の真析(まさき)を鬘(かずら)として、天の香山の小竹葉を手草に結ひて、天の岩屋戸に空槽伏せて』
いろいろの葉を頭につけたり、葛を襷にかけたりして、岩屋戸の前へ行って、桶に乗って、起きたり逆様になったり、足拍子を取って、どんどんどんどんやった。
『踏み動響し、神懸して、胸乳を掻き出で、裳紐を陰上に押し垂れき』
岩屋戸を開く為に、宇受売の命が起きたり、逆様になったり、一生懸命に神懸りをやった。宇受売命、すなわち男勝りの女が、国難に際して、トランスに入り、飛んだり跳ねたり、見せてはいけないところを見せたり、今日明日のことで沈鬱な国民の心をオープン・マインドさせ、『かれ高天原、動りて八百万の神、共に咲(わら)ひき』と、一度にどっと笑った。

これは、伊勢神宮が室町後期に廃絶しかけていたのを、勧進の音頭をとったのが神道家でなく、仏教の尼さんだったことを思わせる。本当の危難においては男まさりの女性の本気の活躍がターニング・ポイントとなる。

『ここに、天照大御神、怪しと思ほして、天の岩屋戸を細目に開きて、内より告り給へるは』
日本も世界も真っ暗闇になって、神々は途方に暮れているだろうと、天照大御神が思っていたら、豈はからんや岩屋戸の外で、太鼓を打つ、鐘を叩く、笛を吹く、どんどん足拍子がする、宇受売の命が嬉しそうに噪(さわ)ぐ、八百万の神たちが一緒になってどっと笑い楽(えら)ぶ。余りに不思議に思われて岩戸を細く開き、中から仰せになった。
『吾が隠れますに因りて、天の原自ら闇(くら)く、葦原の中津国も皆闇けむと思ふを、何て天宇受売は楽(あそ)びし、亦八百万の神、諸々笑ふぞ』
何故そんなにおかしいか。
すると天宇受売命が、
『汝が命に益りて貴き神坐すが故に、歓咲ぎ楽ぶと申しき』
およそその国に大国難が起こったときは皆なの顔色は土色に変るものである。ところが神を知るという体験とは言えない体験を経れば、大国難もやれ来たそれ来たと、勇んで談笑遊楽のようなオープン・マインドの間に処理する事ができる。平常心是道。

天照大御神は、「何故、皆さんは笑うのか」とお尋ねになった。そこで、天宇受売命は、「あなたより優った偉い神様がおいでになったから喜び勇んで居ります」と答へられた。

そこで、布刀玉命と天児屋命が鏡を差し出した。鏡と言えばまず姿見を思うが、そうではなく、ここは八百万の神たちの誠の言霊を見せたという意味もある。

八咫の鏡は太古には七十五声の言霊。八百万の誠の神たちが各々に七十五声をそろえたことにより、再び天上天下が明るくなった。つまり献饌し祝詞を上げて鎮魂帰神の霊法に則って、全員の声を一つの大きな言霊と為して天照大御神を、見事その言霊に招き寄せたのだ。

つまり、外で大宴会、レーブなどを催して近所迷惑なその騒音の不快さでもって、岩戸をちょっと開けさせたということではなく、鎮魂帰神という冥想により既に岩戸の外は、天照大御神が隠れる以前より明るく正しくなっていたのだ。
それはなぜかと言えば、八百万の神々が大悟覚醒したからである。

『愈奇しと思ほして』(いよいよ不思議だとお思いになり)
そつと細目に戸をお開けになった。天照大御神がその鏡を見たところ、天照大御神よりも立派な神様の姿が映っている???。するとそれがパツと鏡に映つたので、天の手力男神がその手を取って引き出された。

これは、卒啄同機。神の側からも人の側からも相互にプッシュして神に至る。八百万の神とは人々のことで、人々の側も既に大神と同等以上のレベルに達していた。この部分の経緯はとてもあっさり描いていて人類的な苦難など何もないようだが、これぞ覚者の世界観ではある。何も問題のない自分を知っているということ。日々是好日。

さて世界中が照り明るくなったので、今後闇の発生する可能性のある場所は、岩屋の中ばかりとなった。そこで岩屋の岩戸を閉めて悪と邪を封じ込めるのではなく、天照大御神が二度と岩屋に入らないように注連繩(七五三=しめなわ)を張る。つまり影を作らないというやり方で悪を封じ込めるというのは留意すべきだろう。
言霊は、すべて七五三の波を打っていくもの。かくして注連繩を引き渡して、一度岩戸が開いた以上は、再び中に還らないようにと布刀玉命が申し上げた。

人は悟る際に、2、3柱の高級神霊サポートがあるというが、ここでは布刀玉命と天児屋命と、特に天の手力男神。引っ張ってくれる神様がいらっしゃるのだ。
それにもまして、冥想修行中の目鼻もつかない時期に、伴走、応援してくれる天宇受売命の役割は大きい。

それは個人の覚醒の説明だが、世界全体として見れば、もともと天国だったのが、万人(八百万の神)の冥想修行の努力により、闇夜から日向に変わり、至福千年、弥勒の世に転換するということ。

個人から世界全体への逆転というポイントについては、八百万の神々の言霊が、ただ一つの八咫の鏡に転換したという部分だが、わかりにくい。多くのものをまとめるというように見れば、理解はしやすいが、逆転、倒立のニュアンスは出ない。神の側からみれば、最初から一つの世界全体は、神知った後も一つの世界全体で変わらないが、それは人の視点からの表現ではないと思う。

(参照:霊界物語第12巻第三〇章 天の岩戸/出口王仁三郎)

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