かつてのひまな野球人の記

野球が好きだった医者が書きたいことを書き散らすブログ。今は保健センター教員をしつつ神経内科医と研究者もやっています。

どうもしやしないさ

2006年04月20日 20時59分08秒 | 雑談
何のことかというと、つまり私は不器用なため変化球を投げることができない、とそういうわけである。おまけにノーコンだから、まったくストライクゾーンにかすらない。あるいは、投げる球がストレートなのではなくていわゆるクセ球ばかりなのかもしれない。
まあそんなわけで、手を出す人は誰もいない。ストライクを投げたつもりでも、ストライクではなかったり。逆ならいいのだが、残念ながらそんな都合のいいことはあるはずもない。
あまりにコントロールが悪いと、次第になんとかストライクを取ろうと腕の振りが鈍くなるのだが、それがかえってストライクにならないという悪循環。
世の中、敬遠という戦術もあることだし、ストライクを投げてさえいればいいというわけでもないが、打たせたい球は打たせなければこっちが苦しくなるだけで、状況は何も好転しない。
行き先は投げる球に聞いてくれ、というわけだ。真ん中に投げているつもりでも散布界がドーナツ形になっているようで、真ん中にはさっぱり決まらないらしい。球審は存在せず、ストライクかボールかを決めるのはバッターだから仕方ないといえば仕方ないのだが。真ん中に投げるのはやっぱり勇気がいるからだ。
ところで、今のところはそれほどど真ん中に投げようと言う気は起こらないので、ボールばっかりでもさほど問題ではない。

ドッキドキ!?

2006年04月19日 23時01分13秒 | 一般
何でgooにログイン障害が起こるんだ。せっかく更新しようと思ったのにできないではないか。とのっけから怒ってしまった。
それはさておき、今日は診断学実習の日で、最初にビデオを見てから、いわゆるチュートリ部屋に移って、血圧測定と頭頸部の触診の練習をした。頭頸部の触診なんてさっぱりわからず、ビデオを一回見たくらいでは何もわからなかった。それだけならまだしも、練習ということで結局班員で代わる代わるやるのだが、女子に触診するのはなかなか難しい。というよりも、こっちが緊張するのだった。つまり、私が女子を相手に練習をすることになり、それだけで頭は真っ白。次に何をするかなどすっかり吹き飛んでしまった。そういうところは22になっても全然変わらないらしい。まだまだ子供のままということなのだろうか。要は慣れていないだけなのだろうが。リンパ節がどこにあるかなどわかるはずもなかった。腫れていなかったのだから。鎖骨下窩にあるリンパ節の触診なんてもう大変。何をやっているんだか。
こういうところで上がらないようにするには、女子を相手に練習するのが一番なのだが、さて困った。周囲にそんなことがすぐにできる人はいないぞ。家族じゃダメだしな。そういうことに理解のある人がいたらいいのだが。普通はいない気がする。真に情けない話である。

終わってほっと一息

2006年04月18日 22時15分53秒 | 野球
今日は循環器内科の初日。来週の月曜にはもう試験というこのスピード感についていけるか心配である。毎週テストなんてどこかの学習塾に通っているような気分になる。1限だけでて、そのまま帰った。病理は今日も出席を取ったらしい。誰か固定の依頼先を見つけなければならないのだが、よく考えるとそういうことを頼めるのは野球部がらみの奴ばかりであり、クラスにそういうことを頼めそうな気のおけない友人はあまりいないことに気がついた。そもそも、何人友人がいるのかも怪しくなってきた。
今日の午後は暖かかった。そんな中で野球をやった。2時からという時間帯なのに、新入生が来てくれた。自分の新入生時代を考えると全くあり得ない話である。なかなかの強者達であった。今日は開始時に何と7人しかいなかった。しかも、内野手が2人に外野手が5人という全く狂ったバランス。おかしな話である。一応、予定通りに事は進み、なんとか今日も無事に練習を終わらせることができた。最近、練習を終えるごとにホッとしている自分がいることに気付いた。仕事をやり終えたときのようなものだろうか。
今日のコントロールはまあまあだったが、やはり崩れ始めると元に戻すのがなかなか大変である。ううむ。あとはクイックと牽制か。この前の練習試合で、牽制に引っかかってくれていたことがあったらしい。でも、その後が遅いから戻られてしまうということがあったということだ。最初からばれていたと思っていたのだが。

試験地獄の始まり~消化器内科本試験

2006年04月17日 21時29分41秒 | 試験
いよいよ40弱ある今年度の試験の第1弾が今日あった。科目は消化器内科。最初の講義が行われた科目である。勉強していて思ったのだが、臨床の言葉になれていないせいか、思うように頭に入ってこない気がする。年を取ってバカになったというのもあるのかもしれないが。むしろ解剖学や生理学などの基礎の勉強の方が面白い気がした。今年はほぼずっと臨床の科目だからそのうち臨床の言葉にも慣れてくるのだろうとは思うが。ただ覚えるのではなくて、基礎の勉強を元にしてあとは理屈でいければきっと頭に入りやすくなるのだろう。
試験は5択問題が20題。ただし、正しいか誤っている選択肢の組を選ぶ形式である。始めの方はすいすいとできていいかなと思っていたが、だんだん紛らわしい選択肢が増えてきて、どれが正しいのか迷う問題がいくつかあった。勉強が不十分で細かいところまで覚えていないからこうなるのだ。「生兵法は怪我のもと」という言葉もある。臨床講堂の自分の席は通路側であるため、退出がしやすいのはありがたい。本館大講堂でも、1号館3階講堂でも机の真ん中に席があるので、退出がやりづらかったからである。
その後は11時から外科の講義が3コマ。もちろん出席をしっかりと取っていた。そして、問題の医学英語。今日はあまり過激に反応しないようにした。もちろんやられたらやり返すつもりでいたが。今日は電子メールの書き方について学んだ。身に付いたかどうかは定かではない。

雨上がりの試合

2006年04月16日 21時08分01秒 | 野球
今日は駒場に筑波を迎えての練習試合。当初は筑波の方で球場をとってくれるという話だったのだが、大会などがあるということで球場がとれず、会場をこっちでも探すことになった。最終的に駒場に落ち着くことができて、こちらとしてはよかったように思う。新入生も大勢来てくれた。そういう中で、勝ちたかったのだが2点差で負けてしまった。残念だ。
初回に先発投手の乱調でフォアボールが続いた後で打たれてしまい、いきなり4点を取られてしまった。別にそれはいいのだが、そのあとこちらのチャンス時にあと1本が出なかった。私の出番は7回からで、4回から入念に準備して肩を作り、投げ込んでおいた。練習でフリー打撃の際に投げるときとはここが違う。試合の時はしっかりと準備ができるため、思うように投げられるという結論に達した。とはいっても、練習の場合は時間に制限があるためなかなかしっかりと作る時間はとれない。やっぱりブルペンでしっかり投げられるのはいいものだ。ただし、リズムを崩してコントロールが乱れ、自分でピンチを作り出したという一面もある。満塁になって、開き直ったというのではなく、ランナーを何ら気にすることなく投げることができるようになったというのは自分でも意外だった。
こうやって投げられるとやっぱり楽しいものだ。打つ方はからっきしで、空振り三振をしてしまった。チェンジアップだったのかな。いいコースに来ると思ってバットを出したら、ボールははるか下。びっくりした。
明日は試験である。また勉強に戻るとしよう。

代わりはいくらでもいるんだよ

2006年04月15日 18時32分29秒 | 雑談
そういう話。
時に無力感にさいなまれている今日この頃。あるいは、いくつも重なった歯車、という形容もある。歯車を替えれば後は何事もなかったように動くだけ。壊れていなくても、歯車の動きがおかしかったら、新しいものと取り替えた方が良く動くかもしれない。
つまりは笑い話。「ああ、そんなのもいたね」と。「あれはだめだね。あれを替えたらもっとよくなるのに」と。周りは馬鹿ではない。そんな周囲に比して、真ん中はどうなっているでしょう。何か特別なことでも?いやいや何もない。何にも・・・ない。
花はいずれ散る。今あるものもいつかはなくなる。いつかはわからないが、終わりがある。それが怖いというのではない。考えても、現実味がないから。唐突に終わりが来れば、呆然としたりはするのだろうが、考える暇もなく受け入れるしかないだろう。受け入れる間もなければ・・・そのままだ。
そういう話でした。

えらい先生

2006年04月14日 21時25分29秒 | 一般
今日も朝から外科だったが、朝のうちに教養学部の学生課に電話をかけて、構内に車を乗り入れる許可をもらおうと思ったら、あっさりと断られてしまった。何とかかけあってみたが、やっぱりだめだった。1限目は欠席でもいいやと思っていたら、2限目と同じ人が受け持っていたらしく、まとめて2限に出席を取っていたので、助かった。3限と4限も同じで、やっぱり4限にまとめて出席を取っていた。なので、今日は全部出席したことになった。
5限は予備ということで何もなく、そのまま帰りたかったが3時からPaul Berg博士の特別講義があった。しかも、基礎統合講義の続きということで、出席を取るのかと思いきや、全くそんなことはなかった。これならさっさと帰っておけばよかったかとも思ったが、こういうえらい先生の話を聞くのも悪くはないと思い、まあいいことにした。試験はもうすぐそこだ。勉強しないと。

ナイター練習

2006年04月13日 23時26分37秒 | 野球
今日はナイターのあるグラウンドでの練習だった。そのため、新入生が来るかと期待したが、よくよく考えてみれば今が第1週で、それゆえ新入生は色々な講義に顔を出すはずで、来られるはずがなかった。もっとも、自分が1年生の頃は平日に練習などとても考えられなかったが。そのせいで常に黄色いシャツを着ているというあらぬ疑いをかけられたのであった。
で、本題に入ろう。今日はいつもと違う自分を見せようとはりきってマウンドに立ったのだが、なんというか、大乱調だった。指先が濡れるのでそれを拭こうと思っても、身につけている布はことごとく湿り気を帯びており、拭けば拭くほど濡れるという始末。おまけに中指にまた血豆ができたようである。爪を切っておけばよかったと後で悔やんでももう遅い。
もっともっと投げ込まないとダメらしい。今日は全然ダメだった。もう1つの練習の運営についてはおおよそ思った通りに進んでよかったと思っている。すんでの所で自分でぶちこわしにするところだったが。
ところで、今日は非常に蒸しており、めちゃくちゃ汗をかいた。夏はもっと凄いのだろうが、春にしては珍しいことだった。ちょっとサウナに入ったみたいだった。
守備練習でノックを受けているときに、半分突き指したような感じになり、大して痛くなかったので放っておいたら、今曲げると少し痛いことに気がついた。まあ大丈夫だろう。

車お披露目

2006年04月12日 21時18分26秒 | 一般
十数人の同級生達に自分の車を見せることになってしまった。別に見せびらかしに行ったのではなく、駒場から本郷まで印刷物の運搬を頼まれたせいである。
ところが、である。そういうときに限ってこの前雨の中を走ってそのままにしたせいで、あちこちによごれていたりするのだった。ちなみに、例によって後の窓から見えるようにおいてあるぬいぐるみはそのままであり、外から見て何らかの感想をおそらく見た人は抱いたはずである。
駒場から本郷まではわりとスムーズに進むことができ、40分程度で無事に本郷まで印刷物と同級生3人(男のみ)を運ぶことができた。そのあと帰宅したが、家までも20分程度でつくことができた。スムーズに運転できると非常に気分は爽快になる。
それだけでも十分なくらいの一日だった。

午後の雨

2006年04月11日 22時55分08秒 | 野球
やっぱり今日も外科だったので、朝から学校に行った。場所はおなじみとなりつつある臨床講堂である。朝、空を見たらどんよりとした雲が一面を覆っていて、雨が降るのは時間の問題のように思われた。とりあえず、午前中は大丈夫だろうと決め込んで、自転車に乗って出撃。そのまま3コマの午前中の講義をこなし、その後帰宅した。その途中で銀行によっていくらかおろしてきた。ようやく財布が機能するようになった。所持金が100円に達しないようではさすがにまずかった。
臨床講堂から出たときには雨がぱらついていたが、帰った頃には雨はほぼやんでいた。とりあえず、2時に最終的な判断をつけることにしていたので、それまでは家にいて外の様子をチラチラうかがうという、何とも落ち着きのない過ごし方をしてしまった。1時半頃に雨が降りだした。そのまま2時まで待ったが、いっこうに降り止む気配はなかった。外にでて一度確認した後連絡を取って、練習中止を決定して、バッティングセンターに行くことにした。
実は、このとき学校では病理学の講義があり、しかも出席を取っていたらしい。そんなこととはつゆ知らず、プリントよろしくなどといっておいただけだったが、後から聞いたところによると、ちゃんと代筆しておいてくれたらしい。火曜と木曜の午後に出席を取るのはやめて欲しいものである。
バッティングセンターに行くのは久しぶりで、打つのはなかなか難しかった。何となくずれているといった感じだろうか。そういうわけで、上手く打てなかった。目下、私が一番重点を置いているのはピッチングなので、何とも言えないが・・・。
その後、来てくれた新入生とともに食事に行った。私は新入生がいないテーブルにいたので、話していた内容はもっぱらクラスの中の話で、いくつか興味深い話を聞くことができた。そういう話には昔から鈍い方で、だいたい私が最後に聞いて驚くというパターンが常であるが、今回もやはりそんなものであった。みんなどうやってそういう話をかぎつけているのかさっぱりわからない。
明日は創立記念日で休みである。この際、たまっている仕事を色々と済ませて勉強に打ち込みたいところである。