POWERFUL MOMが行く!
多忙な中でも,美味しい物を食べ歩き,料理を工夫し,旅行を楽しむ私の日常を綴ります。
 





 ベルギー(Koninkrijk België、Royaume de Belgique、Königreich Belgien)は、いま政治的混乱の中にいます。オランダ語系住民とフランス語系住民の対立がその根底にあります。いまから20年ほど前の1993年に連邦制に移行し、オランダ語が公用語の北部のフランデレン地域(Vlaams Gewest、Région flamande、Flämische Region)と、フランス語と一部ドイツ語が公用語の南部のワロン地域(Waals Gewest、Région Wallonne、Wallonische Region)に大きく分かれることになります。

 2011年2月17日、ブリュッセル(Brussels)、ゲント(Ghent)、ルーベン(Leuven)などで、ベルギーの政治的混乱の長期化に抗議するデモが行なわれました。学生ら約5,000人が参加したそうです。2010年6月13日に総選挙が行なわれたのですが、12党が議会に議員を送り込み、単独では政権を樹立できず、各党が連立協議を続けるも合意には至っていません。そのために、前政権が暫定政権として存続したままに、8か月以上が経ってしまいました。

 ベルギーではフライドポテトを「フリット(patates frites)」と呼び、パンの代わりにフリットが料理の付け合わせに用いられます。街角にフリットスタンドが立ち、ベルギー人にとっては主食のようになっているのだそうです。ブルージュの Vlamingstraat 33, Brugge には、2008年4月にオープンした 、世界初の「フライドポテト博物館(Frietmuseum – BruggeAbsolutely incredible! Up until now there was no Frietmuseum in the whole world, which means that the Frietmuseum in Bruges is the first and only museum dedicated to potato fries.)」があります。それほど、ベルギー人はフライドポテトが好きなのでしょう。

 2月17日のデモは、23年間続いた政権を崩壊させたチュニジアの民衆蜂起が「ジャスミン革命」(ジャスミンはチュニジアを代表する花)と命名されたのに想を得て、ネットの世界ではベルギー名物の「フリット」から「フリット革命」と命名されたそうです。これで各党が歩み寄り政治的合意に至れば、歴史にその名が刻まれることになるのでしょう。

 私たちはまもなくベルギー、フランス、ポルトガル、スペイン、イタリアとヨーロッパの旅に出かけます。最初に訪れるヨーロッパの都市は、ブリュッセルと「ブルージュ(Bruges、Brugge、ブルッヘ)」。しかし、ブルージュで目的とするのは、「チョコ・ストーリー‐チョコレート博物館(Choco Story, The Chocolate Museum)」で、「フライドポテト博物館」ではありません。我が家では、フライドポテトを口にするのは年間で10回もありません。フライドポテトは油で揚げることから、コレステロール値の高い妻が敬遠しているのです。ベルギーではポテトを2度揚げするようですから、ますます敬遠せざるを得ません。

 デモでは、「分裂反対」を訴える若者に温かいフリットが無料配布されたそうです。他国の政治を揶揄できるほど日本の政治が安定しているとは全く言えませんが、「フリット革命」とではなく、「チョコレート革命」と名付けてもらっていれば、チョコレートを無料配布する列に妻が並んだのではないかと思ったりもします(Together with delicious Belgian chocolate, the Belgian potato fry is certainly the product that is the most characteristic of Belgian culinary expertise.)。どこの国の政治家もその国の将来を見据えて行動するのではなく、分裂志向の政争に走るものなのですね。

 また、マクラが長くなりそうなので、チョコレート博物館の紹介に戻ることにします。

 チョコレート博物館の1階のB室では、チョコレート・カップとその受け皿を見ることができます。スペインでは、チョコレートを飲むときには、「ヒカラ(jicara、“j”はスペイン語では、/h/の音になる)」と呼ばれる分厚いカップを用いたのだそうです。スペインのチョコレートはどろりとしていて、スプーンで一口ずつ飲むのだそうです。その受け皿が特殊な形をしています。カップを受け皿の上に載せて持ち歩いていると何かの弾みでカップをずり落としてしまうことがあります。それを防ぐための工夫で、「マンセリーナ(mancerina)」という名前を持った受け皿があります。受け皿の中央にカップを納める立ち襟状の輪をつけてあるのです。カップは皿の中央に嵌め込まれて固定され、滑り落ちることはありません。喩えるならば、徳利袴が皿と一体になっている感じです。

 この受け皿を考案したのは、ペルーの総統を1639年から1648年まで勤めた「マンセラ侯爵(Marques de Mancera)」だと言われています。侯爵はパーティで1人の女性がチョコレートの入ったヒカラ(チョコレートカップ)を皿から滑り落として(その当時、カップに持ち手はなかった)、ドレスをチョコレートで汚してしまうのを目撃します。そこで、侯爵は銀細工師に、受け皿の中央にカップが納まるように、固定具をつけたものを作らせます。この受け皿は、マンセラ侯爵の名にちなんで、「マンセリーナ」と呼ばれることになります。1640年頃だったといいます。

 ヒカラとマンセリーナ

 2階のC室では、ココアの木やココア豆について学ぶことができ、3階のD室では、なぜベルギーのチョコレートはこんなにも美味しいのか、なぜチョコレートは身体にいいのか、ベルギーのチョコレートの製造業者の歴史などを学ぶことができるそうです。

 妻は夢を語ります。「日本にもっとチョコレート文化を広げるために、チョコレート博物館を開きたいわね。1階にはコーヒーや紅茶やココアを飲むことができる喫茶店があって、メニューはチョコレートと飲み物のセットね。ココアは、単品で提供し、製菓用のチョコレートから作るの。いろいろな味のココアがあって、ココアって呼ばないで、ショコラ・ショーって呼ぶのね。通りに面して、ボンボンショコラを作るのを実演するブースがあるの。もちろんショップもあって、出来立てのボンボンショコラも並んでいるけど、製菓用チョコレートなどチョコレート材料や道具も手に入るの。チョコレートに関する書籍も豊富に揃えてあるの。喫茶店にはモニターが何台か天井からぶら下がってて、チョコレートに関する情報が字幕入りの映像で常時流れているわけね。2階から博物館で、チョコレートに関する展示物があるのね。ヨーロッパでいまも使われているチョコレートポットなども展示してあり、買うこともできるのよ。喫茶店のメニューに「モリニーヨ」を自分で回して泡立てるのも加えてもいいわね。ヒカラとマンセリーナで出てくるショコラ・ショーもあっていいわね、、、」

 夢は叶わぬものと考えるより、叶うこともあると考えて生きていくことは楽しいものです。夢の実現に備えて、知識を豊富に蓄えるということは必要です。たとえその夢が叶わなかったとしても、夢を見ていた楽しい記憶は残ります。今回のヨーロッパ旅行は、チョコレートを巡る旅になりそうです。

             (この項 健人のパパ)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« ブルージュの... 福島第一原子... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。