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 2月10日、国立感染症研究所は、2012年第5週(1月30日~2月5日)に医療機関を受診した患者数が第4週(1月23日~29日)から約38万人増加し、約211万人(全国約5000の医療機関からの報告を基に推計)に上ったと発表しました(感染症発生動向調査週報(2012年第5号)の発行は2月17日)。「新型インフルエンザ(インフルエンザ(H1N1)2009、A/H1N1pdm09)」が流行した2009年には、第48週(2009年11月23日~11月29日)にピークを迎え、約189万人が罹患したと推計されていますから、このウイルスに対応したインフルエンザワクチンが行き渡っていなかった時期よりも患者数が多いといえます。

 国立感染症研究所は、今年(2012年)は例年より湿気の少ない日が多く、インフルエンザウイルスが喉の粘膜などに付着しやすい状況となっていることも流行の原因の一つと考えているようです。気象庁のホームページから、「気象統計情報 > 過去の気象データ検索」で東京都の湿度のデータを調べてみると、2012年第4週(1月23日~29日)で、77、51、53、40、42、36、29%と並びます。平均値をとると、約46.9%になります。これを2011年第4週(1月24日~1月30日)と比べてみます。65、34、37、28、30、40、34%と並び、平均値は約38.3%になります。

 twitterには、「本日、ドクターに会えたので聞きました。やはり 今年のインフルエンザワクチンは全部ハズレだそうです。」(1月27日)、「調剤師さんのお話によると今回のワクチンはハズレらしい。」(2月8日)、「今年のインフルエンザワクチンはハズレだなと、感じる。例年に比べ多くの医療従事者が罹患しているのをみてる。」(2月8日)などという呟きが見られます。この説の真偽のほどは、不明です。私にとっては伝聞に過ぎなく、医師や薬剤師から直接「ハズレ」と聞いたとしてもそう判断した根拠が正しいものかもわかりません。

 国立感染症研究所感染症情報センターの発行する「病原微生物検出情報月報(Infectious Agents Surveillance Report、IASR)」の2011年11月号にある「平成23年度(2011/12シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過」という項目に気になる記述があります。「孵化鶏卵での増殖性が良好なA/ビクトリア/210/2009から開発した高増殖株X-187」・・・「で製造したワクチンは流行株をあまり抑えない可能性が示唆された。」しかし、「総合的に判断して、2011/12シーズンのA(H3N2)亜型ワクチン株は、A/ビクトリア/210/2009高増殖株X-187を選択することとした。」という記述です。

 現在のインフルエンザワクチンは、ワクチン製造用のインフルエンザウイルスを「発育鶏卵(孵化鶏卵、有精卵が孵化するまでの発育過程の鶏卵)に接種して増殖させ、漿尿液から精製・濃縮したウイルスをエーテルなどの脂溶性溶剤を加えて、免疫防御に関与する部分を取り出し(「成分ワクチン、スプリットワクチン、HAワクチン」 )、更にホルマリンで不活化したものです(死滅させた病原体を含む「不活化ワクチン」で、弱毒化してあるが生存している病原体を含む「生ワクチン」とは異なる)。

(参考) 「人獣共通感染症と「豚インフルエンザ」、「鳥インフルエンザ」

 A(H3N2)亜型のワクチン製造には、A/ビクトリア/210/2009から開発したX-187という株とA/ブリスベン/11/2010から開発されたX-197という株が検討されたようです。

 A(H3N2)亜型ウイルスは、「A/パース/16クレード」と「A/ビクトリア/208クレード」の2つの「系統群(共通の祖先から分岐した群、分岐群、clade、クレード)」に大別されています。A/パース/16クレードは、「A/パース/16/2009株」と「A/ビクトリア/210/2009株」で代表され、A/ビクトリア/208クレードは、「A/ビクトリア/208/2009株」と「A/ブリスベン/11/2010株」で代表されます。

 2010/2011年シーズンで、A(H3N2)亜型ウイルスの分離報告は2,436株であり、分離株のおよそ86%は「A/パース/16/2009株」とその類似株の「A/ビクトリア/210/2009株」だったそうです。この結果からは、A(H3N2)亜型のワクチン製造には、「X-187」という株を用いればよいという結論が引き出されますが、この製造株に対するフェレット感染抗血清を用いてA/パース/16/2009類似の流行株との交叉反応性をHI試験で調べたところ、抗X-187血清は、最近の流行株との反応性がかなり低下することが確認されたのだそうです。

 インフルエンザウイルスは、鳥類や哺乳類の赤血球を凝集させます(赤血球凝集反応(Hemagglutination))。フェレットなどの動物にインフルエンザウイルスを接種すると、免疫反応により抗血清が得られますが、この抗血清は最初に接種したウイルスに対しては赤血球凝集反応を特異的に抑制します。この現象を利用した検査法が「赤血球凝集抑制試験(HI試験法、Hemagglutination Inhibition Test)」です。血液中に抗インフルエンザ抗体がどのくらいできているかを調べることができます。

(参考) 「新型インフルエンザウイルスの抗体保有率の報告を読む

 赤血球凝集能を持つインフルエンザウイルスのようなウイルスの抗体検査は、「HI試験」によって測定します。抗体が存在すれば、抗体はウイルスの赤血球凝集素を攻撃し、赤血球が凝集しないようにします(凝集抑制)。赤血球の凝集で抗体の保有を判断するわけです。抗X-187血清は、理論とは異なり、A/パース/16/2009類似の流行株の凝集抑制という働きを充分にしなかったのです。

 一方で、A/ブリスベン/11/2010から開発された「X-197」に対するフェレット感染抗血清は、その原株と同様に流行株(A/パース/16/2009類似株)をよく抑えたことから、ワクチン効果はX-187よりも高い可能性が示されたそうです。「A/ブリスベン/11/2010株」はA/ビクトリア/208クレードで、A/パース/16クレードとは別の系統群に属するのですが、A/ビクトリア/210/2009(A/パース/16/2009類似)に対しての「抗原性(抗体を作らせる性質)」に勝っていたのです。

 ちょっとまとめてみましょう。2011/12年シーズンに流行するインフルエンザウイルスは、A/パース/16クレードという系統群に属するA/ビクトリア/210/2009であろう。ならば、A/ビクトリア/210/2009から開発したX-187という株をワクチン製造株にするのがよいだろう。しかし、X-187で製造したインフルエンザワクチンは、なぜかHI試験の結果が悪く、インフルエンザの感染を防いだり、重症化を妨げる抗体を作り出す能力に疑問詞がつくことになった。ところが、X-197というワクチン製造株では、良好な結果が得られることがわかった。というところまできました。

 しかし、残念なことがわかります。X-197というワクチン製造株は、発育鶏卵の中で増えるという「増殖性」に劣り、ウイルスの収量が問題視されます。必要量のワクチンを期限内に製造できないことがわかったのです。鶏卵を増やすと、採算性は悪くなりますが、収量を確保はできます。ところが、無菌で生産される鶏卵はすぐには増産できないのです。インフルエンザワクチンは一種の季節商品であり、時期を逃しては意味がありません。また、かりに増産できたとしても、増殖性の悪い製造株でワクチンを製造すると、卵タンパクを限度以上に含むなどの「純度の低下」によって、「卵アレルギー」反応などの副反応のリスクが増加してしまいます。

(参考) 「「卵アレルギー」と「細胞培養法」の新型インフルエンザワクチン

 この月報は、次のように結びます。「総合的に判断して、2011/12シーズンのA(H3N2)亜型ワクチン株は、A/ビクトリア/210/2009高増殖株X-187を選択することとした。」 これを「ワクチンがまるでないよりはマシです。」と読むのは穿った見方でしょうか。ワクチンが「動物(フェレット)の血清を用いた交叉反応試験」で有効性が懸念され(「はずれである」)ても、人に対しては有効である(「はずれていない」)ことはありえることですが、毎年欠かさずインフルエンザワクチンの接種を受けている我が家でも、今年の冬はいつもの年とは異なり、風邪様の症状やインフルエンザ様の症状を私も妻も我が子も経験しています。

(注意) 正しい読み方でないのかも知れないので、深く知ろうとする人は、必ず「平成23年度(2011/12シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過」をお読み下さい。

                   (この項 健人のパパ)

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