青の記憶
2011-07-06 | 日記

私 「“青”と聞いたら、何をイメージする?」
母 「海!」
叔母「私は空かなぁ。」
さて私はというと、「地球」です。
私の好きな作家さんは、「永遠を感じるような青」という表現をよくされていました。
青という色は、冷静にさせてくれる色でもあるそうです。
冷静でないときちんとした答えはでてきませんよね。
生き物は、青い海から生まれてきました。
遠い遠い記憶を辿って自分の中に海を感じ、
どこの国とも繋がっている空を眺めながら深呼吸をし、
地球の未来を考える。
どうぞ青い地球が美しいまま永遠に続いていきますように―。
今、地球の未来を考えると同時に、「食」について今一度見つめ直す良い機会に恵まれたと思っています。
雑誌「クロワッサン 7/10」拝読していて、とても共感する文章に出合いました。
辰巳芳子さんが発した、真摯な言葉たち。
いくつかここに記しておきますね。
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「食」の真意は、ヒトが「人になること、なろうとすること」。その基底の力が食にあると考える。解説すると―。
いのちを必ず養うはずのものを食すと、人はいのちへの手応えを感じ、頼りうる自分のいのちを再確認するものだ。この手応えの集積が人をして「信じる」という、何事に対してもの応需性を養い育てるのではありますまいか。信じられるところに希望が育ち、ここにおのずから愛が溢れる。
「神経がまいってもおかしくない状況の中、冷静な判断力と体力は、まさに代々の食べ方で培われたもの。それは『持ち力』とか『持ち前』と言っていいものです。」
「あらためて申し上げます。食べ物は、生死を分けるのです。日々の暮らしの中でも、知らず知らずに生死を分けていることを、皆知らない、気づかない。意識しない。そのことが、食べることの恐ろしいところだと思います」
「食文化は、築き上げてきたものの具現化であります。怠慢に流されてはいけません。食材を選ぶ、どう調理するか、どう食べるか築いていってほしい。手がかかっても子どもたちに教えてほしい。積み重ねる。この時代だからこそ、せねばならぬことをする気概、覚悟がないと、この国はいいほうに向いていきません」
4月の新聞に、ある政治家が書いていた。原発を手放してしまえば、日本は4等国になる、と。人の暮らしよりも経済を優先させる政治家の姿があらわになった。経済人の発言も同様だ。
「ここに決定的に欠落しているものは、何だと思いますか?生命観がないのです。政治家も経済人も個人も、生命観が希薄なことが、日本の大欠点です。生命観とは人間観でもあります。もうひとつ欠点があります。この国は、持っているものと持っていないものとの仕分けができていない。持っているものの中には、食べ物の力があります。米、です。米は自給率が95%です。これは守らなければなりません」
「これからの時代、欲では動かない、寡欲の人でなければ信じられません。私が正義をいうと、皆さん、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をされますが、正義とは愛に裏打ちされた行動のこと。正義をまっとうし、愛を貫くには、情熱がなければならない。その情熱を支えるのが、生命力です。生命力は、食から生まれてくるのですよ」
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これらの言葉が心に響いたなら、ぜひ全文をお読みになってみてくださいね。
この特集の最後は、こんな言葉で締めくくられています。
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「子どもや孫、そのまた子の代まで、日本人として誇れる食材を手渡していく義務が私たちにはあるということを肝に銘じてください。農耕民族であると同時に海洋民族でもある私たちの土地と海を、嘆きの地、嘆きの海にしてはなりません」
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しっかりと受け止め、そのための行動をし続けて行こうと思います。