海辺のねこ

どんな日もかけがえのない一日。

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元気に「ただいま」と

2019-06-28 | 今日のつぶやき

「通学以外で着用しないのは、ヘルメットを制服の一部と考えているからかもしれません。だから“行ってきます”と出掛けたら、必ず“ただいま”と元気に帰宅できるよう着用するものだと話します。」
これは、ある学校の先生からお聞きした話です。
とても納得致しました。

「行ってきます」と出掛けたら、「ただいま!」と元気に帰ってくるのが当然のこと。
そう思って、親や家族は「いってらっしゃい」と送り出すんですものね。

母は、会社に行くときも遊びに行くときも、それが早朝であろうが夕方であろうが、家の外まで見送りに出てくれます。
そして姿が見えなくなるまで、笑顔で手を振りながら送ってくれます。
悪天候の日などは「今日は見送らなくてもいいよ」と言うのだけれど―。
欠かすことはありません。
見送ることがお守りになると思っているかのように。
それは、母の父親(私からすると祖父)が事故で他界したことが随分影響しているのだと思います。

今朝は「今日は○○方面に出掛ける」と話したら―。
「○○って海辺を車で走らんといけんのんじゃろう?端っこを通ったらいけんよ。危ないから」
と、言いました。
(左側通行だから、行きは必ず海側を走らないといけないんだどな~)
(わが家の前も、職場の前も、海なんだけどな~)
そんなことを考えながらも、
「わかった!!いってきます♪」
と元気に答えておきました。

「いってらっしゃい」と送られたら、元気な姿で「ただいま」と言えるように。
今日もどうぞ笑顔で安全な一日を(〃'▽'〃)
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オシャレ大使

2019-06-16 | ねこからの手紙

わが家のオシャレ大使は父でした。
自分に似合うものをよくわかっているし、TPOに合わせてセレクトする人でした。
だからもちろん、衣替えも衣類の整理も几帳面に完璧にやっていました。
(写真は夏物・柄シャツの箱より)

今もきちんと整理された父の服があります。
そこで兄に「お父さんの服を着たら?」と提案してみるのですが…。
「サイズが全く合わないから着れん」と一言。
「じゃあ、誰かに着ていただこうよ」と言っても、「嫌だ!」の一言。

父・息子のあるある話で、ライバル?のような意識があるのか、父とはまったく違う選択をしながら突き進むタイプの兄。
けれど、根は父っ子なんですよねぇ。

私がまだ生後3ヶ月で、兄が1歳11ヶ月だった頃のこと。
駅の喫茶店で休憩後、母と兄と私に「切符を買ってくるからここで待っていて」と伝え、切符を買いに向かった父。
その姿を見た兄は、大好きな父に置いていかれるのかと思い、必死な表情で父を追いかけたといいます。

その日はいつもの腰痛が出ていて、マイペースにぼちぼちと歩いて発券機に向かっていた父ですが―。
兄のそんな様子に気付き肩車をしたのだそう。
母は、その時の様子を思い出しながら―。
「きっと私じゃ頼りにならんと思ったんじゃろうなぁ」と笑います。

かつて大学時代にウエストが60㎝なくて、父から「もっと太れ!」と言われ続けていた兄よ。
教えを守り過ぎたね。
父の服が着られるよう、今度はサイズダウンに励もうぜっ!
(じゃないと、私が着るぞ。笑)

さて、今日は父の日。
歴代の父たちのために、今日は美味しいものをプレゼントすると致しましょう。
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節目の10回目に、3回目を想う。

2018-03-11 | 音楽

今年も倉敷音楽祭のプログラムのひとつである「日本縦断和太鼓コンサート」に行ってきました。
10回目となる記念すべき節目のコンサートは、いつにも増して感じることの多い時間となりました。

1回目からずっと毎年楽しみにしていて、拝見・拝聴しているこの和太鼓コンサート。
実は―。
チケットを購入しながらも行けなかった回がありました。
それは、東日本大震災直後の2011年3月13日に開催された第3回目です。
前月に父が旅立ち、全く出歩く気持ちになれなかったその頃。
何事もなければ行っていただろうかと毎年考えるけれど、今でも答えがでません。

その後「日本縦断和太鼓コンサート」に行く度に毎回(今回も)、MCであの日のことを語る倉敷天領太鼓の大将の言葉を耳にしました。
第3回目を開催するにあたり出演者・関係者の皆さんは、随分葛藤があったことでしょう。
“鎮魂の太鼓を打つ”と決められたあの回。
現在も東北を想い、九州を想う言葉たち―。

毎年コンサートを拝見していて感じます。
毎年新しくなり、毎年前へ前へと進んでいく姿。
毎年変わらず守っている大切なもの。

力強い音。
繊細な音。
太い音。
やわらかな音。
キレのあるクリアな音。

たくさんたくさん元気を頂きました。
パワーを頂きました。
今年も行けてよかった。
出演者のみなさん、関係者のみなさん、同じ空間を共有したみなさん。
どうもありがとうございました!
来年も楽しみにしています。

さぁ、私も。
私のできることをー。
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紫陽花の美しさに心奪われる季節となりました。

2017-06-08 | 思い、想う

父の日が近いからなのか。
はたまた、誕生日月だからでしょうか?
父のことを尋ねられたり、話をしたり。
今月に入って何度かそんな機会がありました。

先日は、境遇が似ている近所のお姉さんと一緒にしみじみと。
今日は10年ぶりくらいに出会った、依然職場に配達に来て下さっていた取引先の元・従業員さんと。
この方は、父と同い年なんですよね。
全くご存知なかったようで「お父さん、元気?」と声を掛けて下さいました。
父のことをお話したら、みるみるうちに瞳が潤んでしまって…。
「体に気を付けて、長生きしてね~っ!」と伝えました。

世間では、「母の日」に比べ「父の日」は関心が薄いとか…。
私は楽しみだったなぁ。
食べ物の好き嫌いはないし、お洒落だし、はるかに私よりも読書家で歌もうまかった父。
何を選ぼうか、何を作ろうか、随分楽しい時間を過ごさせてもらいました。
(今でも洋服売場で似合いそうなものを見つけると、手に取ってみたくなります。)

近所のお姉さんとね、語り合ったんです。
「同じ職場で働いていたから、きっと私たちは父親と一緒に過ごした時間も、話をした時間も多くの方よりも長いよね」と。
でもね、それでもー。
もっと話をしたかったなぁと思います。

お父様とお話ができるあなた、
たくさん伝えて、たくさん聴いて、たくさん語って下さいね。
(伝えておけばよかった。)
(聴いておけばよかった。)
いつかの先で、どうぞそんな思いをできるだけなさいませんように。

写真は、七段花。
紫陽花好きの父だったので。
ある年の6月に、七段花柄のシャツをプレゼントしたことがありました♪
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写真のちから

2016-09-19 | 思い、想う

デジカメが普及しさらに携帯電話にカメラ機能が付いてから、誰もが手軽に写真を撮れる現在。
ネットには、日々たくさんの写真がアップされ目を楽しませてくれますね。

あなたは、いつ頃から写真を撮ることに魅力を感じるようになりましたか?
何を思い、シャッターを押すのでしょう。

嬉しいというか、じんわり心が温まるような。
そんなニュースが飛び込みました。
「いつか写真集を出したらいいのに」と思っていた方が、写真展の開催並びに写真集を出版することになったのです。
それも自分のためというわけでなく、人々を応援するために。
昭和45年から昭和48年にかけて撮られた写真たちが、時を超え、きっと目にした人たちに勇気とパワーを与えてくれるはず。
何せ私は、出版するに至った思いをお聞きしただけで力を頂けましたもん。

9月下旬に写真集が完成するそうです。
出来上がりがとても楽しみです。

私が写真を撮るようになったのは…。
20代の頃、紀行文や冒険もの、バックパッカーの本を読みながら触れた写真たちが素敵だったからです。
初めて手にした一眼レフ。
レンズ越しに「何て世界は光に満ちあふれていたのだろう」と感激したことを、今でもよく覚えています。

今は専ら(95%以上)ガラケー写真です。
何で撮ってるんだろう?と改めて考えてみたところ、気付きました。
結婚し今の家に帰ってきてから岡山市内でさえ行くことのない母(倉敷在住)に、いろんな風景を見せたかったんだわと。
おてんば娘から、いつも家を守ってくれている母へ、毎日でも贈れる風景のプレゼント。
カメラって、写真って、ありがたいなぁ。

さて今日は―。
どんな1枚を残しますか(^_-)
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時間と、想いと。

2016-06-12 | ねこからの手紙


それぞれの時間が流れている

自然界に

動物の世界に

そして、人の世界に。


それぞれの人にそれぞれの時間が流れていて

出逢って

温めあって

時には絡まりながら

思いを重ね 過ぎていく。


時計の針を前に戻すことはできないけれど・・・

どうぞ想いよ永遠であれ、と

願わずにはいられない雨の日の午後。
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精一杯咲き続けたあなたに

2016-05-15 | ねこからの手紙
何か大きなことを成し遂げること“だけ”が称賛に価するわけではなくてー。
どんな試練が続いても自分の出来ることをやり続けるという人生も、素晴らしくて尊敬します。

 置かれた場所で精一杯咲く。

そんな姿を見せ続けてくれたあなたに出会えたことは、私の宝物です。
どうもありがとう。

きっと今日もいろんな場所で、精一杯咲いているお花があることでしょう。
その存在が、世界を勇気付け励ましてくれるのだなぁと想う夜です。

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お手てつないで

2016-04-04 | 花と樹と緑と


私が住む町には、たくさんの桜が植えられています。
5分もかからない通勤時間でも多くの桜を楽しむことができます。

満開になった今日、母をお花見に誘ってみました。
といっても、足の調子が万全ではない母とのお花見は、車でぐるりと巡るというものです。
しかし、酔い止めを飲まないと不安な母は「今日は行かない」と言いました。

散る前に一緒に見たいなぁと思った私は、予定変更。
我が家から50mほど離れた近所の桜を歩いて見に行くことにしました。
杖を持たずに出掛けてしまったので、手を繋いで。

「お手て~つないで~♪」
嬉しくなったのか、繋いだ手を振りつつ歌いながら歩く母。

タイムマシンがあったなら。
娘の私から見ても可愛らしくて、そして面白い母の子ども時代を見てみたいなぁといつも思っていたのだけれど。
もしかしたら、こんな感じだったのかしら?
それとも私が小さかった頃、こうして手を繋いで歩きながら歌ってくれていたのかもしれないなぁ。
そんなことを感じた春の夕暮れでした。





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“素隠居”ってご存知ですか?

2015-09-08 | 倉敷ってどんなところ?


そうだなぁ・・・。
あれはまだ、私が幼稚園に通っているかどうかくらいの頃のことだっけ。

家が大好きで滅多に出かけることがなかった父と一緒に、倉敷の美観地区を訪れたことがありました。
飲食店に入ってアイスクリームだか、クリームソーダを口にしていたところ・・・。
ガラス窓にびっくりするくらい大きな顔が張り付いているではありませんか!!

そりゃあもう私、大泣きです。
父は側で笑っています。
これが私と素隠居との、初めての出会いでした。

さてさて、それでは素隠居って何なのでしょう?
倉敷素隠居保存会のHPによると、下記のように説明してありました。

*********************
 素隠居とは、当地岡山県倉敷市にある阿智神社のお祭りの御神幸の雌雄の獅子に付き添う翁(じじ)と媼(ばば)の面をかぶった若者を指します。

 この素隠居は元禄5年(1692年)阿智神社にほど近い戎町の宰領をつとめていた沢屋善兵衛が寄る年並に勝てず、人形師の柳平楽に頼んで「じじ」と「ばば」の面を作らせ、店の若者にこの面をかぶらせ、主人の代理として御神幸の行列に参加したことに始まるとされています。

 素隠居という呼び名は明治以後誰彼となく、この「じじとばば」のことを呼びはじめたようですが、ただの御隠居という意味で「素の隠居」であったり、「素晴らしい隠居」であったり、「素朴な隠居」というような意味が語られています。

 この素隠居の面は見ていただいての通り、「らっきょう」の形に似ていることから怯えながらもこの素隠居を挑発する子供達は「すいんきょ、らっきょう、くそらっきょう」(下右写真参照)とはやしたてて逃げまどうのです。

 素隠居が持っている渋うちわ(下左写真参照)で頭を叩かれると、賢くなるとか、健康になるとか言われています。だから、ここ倉敷の親は子供(赤ちゃんに近いぐらいの子供)が怯え、泣き叫んでもその子供の頭を素隠居の前に差し出します。
**********************

だから、だったんですね。
父がニコニコ笑っていたのは。

昔は秋季例大祭のみだったようですが、最近では春のお祭りや天領夏祭り、毎月第一土曜日の倉敷路地市庭にも登場しているようですよ。

さらに。
何と!!
「すいんきょジョッキー」というFMくらしき(82.8MHz)のラジオ番組で、じじとばばがジョッキーまでしています。
“願い事”を素隠居のHPか「すいんきょジョッキー」のFacebookページに投稿すると、ラジオでエア叩きをしてくれるんですよ。
叶いますように、って。

実は私、投稿したんです。
そして投稿した方は頂けるという、「素隠居千社札ステッカー5枚組み」を頂いちゃいました♪


ちなみにFMくらしき(82.8MHz)はサイマル放送対応なので、パソコンからでもスマホからでも聴くことができますよ。
聞き逃した~!という方でも、後日HPにアップされるので楽しむことが出来ます。
あなたがもし、叶えて欲しいなぁという願い事があったなら。
素隠居にお願いしてみてはいかがでしょうか。



そうそう先日、私、倉敷物語館で素隠居のペーパークラフトなるものを発見しました。
工作大好き♪
ということで、作ってみました~。
倉敷を訪れて「お土産は何にしよう?」と悩まれたなら、このペーパークラフトもおすすめです。
これだけ立体的な仕上がりですから、少々時間を要します。
その間、倉敷の風景や思い出を脳裏に浮かべながら作るというのも素敵でしょ?

何で、素隠居のお話をしたかというとー。
ラジオで願い事のエア叩きをしてもらって、とっても嬉しかったから。
素隠居さん、どうもありがとうございました!
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敬い

2015-08-19 | 


表紙は、奈良美智さんの絵なんだ~!
と、嬉しくなって発売すぐに購入した糸井重里さんの『羊どろぼう。』。

ゆっくりと部屋で過ごしていた仕事休みの雨の午後に、また。
目に留まり。
手を伸ばし。
パラッと開いて飛び込んできたのは、次の文章でした。

*******************
「聞く」っていうのは、
もう、ほんとにすごいことなんだ。
しかも、誰でもできる。

(中略)

よく「聞く」人と、いいかげんに「聞く」人の差は、
あきれるほど、どんどん開いていくものなんだ。
人っていうのは、「聞く」人に向かって話すからね。
こいつは「聞く」な、と思えば、
その人のために、どんなことでも話すようになる。

ことばそのものを「聞く」だけじゃなく、
ことばの奥にある「気持ち」だって、
「聞く」ことができるようになる、だんだんとね。

(中略)

聞くことが、何よりの仕事だ。
だれでもできるのに、できている人は少ない仕事だ。
見ることは愛情だと、かつて僕は言ったけれど、
聞くことは敬いだ。
聞かれるだけで、相手はこころ開いていく。
聞いているものがいるだけで、相手は嬉しいものだ。
それは、ずいぶん大きな仕事だと思わないか。
********************

「聞くことは敬い」
今一度、心に留めておこうと思います。

雨降る午後に、感謝。


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