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正義は国を滅ぼす

2020-06-28 21:32:29 | マスメディア
 弁護士法人東京ミネルヴァ法律事務所が破産した。この事務所は過払い金請求訴訟やB型肝炎給付金請求訴訟を手掛け、派手な広告で顧客を大量に集めるという「商売」をしてきたようだ。負債総額は約51億円であるが、依頼者に支払わるべきものなど30億円ほどが実質的に支配する広告会社に流用されていたという。被害を受ける依頼者は1万人とも2万人とも言われる。この法律事務所を実質的に支配していたのは金融業出身の人物がだという。元金融業者が多数の弁護士を雇って商売していたわけである。

 また弁護士180人を抱える日本最大級の弁護士法人 アディーレ法律事務所は2017年10月12日から2カ月間の業務停止という厳しい処分を受けた。景品表示法違反、つまり「今月限定で、過払い金返還請求の着手金が無料になる!」といった内容の広告を4年10か月も続けていたためである。客には有利に見せておいて実際は高く取るという、よくある手口である。この事務所の元代表は数百億円稼いだという。過払い金を取り戻したといっても元はサラ金利用者が払ったカネである。グレーゾーン金利の違法判決が出て、サラ金業者が利用者から吸い上げていた巨額の金に弁護士業者が群がったのである。

 弁護士、あるいは弁護士法人は社会的な信用が極めて重要であり、客は信用のない弁護士に依頼などできない。むろん昔から悪徳弁護士がいなかったわけではないがその数は限られていた。しかし司法制度改革による法曹人口の大増員によって質が低下するのは容易に予想できたことである。ずっと以前、司法試験合格者は毎年500人程度であったが、司法制度改革の直前には1000人程度まで増やされていた。それが司法制度改革によって一挙に3000人に増やそうと計画された。しかし始めて見ると、それだけの人数を採用すればさすがに質の低下は免れず、合格者は2000人前後となっている。増員分のほとんどは弁護士になるが、弁護士の仕事が急に増えるわけではなく、弁護士の所得の低下は避けられないこととなった。質の低い弁護士が大量に出回り、しかも所得が十分でなければどんな結果になるか、誰にでも予想できる。

 司法制度改革の目的のひとつは津々浦々まで増員した弁護士を配置し、常に法に沿った行動をとるのを理想とする「法化社会」なるものを目指した。人口当たりの弁護士数が欧米に比べて少ないことも理由とされた。そして増加した弁護士を自由競争させて質の悪い者は退場させるという、当時流行していた新自由主義の考えがあった。「法化社会」が目標とされたが、裏には法曹関係者の地位向上の狙いがあったかもしれない。

 米国は訴訟社会と言われるが、日本社会は逆に法的な解決を望まず、当事者間の話し合いで解決することが多いという特質がある。この美点を無視して、コストのかかる法的解決に移行することが賢明とは思えない。また自由競争すれば価格は下がると思われがちだが、それは商品の価値を購買者が判断できる場合には当てはまるが、弁護士の依頼する客にとって高いか安いかの判断、弁護士か優秀か無能かの判断もできない場合は成り立たない。双方の知識量に大きな差がある場合、公正な競争は期待できない。つまり依頼者の頼るものは公的資格に基づく弁護士の信頼度しかない。自由競争にはなじまないわけである。

 裁判員制度のもう一つの目的は司法に民主主義を持ち込むことであった。行政・立法・司法の中で司法だけは民主主義が実現していないので、無作為選ばれた6名の国民と3名の裁判官で裁判を行えば、裁判を民主的なものとできると考えられた。実に馬鹿げた単純な理屈である。無作為で選ばれた6名が国民の代表とは言えない。6名では平均とは言えず、ばらつきが多く、偶然性に支配されやすい。ある裁判では優秀な6名が妥当な判決を導くかもしれないが、別の裁判では無能な6名が不当な判決を導くかもしれない。また仮に国民の平均値を得られたとしても、平均レベルでは裁くのには不足であろう。複雑な事件もあり、全容を理解できるとは限らない。

 司法制度改革は司法の世界で、民主主義と新自由主義という2つの理念が極端な形で具現化されたものであると考えられる。両方の理念に頭を占領された者たちによって主導されたのである。推進した者の多くは理想主義者かもしれないが、現実を正しく認識する能力に問題があったと考えられる。理想はしばしば現実認識能力を歪めるのである。司法制度改革に対してはメディアの反対もほとんどなかった。理念に抗する能力がなかったのだろう。かつて山本夏彦氏は「汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼす」と言った。この正義とは理想と言い換えてもよい。

 ソ連は世界に共産主義という理想・正義を広めるために国内・国外に膨大な犠牲者を出した。毛沢東は大躍進の名のもとに5千万人を餓死させたとされる。ポルポトは共産主義国家の理想を掲げて100万を超える人間を殺戮した。むろん理想や正義だけでなく権力や利権などの要素もあっただろう。しかし汚職よりも理想・正義の方が恐ろしいことは現実の歴史が示している。それは理想や正義の形を取るだけに恐ろしい。汚職などたかが知れているのである。

裁判員制度についてご興味のある方は拙文(2008年)算数のできない人が作った裁判員制度をご覧ください。


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