噛みつき評論 ブログ版

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ケインズの予言は大外れ

2012-02-27 09:57:41 | マスメディア
 ケインズはかつて「21世紀初めには週15時間程度働けばすむようになる」と言ったそうです。技術の進歩によって生産性が上がり、例えば今まで10人でやっていた仕事が1人でできるようになればより豊かな生活を享受しつつ週15時間程度の労働ですむようになるという予測です。夢のような話ですが、これは現代から見ても合理性のある考えだと思われます。

 たしかに戦前は12時間労働がふつうであったことからもわかるように、この100年間程度でみれば労働時間は漸減傾向を示しています。しかし週15時間には程遠いのが現状です。それどころか、ここ10年くらいは逆に労働時間が増加する傾向が見られるといわれています。これは新自由主義の影響の下で規制を緩め、競争を促す政策が取られたことによるものと思われます。

 ケインズ先生はどうやら人間の欲深さを見誤ったようです。あるいは欲望を煽る広告産業の力を計り損ねたのかもしれません。「足るを知る」はたいへん難しく、ひとつの満足は短時間しか効果が持続しません。イギリスのことわざ(*1)では結婚の幸福ですら1カ月程度の賞味期間しかないとされています。もう少し長く続きそうな気もしますが、まあ我々はひどく飽きっぽく出来ているのは間違いなさそうです。

 結局、我々は生産性の上昇によって得られた果実のほとんどをより多くの豊かさを得るために費やすという方向を選んだというわけです。より多くを消費すること、つまり経済成長はほとんどの先進国で主要な目標になりました。

 適当なレベルの豊かさで満足し、生産性向上の果実のかなりの部分を労働時間の減少に充てるという選択は理屈の上では可能ですが、そうした先進国はありません。年間労働時間が比較的少なくなっていたのはドイツとフランスですが、フランスではいま労働時間を増やそうとする動きがあると聞きます。グローバリゼーションが進み、このままでは競争力を失う懸念があるためでしょう。

 近年、政策の結果として競争は激しさを増し、労働時間はケインズの予測とはさらに逆の方向に進んでいるように見えます。意欲や才能、機会に恵まれた人間にとって競争社会は刺激的で面白いものでしょうが、それらに恵まれない負ける側の人間にはきっと面白くないものでしょう。負ける側は取り分が少ないことに加え、勝つ側に対して惨めな思いと引換えに優越感まで提供することになるわけですから。

 まあ我々は懸命に働き、食べ物においても豊かさを手にしたわけで、アメリカではカロリーの取り過ぎで国民の約30%が肥満とされています。日本でも肥満に効果があるとされたトマトがたちまち売れ切れました。必要以上に働き、必要以上に買って食べ、肥満で健康を損ねる、まったく漫画みたいな話です。その一方で、都会の真ん中での餓死事件が相次ぎました。世の中はまさに「複雑怪奇」であります。

(*1)一日だけ幸せでいたいならば、床屋へ行け。一週間だけ幸せでいたいなら、馬を買え。一か月だけ幸せでいたいなら、結婚をしろ。一年だけ幸せでいたいなら、家を買え。一生幸せでいたいなら、正直でいることだ。(数種類のバリエーションあり)