Velo-city

"It never gets easier, you just go faster."

2015年夏休み 秋葉街道の旅

2015年08月05日 | 長距離


自転車ひきこもり症候群(Leave-Everything-Behind Cyclist Syndrome)
旅情派サイクリストが、年に数回罹患する症状。筆者がよくかかる亜種は:
[1] 直江津行きたい病
[2] 秋葉街道走りたい病
[3] 東京大阪キャノンボールしたい病

この病、一度発症すると実行以外に根治療法はありません。他人のブログを漁るという対処療法はありますが、症状が悪化する恐れがありますので、治療の第一選択肢は逐電です。逐電www
今回は経輪行的深夜野宿法で治療を行いました。発症したのは[2]でした。

****

出発~天竜二俣まで


時折無性に自転車で漂泊の旅に出たくなります。
数日来、『秋葉街道走りたい病』を発症しておりました。
火曜日と水曜日半日の夏休みを奥さまから頂きましたので、さっそく実行。


このコース、ツールドフランスのクイーンステージ並みの標高差、そして路面も悪いためダメージも大きいです。


今回は四年前の逆ルートで、浜松から北上。


夜8時45分新横発の新幹線に乗って、掛川に来ました。ここからはローカル線マニア垂涎の、掛川発天竜浜名湖鐵道。1両編成のキハがカラカラカラ…と旅情たっぷり音奏でてやって来ました。


終電とあって、車内はガラガラ、最後はずっと一人だったので、車内で着替えてしまいました。


終点の天竜二俣。見よこの風情。


駅の近くでコンビニを物色。
というのも、秋葉街道は走り出すと200km本当にコンビニがないんです。補給は計画的にストックしておかなくては。パンとおにぎりをやまもり(薄皮アンパン2セット+おにぎり4個)をウエストバッグに入れると、重さで腰痛になりそうになりました。

天竜二俣~遠山郷


行ってきます。

霧の立ち込める川沿いの闇の中マイペースで北上。月明かりに照らされた山塊が大きい!圧倒される山の深さは、写真では表現できない、夜のソロライドの醍醐味ですね。


左折はしなかった。


秋葉街道のゆえんである、秋葉神社入り口。
天竜スーパー林道も一度は走ってみたいなぁ。


飯田線は秘境駅で有名ですよね。

前夜から新幹線の中でウトウトした30分のみ。何か眠くなってきた。夜だから目をこらして路面を見て言うので、段々目も疲れてきた。時間に余裕はあるので、どこかで横にならなくては。ということで・・・


夜2時、水窪駅へ。待ち合い室はこうこうと灯りがついていて、カナブンやらセミやら蛾が乱舞していたのでパス。


駅のホームのベンチで駅寝w 大人の遊びを覚えてしまいました。
無人駅ですし・・・月あかりを見上げながら、寝息を立てていると、横を保線作業車が通過し、起こされました(笑)
一時間ほど寝て、頭スッキリ。さて、再スタートしますか。

最初の峠、兵越峠(標高1,165m)に入ります。この峠、15.7km 839m up 5.3%となかなかのダメージ。


序盤だったので、240W以下の休むダンシングを多用。しっかし長いわ。頂上は漆黒の闇と霧。


下りの途中で夜が明け始めました。それにしても路面が悪くてスピード上がらない。
いったんおりて遠山郷に出て、そこから下栗へ。

遠山郷~大鹿村
下栗の麓には意外と早く到着。


ここから天空のヒルクライムスタート!数年前まで富士あざみラインに並ぶ屈指の激坂コースとして、実業団カレンダーにも入っていた。しらびそ高原ヒルクライムのルートで登ります。軽く昇天できるお勧めコース。




のっけから激坂区間ですが、しばらく辛抱すると南アルプス(聖岳、光岳)の遠景とともに山肌にへばりつく村落が見えてきて、テンションが上がる!


南アルプスは朝陽に隠れてよく見えないが、山のサイズの迫力が違う。


つづら折り始まったーっ!


暑さ対策で全身白のISOYAジャージで来ましたが、大正解でした。


個人的には自転車世界遺産だと思います・・・

下栗を登りきったら次はしらびそまで13kmのヒルクライムの特盛おかわり。しかし、その前に、今まで2回ともパスしていた村落の姿がよく見えるらしいスポットへ寄り道。クリートをかつかつさせて歩くこと15分…展望台から見えたその絶景は・・・


まさにマチュピチュ!しばし立ちつくしてしまいました。


さて、この後のしらびそへの激坂。キツいのは知っていましたがこれ程までとは…
まさに下栗から上の5kmがえっぐい。あざみ以来の蛇行をしてもまだきつく、足つき寸前まで追い込まれました。補給も切れていたらしく、あんパン1つを食べると大分回復。今回のライドでは長く複数ある登りコースでの補給の大切さを痛感。それに加えて、疲労がたまってくるとダンシングが使えなくなり、シッティングを多用すると更に疲労がたまるという悪循環。次回からロングツーリングには薄皮アンパンは必須だな。

激坂で心折れているというのに、まだ「頂上まで13km」とかカウントダウン看板が出ています。これからの苦痛を思うと、全然励みになりません。カーブを曲がると壁のような激坂がドーン、またドーンwww


激坂区間が終わると、最後の4kmは平坦も混ざって、やっと楽になります。しかしこの頃は補給切れで完全にスローダウン。


残り1kmになると山頂にこの欧州風の建物が見えて突然元気がもどります。


しらびそ高原(標高1918m)に到着!全長22km、標高差1330mはまじきつかった…


景色はすごいです。南アルプスの主峰がぐんぐん迫ってくる。

さて、後は下るだけ。27km 1200m降ります。なんともったいない。


途中の地蔵峠から大鹿村に入ります。今回の旅の主旨が看板に記載されていますね。


この区間は、秋葉街道らしい深い山の中を酷道が貫きます。






大鹿村に降りてきました!気温は35度の猛暑。


この村には道の駅がありますので、ここで大休憩。おにぎりは結局4個食べてしまいました。

さて、おなかも一杯になったことですし、秋葉街道後半戦に行きますか。

大鹿村~分杭峠~杖突峠~諏訪

平地は暑い!水かぶり作戦を発動。

次に向かう分杭峠といえば、5年前通行止めの大損害にあったところ


これね(笑)
5年たって現場はすっかり整備されていました。


それにしても、暑い。日向は危険。


あづ~(しつこくてすいません)


分杭峠(標高1,424m)に到着!この調子で行くと3時には諏訪につきそうだな。

ここからは下り+猛暑になるので写真なし。杖突への登りもあまり見どころないし。


杖突峠(標高1,247m)これにて今日の山登り終了!獲得は無事4200mを超えました。


久しぶりの大都会じゃー!コンビニが見えるぞ~!


かくして旅は終わりぬ。旅の無事に感謝して諏訪神社にお詣り。

本当は一泊して水曜日の夕方帰りでしたのですが、1日帰宅を早めて帰宅。
これで自転車的2015年夏休み完了です(たぶん)

***データ***
214.8km
11:15:23
4,220m
185W NP
6402 kcal

日帰り直江津旅行 2015

2015年05月01日 | 長距離


(もう1ヵ月も前の記録になってしまいましたが、やっと激走の記録をアップいたします。)
GW恒例行事、太平洋から日本海まで300km以上を一気に走るCoast to Coast、今年は北陸新幹線開業記念ということで、『日帰り』に妙にこだわって行って参りました。



本来の出発予定日にYOME職場の送迎会が入った関係で、チビ太を寝かしつけてから出発となります。
家を4/30の夜11時に出発、


川崎大師の☆のさんの銭湯「すえひろ湯」前で日付が変わるのを待ち、5/1になったところで長旅のスタート・・・

今回の自然奇行の同行者は前年と同じく漬物石太郎氏、そして去年家庭の都合で涙を飲んでDNSとなったうえだっちさんです。
しかし、この二人は前日4/30の昼3時に丸子橋を出発しておりました。
これは大逃げです。なんでも、去年漬物石氏を平地や山岳で牽きまくったことを恨まれ、先行して私の足を疲弊させる作戦のようです。作戦は当たり、今年はけちょんけちょんにされました。
なんと、私が川崎を出発した深夜12時には既に160キロ北高崎の地の温泉ランドで風呂につかって「プッハァ~!」していたようです。非情ですな。

深夜の坂東の地北上に特筆すべきことは何一つありません。ただ朴訥に、粛々と北上するだけ。背中のディバッグにはご飯2合分の昆布オニギリが8個以上入っています。補給のためコンビニに寄らないので、どんどん進みます。
Av 29で新座に到着、というか通過。


大したクライマックスもなく出発から1時間50分で川越街道にIN。特に補給をとるような用事もないので東松山でのコンビニ休憩までどんどん先に進みます。
流石に飽きてきました。川越街道は東松山~熊谷間がクッソ田舎で、街灯もなく深夜は漆黒の闇になります。豆ライトでは道路がさっぱり見えないので、サングラスを外して注意しながら走りました。


熊谷の手前、荒川を渡ると長い関東平野の旅も一区切り・・・んんん?
深夜3時なのにローディがいます。この時間にこの風体は同じ匂いがします。
『どちらまで?』
『八王子から自走で渋峠。往復で400kmです。』
・・・変態だw

では、不肖ニャロメが先頭を牽きます!ということでハイペースで八王子在住のY永氏を牽引させて頂きました。深谷~藤岡の区間は直線が続き、ほんとうに退屈な区間なのでよい憂さ晴らし、じゃない気晴らしになりました。
頑張りすぎて途中でこちらが疲弊し、補給を言い訳に先にいってもらいます。Y氏とはこの後渋峠の絶景区間で出会うことになりました。


高崎市内には5時台に入ることができ、ガトーハラダの本社工場の前には香ばしいアロマが漂っていました。このペースで北上すれば健康ランドで休憩している先行する二人に簡単に追いつくな、追いついたらペースを緩めよう、と考えながらこのころは走っていました。

蓋をあけてみると、薄情な二人は4時半には健康ランドを出立し、すたこらさっさと逃げ始めていたのです。んな薄情なw。「追いついてくださ~い。」とか行っているけど、1時間以上も先行している人にどうやって追いつくねん!

高崎からアップダウンを重ねて、渋川、そして中之条へ。だんだん脚がなくなってきましたが、先を急がないと先行する二人に追いつかない。というか追いつくわけない。


先行する二人に呪詛の言葉を吐きながら、補給もままならず、風光明媚な日本ロマンチック街道なのに写真もロクに撮れず、寝ずに160km以上アベ28キロで走ってきて完全にへばってきました。
電話口で懇願し、30分先の道の駅で待ってもらいます。八場ダムによって通行止めになった区間を迂回する新道に分岐するところですね。


そして朝9時?無事先行する2人を吸収しました。あ~疲れた。


ここからやっと、ツーリングペースでまったり走ることができます。
川原湯、吾妻峡を眼下に眺めながら、絶景、天上の新道を通ります。途中2kmに及ぶ登り基調のトンネルもありましたが、緩い勾配だったので助かりました。









大津の交差点でいったん補給して、草津までのヒルクライム、しかしここが今回の旅でもっともきつかった区間でした。既に寝ずに200km走った身に、9km、Av 6%、標高差542mはきっつい。
インナー39Tなのであっという間にギアが足りなくなります。重いギアを回していたら頂上付近で林道さんに追い抜かれました。気温も25度を越え真夏の様相。朦朧とする意識のなか次回はコンパクトで行こう、と誓うのでありました。


この後、道の駅でソースカツ丼を食べたら、突然睡魔がやってきたので15分ほど仮眠を取らせて頂きました。


さて、少しだけリフレッシュして絶景補正のかかる渋峠への天上ヒルクライム!


ですが今回は特に高揚感も、感動の涙も湧いてこずただただ重い体に鞭うって登るばかり。


あまりにも登れないのでグルペット作戦発動!人の後ろにベタ付きして楽々登る作戦に切り替えました。


渋峠は自走に限ります、限りますがいつもは感動の涙があふれる絶景を見ても冷静な自分がいました。
感動する心をうしなってしまったのか・・・?
疲れているだけなのか・・・?
ひょっとして、自走日本海に飽きているのか・・・?(ソレダ!)

多分、来年は別ルートでロングを走っているのかもしれません。

火山性活動により立ち入りを禁止されている草津白根山近辺は、ゴーストタウンと化していました。箱根大涌谷もこうなってしまうのか・・・




この後は山田峠を越え、うえだっちさん念願の雪の壁へ!

今年の壁はやや低め。


ならば、登って向こう側を見てしまえ・・・と登ってみますと・・・


向こう側には大雪原がひろがっていました。

イヤッター!

さて、国道最高地点を越え、日本海側へ転がり落ちます。1時間近くにおよぶ距離30kmのダウンヒル。ここでマドンの下りの絶対的安心感に惚れました。オンザレールで狙い通りのラインをピターっと曲がっていきます。
長時間におよぶ前傾姿勢に腰を痛めながらあっといまに麓の道の駅へ。ここで蕎麦をたべて塩分を補給します。後は飯山市内を抜け、富倉峠を抜ければ日本海に転がり落ちるだけ。夕暮れにもギリギリ間に合いそうです。


飯山市内にむかう道は爆風の向かい風、




そして短いですが激坂の富倉峠をなんとか登ると、例のトンネルが見えます。ここで思わずガッツポーズ。




ここから40kmと結構距離を残していますがのどかな里山風景の中を気持ちよくダウンヒルして、融雪用のスプリンクラーが仕込まれた危険な路肩に注意しながら日本海へ、日本海へ。

ここで長旅のクライマックスに興奮したのか漬物石太郎が猛然と40km巡航を始め、後方でうえだっちさんが悲鳴をあげます。







おかまいなしでガンガンとばして夕暮れ30分前に海水欲情に到着!お色直しをしてきれいになったマーメイドちゃんにご挨拶した後、320kmの味がするビールで乾杯したのでありました。

暮れなずむ日本海を長めながら、長旅の記憶とともに余韻に浸ります。北陸新幹線開通のおかげで、日帰りだとしてもまだ時間に余裕があります。夜8時11分の在来線に乗れば余裕で本日中に帰宅できる見込み。









駅前の地魚居酒屋で地酒と地魚に舌鼓を打ち、


お土産の笹団子をたくさん買い込んで余裕の帰路についたのでありました。

帰宅は11時58分。チビ太と嫁はもうスヤァァ・・・と寝ていました。

来年は、一回お休みして秋葉街道でも走ろうかな?

---DATA---
316.2km距離
12:52:5
3,375m高度
平均スピード 24.5km
心拍数 135bpm
カロリー 8,691
温度 19℃

二年越し箱根駅伝露払い

2015年01月04日 | 長距離
あけましておめでとうございます。
新年恒例の箱根駅伝先導に2年ぶりに行ってまいりました。

2007~2011年で5回行ったから6回目。今回は晦日の日から風邪で寝込んでしまい、病み上がりでやや不安を抱えながら。


元旦の日もおせちを食べて嫁とチビ太を湯河原へ送り出したら、薬を飲んで寝て治していました。


今年は大寒波の襲来もあり、大手町から参加する人は少なかった。結局みなさん途中合流で箱根まで行きます。


『箱根まで個人TTか…』と鬱になりそうな気分で大手町前をスタートすると、アフリカ系ランナーをたくさん乗せたボルボのワゴンが並走。助手席の窓を降ろして、陽気なお兄さんが「あなた速いね~!すごいね~!」と声をかけます。どうやら他の区で走る留学生でしょうか。ネジを巻かれたのでTTモードでそのボルボと一緒に品川まで。

あの黒人ランナーは誰だったのだろう?ダニエル君かな(笑)

沿道を箱根に向かう自転車ローディは数多おれど、脚のあうスピードで走っている集団はいないので、どんどん追越ながら、オーバーペースで横浜まで。かなり脚使ってしまい焦燥感がつのります。


しかし、ここで救世主登場!みずほ埠頭の交差点でK原さんと合流。TTバイクが二台そろい、更にペースアップ、どんどん脚を削っていきます。精神的には同志を得て楽になりますが、二人TTはペースが掴みにくい、後一枚、二枚機関車がいれば後方で脚を回復できるのですが、二人だと乳酸がたまったまま脚が回復しない状態で先頭交代の時間がくるので、後2%くらい抑えめに走るべきだった。

前を行く自転車をどんどん抜いて行くと、大船の手前で1時間前に出発したはずのオギ列車に追いついてしまいました。ここからは休憩多めに、抜いては休憩して抜かれ、そしてまた抜き返すというかなり意地の悪い走り方をしてしまいました。


茅ヶ崎のサザンビーチでは連凧TTが風をとらえていました。

海岸沿い134号に出ると、電柱の片側のみに雪がへばりついています。どうやら昨晩の吹雪は相当なものだった模様。そして路肩にも雪、そして所々凍結箇所も。路面の雪は西に行けばいくほど増えて行きます。

平地ですら、まっすぐ走っていても所々グリップを失いそう。この状態では箱根の山を登ることはできても、日蔭のダウンヒルにリスクを抱えるので、合議により今年は風祭で駅伝を観戦することに。(その前に、二人TTで脚も売り切れていましたし…)


集合場所に向けて小田原駅前の通称「落車クランク」を急いでいると、沿道から
『おとうしゃ~ん!』の声が。先発していた嫁とチビ太に見つかりました。
私的にはここからはペースを落として進みます。(家族は湯河原で元日から湯治していたのでした。)


風祭ローソンにて。
三浦半島の先からきた大尉御一行ともここで合流できました。みなさんは大平台の凍てつくコーナーまで登ったそうです。


我々は・・・というと、少しでもぬくい日向を求め、ここで観戦することに。


なかなか鉄な場所で気に入りました。

駅伝は・・・端折ります。青学ランナーが前を通過した時、「ちいさっ!女の子みたい!」とコメントしましたが、体重43kgとは本当に女子の敵的なスペックですね~。

駅伝観戦後、ISOYAのみなさんとQ道沿いの「ホテル明日香」の温泉で汗を流し、私は独り湯河原へ自走。駅前を走っていると、家族の乗る車に追い越されました。


晩ご飯がいつも多めに出る宿なので、昼食はあえて軽めにとって臨んだところ、『鍋2人前責任をもって完食するように』というありがたい指令が。余裕をもって完遂させていただきました。


鯛の吸い物が絶品でした。


翌朝は宿から歩いてすぐの新幹線の跨線橋へ。チビ太大興奮。


帰宅後、人生初のお年玉をもらってこの笑顔。

2年ぶりに箱根駅伝を自転車で走り、家族でゆっくり温泉旅行。いい正月休みでした。本日日曜午後から社会生活に復帰しまーす。今年は仕事始め早々フルに月~金ですね。頑張っていきましょう。

+++


147.7km Distance
Avg Speed 27.2km/h
Avg Heart Rate 144bpm
Average Power 199
Normalized Power 229
Calories 4,299

West Izu 200K Ride: Solitude Standing

2014年12月23日 | 長距離


久しぶりに丸一日自転車に乗った日曜日の追憶。
通勤以外で100 km以上乗ったのは何時以来だろうか。
・・・9月21日の200km個人TT以来、輪行となると、もっと遡って5月1日の直江津逃避行以来でした。

12月のこの時期はさぞかし富士山がきれいに見えるじゃろ、との期待をもって目的地は西伊豆スカイライン。
朝4時に自宅スタート。
朝6時に小田原手前のマックに到着。推定1000kcalのマックブレックファストデラックスを頂きます。

さて、西伊豆にどうやって抜けるか・・・だが、ルートはたくさんある。
1. 箱根国道一号
2. 箱根Q道
3. 大観山
4. 熱海峠
5. 山伏峠
6. 亀石峠

今回は今まで挑戦したことのない4をセレクト。そして、大後悔したのでした。
まず、熱海の海岸から来宮の駅まで登りますが、この市街地の時点で既に激坂(833m 7.3%)!ダンシングなしでは登れません。
そして、この後熱海峠にむかう登りが始まるわけなのですが・・・激坂とは聞いていましたが、これほどの破壊力とは!
しかも登坂中に、インナーローの一枚にギアが入らないことが判明(涙)。27Tを使えないという足枷をはめられてしまいました。重い鉄バイクにこれは痛い。


脚を休めるところは皆無。常に10%越えが続きます。そして、車も盛大にビュンビュン通り過ぎていきます。


来宮から笹尻まで、3.5km 平均10%。これは和田峠ではないですか・・・
カーブの切れ目の向こうには脚を休ませる区間があると信じてカーブの向こうを見ると、一段、二段と傾斜がきつくなっているのを見てかなりショックを受けたのであります。時速も当然10km以下、ヘロヘロになって登頂。ツーリングの途中に挟む峠ではありませんな。


このあと、函南までは超高速ダウンヒル。どうやら、西から登る分には楽そうです、熱海峠。




この後はおなじみの淡島、三津方面を目指し、海岸沿いから見える富士山を満喫します。どうしても写真休憩が多くなってしまう。


お日様も出てきてポカポカ良い陽気。手袋外しても走れます。

達磨山へのヒルクライムは西浦古宇の町から始めます。後で知りましたが、ほかにもルートがあるようですが・・・
真城峠 6km 8%
すでに熱海峠で脚をやられている上に、インナーロー封印のため苦行となりました。というか、平均8%は普通の峠と考えてもきつい部類ですよ。休める箇所が殆どない。
この後2kmほど下り、そしてまた戸田峠へ登り始める。
戸田峠 3.7km 9.3%
斜度が容赦ない。


展望台に差し掛かると、遠方に南アルプスの雪屏風が見えて、思わず歓声を上げてしまった。
実際、富士山よりも絶景だった。


この後は、お楽しみ西伊豆スカイラインの絶景ロード。ただし南東からかなりの暴風が吹いていて、自転車が前に進みません。日陰の路面も所々凍結しているみたいで、2台ほどビッグスクーターにのったおじ様がこけていました。

風が強いと言うことは、富士山を隠す雲を吹っ飛ばしてくれるということ!本当に今日は最高の天気でした。
この時点で、消費カロリーは4000カロリーくらい。だんだんハンガーノックが気になる時間帯ですが、実は伊豆長岡から松崎までの60kmはこのルート上コンビニはおろか自動販売機すらありません。なけなしのカレーパンと、最後のポカリを一口、仁科峠の手前2キロで口に入れてしまいました。

エネルギーはギリギリ。脚はもう売り切れ、それに加えて爆風レベルの向かい風。


ほうほうの体で仁科峠に到着。達磨山からここまでは稜線沿いのアップダウンで、脚が残っていれば下りの勢いで登る走り方ができるのでしょうが、インナークルクルで登りきり、ピークを越えてもしばし呆然と一番軽いギアをクルクルしないと乳酸が飛ばないような弱い状態でありました。ダメですね~。

仁科峠からは松崎まで20kmの長い下り。日陰で鬱蒼とした杉林の中を縫って行きます。路面は悪いし、ぬれてるし、寒いしでペダルを回さないのに体力を奪われます。途中頂上から半分の所にわさび園があり、お土産屋があるのを知っていたのでそこで休憩。飲み物とどら焼きを補給して九死に一生を得ます。暖かい部屋のなかで、熱いお茶を飲んだにも関わらず、その後の下りで低体温症一歩手前まで体が冷え切ってしまいました。必死にペダルを回して暖気運転しながら松崎の町へ。海に向かう道では向かい風により時速25kmしか出ませんでした。

松崎に下りてきた時点で時刻は2時。横浜の7時の飲み会に間に合わせるためには、下田4時5分の踊り子が最終便です。本当は雲見、妻良の露天風呂に寄って220km越えを目論んでいたのですが、リスキーなので最短ルートで下田に帰ることに。

というか、海岸沿いの爆風を嫌っただけです。

バサラ峠ルートは、200Wでこいでも40kmがでる追い風が背中を押します。350mほどの峠ですが、追い風もあって楽に登れました。ツーリングの最後の最後の追い風は最高のごほうびですね~


下田まで降りてきて、以下のようなデータでした。




次の列車まで50分以上あったので、足湯に入ってゆっくり。


帰りの電車のおつまみは鰯せんべいとみかんというヘルシーっぷり。どうした、自分。

特急輪行はゆっくり寝られるし、回復もするし、いいですね。
このあと輪行袋ごと自転車仲間の忘年会に参上。その後はタクシーに自転車を放り込んで深夜帰宅をしたのでありました。





Ride Time (Time Moving) 8:36:18
Distance, km 200.10
Work, kJ 5207
Average Power, Watts 168
Normalized Power 200
Average Speed, kph 23.25
Average Heart Rate 138
Gained, m 2973.00

Go West朝練 横浜~静岡個人TT (勝手にHomecoming)

2014年05月18日 | 長距離
土曜日の門限は珍しく遅く、14時。本当に珍しいことであります。
ということは、12時の浜松駅に間に合えば・・・ということで、GoWest朝練を敢行。
ところが、浜松まで250kmを時間内に走るためには、どう考えても家を2時半に出る(オイヤメロ)必要があるところ、さすがにそんな早い時間に起きられないので、家を出たのは3時半でありました。



未明の16号は空いていて走りやすい。順調に進んで、4時になるところで246に入った。
こんな早朝に走っているアホローディは俺くらい!ヤッホ~と走っていると。


こらー!そこの変なおじさん!と呼び止められました。

サトウさんではないか!
なんでも門限が9時半でヤビツに登るためには、この時間しかないんですと。
それにしても、早起きしすぎでね?


せっかくチームメイトも得たことですし、利害一致。

名古木まで交代して走ると、あっという間に到着。平均32km/h。ここでお互いの健闘を祈り、朝の5時なのにお別れします。

善波峠下ったところで平均31、このまま246ルートで御殿場越え、登りで平均を失って登り切った所で平均が29kmでした。

小山の田舎道をダンシングで登っているときに、「ぴゃかーん」とあの音が。そう、あの音が。


スポーク折れました…

リタイヤも考えましたが、ブレーキアーチを広げると後輪はフッレフレのうねうねですが、まぁ走れないことはない。
後輪にブレーキを当てると、シャリシャリ音が尋常ならざる爆音を奏でるので、後輪ブレーキはなるべく封印。
後は五感を徹底的に鈍感にして走ることにしました。良い子はまねしないように。
(後日、スポーク折れたまま100km TTしたと言ったら店長に怒られましたw)


本当にいい天気。富士山が360度どこからでも拝めました。

246は、登り切ってしまえばあとは三島までの極上ダウンヒルがまっています。29kmだった平均も30.4まで上がりました。(後輪からは変な音が・・・)

沼津から富士まで、松林の内陸側の道路を通ります。向かい風ですが、信号もなく、時々一般車両が風をさえぎってくれますので、修行ではありましたが更に平均時速をあげることに成功。

実はこのルート、2007年の東京大阪キャノンボールの時通っています。


富士の手前、吉原にて二回目の休憩。だんだん暑くなってきました。


一度富士市内に入ります。このあとさわやかハンバーグの前を通過しますが、まだ開店まで2時間もありますがな。




富士川。ここまで120kmでアベ30.4km。ここまで距離が長くなると、ちょっとスローに走った位では平均速度表示はビクともしません。その代わり、一度目盛が下がると、取り返すのも大変です。

都内で短距離だと、平均30kmを目指すには巡航38-40が欲しいところですが、地方の国道は信号がないので、33-35で巡航できれば平均30kmは普通にキープできる印象。ただし、ただし、それを延々と5時間やるのは「補給面」でつらいのです。


由比にくるとバイパスなので、自転車は側道に追いやられます。ここのトラップが一層わかりにくくなっていました。

ここからは疲労+退屈により写真がありません。今思えばハンガーノックの前兆だったかも。というのは・・・
人間の常時備蓄エネルギー:2000 kcal
今回のライドのトータル消費エネルギー:4565 kcal
消費目標:2565 kcal
実際の消費(コンビニ中心): 1200 kcalくらい。

通常のライドですと、1時間あたりの消費量は800 kcal位。ということは5時間ちょいで4200 kcal。今回はそれをかなり上回っています。摂取するより先にTTモードでどんどんエネルギーが出ていってしまう感じ。
結論としては自転車でやるITTは160-200kmで普通はエネルギーのほうから先に枯渇するような予感がします。今日も脚より先に体に力が入らなくなった感じでした。次回への教訓にしましょう(って何の?)

草薙に入ったところで、以下のような記録でした。Misson Accomplishedということで、後はポタリングにします。
160km ITT
Av 30.2km/h
Av 203W
4094KJ

個人的に「一般道ソロでAv 160km」は調子をはかるよいバロメーターなので、ちょっと嬉しかったり。なにせノーマルバイク、向かい風の静岡だし。
PowerCal計測ではあるもの、5時間17分間Av 203Wでローラーをやり続けたのと同じくらいのダメージはありますw

せっかく静岡まで来たし、いつもは素通りしてしまう母校を24年ぶりに訪れるチャンス!と考え日本平へ。そこには24年前と変わらぬ青春の原風景が待っていました。



東名高速を行きかう車のタイヤ音
駿河灘の遠景
茶畑の緑
谷を越えてみえる日本平
ボロイ寄宿舎
路面のわるい外周道路
砂糖のはいっていない薄味のコーヒーが入っていたポット
遠くに南アルプス
振り返れば富士山の頭だけ
宇宙空母のような校舎

ここで5年間の青春を過ごしました。
行ってよかった来てよかった。
今度はゆっくり市内に泊まろう。


5時間半かかった道のりを、1時間で帰ってきました。

もうじじいなので、翌日はActive Recoveryの予定。脚がありません。
といっていて蓋をあけるとどうなったか・・・はこちらの記事で。

横浜~直江津345km エピローグ 「次の停車駅は新潟です」「えっ」

2014年05月05日 | 長距離

350km味のビールは、骨まで染みた。くぅ~。
海辺の真っ暗な階段で着替えて、携帯お手ふきで体を拭き、一路直江津駅へ。
20時52分発、最終電車の特急「北越」で横浜に帰ります。
この列車で長岡で上越新幹線最終に乗り換えれば、夜の1時に新横浜に帰着可能。

そう、乗り換えができれば…

+++350kmの顛末+++
[1] 誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「これはナイトライドではなく、禅だ。」
[2] 誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「漬物石太郎の苦闘と根性」
[3] 誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「渋峠は自走に限る」
[4] 誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「何キロで牽けばいいですか。」「ゆっくりで」
++++++


「北越」入線。おぉぉぉ。ヨンパーゴ系だ。まだ現役なのか。

40年?いやもっとか。半世紀を走り続けた国鉄特急。足回りがとてもいい感じ。
モーター音と、揺れが眠気を誘います。外は真っ暗。直江津、柿崎、柏崎・・・初めて訪れる地名が並びます。


いい旅だった。余韻に浸りながら次から次へとビールをパカパカパカッ!

長岡駅到着は9時42分。

… 

そして車内を流れる国鉄唱歌のチャイム♪

「次は終点の新潟~にいいがたああああ~」
「なお、本日上越新幹線の営業は終了しております。」

( ゜д゜)最終電車寝過した


お、おう・・・

緊急事態発生!!このように、最終接続の新幹線を寝過した場合の晩回策は、以下の通り:
[1] 自走で東京へ帰る
ーー新幹線の切符は事情を考慮して再利用できる(窓口で説明すること)ーー
[2] 長岡か新潟に一泊して、始発の新幹線で帰る(指定席が無効になる)
[3] GW期間の臨時夜行快速、「ムーンライトえちご(昔の名前)」で帰る
[4] 臨時あけぼので帰る

鉄としては[4]が鉄板ですね。千載一遇のチャンス。緑の窓口でそのように申し出たところ(+6000円と値は張りますが)、
「新津駅で3時間待ちますけど、いいですか?」

「…」


ニャ嫁に出禁をくらいそうなので、チビ太起床前に帰宅できる夜行電車にしました。

しかたない、夜行列車を楽しむか!♪♪


撮り鉄


充当された電車はこれ。
国鉄色ヨンパーゴ!やった~!


車内はGWの上京客で満員でした。


このカラー、Trek Project Oneで注文したい。

自宅への帰参は6時半でした。帰宅後、嫁に怒られました…

+++笹団子川崎幸区のフーテン太郎さんに盗まれる事件+++


ISOYAの皆さまと山分けするはずだったお土産の笹団子。

一日おいて、4日の朝自主練に回復走に行って参りました。


回復ポタリングなので、Team Z姿で出撃。

ISOYAに着くものの、店員さんがいません。
非つくば組は何の連絡もうけていないので、ちゃんと中止のアナウンスをしてほしいよな~
仕方がない、みなさんを勝手に引率して、自主練行ってしまいましょう。

背中のサコッシュにいれた笹団子は、お店の脇のフェンスにくくりつけておきました。


行き先は横浜シンボルタワー。制限速度は30km/h!
(同時刻:土佐社長「ん!なんだこのサコッシュは?」「中身は笹団子。そうか、ニャロメ君のお土産か」「しばらく置いておこう。後で店長が出社したらみんなで分けようか」)


横浜に40年近く住んでいますが、こんないいところがあるなんて知らなかった。と横浜在住の3名が申しておりました。
(同時刻:川崎幸区のフーテン何某太郎「ん!なんだこのサコッシュは?」「中身は笹団子。そうか、ニャロメ君のお土産か」「わざわざおいらのために置いてくれたのか。そうかそうか頂きます」「う~ん。笹の香とあんこがうみゃーな。」)

数時間後、抜け殻となった笹団子のお土産をおの店長は手にするのでありました。

もう一度、笹団子買いに行きましょう!

誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「何キロで牽けばいいですか。」「ゆっくりで」

2014年05月04日 | 長距離
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誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「これはナイトライドではなく、禅だ。」
誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「漬物石太郎の苦闘と根性」
誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「渋峠は自走に限る」

+++前回までのあらすじ+++
太平洋~日本海を目指し勇躍横浜を旅立ったニャロメと林道の二人組。深夜の寒さと、上州からっ風に体力を奪われ、ヘロヘロになって高崎に到着。大休憩地点の健康ランド前で、先頭のニャロメは後方から大きな物音を聞いた。
それは林道太郎が漬物石に乗っかって大落車する音だった。大けがにもめげず彼女の待つ金沢へ走り続ける林道あらため漬物石太郎。ペースを落としつつも草津の登り口までたどり着いた。渋峠へのヒルクライムは、絶景補正がかかったのか二人とも意外なパワーを発揮しマイペースでクリア、過去最高の雪の回廊を満喫し、ご満悦の体で長野側へ降りる。
「後は日本海まで下りです」というわけにはいかない。制限時間は4時間。残りは100km。無事に直江津の人魚ちゃんにはあえるのだろうか。

++++++

2100mの頂きからの極上ダウンヒル。2時間半かかった登りを、1時間で降りてきました。
最高速は69km止まりでしたが。
新品の25Cタイヤのダウンヒルの安心感、衝撃吸収が素晴らしく良い。しばらくこのタイヤでロングを走ります。


信濃中野から飯山へ右折し、最後の峠、富倉峠の登り口の北飯山まで10km。この区間は向かい風の爆風が吹いていて、いくら踏んでも進みません。ここで二人相談。

ニャロメ「何キロで牽けばいいですか。」
漬物石「ゆっくりで」
ニャロメ「だから、何キロで?」
漬物石「ゆっくりで」

察しろ!ということでしょうか。25kmで巡航することにしました。


向かい風区間なので、単独走行は疲弊します。


次か次の次に日本海に来る時は、帰りはこれでぴゅーんと帰りますか。


いよいよ来ました。ここを左折して、標高差300mを登ると、後は長い長い長い長い日本海へのダウンヒルです。
かなり長いです。強調しておきます。


富倉峠は目分ですが5kmで250mアップ、平均6%。途中までやけにギアが足りないな~とおもったらアウターにチェーンが掛かっていました。平均210Wでヘロヘロになってクリア。
長旅の最後に平均6%越えは脚に来ます。


そして、とうとうやってきました!!!
このトンネルは、このルートで日本海を目指したものにしかわからない感動のトンネルです。
もう、登りはありません・・・


ウィンブレを着こんで、日本海側へ転がり落ちていきます。


その前に、朱鷺の看板さんにご挨拶。

…この後、直江津の海水浴場まで40kmを残していますが、ダウンヒル区間で漬物石さんが遅れ気味です。
下りでもペダルを回していないので、ひょっとしたらエネルギー不足気味なのかも?

途中数分待っても降りてこないので、登り返して見ると、道端で座っています。
「ハンガーノックみたい!補給食食べてる。」という声が返ってきました。

回復を待つ間、500m位の田舎道を4本TTしました。240W-260W位なので全くのショボショボw

ここから先は日も暮れ、疲労もマックス、漬物石さんの疲労も回復はするものの、今度は修電との時間の競争で私自身に余裕がなくなり始めました。漬物石さん、焦って先を急いでしまいすいませんでした。

7時に直江津のヤマト運輸センターに到着、ここで先に配送しておいた着替えと輪行袋の入ったメッセンジャーバッグを回収、後はビールを買って直江津海水浴場に向かいます。


そして、日もすっかり暮れた7時半、日本海に到着~☆
黄金色の恵比寿麦酒は、350kmの黄金の味わいが致しました。あんなに旨いビールは久しぶりだった。




標高図

<<<旅のデータ>>>
Ride Time (Time Moving) 14:55:27
Distance, km 347.10
Work, kJ 7893
Calories, 8,833
Ave Speed (kph): 23.26
Ave Heart Rate (bpm): 125
Ave Power (Watts): 146
Normalized Power 184
Training Stress Score 600.8
Gained, m 3750.00
<<<>>>

この後、私は修電に乗って横浜へ、漬物石さんは金沢に向かうわけですが、よい旅には不思議なエピローグが付いて回るもの。
今回は、新幹線接続寝過ごし事件笹団子フーテン太郎さんに盗まれる事件が発生致しました。これに関しては後日譚として別途報告の予定です。

以上、駄文長文にお付き合いくださいありがとうございました。

誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「渋峠は自走に限る」

2014年05月04日 | 長距離
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誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「漬物石太郎の苦闘と根性」

+++前回までのあらすじ+++
太平洋~日本海を目指し勇躍横浜を旅立ったニャロメと林道の二人組。深夜の寒さと、上州からっ風に体力を奪われ、ヘロヘロになって高崎に到着。大休憩地点の健康ランド前で、先頭のニャロメは後方から大きな物音を聞いた。
それは林道太郎が漬物石に乗っかって大落車する音だった。大けがにもめげず彼女の待つ金沢へ走り続ける林道あらため漬物石太郎。ペースを落としつつも草津の登り口までたどり着いた。標高2100mを越えてあと6時間で日本海にたどり着くことはできるのか。

++++++


天上の楽園へのヒルクライムが始まった!

ここまで230km。脚は使い切っているはずだが、絶景補正が入り意外と踏める不思議な峠。
地獄谷ロープウェーまではAv 230Wで登れた。


ここまで全部自分の脚で来た。この風景、この高度、全部俺のもの。


漬物石さん、お先に~
交通量はGWとあって多めですが、みなさん自転車乗りにやさしいです。


Z坂が見えてきた。黙っていても表情が緩んでくる。


車で登るなんてヤボざます。自転車で登るに限ります。


もうすぐGiro d'Italiaが始まりますが、ドロミテアルプスステージもこんな感じですよね。


漬物石さんが、横浜から輪行で来たという御仁を連れて登ってきました。なかなか快調に登っています。ホントに怪我仁でしょうか?


しばらく並走して一緒に登ります(後ろから漬物さんが写してくれました)
中ノ条から輪行してきたそうです。


笑っているのか、うれし涙なのか、またしても涙腺崩壊w
自走で日本海を目指す時のみ、この高揚感の感情が押し寄せます。


うぉぉぉぉ!来た。この風景の向こうから走ってきた!


下界を睥睨することしばし。


林道さんも感動しながら登って参りました。


草津白根山までは、後少し!風が爆風に変わりました。一部区間では自転車が進まないくらいの向かい風ですが、気にしない。


白根山は素通りして、山田峠~渋峠へ。
山田峠をヒーヒー登っていると、雪原をスノーボーダーがシャーっと滑って行きました・・・

そして・・・
とうとうやってきました・・・
雪の回廊!


今年は雪の壁が高すぎてカメラに収まりません!
推定8m!


この区間は山田峠と渋峠の間、比較的短い区間で、路駐スペースはありません。ですので、バイクと自転車客のみが記念撮影に興じることができます。


いや、まじ、今年の壁は高い高い。


ちょっと壁に正拳鎖骨打ち込み。


渋峠、確か輪行で2回、ロープウェーで1回、そして自走でこれが3回目です。他にも湯田中側から1回あったな。
いずれにせよ、登っている時に涙が止まらなくなるのは、自走で来た時だけ。
こうやって後日ブログを書いたり読み返した時、そこに至るまでの苦労や疲れは風化して、善き思い出だけが残ってしまうのだけど、やはり渋峠は自走に限る。この感動があるからこそ、あの意味のない関東平野の160kmが活きてくるw

さて、頂上で2時半。
日没は6時半。
ここから日本海まで100km。
間に合うのでしょうか?

続く

誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「漬物石太郎の苦闘と根性」

2014年05月04日 | 長距離
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+++前回までのあらすじ+++
太平洋~日本海を目指し勇躍横浜を旅立ったニャロメと林道の二人組。深夜の寒さと、上州からっ風に体力を奪われ、ヘロヘロになって高崎に到着。大休憩地点の健康ランド前で、先頭のニャロメは後方から大きな物音を聞いた.

林道「ワァァァァ!!!」

ドンガラガッシャーン。ズズササァー!


ヒィ!林道さん落車である。
これは大変だ。この旅行はこれからどうなってしまうのだ。
まず、落ち着いてけがの状態をチェック。
肩、肘、腿、掌の4点で着地した模様。掌の皮がべロンと剥けて痛々しい。
肩、ひじ、腿は小さめの擦過傷。だが、ジャージ、ウィンブレ、タイツが破れてしまっている。
なぜこんな所で・・・


犯人はこの漬物石である。
よもやこのようなものが路肩にあるとは思わないだろう。これに深夜突然乗ってしまえば、それはコントロールを失うだろう。


本当にこの傷でこの先続けられるのか。本人は大丈夫と言っているが、お風呂に入る時も染みていたそうだ。
幸いだったのは、健康ランドのフロントでたくさんの絆創膏を善意で頂けたこと。今は気を巡らせてもしょうがない。とりあえず目覚ましを4時半にセットして、二時間でも睡眠をとれるように頑張ってみる。
この後林道さんが走り続けられるかは、明日の朝判断しよう・・・

・・・そして夜が明けた。
林道さんはけがの具合は軽い。走れそうだ、と言っている。

そうか。ならばエスコートしながら日本海まで何としてでも行くぞ。
ここから直江津まで196kmだ。


走りだす。まずは三国街道を北にとり、渋川へ。


いつのまにか三国街道を並行して走る、新しい道ができていた!?
赤城山を右手に、気持ちよいモーニングライド。落車明けの林道太郎は、どうだろうか?


つらそうだ。
「(手の皮がむけたので)ダンシングできね~!」と言っています。


天気は最高!最高の景色が我々を待っているであろう。
脚さえ持てば。


榛名山の特徴的なシルエットを左手に。
3年前にここに来た時、平均時速は29kmでした。今回は25.3kmくらい。向かい風もあったし。


中之条あたりで、吾妻線沿いの道に降りる。GWということもあり、行楽客の車が増えてきた。
林道さんなかなかペースが上げられない。そりゃそうだ。200W位でペソペソ牽くのがちょうどよいみたいだが、どうしてもナチュラルに240W位でてしまうので、つい自然に離れてしまう。途中から強制的に後ろに下がって先頭を牽いてもらいました。

岩櫃城を過ぎ、新道と旧道(ダムで水没する方の道:川原湯と吾妻峡経由)の分岐を旧道へと向かうと、交通量がめっきり減って素晴らしい道になりました。


緑が疲れた脚に力を吹き込みます。

以前走った時は、八ッ場ダム建設用のダンプカーがひっきりなしに通る、交通量の比較的多い渓谷沿いの道でしたが、悲しいことにダムの建設が2020年と決定し(以前来た時は民主党政権のころもあった)、この区間は一部水没が決まってしまいました。
むかし休んだ道端、町のコンビニも今はひっそりとシャッターを閉めていて、さながらゴーストタウン。眩しい新緑とは裏腹に、少し悲しくなりました。


新緑はダムがあるにしろないにしろ、変わらずこの谷を彩り続けるでしょう・・・


吾妻峡にやってきました。
あれ?ダンシングしている。
どうやら私が先頭を牽くより後ろに控えたほうがよいペースになるようです。


新緑が最高に気持ちよい。


この橋を潜ると長野原は近い。長野原草津口で新道と合流し、そこからまた六合村方面へ右折すると一気に交通量の全くない、日本の里山ヒルクライムが始まります。




そして、横浜から走ること220km、とうとう白根山の雪をかぶった山頂が見えて参りました!


高度を上げると山桜が満開に。


後続の林道さんですが、登りの方がいいペース。下りよりも登りの方がよいペースで刻めるみたいです。


六合の道の駅で、ヒルクライム前の最後の大休憩。びっくりカツカレーセットにおそばをつけて、1060円。この燃料があれば、日本海まで行けるでしょう。林道さんは少し量を少なくしてカツ丼定食。これは、後でどう影響するでしょうか。

現在の標高が700mくらい。これから2100mの山と、690mの山を登って日本海側へ転がり落ちていきます。
時間は11時。良し!行くぞ。


スタートと同時に絶景里山ヒルクライムが始まります。
鯉のぼりを見ると、どうしても家に残したチビ太を思い出してしまいます。


実は草津までの登りが一番きつい。そんな中、一般車の交通に気を使わずにゆるりと登れるのが六合村ルートの良いところ。


痛い体に鞭うって、林道さんもヒーヒー登ってきました。

そして、天狗山レストハウスについたのが正午ちょうど。横浜から230km地点。やっとメインディッシュにありつきました。
さて、行きますよ。

誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「これはナイトライドではなく、禅だ。」

2014年05月04日 | 長距離


誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「漬物石太郎の苦闘と根性」
誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「渋峠は自走に限る」
誰がために私は漕ぐ2014:横浜~直江津345km  「何キロで牽けばいいですか。」「ゆっくりで」

自転車生活を再開してはや8カ月。だいぶ乗れるように体が戻ってきました。そうなると、以前のような超ロングライドをしてみたい熱病に罹患してしまいます。

このブログの過去帳をひも解くと、ロングライド3傑は下記の通り。
1. 2009 July 6 380km 自宅から伊豆半島一周
2. 2011 May 1 335km 自走直江津 via 渋峠
3. 2010 Aug 23 285km 秋葉街道 分杭峠ダブルクライムつき

このなかで、伊豆半島自走は膝靭帯を痛めた苦い経験があったので、今年のGWは渋峠か、秋葉街道を妄想するようになっておりました。そんな4月のある日、希望者をさぐってみると、ISOYA仲間のうえだっちさん、林道さんが釣れました。
しかしながら、直前になって当初の予定の1日の天候が思わしくなく、2日に順延した関係でオリジナルメンバのうえだっちさんが家庭の都合で泣く泣くDNS。同じく行きたがっていた小野てんちょの悔しい気持ちもまとめて日本海にドボンと落として行くことに。

最小人数にて挙行することになったので、深夜0時ではなく、夕方5時半に妙蓮寺駅を出発することに。その日は私がチビ太のおかあさんでしたので、一度保育園へお迎えし、ウェアに着替えて(笑)から、再度林道さんとママの待つ妙蓮寺に向かいました。

駅に往く道すがら、お父さん脱走の只ならぬ気配を察したのか、手を後ろに組んで歩み出すチビおじさん・・・










「あっ。おかあさんがいた。」


その日、保育園の父母懇親会にパパ組ではただ一人出ておりました。駅前であきれ顔のYOMEと話していると、うさぎ組の担当の先生が通りかかってしまい、直江津行の事情を説明する羽目に。

5時半になりました。
サイコンをゼロにして、出発!
「それでは、へんな林道おじさんとお父さんはじてんしゃのおべんきょうに行ってくるね。」


まずはお約束、太平洋にタッチ!


今回の秘密兵器、ヘルメットトップマウントのION700。これは正解でした。でももう少し下に向かうように調整が必要ですな。


Joule GPSは6時間前後でバッテリーが枯渇してしまうので、大休憩の度に充電していました。


ISOYAにいって店長犬のSORAに挨拶。おなかがすいていたので、レジ横にあったボントレガーブランド(!?)の羊羹を買ってその場でもしゃもしゃ。


日も暮れました。多摩川沿いから環八沿いに高井戸をまず目指します。


昔上井草には開かずの踏切がありました。今はこのくらいしかありません。しかし、この後の谷原では陸橋トラップにはまりました。


この日、都内と埼玉県内は微追い風でした。群馬県に入ると、それは向かい風に変わり、苦行が始まります。このころは一般道の交通も流れていたので、まだ快適に走れていたのですが。


朝霞から新座に入るところで、最初のコンビニ休憩。


入間川を越える。このころから、夜の帳が下りてあたりは真っ暗。水田の傍を通ればカエルの声が聞こえ、畜産農家の近所を掠めれば肥やしの良い香りが。そして残り距離数字は全く減らない。
うんうん、エキストリームツーリングらしくなってきたぞ。


漆黒の254号線北上を続けていくと、川島ICの近くで巨大な松屋の工場が。
よく調べると、これは配送センターでした。

写真には撮り忘れましたが、高崎市内でガトーフェスタ ハラダの工場の前を通過した時は、香ばしいバターの香りが漂ってきて、おなかが「グー!」と鳴りました。

川越街道(254号線)、途中までは順調そのものでしたが、途中から向かい風に。とにかく田舎で街灯もまばらにしかたっておらず、ひたすら先頭にたって向かい風を切り裂き進みます。切り裂く、とはいっても時速は30km届くかどうかというところ。とにかく暗くて何も見えないので、ずっと走っていると意識が無になっていきます。目をつむって1分走っても景色は変わらないでしょうか。禅の修行僧よろしく、心と前頭葉を無にしてひたすらロボットのようにクランクを廻し続けました。
先は長いです。ですので回転の上死点にペダルを乗せるだけで後は勝手にバイクが前に進んでいく、「あの」スイートスポットを意識してこぎ続けました。


荒川を越えると、熊谷市内に入ります。




この橋を越えて左折すると中山道になります。ここから、籠原>深谷>本庄>藤岡と西上しますが、徐々に高崎に近づいてはいるものの、距離はなかなか縮まらない。


深谷のファミマで作戦会議です。
ニャ「今12時。このまま走り続けて草津まで行くと、到着は朝の5時。」
林道「真っ暗闇の中、草津まで登るのか。道端見えるの?」
ニャ「もちろん見えない。なので深夜の走行はやめよう。高崎近辺で健康ランドを探そう」
・・・というわけで高崎で2時間ほど休憩することになりました。
とはいえ、向かい風で疲れまくった上に、深谷から高崎まで結構距離を残していました。

まさに、漕いでも漕いでも関東平野。自走で日本海を目指した者たちのみが知る、果てしない荒涼感!
しかも、昼間ならばいざ知らず、夜は景色がまったく見えないのでひたすら漕ぐのみ、おまけに今夜は上州名物からっ風の吹き下ろしと来ています。


途中、深川の沿道にはこんなものが。
林道さん、渋沢栄一さんはこんな人です。
日本の武士(幕臣)、官僚、実業家。第一国立銀行や東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、日本資本主義の父といわれる。理化学研究所の創設者でもある。Wikiより


途中、迷ってはいないものの、高崎市内を目的地の健康ランドを求めて迷走。

夜2時を過ぎ、気温も下がり、風も強まり、二人のやる気、集中力はグングン下がって参ります。
このような時、得てして不幸が人を襲います。


この時、前方ではチビ太が路肩で何か細工をしていました。

そして、ゴールの健康ランドが見えた最後の100mで、私は後方から何かを聞いたのです。

林道「ワァァァァ!!!」

ドンガラガッシャーン。ズズササァー!


一体、ゴール手前にて何が起きたのか!詳しくは次回。

河津桜 西伊豆コース (伊豆2/3周)

2014年03月09日 | 長距離


今頃みなさんが毎年恒例の河津桜にトレイン組んで走っている頃ですが、日曜日は一日中チビ太とデートのため、一日前倒しでソロ河津に行ってきました。同じルートもつまんないし、天城越えも一度やったし。前日「西伊豆ルート」を思いつきました。

いいコースでした!



160km


獲得標高は2400m
4000kj (=4500cal前後)


最初にして最も難しい関門が、朝起きること。
始発の東海道線は、朝4時54分出発なんです。しかも土曜日は本当に底冷えして、扉が開閉するたびに車内に冷気が入って、小田原まで寒くて寝られませんでしたよ。


熱海で乗り換え。更に西へ進みます。
注:これは「島田」行きです。「下田」行きではありません。これに乗って下田へ南下したつもりにならないでくださいwww

スタートから最初の30キロは、平坦。伊豆半島の肩の部分を、走ります。このエリアが最高!


早朝の透き通った青空をバックにした富士山、真っ青な海、交通量はほとんどなし。


どこを走っても青空と海と富士山の碧い世界。


走っていてずっとニヤニヤニヤニヤ、写真休憩を何度したことか。
伊豆一周を時計まわりすると、大体このエリアは夜が暮れて、脚を破壊された後に通りますから、全く記憶にも残らないでしょうけどね・・・


戸田に至る、井田のあたりからヒルクライムが始まります。道路が山の上にほうを走り、なぜか直下に漁港がありますw。伊豆半島名物、無駄に登り無駄に下るの反復行為の開始。


いや、もう堪忍して・・・


いつもは西伊豆スカイラインで移動するので(こっちの方が一気に無駄に登るのできついですけど、精神的に無駄に降りない分楽)、このルートは初めて。


土肥の集落の手前の高台を走っていたところで、後輪からバースト音!パンクやらかしました。音がすごかったので、何だろうと思ったらサイドウォールが裂けています。これはウォールも修復しなければなりませんね。


ここで先日購入しておいた秘密のラバーボーイを投入。パンク修理パッチとしても、タイヤカット保護パッチとしても使え、しかも幸せな気分になる不思議なパンク修理パッチ。パンクしたのに幸せになるとはこれいかに。


戸田~土肥~黄金崎~宇久須~堂が島~松崎と登っては下りの繰り返し、すっかり疲弊しました。
交通量は非常に少なく、行きかう自転車は漁港でたまに走っているママチャリのみ。ずっと右肩には富士山と、南アルプスの雪屏風が。ヤッホヤッホー。


松崎の先で左折して、「婆娑羅峠」へ。ここも地図上は知っていましたが、いつも海岸線を走っているため、初めて使いました。伊豆半島、内陸に入るといいですね。無駄な入金出金がありません。


えっ。標高316mって聞いてない。


峠自体は最後の区間を除けばアウターで登れるような峠です。


峠から高速で降りてきました。この後河津へむけまた200m登るとは…


下田街道、峰山200mを登って・・・


トンネルを越えると桜源郷です。木々の切れ目から里が見えますが、ところどころに桜色の塊が川沿いに散在して、山の上からみると絵本の世界みたい。


桜は・・・まだ満開で踏みとどまっていました!


一部ランプレメリダ(葉桜)になっている木もありましたが、ほとんどがT Mobile(満開)のままでした。


Lampre Merida


T Mobile


満開は確かに先週でしたが、寒さもあって一週間トップコンディションをキープしてくれました。


先週よりは人ごみも少ない印象。自転車の人は更に空いている上流で観桜しましょう。下流の混雑は異常ですから。


先週お世話になった今井荘さんにご挨拶。あれ?支配人はインフルでダウンだって。
自転車でご挨拶に来た、ということで、コーヒーごちそうになっちゃいましたw

この後はヘロヘロな脚に鞭打って、伊東まで北上。東伊豆は自家用車がビュンビュン走り、大都会の印象です。なぜ下田から帰らないかというと、伊豆急行の運賃をケチるためです。


無事伊東駅に到着したところで160km
スーパービュー踊り子は、輪行スペースが広くていいですね。熱海から横浜までノンストップだったので、あっという間に帰宅できました。

帰宅して体重計にのったらびっくり。
半年で9kg痩せました。後5kg減らしたいトコロ。

来年の河津桜は西伊豆コースで?

こんぶロード観戦付き河津桜観戦ツアー

2012年02月26日 | 長距離


日にちがあいてしまいましたが,日曜日の記憶

土曜日は朝から雨,ということでチビ太と遊びまくる,筈でした。
しっかし,10時~4時半で工業英検一級の講座を受けてこいとの会社の命をうけ芝公園へ。
あまりチビ太先生と遊べませんでした orz

さて,あけて日曜日。
河津までの160kmを,ツーリングしつつ,ところどころモガキつつ,山もがっつり登りつつ,都ロード(こんぶろーど)で知り合いを応援しつつ,桜を愛で温泉にもつかって一日中遊んでしまおうという欲張りな企画。
一日になんでも詰め込むと失敗におわるという典型を危惧しましたが,なんとか全て達成しました。

出発は朝の5時,横浜は子安
前夜@masraoさんが突然出馬の意向を示し,すわ大変だ!T永さん死亡フラグキター!と思いましたが,ますら王はニドネールで別方面へ。ほっとしたような怖いものみたかったような。
そして朝の4時半にT永さんから入電。なにやら呼び出しがかかってDNSとのこと(このあと電車にのって追いつきましたが)。というわけでいきなり気温0度の朝の5時。モチベーションがた落ちで,30分後,5時半に入江橋をスタートする亀の子隊入隊に心が動きます。
しかし,とにかく強度をあげて距離を乗らなくては!しぶしぶ横浜~小田原ITTをすることにしました。
結果は・・・


Distance, km 60.7
Average Speed, kph 31.66
Ride Time (Time Moving) 01:53:23
Average Power, Watts 219
Normalized Power 247
自宅から小田原まで2時間でした。。。もうやらん

第二部
林道太郎と往く、林道漫遊

横浜から小田原まで冗談で2時間と林道さんに伝えましたが,本当に7時に林道さんは小田原で待っていました。ジャストで到着。小田原からは林道さんに先導役をお願いし,巡航30kmのオヤツーペースで海沿いをニコニコ進みます。このくらいのペースで走るの久しぶり!すごく楽しい,気持ちいい。300kmくらい走れてしまいそう。
しかしながら,空模様がだんだん怪しくなってきます。8時からの晴れマークを信じてここまで来たのに,鉛の色の雲は微動だにしません。しまいにはポツポツ氷雨が降ってきました。
せっかくの集団走行も,水をバシャバシャあびながらになってしまいます。湯河原を越えて伊豆山で5分ほどシッティングで350W-400Wで刺激を入れて上りました。最近80年代のツールのビデオばかり見ているので,どうしても重いギアでシッティングで走ってしまいます。今日はシッティングの調子がえかた。(腰に荷物を背負っている,というのもありますが)
熱海を越えて伊豆多賀へ。ここで後続亀の子隊が小田原にいるのを確認。ここからは山伏峠~中野林道を伝って修善寺CSCへ山越え。伊豆多賀から山伏は,最初の2kmがアザミばりの激坂。雨だったので全部シッティングで。中野林道は240-260Wくらいで淡々とSST登坂でした。途中で雨が雹に変わり,顔を雹の礫で殴打されながら登ります。「都ロード本当に開催されるのか?まさかまた中止?」不安がよぎります。

亀石峠
Distance, km 6
Normalized Power 248

第三部
こんぶロード観戦

スタート30分前にCSCに到着。チームメイトや知り合いに一通り挨拶をしたら,応援ポイントへ移動します。今日は時計回り1コーナーの登り切ったところに陣取りました。ここはみんな苦悶の表情で登ってきて,ぜんぜん余裕がないので誰も声援に応えてくれませんでしたw

(ここだけの話,自走応援とかしていないでお前レース出ろ!といつか言われそうでコワイ・・・)
(でも修善寺はCクラスでも千切れる自信がある・・・)

Aクラスは超豪華メンバー。日本のトップアマのレベルです。B,Cクラスは知り合いたくさん。

Aクラスは,号砲と同時にマチャーキのファーストアタック,いきなり棒状になってみんな苦しそう。8分台で周回していたそうです。あのひとが,あの人までも,という感じでどんどん集団が小さくなっていく。先頭でペースを作っていたのは,VAXと竹芝のミツさん,他。VAXが常に小さく抜け出してレースも作るも集団は逃がさない。
2周目,ノリックさんが集団の中でポジションアップしながら登ってきた,調子よさそう。
ミツさんは常に集団前方。

レース中盤
餃子ミツ,牛蒡モリモト,東大Y, VAXの4人の逃げが決まる。
これは決まりそう。集団からもペースアップして追いつこうとしているが,厳しいか。ミューラーさんが必死でペースアップに加担していたが,使われている感じ。回りきっていない様子。VAXの押さえもあったかも。
VAX落ちて3人の逃げに。
3人の中では東大Y選手が一番回りを警戒しながら走っているように見えた。最後のスプリントではパワフルにもがいて余裕の一位。クライマーではなく,パンチャーっぽかった。スプリントの力強さが全然違いました。とにかくAクラスはレベルが高すぎ。見ると刺激をうけるどころか自信を失いますわ・・・

Bクラスは知り合いたくさん
常に前方5人の中に入って前々で展開していた大尉と,最終周回ペースアップをして集団を攻撃していたkohさんが印象的でした。ただチーム戦略をもって戦う人がいなかったので,最初から最後まで団子で走っている印象(もちろん私がエントリしたら団子にも乗れませんが)

CクラスはUNOのT木さん優勝,竹芝ヒンカピー君5位。





第四部
あなたと行きたい天城越え

たっぷり応援して,11時半のレース終了と同時に修善寺解散。途中で合流したT永さんを加えてこれから天城越えです。

河津集合が15時ですから,まー余裕でしょう。湯ヶ島までだらだら登りがつづく田園地帯を走っていきます。この道は気持ちが良かった!ところどころ400Wオーバーでもがきを入れます。

湯ヶ島に入ったところでプハァ~~~ン!と派手に後輪がパンク,見たところ,目が釘付けになりました。



ま,いい足休めになるわ,とSNSを見たところ亀の子隊DNFの知らせが。残念ですが,この氷雨なら仕方ないですね。(実際海沿いはとても寒く,雨も強かったのでは。ただし伊東を越えると晴れたそうですが。)


天城は林道先生を,T永さんとサンドイッチしながらえっちら登ります。観光バスが多くて走りにくい。どうせ登るなら,河津からループ橋を経て登りたいですね。河津からだと勾配あってきついですがw

かなり疲弊していたのですが,いやがる林道先生を拉致して天城峠旧道へ。1.8kmの砂利ダートのヒルクライムを楽しみました。ダートだとラインが限られているので,うまくいった時は楽しいですね。また,悪路の登りはダンシングできない。体重重くてもなんとか無理押しできます。クラシックレースでクライマーが苦戦するわけもなんとなくわかった天城ダート道でした。


登り切ったら後は海にむかって高速ダウンヒル。しかし,その前に砂利ダートダウンヒルで一敗地にまみれました。俺,下り遅い・・・



第五部
河津桜を愛でる会

下まで降りてくると太陽の光が雲の切れ間から差してきました。うん,里山の中を降りてゆく道,気持ちいい。
河津桜ですが,ホームページでは2分咲きと言っていましたが,一部の桜のみ2分咲きで,まだまだでした。ただし川辺の売店は大盛況,予約をしてしまった手前,今日この日にツアーを挙行をせざるをえなかったバスのツアー客だけが川辺のお土産屋さんを冷やかしていました。
ま,雨と雹とヒルクライムで疲弊しまくった我々は,もう桜なんてどうでもいいですけどね!
河津桜会場滞在は結局15分くらいでしたw

第六部
露天風呂にチャップリンコ


もうはよー温泉とビール!ということで今井浜へ。今井浜サンシップの前に自転車が5台,どこかで見たことのある自転車が縛られてつながっています。おぉ,先についていますね。
ダッシュで露天風呂に突撃して,「カラカラカラ」と引き戸を引くと,いましたいました。マサさん,まるおさん,コミュさん,karzさん,
ここでSSR隊とISOYA隊合流。波の音を肴に今日一日を振り返りました。生き返ったな~サンシップ今井浜は聖地認定だな。

さて,帰路ですが,河津桜祭り帰還は,基本伊豆急が大混雑だと思ってください。
ですので,本来は一度下田へ下り,一度下車してから始発にのって帰るのが現実的です。満員電車に輪行袋でドヤドヤは問題ありですから。
実際SSR隊は一度下田におり,回転すしだけど寿司がまわっていないすし屋でベロンベロンになるまで飲み食いして,静岡県各所にバックパックや携帯やヘルメットやグローブを遺失しまくって帰京したらしいですwwww

ただし,ことこの日に限っては,上り電車がすいていたので,われわれISOYA隊は無事座席に座れました。この後は熱海から新幹線で豪華に帰宅。なんと7時には横浜の自宅についていたのでありました。

これでシーズン前半のツーリングは終わり(といっても一回きりだが)
この思い出を胸に練習に励みます






誰がためにワシは漕ぐ2011:横浜~直江津個人TT

2011年05月01日 | 長距離
『草津白根山は横浜から220kmの所にある。自力で来ると、脚が終わった状態でいつもたどりつくことになる。それでも、この峠には魔力がある。体力残りゼロでも、カーブを越えて、標高を切り開き、次に広がるであろう絶景に心を躍らせながらゆっくり登っていくと、最初は草津の町並みが眼下に、そして浅間山、そして遠くに秩父の山が目の前に広がってくる。
あの山の向こうの向こうから、夜通し走ってきた!この風景全部走ってきた!万感胸に去来して、ない筈の力が脚に戻って、涎を垂らしながら(期間限定の)ダンシング。サングラスの下には涙があふれてくる。』


よっしゃー!!!



やった♪久しぶりの日本地図
ルートラボ

一本の記事では収まりそうにないので、3つに分けることにします。

第一編 はてしなく続く坂東太郎

第二編 渋峠ガビア練!

第三編 折れた心を継いで日本海へ

誰がためにワシは漕ぐ2011:第一編 はてしなく続く坂東太郎

2011年05月01日 | 長距離
きっかけ:@ishikohさんの雪の壁レポ

まずこれに旅情をいたく刺激されてしまった。最近はレースにむけてストイックに追い込む練習ばかりしていたので、ガス抜きをしたかったのでしょうか。一週間あたり前から「直江津逃避行病」を発症してしましました。この病気に効く薬はありません。

前日のTTT練@荒川を終え、家に戻ったのが夜の8時。5/1に予定されていた竹芝 神奈川練が雨により開催が危うくなっていたのがわかりました。これは4/30の内に走行距離を荒稼ぎをしておかなくては・・・
よし決めた。日本海まで行ってみよー。

最近このブログもトレーニング日記が多くなっているし、たまには旅情たっぷりのツーリングをしたいな、ということで即決。

ニャロメ「明日脱走するよ。そのかわり日曜日・月曜日は自転車乗らない」
ニャ嫁「どこ行くの?」
ニャロメ「北陸地方w」
ニャ嫁「ずいぶん遠くまでいくのねー(←信じてない)」

10時に就寝。2時に起きた。2時半に出発。
着替えも持たず、ウィンドブレーカー、長指グローブを予備にもってバッグなしの軽装備で出発。
「なにあそ」SNSにいたずらの書き込みをして仕込みはOK!
自転車はクロモリLeMond、シフターだけエルゴパワー、ホイールは手組みではなくShamal、コグは11-23T。2200mの山が控えているので11-23Tに一抹の不安を残すが、最近の調子からみて大丈夫かな、というわけでGO!

菊名>綱島>武蔵中原>二子橋>田園調布>上野毛>用賀>成城>高井戸>井荻>谷原>和光>朝霞>新座>三芳>川越>東松山>熊谷>深谷>本庄>倉賀野>高崎>吉岡>渋川>金島>岩櫃城>吾妻峡>川原湯>八場ダム>長野原草津口>


2年前と同じルートでまずは最強に広い関東平野のきりとりにかかります。


高井戸のスキヤでなにあそのSNSの「2010年 直江津集合 今ココ」掲示板に書き込みます。(去年のあれ
最初はみなさん「なんで半年前のスレが更新されたのだろう?」と思うだろうなー。ニヤニヤ。
Twitterには渋峠の頂上まで内緒にしておきました。

注:SSRなみなさんは毎年何十人で直江津に行ってしまいます。ですので東京~直江津は自転車乗りにとっては別に特別なことでもなんでもありません。初めて聞いた人、あまりビックリしてはいけません。距離感覚が壊れてしまった一部の人にとっては、「ちょっとそこまで」的な範囲内です。


2年前の脱走事件の時は、渋峠までとった写真がすべて消えてしまったので、今回やっと記録に残せます。
ここら辺はひたすら無心に、32-34km/hくらいで淡々と走り続けます。


ロングライドにはエルゴパワー、ではないでしょうか。
とにかく握り心地がしっくりくる。
シマノの時は上ハンドルも交えたりしますが、カンパのブラケットポジションはあまりにもベストフィットなので、上ハンドルを持つ必要を平地では感じません。結局325km走って、上半身のトラブルは1つもありませんでした。
欠点は・・・草津に登る峠で発見しました。後述します。

どこかで聞きましたが、カンパのエルゴパワーは、「200キロのレースの最後で全力が出せるよう、レースの9割近くストレスフリーでライディングができる」人間工学を目指しているそうです。


とにかく、2年前と比べてあまりの順調さにビックリします。
あの時立ち寄った数々のコンビニ、休憩して仮眠をとった場所を次々に無休憩で通過。
季節が涼しい、というのもあるでしょうが平均速度で2km位違う印象です。


「荒川なう」とここでつぶやきます。
二日連続で荒川に練習に行ったと皆さんは思うでしょうね。
たくさんイイネ!をいただきました。
皆さんの眼を荒川河口エリアに引き付けておいて、北へ逃げる。欺瞞作戦成功です。イヒヒ。

熊谷~深谷~藤岡も、前回朝寝をした公園をさくっと通過。高崎の手前で碓氷峠越えで長野を目指す大宮のローディと出会いました。


渋川まで120km位でしょうか。平均は28.5km/hとか。
ここからは日本ロマンチック街道、ヤッホーツーリングのスタートです!!


いきなり雪山が視界に飛び込んできて、テンションあがります。


早くイキテー!ジロ・デ・イタリアな世界へ。しかしここから草津口まで、標高600mを登り基調でじわりじわりと上ってまいります。ここにきてアベレージも順調に下降し、185km地点で27km/h台に入りました。


あれよあれよという間に景勝吾妻峡に到着。


2年前、深夜12時に横浜を出て、ここに12時昼寝休憩のため停車しました。そこまで食事休憩を2回、睡眠休憩を2回とっていました。
今回は深夜2時半に横浜を出て、ここに10時にいたのかな?いいペースです。


八場ダムも一部施設が完成していました。


草津上野原から右折して六合村経由で草津へのヒルクライム。
ペースも速い、体力もまあまあ残っている。時間には余裕がある。
しかし、「好事魔多し」気を引き締めていきましょう。

渋峠には、魔が潜んでいました。
「第二編 渋峠ガビア練!」に続く。


誰がためにワシは漕ぐ2011:第二編 渋峠ガビア練!

2011年05月01日 | 長距離
第一編 はてしなく続く坂東太郎」より続く


この後、ガビア練が待っていました。おーこわい。
吹雪ではありませんが、夏装備で下ったので・・・


ガビア峠とは・・・
1988年のジロ・デ・イタリア
ガビア峠で吹雪となり、ゴールした選手が次々に倒れる事態となった。
"The day when the strong men cried"と言われた、伝説のステージ。

gavia 88


六合>草津>白根山>渋峠>熊の湯スキー場>湯田中温泉


まずは六合村、搦め手として草津攻めを担当します。
長野原の標高が600m、ここから18kmで草津温泉湯畑まで600m登ります。
交通量が少ないのマイペースで登れるのでこちらがお勧め。
六合の道の駅からは7.5km, 5.2%
11-23Tのスプロケでも、問題なく登れますが、ひとつ欠点が。
シマニョーロなので、11速を探して思わずあるはずのない「もう一段」をやってしまい、チェーンを内側に外すこと4回
そのたびに「あ~やっちゃったよ」と立ち止まってしまいました。


湯畑の足湯で、じっくりモミモミ。乳酸を15分かけてじっくり流しました。さて、出発!さら脚を手に入れたと思いましたが、温泉街の激坂であっというまに乳酸が押し寄せてきましたwww


交差点の7-11でメロンパン(メロンパン食べるの一年ぶりくらいだぞ、おい。)を食べながら空を見上げると、今にも泣き出しそうな曇り空。ポツっときました。


本コースに入ると、ちょうど一週間前に行われたツール毒殺をイメージしながら登・・・れるわけありません。インナーロークルクル作戦始動します。
そうこうしているうちに雨は本振りに。こりゃたまらん!とロープウェイ乗り場に避難。
夫婦で東京から来たサイクリストと歓談して時間を潰します。雨脚も和らいだようですので再スタート。


殺生河原の毒ガス地帯を抜けると、また本降りに。


はじまった。天国へのZ坂。テンションが一気にMAXに。満面の笑みでダンシング。


夏の渋峠は何度も来たが、これは凄い!


これは何ですが、ジロ・デ・イタリア、ドロミテアルプスステージですか?


実業団レース開催希望。ダウンヒル付きでwww


出力パワーは200Wくらいですが、絶景に+50Wくらい頂きました。このマジックが起きるのはここだけ。


しかし、雨脚はいっこうに収まらない。このまま頂上に登って、レストハウスで考えよう。
いや、でももう洒落にならないほど降ってきたぞ。寒い!
なんか外歩いている人完全装備のスキーヤーみたいだぞ、おい。

私、ペラペラのウィンドブレーカー、ニーウォーマー、シューズカバーないっす。


おい!

北極かwww

白根山の山頂で、他のサイクリストとストーブに当たりながら手をモミモミして暖をとる。焼け石に水、じゃないドライアイスにお湯だと思った。彼はこれから長野に抜けると言っていた。
その時、見覚えのある人が前を通った。
支配人だ!(つ渋峠の山頂に財布を忘れる事件
支配人に「今年も来ましたよ~」と挨拶する。

そして、意を決してダウンヒル開始。
さっ、寒い!!!
凍るぅぅぅぅ!



そしてとうとうお目当ての雪の回廊に到着。場所は山田峠と渋峠の間。
しかし実際は、寒くてこの絶景を楽しんでいる状況ではなかったwww
そして妙に腹が減ってきた。


山岳救助犬インディー君に救出されました。
モフモフ組み合っていたらあったかくなりました。


休憩したのは、渋峠ホテル。
おいしいパンを3個買って、あったかいコーヒーと暖炉の火で暖まります。

暖まったと信じて再スタート。ダウンヒル開始!

さっ、寒い!!!
凍るぅぅぅぅ!



先ほどのローディさんが道端で写真撮影をしていました。

声を掛け合って一緒に下ることに
汗+雨でウェアはぐしょぐしょ。気温は3-5度。これでダウンヒルすると気化熱で一気に体温を吸い取られる感じがします。
路面はウェット。恐る恐るずーっとブレーキをかけながら(おかげでブレーキパッドが溶解し、なくなりましたwww)ゆーくり下っても、寒さは全く改善しません。

スキー場ですかここは?

そこを春装備でダウンヒルする二人www

熊の湯でたまらずホテルに転がり込みます。もう一人の方は、完全冬装備で降りていたので、缶コーヒーで復活し、一足先に下って行きました。私は震えが止まらず、ガビアステージゴール後のブロイキンクみたいになっていたので、ホテルのお風呂に入ることに。
ここでびっくり。体重が74kg台に入っていました(違)
いきなり手足を温めるのは危険か?と感じ体幹から温めることに。湯船に入っても、体の芯が冷え切っている状態がしばし続きました。

この状態で走り続けるのは危険。湯田中から電車にのって長野から新幹線で帰る決意をしました。
ネタも大切だが、身の安全が大切。
そう考えると気も楽になってきて、お風呂も楽しめるようになって、一時間も長湯してしまいました。まぁ、そのくらい長湯しなければ体が心から暖まらなかったともいいますが。

第三編 折れた心を継いで日本海へ」へ続く