

仏像がとりわけ好きという訳ではないが、奈良中宮寺の「弥勒観音菩薩半跏思惟像」は別格だ。
初めて拝謁したのは30代半ばだった。慈愛に満ちたかすかな笑みが、脳裏から離れぬほどのとりこになった。かすかな笑みをもらす尊顔が、実に優美な線で彫られ、ほんわかと包み込んでくれる仏像だ。頬に軽くあてられている右手のたおやかな仕草が何ともいえない。
そのお姿が忘れ難く、後に再訪した際に、境内の土産物売場で求めた二葉の写真が上記のものだ。
この微笑みを「古典的微笑」(アルカイック・スマイル)といい、スフィンクス、モナリザと並んで世界三大微笑像と呼ぶそうだ。
和辻哲郎氏は、その著書「古寺巡礼」の中で、
『あの肌の黒いつやは実に不思議である。・・あのうっとりと閉じた眼に、しみじみと優しい愛の涙が、実際に光っているように見え、あのかすかに微笑んだ唇のあたりに、この瞬間にひらめいて出た愛の表情が実際に動いて感ぜられるのは・・あの頬の優しい美しさの、その頬に指先をつけた手のふるいつきたいような・・』
と絶賛している仏像のひとつである。
中宮寺は、聖徳太子が母の為に建立したとされる日本最古の尼寺。本尊・弥勒菩薩半跏思惟像は、聖徳太子が御母の姿を写されたとも伝わる。
