私が「やまべ寿司」を知ったきっかけは「京王百貨店駅弁チーム」(光文社新書)。
そこには『廃線駅弁の復刻』という企画があり、そこで上興部駅の「やまべ寿司」に目をつけたとあります。
そして紆余曲折があり平成9年の「駅弁大会」で「やまべ寿司」は復活、大好評だったという。
本の中には出店した西興部村・村田氏のこんなコメントもあります。
「2週間の間に私の人生で作った数よりも多いくらいのやまべを作りました。」
まさに名物催事の面目躍如ですね。
この本で私はかつて上興部駅で駅弁が売られていたことを知りました。
その後私はこの駅弁の事を忘れていました。
それを西興部村史の中で偶然見つけたのです。
そこには上興部駅で駅弁販売を止めた理由が書いてありました。
名寄本線では沿線の発展により昭和37年から、
遠軽から紋別、名寄を経由して札幌を結ぶ急行「紋別」の運行が始まりました。
その停車駅から上興部駅が外されたことがわかったからだというのです。
急行「紋別」は気動車なので機関車の付け替えが要らないため上興部には停車しません。
当時は名寄本線開通時とは違い、他の普通列車も気動車化されていたのでしょう。
となると上興部駅で長時間停車する必要もなく、駅弁を買う時間もありません。
そこに急行「紋別」が停車しないということもあり上興部駅での立ち売りをやめた。
時代の流れというものでしょう。
そこで当時の販売店はどうしたかというと…。
なんと同じ名寄本線の興部駅に移ったというのです。
これに私は驚きました。
興部駅の駅弁なら知っている、食べたこともある。
そうか、あの駅弁のルーツは上興部駅だったのか。
続く
そこには『廃線駅弁の復刻』という企画があり、そこで上興部駅の「やまべ寿司」に目をつけたとあります。
そして紆余曲折があり平成9年の「駅弁大会」で「やまべ寿司」は復活、大好評だったという。
本の中には出店した西興部村・村田氏のこんなコメントもあります。
「2週間の間に私の人生で作った数よりも多いくらいのやまべを作りました。」
まさに名物催事の面目躍如ですね。
この本で私はかつて上興部駅で駅弁が売られていたことを知りました。
その後私はこの駅弁の事を忘れていました。
それを西興部村史の中で偶然見つけたのです。
そこには上興部駅で駅弁販売を止めた理由が書いてありました。
名寄本線では沿線の発展により昭和37年から、
遠軽から紋別、名寄を経由して札幌を結ぶ急行「紋別」の運行が始まりました。
その停車駅から上興部駅が外されたことがわかったからだというのです。
急行「紋別」は気動車なので機関車の付け替えが要らないため上興部には停車しません。
当時は名寄本線開通時とは違い、他の普通列車も気動車化されていたのでしょう。
となると上興部駅で長時間停車する必要もなく、駅弁を買う時間もありません。
そこに急行「紋別」が停車しないということもあり上興部駅での立ち売りをやめた。
時代の流れというものでしょう。
そこで当時の販売店はどうしたかというと…。
なんと同じ名寄本線の興部駅に移ったというのです。
これに私は驚きました。
興部駅の駅弁なら知っている、食べたこともある。
そうか、あの駅弁のルーツは上興部駅だったのか。
続く