OBERON 日記

1999年1月25日。パソコン通信から始まった公開日記。
できれば、死ぬまで続けたい・・・(爆)。

被害者でいることの傲慢

2012-03-23 17:29:16 | Weblog
さっき、自宅の固定電話が鳴った。また、それで呼吸が苦しくなった。

親しい人が、固定電話に電話をかけてくることはない。みんな、携帯電話を使用する。だから、固定電話にかかってくる電話というのは、たいがいが勧誘の電話だった、今までは。いや、今も、もちろんそうではある。ただ・・・あの日の電話・・・あれ以来、固定電話が鳴ると・・・だから、電話には出たくない・・・けれど、万が一、裕太に何かあったのだとしたら・・・そんな知らせ、聞きたくはないけれど・・・決して聞き逃すこともできないから・・・毎回、大きな息を吸って電話に出る。そして、第一声から相手の様子を伺う・・・その声が、何も悪いことを言い出しませんようにと祈る思いで・・・

で・・・さっきの電話は、福井の地方検察庁の方からだった。もちろん、藍那の事故に関してのことだった。事故現場は福井だから福井の検察の管轄だけど、関係者の多くが京都在住なので京都の地方検察庁に書類を回しますとの報告と、裁判の結果が出たら知らせて欲しいですかという問い合わせだった・・・ふむ。

そういえば、先日は、運転していた青年のお父さんからお電話があった。彼が大学を卒業したことの報告と、週末には一緒にお参りしたいとの申し出だった。ものすごく言葉を選びながら、お話されていた。本来なら、嬉しいはずの息子の大学卒業・・・でも、だからこそ、それをわたしたちに話すことのつらさ・・・その痛みは、わたしたちにも分かってはあげられないものなんだろうと思う。

わたしたちは被害者の立場にいる。被害者というくらいだから、害をこうむったわけで・・・当然、つらい、悲しい、悔しい、虚しい、切ない、そんな感情が心に渦巻いている。けれど、わたしたちは、ただただその感情に身を任せることができる。

でも、加害者の立場になってしまったら・・・つらくても悲しくても、それを表に出すことは許されない。表どころか、自分自身が自分自身に、それを感じることを許せないだろう。その苦しみ・・・決して、他者には理解できないことなのだろう。

そのことを思うと、ただただ悲しんでいるだけの自分の身勝手を感じる・・・自分の気持ちだけに精一杯な我がままさを感じる・・・自分を哀れんでいる愚かさを感じる。

交通事故は、普通の善良な人を殺人者にしてしまう。ちょっとした不注意、ちょっとした油断、ちょっとした巡り会わせの悪さで、多くの人を絶望の淵に叩き込んでしまう。

この事故で、どれだけの人が癒えない傷を負ったろう。それは被害者側のいても、加害者側にいても、同じなのだと思う。当人や家族だけじゃなく、双方の周りの人たちの多くが、とても傷ついている。

いや、交通事故に限定しなくても・・・いろんな事故事件・・・世の中には、悲しい出来事が毎日たくさんたくさん起きていて・・・そこには、ほんとうに沢山の人の涙が流されているんだと思う。

そんなことに、ほんの少しでも思いを致すことができていなかった今までの自分の愚かさに絶望する。


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