読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

「ゴサインタン」

2008年03月19日 | 作家サ行
篠田節子『ゴサインタン』(双葉社、1996年)

1997年にこの小説で第10回山本周五郎賞を受賞したらしい。そして自作の「女たちのジハード」で直木賞受賞ということだから、ある意味油の乗っていた時期の作品のようだ。私はこのブログを始めた頃に、日本の現代小説といえば、まぁ篠田節子と高村薫くらいしか知らなかった。

その頃は「カノン」とか「ハルモニア」だとかのことを書いていたが、今にして思えば、その時期の作品から、超常現象的な出来事が作品の主題になっていた。といっても略歴を見ると、これらの作品もこの作品とほぼ同じような時期に書かれているから、それは不思議でもない。

まだ「カノン」とか「ハルモニア」あたりは個人の特異な能力というように見ることも可能な現象だったから、まだいいとしても、この作品では山崩れを予言するとか、土砂の中に埋まった人を言い当てるとか、病気を治癒するとかというような、ありえねーといいたくなるような出来事が起きるものとして描かれている。それに主人公の輝和を彼女の逃げ帰ったネパールまで行かせるような執着力がどこから生じているのか、淑子とのかかわりの希薄さがずっと描かれていることを考えると、ちょっと疑問に思っても仕方ないだろう。

カルバナ・タミという女性がネパールのある宗教の習慣から少女の頃に巫女というか神の使いとして寺院で扱われていたというのは分かる。そして生理が始まると放り出され、カトマンズで工員として働いているところを日本につれてこられて、輝和と見合いをさせられるという出来事もありえそうな話だ。だが、彼女が神がかりになって普通ではしゃべれない日本語をとうとうを口走ったり、病人を治したり、ということになるといったい作者は何を書きたいのかと頭をひねってしまう。

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