(1)捜査、裁判では証拠の推測や憶測は一義的には排除されなければならない。「確実な裏付けのある」証明力(evidence)のある「証拠」が必要だ。近年は推論に推論を積み重ねて有罪にする判決事例も目にするようになったが、わかりきった法形式や手続き論では裁かれない「正義」が裁かれることもあり、逃げ得を許さない判断、判決で留飲を下げることもあるが、有力な証拠のない裁判は訴訟維持能力に乏しく上級審で証拠不十分として差し戻されることもある。
(2)2年前に起きた知床観光船沈没事故では悪天候の中、知床半島沖に出航した観光船が沈没して観光客20名が死亡し、現在も6人の行方がわからない惨事となった。運輸安全委員会は昨年9月に最終的な調査報告書を公表して、閉鎖が不十分だった船首付近のハッチ(50センチ四方)からの浸水が原因だと指摘(報道)した。
(3)これにもとづき海上保安本部などは運航会社社長を業務上過失致死容疑で捜査(報道)しているが、「本当に50センチ四方のハッチから船が沈むほどの水が入ったのか。報告書の内容はどれも推論だ」との捜査幹部の証言(同)もある。
最終調査報告書はハッチが閉鎖されていなかった根拠として、事故1週間前に撮影された写真や2日前の救命訓練参加者の証言を挙げたが、同捜査幹部は「確実な裏付けとは言えずに、証明としては不十分」と指摘する。
(4)事故3日前には検査機構のJCIが船体を検査しており気づかずに「ハッチが原因だったとしてもJCIが気づけなかった不具合を社長が見つけることは困難」(報道)と同捜査幹部は言う。社長は当時、知床観光船運航に熟練したベテラン船長を解任して知床には縁のない経験の浅い新米船長を雇い、当日同業他社の社員から「(悪天候になるから)行ったら駄目だぞ」と忠告を受けたが、新米船長は社長と打ち合わせの上、他社が出航を控える中で独自の判断で海が荒れたら引き返す「条件付き運航」で出航して惨事を引き起こした。
(5)当時社長は安全よりは偏向して営業利益第一経営だったともいわれて、それがベテラン船長から新米船長に切り替えた(経費抑制)ことにつながったとも考えられて、経営評判、評価はよくなかった。
船の安全に一義的な責任を負うのは船長といわれているが、知床観光船には縁も薄く新米で経験も乏しく社長の意向、判断に従うのは考えられることで「50センチ四方のハッチ」からの浸水が沈没の原因だったのかが「推論」であるとするなら、事故現場での生存者はいないのだから「推論」を積み重ねて、積み重ねて原因を確実な証明に近づけていく努力しかない。