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いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

安倍首相の軽さ。 slight of premier abe

2015-08-08 20:19:41 | 日記
 (1)政治家の言葉の「軽さ(slight)」はあきれるほどだが、時代背景の変化はある。かっては国民に約束したことでも達成できないとなると時代、社会、環境が変わったと逃れて平然としているのが代名詞だった。

 安倍首相が安保法制案の成立を目指す理由に、日本を取り巻く安全環境の変化をあげているがその名残りだろう。環境の変化は自らの政治信条、理念がその原因のひとつなのに、いかにも相手国の軍事力増強の脅威(これも事実だが)を強調して、環境の変化をことさらに主張するのも言葉の軽さをよくあらわすものだ。

 (2)最近では情報化時代の通信ツールの発達でもっと気楽に率直に自己主張をするケースが増えて、議会制民主主義、政党政治の仕組み、理念を理解しない政治家の言葉の軽さが特徴だ。

 首相補佐官が政府、内閣の方針に反する信条、理念を公然と述べるなどとは、確信的な何でもありの言葉の軽さ時代だ。
 憲法改正(constitutional revision)が筋の集団的自衛権の行使を根拠もなく(よく政府、自民党は砂川判決の最高裁判断を持ち出すが都合のいい部分を切り貼りしているだけ)憲法解釈の変更で法制化しようという、「ごまかし」が言葉の軽さをさらに増長させる起因(origin)となっている。

 (3)政治家の言葉の軽さが連日安保法制案の国会審議で見せつけられ、社会正義のパラダイム(paradigm)が保たれるはずなく、政治家、政府はこちらの方の崩れ方にももっと危機感を持つべきだ。

 そうしておいて政府は子どもの教育に道徳を正課授業に取り入れるというのだから、説明も想像もつかないパラドックス政治(paradoxical politics)だ。

 (4)その言葉遊び、軽さを結果として増長している安倍首相が6日の広島原爆の日式典で、従来から述べてきた日本の「非核三原則」の堅持を今回述べなかったことがまたまた国の基本政策(国是)の変更なのかとの懸念が持ち上がっている。

 安倍首相は国会審議のなかで「(非核三原則は)国是であり、不動の考え方なので前提として話した」(報道)と説明したが、安倍首相の言葉の軽さ(解釈変更)には信頼性は心もとないものがある。

 (5)これは民主党政権時代ではあったが、これまでの平和国家日本の「武器輸出禁止三原則」を技術力の維持、国際協力の名のもとになし崩しにしてきた歴史もある。
 現在参院審議中の安保法制案でも政府答弁で弾薬補給としてミサイル運搬も可能として、核兵器(ミサイル搭載)も含まれるのか議論になっている。

 安倍首相は9日の長崎原爆の日のあいさつには「非核三原則」の堅持に言及すると述べているが、本来述べるべきものを省くと首相の言葉としてはこれほど問題になる重さだ。

 (6)14日に安倍首相が発表する「戦後70年談話」でも反省とおわびに侵略(aggression)の言葉が入るのか、かねがね安倍首相は全体として従来の日本の立場、考え(村山談話)を踏襲すると言っているのだから、あえてまた(談話で)述べる必要などなく、それではあらたに談話を出す意味がないことを言っている。

 広島原爆の日のあいさつの「前提として話した」説明と同じであり、しかし安倍首相の言葉足らずとして問題になっていることを理解すれば、「戦後70年談話」でも反省、おわびとともに侵略を省くことは理念に問題、疑念を高めることになるのは理解できたのではないのか。

 (7)中国、韓国、米国など海外からも関心が集まっており、極めて国内問題でありながら首相の言葉足らず、軽さは問題、疑念を国際的にも深めることになるだけだ。
 

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